第3話 偽名の跡取り
だから第2部を書けと言っているではないか。
召喚といえばレイクサイドである。ここには召喚の世界にとっては神にも等しい「大召喚士」ハルキ=レイクサイドがいて、それと共に数多くの召喚士がいるからだ。僕を召喚できるほどの人物といえば世界が広いといっても数少ないだろうし、ここにいれば少なくとも情報は入ってくるはずである。だいたい、僕が召喚されたのはここの郊外だ。呼ばれて出て来た時には誰もいなかったけど。
実を言うと契約の時のことはあんまり覚えてない。何せ僕は「ヒューマン」であり、人間の想像力の究極の存在。しかし契約を交わそうという人物は僕に多くの事を求めなかった。同じくらいの少年に自分の事を少し見てもらいたい、程度の要望だったのである。そしてその要望に応えるために僕は彼と同じくらいの年齢に設定された。そして彼にとって自慢するに値する少年の姿が与えられたのである。つまり、普通の少年だ。おい、どういう事だ?
そして、その普通の少年が郊外に置き去りにされた。維持魔力はがっつりもらってる。しかもあれから五年間毎日24時間欠かさず。どれだけの総魔力量を持った存在なんだ。そんな奴がいたら噂になっているはずである。しかし、そんな天才少年が成人の儀を終えたはずなのに、どこにもそんな噂は流れてこない。せいぜい成績の悪い領主の息子の話くらいである。やつはどこにいるんだよ。
「ヒューマ、いつまでもブラブラしてないで、定職につきなさい」
孤児院の院長先生はそう言った。そんな事いっても魔法が使えない僕にできる職業というのは限られる。料理人は炎の破壊魔法がなければちょっと厳しいし、大工は土魔法、農家は今のご時世ノーム召喚があればエリートだけどそんな魔法は使えない。だから僕は冒険者という名前のフリーターをやっているのだ。
「魔法が使えないのに冒険者をする方が大変でしょうが」
院長先生はそういうけれど、薬草採取から始まって討伐意外の任務ってのも結構あるんだよ。そしてそれが知識が必要な系統の任務ってのは意外にも多くて、自分の身を護れたらそっちの方が需要があったりするんだ。
「だから、魔法が使えなきゃ自分の身も守れないじゃない」
いつも、話はここにたどり着く。結構なお年を召している老婆が必死に訴えているから、僕としても安心させてあげたいんだけど、どう説明していいのか分からない。
「だから、大丈夫だって」
そして、それが根拠のない事に聞こえるようだった。マリも同じ考えのようである。いつまでも僕を年下扱いしやがって。精神年齢は僕が上なんだぞ?
仕方ないから、僕は院長先生を安心させることにした。要は冒険者としてある程度の成功をしている所を見せればいいんだろ? 現代知識を持った大学生をなめるなよ。すぐに安定した報酬を稼ぎ出してやる。
「つっても、この世界に特許はないし、金がないから投資もできないし。人脈もなければ専門知識もない。できるのはレジ打ちの技術だけかもしれん。あとはゲームして生きて来たからなぁ」
よく考えれば大学になんとなく通っているだけの人生であったのである。前世の知識で使えそうなものなどほとんどない。学校の授業もあまり真面目に受けた覚えがなかったからなぁ。
「あれ? これって詰んでるんじゃね?」
金儲けに関しては前世でも苦手であったはずだ。コツコツと働いた事などない。親のすねをかじりながら、ゲーム代を稼ぐためにバイトをしていただけである。それも居酒屋とレジ打ち。
「まあ、なんとかなるよね」
僕は究極の召喚獣であって、他の皆とは違うんだ。戦闘だって問題ないよ。魔法が使えないだけだもん。
***
「は? なんでお前なんかをパーティーに入れなきゃならねえんだ? 魔法使えないんだろ?」
冒険者ギルドでパーティーに入れてもらおうと思った人たちは思った以上に冷たかった。まるで現代日本である。
「い、いや、でも魔法が使えなくてもできる事も……」
「こっちも命かけてるんだ。悪いな」
これは本格的にまずいかもしれない。一人で冒険者をするのか?
