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31話 屠龍の剣

 ある日、シグルド殿下からの使者がやってきた。そういう触れ込みだった。

「で?」

「うむ、重要な案件なのでな。部下を使うのもはばかられたのだ」

「で?」

「だからだな、仕事をさぼる口実にしたわけではないのだよ」

「で?」

 無表情でシグルド殿下の言い訳を聞き流す。そもそもグリフォンはヒルダ嬢の実家の騎獣だよね?

 そしてぴったりとくっついて降りて来たよね君たち。


「あーもう、言い訳は男らしくありませんわ!」

「む、ヒルダ、君がそれを言うか?」

 わーわー言い始めたバカップルをとりあえず黙らせる。


「で、肝心の情報は?」

「おお、そうだな。迷いの森の状況はあまり良くない」

「……それで?」

「まず、私の手勢を使って敵の後方をかく乱した。食料なども焼き払ったから少し攻勢は抑えられるだろう」

「わたくしの方でも、ラードーン子爵領に浸透してきていた帝国の末端を叩きました。同時に逆侵攻をかけております。これで少しは戦力を分散させているはずですわ」

「なるほど、爺ちゃんの手助けをしてくれていたんですね。ありがとうございます」

「それで、だ。龍騎士の力を封じるため、帝国は竜殺しの装備を身に着けている」

「それはどのような?」

「竜の力に対抗できるのは、同じ竜だ」

「ということは……?」

「ああ、竜を倒し、その素材を武具としている。竜の鱗を貫くは竜の牙というわけだ」

「それで、そういう話をするということは何か対策を?」

「だな。武具を用意した。これだ」

 ひんやりとした気配を漂わせる剣だった。透き通るような剣身は氷のようで、触れただけで斬れそうな輝きを放っている。


「ぱぱ、なんかこわい……」

 エイルが少しおびえている。娘を抱き上げるナージャも少しその身を固くしていた。


「この剣はもしや……?」

「ああ、グラムだ」

 王家に伝わる宝剣で、龍の鱗すら切り裂くと言われていた。自らを害する可能性がある剣に、本能的に恐れを抱いているというのだろうか。

 剣の銘は古代語で怒りを意味する。鉄をも切り裂き、岩をも断つと言われるのも無理はないと感じた。

「これは殿下の帯剣では?」

「よい、もともとひいおじい様が国を脅かした黒き龍を討つために入手した剣だという。因縁はあるであろうがな。お主ならばその剣の力を引き出せるであろうよ」


 俺は剣を手に取った。同じく「怒り」を起源とする力は相性がいいようだ。そして、俺はこの剣の因縁を知る。

 それは住処を、家族を、理不尽に奪われた一人のドワーフの物語。たまたま彼の住む村がニーズヘッグの目の前にあったこと。無差別に人を見れば皆殺しにしていた理性を失った龍王は、例外なくその村を焼き払った。

 黒い炎のブレスは、家を、人を、その村に住むすべての命を灰燼に還していく。龍王が立ち去った後には何もない、ただ村があっただけの更地があった。

 所用でこの村を離れていたドワーフの鍛冶師は、彼が守るべき者がこの世にいないことに絶望する。そして彼が手にしたのは、鍛えかけの剣と、村にいた戦士が必死で抵抗したのであろう戦いの痕跡より手にした、龍の爪のかけら。

 そして、ヤドリギの木にわずかにくすぶっていた、黒い炎。即ち龍のブレスの残滓だった。


 彼は剣を砕き、爪と一緒に炉にくべた。並の炎では赤みすら帯びない龍の爪は、その龍自身が吐き出したブレスで徐々に溶け出し、剣の金属と交じり合う。

 王の依頼で下賜されたオリハルコンで打った剣。そこに龍の爪が交じり合う。オリハルコンは近くにいた鍛冶師の怨嗟と絶望を吸い取り、怒りに感応した。

 昼夜を分かたず、剣を鍛え続ける鍛冶師。それは七日七晩に及び八日目の暁に完成した。怒りの念を吸収した剣は、白く輝き、あらゆるブレスを切り裂く。

 偉大なる龍王の爪の鋭さは、百の竜を切り裂いてなお刃こぼれ一つしなかったという。

 その剣は、王のもと最も強い戦士に授けられ、黒き龍王の眷属を葬っていった。眷属を討たれた龍は更に猛り狂う。血で血を洗う争いは激化していく。

 

 あとは、龍騎士アクセルの武勇譚の通りだ。白き翼たるフレースヴェルグ様の力を授かったアクセルは、龍の右眼を貫き、力を半減させたニーズヘッグの心臓をえぐった。

 眼を貫いたのは彼の「グラム」であったという。


 改めて手に取ると、懐かしい力が感じられた。その爪の鋭さと、龍の右眼の力を感じる。

 龍の力を振るうことが出来なければこの剣の真価は発揮できない。ただ普通の剣士が持っても竜を屠る剣だ。だが、俺が使えば龍を倒すこともできるだろう。


 自分の魔力を使って、防壁を張る。あらゆる武器を弾き返すと言われた黒き龍王の鱗を模した結界だ。

 そして軽く剣を振るうと、一切の抵抗なく結界を切り裂いた。あとには澄んだ音で砕けて行く龍の鱗が見える。


「なるほど」

 俺は剣の切れ味に納得していると、シグルド殿下がぽかんとしていた。

「っておい、何その切れ味?」

「え? この剣ってそういうものでは?」

「私が知るのは、黒龍戦役で、多くの竜を討った剣ということくらいだ」

「え? 爺ちゃんが振るって、ニーズヘッグの眼をえぐった剣ですよ?」

「は?」

「だから、龍の力を扱えるものが振るえば、眼の力を引き出すことができるんですが?」

「なんだって!?」

 どうも爺ちゃんはこの剣の真価を報告してないな。まあそもそも龍の力を得ることができる人間なんてこれまでいなかった。

 二度と現れないと考えても仕方ないだろう。


 こうして、俺は爺ちゃんの相棒であった剣を手にすることになった。それはある種の因縁であったのだろうか。神ならぬ身にはわからない。

 ただ、龍の力を得た人間の二人目として、何らかの因果があったのだろうと思う。


 そのほかの装備品をシグルド殿下からもらうと、俺たちはフェイに乗って、一路北を目指した。

 世界のどこからでも見える天に届かんばかりの巨大な樹。世界樹に向けて。

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