二話
村の酒場。長方形となっている店内の丁度真ん中にあるテーブルを選んでカモミール達は腰掛けた。店員を呼び、各々好きに注文する。
品が運ばれてくるまでの間、カモミールは周囲を見回した。自分たちがいるテーブルを境界線として彼女の背後には黒い鎧を着たものが多く、逆にクロフ達の背後には白い鎧を着たものが多い。
いくら完全中立地帯であっても、それは両国の者達が仲良くやっている地というわけではない。むしろ、この地だからこそ白と黒の境が際立っているようにも思える。両者の違いなど、確かめようとしない限りどだい分からないものであるのにだ。
ともあれ、そんなことは今関係ない。
「同じテーブルに座るだけでこうも注目されるとはねぇ。みんな敏感になっちゃってまー」
クロフが呟いたことも関係ないことなのだ。
四人で店に入った時からこうだ。周りからの、なぜという疑問の視線と気配が伝わってくる。
「クロフ。それはおそらく、私たちが黒の国に仕える兵で、あなたたちが白の国に仕える兵であることが関係しているでしょう」
「おそらくではなく、確実にだ、オレガノ」
オレガノが律儀に言い、律儀に補足する。
「そんなことよりも、アレなの? 当面はあのよくわからない洞窟に日記を置き続けると、そういった行動を続けるワケ?」
カシスが面倒そうな話を断ち切るようにして言った。彼女は丁度運ばれてきた品が全員に行きわたっているいることを確認してから、ではと軽く手に持ったマグカップを上げる。
「――――」
各々言葉を発して飲み物に口を付ける。
「意味があるとは思えないんですが。あぁいえ、だからといって他に案があるとは言ってないです」
「私達の行動が正しいかどうかはまだわからん。今日始めたものを様子も見ずに斬り捨てるのは流石に早計だろう。そういった理由のみだがまだ続けるべきだと私は考えている」
料理を口に運びながらカモミールは思案する。
そもそも十日ほど前に呼び出され、急増されたのがこの四人なのだ。オレガノとはそれなりに知り合った仲だが、白の兵に対して面識があるはずもなく、まだ様子見といった段階なのだ。国から言い渡された策を最初に試しても仕方がないと思っている。
「一つ確認しておきたいのだが、祭壇に置く手記は私が全て担当するという方向でいいだろうか」
なので話の種がこういった堅苦しいものしか提供できないことも仕方のない事だと思っている。
「問題ない。まったく問題ない」
「同じく。異論ナシ」
「中身の確認はどの程度の周期で行うべきだろうか」
「あー、任せるわ。いや俺も確認するよ? ただその周期ってのは、お任せ」
「カモミールが必要だと思ったときにすればいいと思うよ、私は」
二人からあまり積極的な意見を引き出せないのも仕方のないことだと、これは後々改善すべき事態だと考えながら思っている。
「そもそもあれだ。こっちが苦労して文字を書かなくても、そっちができるんならそれがいい」
「そうね。一々私たちがこれで苦労することもないだろうし」
これといってカシスが取り出したのはペンの形をしたものだった。本来インクを付ける場所には刃がある。オレガノが承諾を得て貸してもらい、興味深そうに見ている。
「話には聞いていましたが、半分冗談かと思っていました。これでは利便性に欠けるでしょう」
それは、白の者達が使う筆記用具だった。筆記というと正確には違うだろうが、文字を書くための手段としてそれを用いているのだから筆記用具と表現して正しいだろう。
実際カモミールも見るのは初めてで、オレガノから渡ってきたそれをよく観察する。
黒側の者達は文字を書くときには白、またはそれに似た色の物に黒いインクで書く。最初はどの場所でもそうであると思っていたのだが、そうでもないというのはオレガノ同様話に聞いていた。
どうも白の国では黒いインクを白の上に置くのは良しとしないらしい。材料が不足しているというわけではなく、ただ精神的な、黒が白を侵食しているようなイメージをさせるので、という理由らしい。
そこで白の国が編み出したのが削ることだ。表面を黒く塗った板を用意して、それを先程の刃の付いたペンで削り、文字を書いていく。正確には彫っていく。
「ま、それも一昔前の事よ」
「と、いうと?」
カモミールから再び渡ってきたペンを空中で何かを削る様に動かしながら、オレガノは興味深そうに聞いた。
「なんでも白いインクが開発されたらしくてな。時期にこのペンで板を削らなくてもいいって話だ」
「それは興味深い。しかし、それでも記入するものを一度黒く染めなければいけないという点で、やはり利便性には欠けますね」
「そういう問題じゃないだろうオレガノ」
「そうそう。そんなことはお上も、ていうよりみんな十分わかってるハズよ」
「ならばなぜ?」
会話の途中でも各自好きに注文し、飲み食いしている。幸い資金については湯水のように使わない限り十分にある。クロフは既に三杯目を高く傾けて飲み干していた。
「あのな、オレガノさんよ。世の中には『そういうもん』で片付けといた方が楽なもんがあるのよ」
「『そういうもん』、とは?」
「ある出来事がどうしてそうなったのか。それを深く追求せずに、理由は置いておいて、とにかく今そうなっているのだからいいじゃないか、ということだな」
「適当に納得しておくとも言える」
「はぁ、そうですか」
納得できていないようだが、まぁ時間はある。ゆっくりと柔らかくなっていけばいいのだ。
それよりも気になるのは、
「なんで私たち、オレガノさんの性格矯正教室をしてるワケ?」
カシスの発言の通りであった。
それはともかく、
「ともかく、手記の記入は引き続き私が担当するということで、異論はないな?」
満場一致の異議なしを得て、それからしばらくの雑談のち、解散となった。
翌日、カモミールは再び祭壇の前にいた。
蝋燭の灯りを頼りに手記を開く。一度簡単に全てのページを確認し、自分以外の記入や変化がない事を確認してから、ペンとインクを手にしていた袋から取り出す。
一人だ。別に同行を断ったわけではないが、洞窟の広さはそこまでではないし、また書く内容にしても後々確認するのだから一人で良いだろうという判断だ。
一日目から見開きで一ページ余白を作り、書き始める。
『この本を、私たちの世界ではないであろう誰かに向けて
二日目
昨日の手記は届いただろうか?
私に確認するすべはないので、できることならばあなたの方から何らかの印が欲しい。
ともかく、私たちの世界と、それから起こったことについて綴らなければあなたも疑問符を浮かべるばかりだろう。
なのでそれについて、綴ろうと思う。
長くなるが、許してほしい
そう、あれは――』
季節は一つ、遡る。