「どうしようか……」
前世ではこんな時にはどうしてただろうか。…………そうだ。
「それで、現実逃避するために孤児院に帰ってきたっていうのね」
まさか、孤児院にマリが帰ってきていただなんて。仕事しようよ。
「仕事をするのはあなたよ。そして冒険者なんて命の危険があるような職業はやめておきなさい」
「じゃあ、何をすればいいんだよ? 薬草採取以外で…………」
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。そしてマリが目を合わしてくれない。
「そんなんだからいまだに結婚できないんじゃないか!!」
「うるさいわね! それは関係ないわよ! 騎士団の男が全員逃げていくのは父上のせいよ!」
マリの養父である「勇者」フラン=オーケストラは親衛隊長でもあり、騎士団の教育係でもある。今将軍職に就いている全ての者がフラン=オーケストラの弟子といっても過言ではない。
「次期シルフィード領主からの縁談がなくなったって話じゃないか」
成人したばかりのソニー=シルフィード次期領主との縁談があったというのは本当の話である。しかし、ジギル=シルフィードはマリの能力とオーケストラ家であるという事だけを見ていたらしく、フランの養女だと分かると、話が立ち枯れになったようだ。だいたいソニー=シルフィードはマリよりも年下だった。
「ソニー様の事は言わないで!!」
傷口に塩を塗り込んでしまったようである。般若のような形相のマリに追いかけられて孤児院から逃げる。
「あー、どうしようかな」
とりあえず、薬草採取で薬を調合した際にパティ=マートンからもらったお金がある。これがあればまだ一か月は余裕で過ごしていけると思っていたが、未来への投資が必要なのかもしれない。魔法が使えなくても大丈夫だというアピールが必要なのだ。プレゼン能力もあった方がいいと大学で学んだしな。
「武器と防具を買おうかな」
冒険者としての正装は武器と防具である。それがしっかりしてれば強く見えるから、パーティーを組んでくれる人もいるかもしれない。仕方なく近くの武器防具屋に入る事にした。
「思ったよりも高かったな」
一級品に手が出るはずもない。中古の所を漁っている客に店主は興味がないようだった。仕方なく、何となくで商品を選んでいく。使いやすそうな短めの剣、鉄製の胸当て、革の籠手に革のブーツ、ポケットの沢山ついたベルト。中古だけに使い込まれたものもあったが、それでもいい物だと思うことにした。そして金はほとんどなくなった。
「本当はこんなものいらないのに」
戦うのは嫌である。戦わなくてもできる冒険者って本があれば読んでみたい。
「ちぇっ、薬草採取の依頼が出ていない」
冒険者ギルドに戻ってみたが、討伐系が中心で僕にもできそうな依頼はなかった。仕方ない。前と同じ薬品を作ってパティ=マートンに買い取ってもらおう。それでこの前ほどではないがある程度のお金が入るはずだった。しかし、ここで僕は受付嬢に呼ばれる。
「討伐系が嫌なら、こんなの受けて見ない?」
ずっと依頼板の前で悩んでいたから不憫に思ってくれたのだろう。
「ありがとうございます」
その依頼はフラット領までのお使いのようなものだった。ワイバーン輸送に比べると速さが段違いであるが、重要でなくて急ぎでもないものは冒険者に依頼がきたりもする。これも手紙とお土産を知人に送り届けるというものだった。食べ物ではないために腐る心配はないし、期日も徒歩で余裕がある。これなら行ける。
「ありがとうございます」
僕はこの依頼を受けることにした。そして旅装を整えて歩き出す。
「今日中にある程度進んでおきたいな」
フラット領までは石畳の道路が続いている。道中の治安もそこまで悪くない。楽勝な依頼だった。その分、依頼料も少ないけれど。
「ふんふんふーん」
鼻歌混じりに歩いて行く。そして、後ろから吹っ飛ばされた。
「どわぁふっ!!」
「ぎゃー、すまん!」
これが彼との出会い。正確には再会だったけれども、お互いにそんな事、この時点では知らなかったのである。腕を怪我した僕が治療を終えるのを待つと、彼はこう言った。
「俺? 俺は…………デザイア。デザイア=ブックヤードって言うんだ!」
誰だろう、こいつ…………