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第一章:男一人に女一人

更新が遅れて申し訳ありませんでした!


取り敢えず今月は2話ほど御勘弁ください。(汗)

江戸湾に一隻の日の国の廻船かいせん---1000石は軽く越えている「弁財船」が錨を降ろして、性能の良い木綿の帆を折り畳んで船を完全に停泊させる。


この弁財船だが、日の国が使用している和船の事で戦乱の世が終わりを告げると1000石以上の船などは造船禁止とされた。


ところが、九州を始めとした海に近い雄藩は密貿易を藩の財政に当てていた事もあるから面白い。


故に知られないようにして……弁財天は改良などが各藩によって出来ていた。


しかし、これを見過ごせば幕府の威信にも係るは明白だった。


この事から2代将軍「徳川秀忠」などは幕府の基盤を強化する事から父・家康よりも強く大名を改易ないし厳封処分にした。


秀忠の子にして3代目将軍でもあった「家光」も同じようにしたが、時に凡君とも暗君とも称される将軍の時期より海外への夢は強くなり始めた・・・・と言われている。


やがて先記にも書いた通り諸外国に密入国する者も出て来た事で……鎖国は緩まり、そして無くなった事によって1000石以上の弁財船も出来たのだ。


その弁財船だが甲板に長くて幅が広い厚板を数人掛かりで置くと港の地面と密着させた。


これを何ヶ所かに設けてから海外から仕入れた物品などを降ろしていく。


慌ただしく人々が船と港の倉を行き来する中・・・・初老で黒めのズボンに赤い上着を着た男は、かなり長い棒状の物を口に銜えていた。


長さは大体5寸(15cm)くらいで前がL字型になっており穴が開いている。


L字型の後ろは長い棒---恐らく柄のようなもので、真ん中辺りに茶色の布が巻かれて、その布は一本ずつ縦に分けられていた。


恐らく飾りの一種だろう。


見たこともない物を男は口に銜えながらフゥーと息を吐く。


すると白い煙が口から出て棒の先端---L字型からも白い煙が出た。


嗚呼、なるほど。


あれは・・・・煙草か。


しかし、日の国の煙草---煙管ではないから恐らく海外の品物だろう。


男は外国製の煙管を吹かしながら背後にある開いたドアに眼をやると声を掛ける。


「おーい、到着したぜ」


煙管を吹かしながら男がドアに声を掛けるとドアから一人の男が出てきた。


身の丈6尺2寸(187cm)はあるであろう巨漢だった。


年齢は20代後半で、浅く焼けた肌に荒々しい顔つきにして髪は黒だが、瞳の色は濃紺だった。


前額部---月代は剃らず、逆に伸ばしており髭も手入れをせず伸ばしていた。


しかし、長い船旅では水は貴重品に当たるから仕方ないかもしれない。


着ている服---濃紺の長着に裾に黒い縁のある袴---野袴だった。


そして肩に羽織るようにしている外套も黒という黒一色だった。


腰に差している1本の刀--2尺8寸5分(86cm)の黒革巻き半太刀拵の鞘に納めているという黒一色には些か開いた口が塞がらない・・・・・・・・・・


話を戻すと、この格好を見れば一目で「牢人」と分かる。


ただ、牢人(浪人という言葉は1651年辺りから使われ始めた)の前に別の言葉が付く。


大陸という言葉で、それに牢人を足すと「大陸牢人」

となる。


大陸牢人とは日の国から出た者を言い、今では一種の社会的地位や身分にもなるほどだったから男もその内の一人だろう。


「はぁ・・・・やっと江戸、か。長い旅だったな」


男は静かに照り輝く太陽に左手をやりながら外国製煙管を吹かす男に告げる。


「仕方ないさ。しかし、あんたと連れが居てくれて海賊共に大切な荷を取られず助かったぜ」


「なぁに行き付けの駄賃代わりだ」


男は純粋で幼さを残す笑顔を見せる。


『こんな幼い笑顔を見せる男が大陸で名を馳せた大剣豪なんだから驚きだぜ』


だが、男を始め船員たちは確かに見たのだ。


荷を船に乗せる折に襲ってきた盗賊の一団を・・・・たった一人で相手取り、15人を斬り伏せた所を。


その内10人は袈裟か、逆袈裟に斬られ一刀の下に熱い血飛沫を迸らせて陸に身体を沈めたが、残り5人は手足を切り落とされた。


もっとも手足も急所の一つであるが、素早く手当てをすれば生き永らえる事は出来る。


とはいえ・・・・・手足を斬られた瞬間に己の愚行を悔いたに違いないが、海に転落した事により血の臭いを嗅ぎ付け、獰猛な和邇(鰐の訓読みで、未知の生物だった事もあり鮫に例えていた)によって瞬く間に食い殺されたが。


