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26話 誕生のとき

「あ、アレク。おはよう!」

「あ、ああ、おはよう。この卵って……?」

「うん、わたしたちの愛の結晶だよ!」

 すこーしばかり反応に困っていると、脳裏でなんか感極まったような声が響いた。

(ぬ、ぬおおおおおおおお!! 100年ぶりに我が血族が……うおおおおおおおおおおん!!)

 脳裏にいつぞやの黒ずくめのおっさんが現れて、号泣しているシーンが浮かぶ。

 これで生まれてきたのが赤ん坊だったら俺も似たようなリアクションだったのかもしれないけど、卵ってことで若干思考停止している。


 って100年ぶりの子供って……ナージャってそういえばいくつなんだ?

 そう思って、思わず質問してしまった。

「えっとね、わたし生まれてからずっと卵のままだったの。それでね、お爺ちゃんに魔力をもらってから生まれたんだ」

「そ、そうなんだ」

「うん。お父様、周りが見えなくなってたから……」

「そう、だよな。そういえばお義父さんが言ってた。爺ちゃんに最後に願い事をしたって」

「うん、それは、自分自身の封印と、卵だったわたしのことだと思う」

「そういえば、この卵って、どうやったら孵るの?」

「あ、うん。龍の卵だから、わたしとアレクの魔力を注いで育てるんだよ」

 だから、卵から生まれてからの時間は、アレクとほとんどおんなじ! だそうで。まあ、ナージャが多少年上でも俺的には問題ない。

「なるほど、逆に龍だったら誰でもいいの?」

「よっぽど相性が良ければね。わたしとアレクなら大丈夫!」

「そうか、爺ちゃんはフレースヴェルグ様の加護を持ってるから」

「ううん、そうじゃないの。お爺ちゃんは……お父様の右眼を使って」

「ああ、そうなのか。だからナージャには……」

 少し悲し気に、でも誇らしげにナージャは頷いた。

「そう、わたしにはお父さんとお母さんと、お爺ちゃんの意志を受け継いでいるの!」

 そう言ってほほ笑むナージャを思わず抱き寄せた。

「そうだな、今は俺もいる。この子もいる。爺ちゃんを頑張って連れ戻そう。それで、家族で暮らすんだ!」

「うん、うん、ありがとね。アレク」

「ああ……」

 そうやっていい雰囲気になっていたのに、ドアがノックされた。

 とりあえずドアを開くとヒルダ嬢が幸せそうな笑顔で挨拶してくる。


「おはようございます、アレク様。奥方に滋養のつくものを持ってましたわ」

「ああ、そのことなんですが……」

 俺が口ごもると、何かを感じ取ったのかナージャの方を見る。

 ナージャはにこにこと笑みを浮かべつつ、膝の上に卵を抱いて撫でていた。

「えっと……アレク様。あちらは?」

 うん、そうなるよね。

「うん、ナージャが今朝産んだんだ」

「は、はい?」

 さすがにフリーズしている。

「あ、ヒルダさん。みてみて、可愛いでしょ」

 うん、ナージャは素でやっているけど、見ようによっては少しヤバい人っぽくも見える。

「えっと、ね。皆さん忘れかけてるようですが……ナージャって純血の龍族なんですよね?」

「あ、そうでしたわね! なんというか、親しみやすすぎて忘れかけておりました……」

「ああ、うん、わかります。ただ、龍としての力がまだ完全には目覚めてないみたいですけどね」

「そう、なのですか? 魔術師としての実力はかなり高そうですけど」

「人間レベルから見ればそうでしょうね。龍の定義を思い出してください」

「……なるほど、そういうことですか」

「ええ。もちろん魔力の量とかは人外レベルですけどね」

 と言うあたりで、俺たちはヒルダ嬢が持ってきた食事をいただくことにした。上質な小麦で焼いたパンは非常に美味しく、ハムなどもかなり上等なものだった。

「おいしー!」

 ナージャは非常にご機嫌だった。出産をしたんだからそれなりに体力を消耗しているんだろうか?

 フェイは足元ではむはむとパンをかじっていた。


 ヒルダ嬢が帰った後、俺たちはベッドに横になっていた。間には卵が置かれている。なぜかフェイも卵の横で丸くなっていた。

 ナージャと手をつなぎ、空いた手を卵に添える。殻はこの上なく真っ白で、ほのかに暖かく、中に息づく我が子がまだまっさらな存在だと感じられた。

 最初の驚きが過ぎ去ってしまえば、いろいろと見えてくるものである。この卵の中には小さな命が息づいていて、それは俺とナージャの魔力が混然一体となっている。

 俺たちは殻を通して中に魔力を注ぐ。フェイがモフっと卵に寄り添う。

 ナージャは目を閉じ、愛おしげな表情を浮かべる。その表情を一言で表すなら、慈母であろうか。

 無限の愛情を我が子に注ぐ姿は、自分の記憶の中の母親と重なった。


 しばらくそうしていると、徐々に卵の中の魔力が凝縮してゆく。カタカタと卵が震え始めた。

「え? もう、なの?」

「どうしたの?」

「えとね、普通はこんなすぐには生まれないの。何日か魔力を注いで、なじませていくものなの」

「そう、なのか。何が起きているんだろう?」

「わからない。けどね、悪い感じはしないの」

「ああ、そうだな。というか、なんといったらいいか、すごく暖かいね」

「そうだね」

 しばらく様子を見る。俺たちはひとまず魔力を注ぐことをやめていた。フェイも俺の膝の上で丸くなっている。ただ、目線は卵に注がれているのが分かった。

 そうして、少しのときが過ぎた。卵の表面に亀裂が入る。

「「あっ!」」

 異口同音に声を上げる。

 ぴしり、ぴしりと卵のひびが広がり……中から黒い羽毛に包まれたもっふもふのドラゴンが現れた。

「ふわあああああああああああああああ!!!」

 ナージャが叫ぶ。それは我が子に会えた歓喜と、可愛いものを見て萌えている声色の両方が感じ取れた。

 プルプルと体を震わせて卵の殻を振り落とす。なんだこれ、しぐさそのものが可愛い。

 そして、徐々に開かれて行く瞳の色は、この子の祖父であるニーズヘッグと同じだった。

 思わず手を伸ばすと、俺の手の上によじよじと這いずってくる。ナージャは真剣な顔で応援していた。

 そして、俺の掌の上で、我が子は言葉を投げかけてきた。

「初めまして、パパ、ママ」

 よくわからない感情の渦に飲まれた。今まで嬉しいことは色々あったけど、この気持ちは別格だと思った。それほどまでに、俺は心を揺さぶられていた。

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