第1話 魔法が使えない青年
ひっそりと!!
何?第二部終わってないのに何勝手に第三部始めてんだよって?
だって、書いちゃったんだから仕方ないじゃん!
そして紬はこれから本職忙しくなるから、これは本気で不定期(エタる予定)でございます。
そこんところよろしく!
「ヒューマ!!」
森の中で声を掛けられたのは黒目黒髪の男だった。魔物が出るかも分からないこんな場所で護身用の剣も持たずに薬草の採取をしている。その採取も冒険者ギルドの依頼というわけでもなく、単純に自身で使うもののためだった。危険な地域に入る事もなく、依頼と金を出せば採取してきてくれる人がいるであろうに、ヒューマは自身で取りに行くことを選ぶ。
「マリ」
「何度言えば分かるの? 私の名前はマリーよ。マリー=オーケストラ!」
いつものレイクサイド召喚騎士団の正式装備ではないが、鎧に身を包んだ彼女の腰にはやや細身の長剣が佩かれていた。鞘が華美なものではないが、その雰囲気からはかなりの業物と分かる者には分かる。その「宝剣」マリー=オーケストラはヒューマがまたしても危険な森に入っていったと聞いて探しに来たのだと言う。
「僕の心配なんてしなくていいのに」
「そんな事言っても、ここにはランクBの魔物だって出た事があるらしいのよ!」
レイクサイド召喚騎士団の第五部隊に所属していたマリーにとってはランクBの魔物が出ようとも脅威にはならないのだろう。だが、ヒューマには護身用の装備すらないのである。今まで魔物に出くわさなかったと言うが、今回こそは危険かもしれないと心配するのは当たり前だった。
「私が第五部隊を辞めてお父様の所属になったから時間があるけど、そうじゃなかったら誰もあなたを護ってあげる人がいないんだからね!」
「大げさだなぁ。僕は心配いらないよ」
ヒューマは微笑むと薬草の採取を続ける。薬を作る腕は一流なのだという。決められた通り、決められた分量を入れればいいだけだから誰でもできるとヒューマは言うが、それができないから「神医」パティ=マートンに認められる人物は極僅かなのだ。そのパティの専属の薬草師になってくれと言われてあっさりと断るヒューマもたいしたものであるとマリーは思っていた。
「邪神」ヨシヒロが世界樹の塔を作り世界中の魔力をかき乱してから十年以上たっていた。世界は「大同盟」を作り上げ、表向きは大きな戦争は行わずにきている。そして騎士団や冒険者たちは各地に発生する魔物の討伐で忙しく、この十年はどの国も他と戦争なんかする余力はないのではないかと思われている。
ヴァレンタイン王国も例に漏れず、各地に発生する魔物の対処に苦しんでいた。やれる事は限られており、それは討伐隊の増強と発生情報の迅速な伝達である。領地内のみに対処する騎士団に比べて、国々の境もなく魔物の討伐に向かう冒険者は重宝されたが、数の力で騎士団に敵うわけもなく、ランクの低い魔物は冒険者が、ランクの高い魔物は騎士団が討伐するという風潮が出来上がった。その垣根を越えて高ランクの魔物を討伐する冒険者は英雄のように崇められ、さらに他国に騎士団を派遣する領地も名声を得る事ができたのである。だが、そのような一握りの英雄などそうそう出てくることもない。しかし、ここレイクサイド領は別格であった。
「エジンバラ領で大量発生があったらしいぞ?」
「またか!? それで今回は誰が向かったんだ?」
「第四将軍テト様のウインドドラゴン隊らしい」
「だったら、何の問題もないだろう。今頃全部終わってるさ」
「たしかに、第八将軍のヨーレン様も加勢に向かわれたようだしな」
「召喚都市レイクサイド」では様々な情報が集められる。この十年で多くの優秀な人材を輩出したレイクサイド領はヴァレンタイン王国始まって以来の栄華を極めていると言っても過言ではないだろう。領主「大召喚士」ハルキ=レイクサイドの名は世界中に轟き、すでにレイクサイド領のみで他国を圧倒できる戦力が形成されている。王国一を誇るその農場からは豊富な穀物が全土へと輸送され、整備された道路を通行している間は魔物に襲われる事もほとんどないといわれるほどに治安が良い。定期的に巡回している騎士団の多くは召喚士が混ざっており、有事の際にはワイバーンによる迅速な移動と情報伝達ができるようになっている。各地に設けられた詰所には魔道具が設置され、定期連絡を取り合うことで魔物の発生を迅速に察知し騎士団を派遣することができるようになっていた。かつて騎士団と召喚騎士団に分かれていたものは統一され、新生された「レイクサイド騎士団」は多くの男児にとって憧れの的であり、女児の中にも目指すものは少なからずいた。