そんな鬼神を連想させる強さを目の前で見た事もあり、男は未だに寒気を禁じ得なかった。


更には航海の途中で海賊に襲われた時などは的確な指示を出して敵船を沈没間際にまで追い詰めた。


きっと名のある者に違いないと聞いて尋ねてみれば……まさに、その通りであった。


「さぁ、お着きになりやしたぜ?“荒木又右衛門”様」


荒木又右衛門………


その名は、かつて日の国で名を馳せた大剣豪ではないか。


しかし、その大剣豪の名で呼ばれた男の眉が不快そうに動く。


「俺の名は又右衛門ではなく“又左衛門”だ」


男は老船長の茶化した人名---己が名を言い直す。


「おっと、こいつは失礼。しかし・・・・・流石は直系だけあって強いね」


「冗談は止めてくれ。俺は御先祖様みたいに強くない。ただ、流れるままに旅してきた風来坊さ」


又左衛門は自嘲気味に自分を評して、深く縁が広く日除けと顔隠しの機能を持った笠である「深編笠」を取り出すと被った。


「おいおい、せっかくの色男を隠すのか?」


ふざけた口調で男は言いながら煙管を引っ繰り返して火を海に捨てた。


「別に色男じゃねぇよ」


紐を顎に結び付けながら又左衛門は言うが・・・・・・・・・・・


「その割には何処を旅しても女に困らなかったでしょ?」


又左衛門の背後---船室から声がして、完全に外へ出た又左衛門の後へ続くように一人の娘が出て来た。


こちらは20代前半で、黒眼に輝かしい碧眼をしており整った顔立ちと、凜とした雰囲気は何処ぞ武家の娘という感じである。


衣服は男と似たような感じだった。


身長は5尺8寸(175cm)位で、腰に差している2本は2尺5寸5分(77cm)の打ち刀に1尺5寸6分(47cm)の中脇差だった。


拵は朱石目塗の打ち刀拵である。


こんな仰々しい格好と刀を腰に差している辺りから……恐らく武芸を生業としている「別式女べつしきめ」の類だろう。


この別式女だが、平たく言えば女武芸者の事で他にも帯剣女、刀腰婦などの呼び名があり奥の宮---大名の正室、側室などが住む場所を警護したり、または奥女中の稽古をしたりするのが基本的な仕事である。


奥の宮は、そこの主人以外の男子は出入り禁止ゆえに女が武芸を習い、主人などを護るのが習わしだ。


恐らく娘も別式女であろうが、整った顔立ちは何とも幼さを残しており可愛らしい。


衣服の方は淡い色を放つ小袖に上から朱色の上着を羽織り、黒い袴を穿いた上で平たい円板状の編み笠である「一文字笠」を被っている。


「おい、美咲。俺は………」


又左衛門は出て来た娘の名を言い、反論しようとしたが・・・・・・・・


「はいはい。好きな女に一途でしょ?あんたと何年、旅していると思っているのよ。純情お馬鹿」


美咲と呼ばれた娘は皮肉な言葉を吐いて、又左衛門は閉口した。


「相変わらずだね。戦の時は息がピッタリなのに平時は口喧嘩の毎日だ」


男は愉快そうに笑いながら2人を板の方へ案内する。


「道中、あんた等が居てくれて助かった。礼と言っては何だが、もし、何か用があれば来てくれ」


俺の店だと男は言い、店の地図と自分の名前を書いた紙を又左衛門に差し出す。


「ありがとよ。おっちゃん」


又左衛門は紙を折り畳んで懐に仕舞うと男に礼を述べた。


「で・・・・これからどうするんだ?板東町に帰るのか?」


「どうするかなぁ……親父達の顔も見たいが、久し振りに気ままに今度は日の国でも旅してから帰るのも悪くないと思っている」


「確かに、それも良いわね。大陸生活が長すぎて日の国がどれだけ変化したのか見てないもの」


美咲も又左衛門の言葉に相槌を打つ。


「そうかい。なら・・・・ついでだ。ここにも俺の知り合いが居るから何かあったら行きな。俺は居なくても手紙を見せれば泊めてもらえるぜ」


『ありがとうございました』


2人は礼を言い、板を歩いて懐かしい江戸の地を踏んだが・・・・・これが歴史に大きく名を残す瞬間だったとは思いもしなかった事だろう。


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