⑯ 契約
今日も今日とて俺はイザンの所に来ていた。
のんびりと水を啜りながら世間話を続ける。
もちろんただの水なんかじゃねぇ山6つは向こうの湖でしか取れない霊水なんだぜ。
イザンは昔からこの水が気に入りだったからな。
透き通ったこの液体はほんのり甘い。
「兄さん、帰ってこないか。」
真剣な表情のイザンに俺は首を横に振った。
それにお前がホントに言いたい事はそれじゃないだろ?
口には出さずにジッと目を見つめる。
イザンは俺から視線を反らした。
「兄さん…俺は一度契約をしたんだ。」
苦しそうなイザンに俺は目を丸くした。
まさか…この前は中立だとあんなにはっきり断言しただろ。
「ギアンは温和な男だった。俺とあいつは友と呼んでも良い間柄になった。」
そうか、と俺は短く返した。
口ぶりから察するにギアンって奴との事はイザンの内で良い思い出なんだろう。
「あいつは人間だった。」
だったって事はもう居ないのか…
俺は何も答えない。
「ある日ギアンの国は戦争を始めた…勿論あいつも例外じゃなく戦争に駆り出される事になった。」
まさか。
俺は聞かなくても続きは想像がつく。
ただ俺は口を開かなかった。
「俺はアイツに死んで欲しくなくて…契約したんだ。そのおかげでギアンは死ななかった。
むしろ英雄と呼ばれる位に活躍したらしい。」
契約は俺達にも負担がある。
自分の魔力が減るし契約時には酷い痛みを伴う。
「英雄と呼ばれるようになってもギアンは変わらなかった。俺とアイツは友人のまま。ただ…人と俺達の寿命は違う」
そうだ契約を結んでも人の命は延びない。
むしろ大きすぎる力に耐え切れず早死する事の方が多い。
「兄さん…人と俺達は何もかもが違う。本当に良いのか?」
ソレまで目を合わせなかったイザンが俺を射抜くようにこっちを見据える。
やっぱり俺とマコトの事知ってたんだな。
俺はそれに答えずただイザンを眺める。
今は答えを持っていない。
ずっとずっと考えないようにしてきた。
いずれ出さないといけない答えを考えないように避けてきた。
「ギアンはもう居ない、俺は何が正しかったのか今でも解らない」
首を振って嘆く弟にそうか、と小さく口の中で答えた。
暫く無言で過ごしたあと俺は結局答えずに帰ることにした。
塒に戻るとマコトが俺を見上げていた。
「おかえりなさい」
そう笑うマコトに俺は何も答えない。
『人と俺達は何もかもが違う』
イザンの言葉が頭の中で再生される。
マコトは俺よりも人間と居る方が良いのかもしれない。
真っ黒なマコトの目に俺が映っている。
それをぼんやり眺めながら俺は思考の渦に落ちていった。