優秀な子を持つ平民はここぞとばかりにレイクサイド騎士学校への入学を勧める。授業料はいらない上に将来最強の騎士団へと入団できる資格が手に入るためだ。それは子供のためでもあり、親と家族のためでもあった。為政者にとって良い循環をもたらすこの制度は社会の闇も照らしだす。
「ヒューマ、お前は魔法が使えないじゃないか。そんな人間は立派に仕事をする事なんてできやしない」
孤児院で言われたその言葉がヒューマの心に突き刺さる事はなかった。たしかにヒューマは全く魔法が使えない子供であった。だが、10歳の彼にはそれを苦にしない理由があり、そして魔法を使わない生き方をすでに知っていたからだ。そして、それはある事件があったからこそ、ありえない話ではない。世界樹の塔の事件である。全世界から短い間とはいえ、魔力がなくなった時期があった。全ての人間が魔力を貯めることができなくなったのである。それはすぐに緩和され、最終的には元通り魔力は貯まるようになったが、魔力がない未来を世界が認識したのは間違いない。
「魔法があったって、使い方が悪けりゃどうにもならないよ」
ヒューマは自信満々でそう答えていたという。だが、そんな彼に友と呼べるものはおらずたまに孤児院に姿を見せるレイクサイド召喚騎士団となった卒業生だけがヒューマの話し相手だったとか。
「マリーはなんとあの「勇者」フラン=オーケストラ様の養女となったんだって」
当時の第五部隊、今の第五騎士団に所属していた彼女はそれなりに年上だったが、成人の儀とともに召喚魔法の才能を見込まれてレイクサイド召喚騎士団へと入団していた。それも成績優秀で騎士学校に通う事ができていたからである。学校では身分の差はなく、逆に実力が全て決める社会であり、そこで生き残るのは至難の業であったとか。
そんな社会とは無縁のヒューマ少年もついに成人の儀を果たし社会へ出ることになった。しかし、魔法が使えない彼を雇う所はなく、かといって冒険者としてやっていけるわけもなかったのである。だが、背に腹は代えられないとばかりに冒険者ギルドに登録した彼は薬草採取などの討伐を必要としない依頼で食いつないでいた。すぐにのたれ死ぬと誰もが思っていたが、何故かヒューマが金に困る事はなかった。そしてマリーはそんなヒューマを気にかけており、事ある毎におせっかいを焼いていたのである。
「マリ、そんな事より親衛隊の君がこんな所にいていいのかい?」
「今日は非番なの! だから装備も違うでしょ?」
「よく分かんないや」
採取した薬草を袋に入れて、ヒューマが立ち上がる。いまだに彼がどうやって生計を立てているのかが謎であるが、少なくとも依頼をこなしているわけではなさそうだった。
「少なくとも僕の事は心配いらないよ」
「でも魔物が出たらどうするのよ!?」
ヒューマは微笑んで返す。
「なんとかするよ。こう見えても強いんだ」
「嘘おっしゃい!!」
採取が終わるとマリーはヒューマをワイバーンに乗せた。「召喚都市レイクサイド」まで乗せてくれるらしい。ここまで徒歩できたヒューマにとって、それはありがたい事だった。
「ありがとう、マリ」
「私だけじゃなくて、院長先生も心配してたわよ!」
孤児院の院長先生にも心配をかけているようだ。それはだめだなとヒューマは呟く。
「じゃあ、孤児院に連れてってよ。マリも院長先生に会いたいでしょ?」
ワイバーンが飛ぶ。「召喚都市」の周辺ではワイバーンが常に空に舞っていた。別に珍しい事でもなんでもない。さすがにウインドドラゴンやペレグリンという第五部隊専用の最速の飛行召喚獣などになると見る事も少ないが、それでも一日ぼーっと空を見続けていれば探す事はできるだろう。
マリーのワイバーンが住宅街の中の孤児院へと向かう。子供を命がかかる騎士団へと入れたがらない親もいるために、孤児院は積極的に騎士団が寄付を施していた。そこまで劣悪な環境ではない。ただし、無駄は全くない。孤児院の庭で子供たちが遊んでいるのが見えた。
「降りるわよ」
マリーが言うのと同時にワイバーンが下降を始める。「宝剣」マリー=オーケストラのワイバーンが見えた事で子供たちも大はしゃぎである。それだけマリーは孤児院の卒業生の中では最も出世した人物であるのだ。
「心配かけてごめんね、マリ。でも、本当に大丈夫なんだ」
着地に向けてワイバーンが羽ばたく。その音に紛れるようにヒューマは呟いた。もちろんマリーには聞こえていない。
***
「研究のモニター?」
大学の食堂で声をかけてきたのは工学部の先生だった。人数が足りないようで、こんな僕にも声を掛けなければならないなんてちょっと気の毒ではある。
「そう、やる事はスキャン装置に入るだけなんだよ。人体にも影響がないし。ちょっと説明が長くなるから時間かかるんだけどさ」
「そうですか」
「一応、報酬も用意してるよ」
報酬という言葉に心が揺れた。今月は少しピンチなのだ。何せ好きなゲームが出たばかりで、それをやるためには新しいゲームの本体を買う必要があった。数万円飛ぶという事は学生にとっては一大事である。バイトはきついし、給料は安いしで心許ない。
「じゃあ、やります」
「良かった。そしたらこっちに来てくれるかな」
神楽先生の後をついていくと工学部の研究室に着いた。中にでかい装置がある。病院においてあるCTみたいだ。昔、組体操で人間ピラミッドから落ちた時に入った事がある。その時は骨は大丈夫だったと言われたけど、痛みはずいぶん引かなかった。
「この後は部屋の予約が取れないから先にスキャンさせてよ。説明はあとで」
「あ、はい」
「じゃあ、ここに横になって」
装置の台に横になる。神楽先生がボタンを押すと、台が装置の中に入っていった。ちょっと狭い場所に動悸がしたけど、すぐに落ち着く。やがてかなり奥まで入った。
「じゃあ、目を閉じててね。光が出るから」
目を閉じる。そして、僕の意識はなくなった。
そこは淡い光に包まれた空間だった。暖かいような、涼しいような、明るいような、暗いような、はっきりしない空間だった。床があるのかどうかも認識できないけど、立っている事は分かった。気持ちが悪い。
「ユニークとは、珍しい」
声が響く。あたりを見渡すと、遠いのか近いのかわからない距離に赤い人が見えた。まるで体が燃えているようである。上半身のみ裸に近く、下半身は変わった服を着ているようだった。そもそもそれが服だとは思えない。そしてそれも燃えているように見える。
「え? 何その変な恰好……」
ドン引きする僕にそいつは気にすることなく続けた。
「生まれたてか? 自我を保っているのか?」
言っている意味が分からなかった。そもそもここはどこで、僕はなんでこんな所にいるのだろうか。早く帰らないとバイトに遅れてしまう。店長は起こると非常にめんどくさい事になるのだ。割がいいわけではないのでそのうち辞めてやろうと思っていたけど、そのタイミングを逃したまま金欠が続いている。
「我が名はイフリート、炎の大精霊だ」
何か言い出したよ、こいつ。明らかに頭がおかしいぞ。かかわらない方がいいと僕の第6感が告げている。これは無視して早く帰る事にしよう。あたりを見渡して出口を探す。しかし、それはどこにもなかった。
「出口などない、新入りよ。ここは召喚獣の異世界。本来であれば自我を保つことすら難しい場所だ」
諦めて僕はこの変な奴と会話する事にした。出口を教えてもらって即さよならだ。
「え? 意味分からないんだけど? とりあえず外に出るにはどうすればいいのかな?」
「外に出るには呼ばれるのが手っ取り早いな。他の方法を我は知らん。だが、そなたほどのユニークになれば契約を交わすのすら難しい。召喚主になりえる素質があるものはほとんどおらんだろう」
まったく会話が通じない。さっきから意味不明が続いている。
「とりあえず、呼ばれる事がないと出られないってのは分かったけど……なんか納得いかないんだけど?」
この頭のおかしい奴が言っている事が本当だとすると、この変な所に閉じ込められたという事だ。
「ふむ、たしかに言われてみれば理不尽だな。我が生まれるずいぶん前からこれが当たり前すぎて何も感じなかったが……」
やっぱり、こいつはおかしなやつだ。
「他に誰もいないの? ここには」
「いや、いろんな奴がいる。自我を保っているものは少ないが、我々召喚獣は数えきれないほど存在するのだ。お主が見たいと念じれば会うことができる。そういう空間なのだ。ここは」
はい、決定。こいつは完全に頭がイカレテいる。召喚獣って、ゲームのあれだよね。コスプレの精度が高いのは認めるけど、関わっちゃいけない。早く逃げないと。
「しかし、珍しい。召喚獣にしてはシンプルというか、まるで人間だ」
そりゃ、僕は人間だ。当たり前すぎて、何と返せばいいのか分からないレベルの質問である。
「なんという召喚獣だ? そなたは」
は? 何を言ってる? 僕をお前らみたいな頭のおかしい連中と一緒にしないでくれ。
「そんなの…………」
ここで、僕はある記憶がある事に気づく。それは「僕」が生まれてからの記憶だった。僕はこの召喚獣の世界に生まれ落ちた。そう、究極の召喚獣として。
「え? どういう……え?」
2つの記憶が入り混じり、混乱が起こる。だが、そのもう一人の僕の記憶は短いものだった。数分というところだろう。
「僕は…………」
僕も頭がおかしくなってしまったのだろうか?
「僕は…………」
***
「今じゃ平民の中にも成人の儀に召喚獣の素材を渡すやつが多いって時代に、お前も大変だよな」
僕に話しかけているのはレイクサイド冒険者ギルドでも屈指のパーティーの一人として有名なヴェルテって魔人族の人だった。魔人族は召喚魔法が使えないかわりに魔物を使役する力を持っている。ヴェルテさんたちは怪鳥ロックに乗っていた事もあるそうだ。だが、ヴァレンタイン王国に来てからは怪鳥フェザーを一人乗りしているらしい。それはヴェルテさんの本当のパーティーが各地に散っていて、その中の一人がロックを持って行ってしまったのが原因なんだとか。なんでこんな所に来たのかと聞いたら、尊敬している人の生まれ故郷だからとか、もっとすごい人を見たいだとか言っていた。すでにランクSの冒険者が何を言っているんだろうか。でも、その向上心は凄いと思う。
「魔法なんて僕には必要ありませんから」
「でも、その代りろくな職業に就けないんじゃないのか?」
要は、こんな僕を心配してくれているんだろう。魔人族のくせに律儀で、そこが皆に慕われているような人だ。
「一応、冒険者をしてますんで」
生計を立てるのは問題ない。何せ、僕には前世の記憶があるからだ。だが、10歳児として孤児院に入れられた時はどうしようかと思った。こう見えても大学生である。中身は。
「意外なところに売れるものってのはあるんですよ」
今現在の大口の顧客は「神医」パティ=マートンである。僕が作る薬品を高く買ってくれる。と言っても、レシピは自分で考えたわけじゃない。きちんと分量を量って入れているから効果が高いんだろうか。だけど、もう一つの要素が必要なんだ。これは僕にしかできない事だろう。それを知ってか知らずかパティはよく僕の作った薬品を買ってくれる。高く買ってくれるから、生活には事欠かない。つつましく過ごすだけならば問題ないんだ。そして、僕は意外と忙しい。
「なんかあったら言えよ。俺の師匠もよく世話を焼いてくれたもんだ」
いつも話に出てくる師匠が、実はヴェルテさんよりも年下だったなんて。フォレストさんというらしいけど、僕も会ってみたいものである。
「ええ、何かあった時はお願いしますよ」
でも、おそらくヴェルテさんに頼ることはない。なんたって僕は……。
僕は、究極の召喚獣「ヒューマン」だから。
……誰に召喚されてるんだって? 僕はそいつを探すのに忙しいんだよ。
いやいや、本気で不定期だよ。
どっかの作者様みたいに不定期とは言ったけど間が空くとは言ってないみたいな事も言わないよ。