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理系女子の恋  作者: 流音
99/246

95、二人三脚


私は二人三脚のためにグラウンドに瀬川君と並びながら、気持ちが沈んでいた。

横では私と正反対に上機嫌の瀬川君がニコニコしている。


きっとタカさんと普通に話ができるようになって嬉しいんだろう。

私としてはナナコのこともあるので、微妙に複雑だった。

私が促した事だとはいえ、あまり二人が仲良くなり過ぎるとナナコが辛い思いをする。

かと言って、瀬川君にナナコの事は言えないし…

タカさんにも頼んだ以上、もう話をしないでなんて言えない。


ハッキリ言ってどん詰まりだ。


それに私は瀬川君たちの事に加えて、井坂君とFカップ女子が消えたことが気になって、今にも頭がパンクしそうだった。


さっさと二人三脚なんか終えて、井坂君を探しに行かないと。


私は順番の進む列を見て、大きく息を吸いこんだ。


「お、なんかやる気じゃん?谷地さんがやる気なら、俺も本気で走るよ!!」


瀬川君が横でストレッチしながら笑って、私は少しイラッとしながら彼を見つめた。


元はと言えば、瀬川君が女性不信になったりするから、私がこんなに色々溜め込むことになったんじゃん。

当の本人がヘラヘラしてて、何で私がこんなに頭痛めなきゃならないんだ。


「なんかご機嫌だね。瀬川君。」

「はは!だってクヨクヨしてたって仕方ねぇし、せっかくの体育祭。楽しまなきゃ損じゃん?」


前向き過ぎる…


私は以前と同じような爽やかな笑顔を向けられて、開いた口が塞がらなかった。

どんなときも明るいのは瀬川君の長所だなぁ…

落ち込んでたのなんて、私に相談してきたあの一瞬だけだったような気がしてくる。


私と瀬川君はスタート地点に立つと、お互いの足をつけて紐でくくった。

そして肩を組むとまっすぐ前を見据える。


「今日はホントにありがとう、谷地さん。絶対お礼するからさ。」

「…了解。とりあえず頑張って一番狙おうね。」

「もちろん。外側の足からスタートな!!」


瀬川君に指示されて私が頷いたとき、「よーい」という声がかかり準備した。

そしてパァン!という合図に合わせて左足を出してスタートする。


スタートは順調で瀬川君の足が速いというのもあり、合わせていたら徐々に前に出て後続を離していく。


この調子なら一番とれる!


私は肩を組んでいる手に力を入れて、必死に足を動かしてゴールに目を向けた。

そして後少しでゴールテープを切るという所で、私の目にとんでもないものが飛び込んできた。


ゴールの向こう…人気のない校舎の脇に、井坂君のスラッとした姿。

その彼の前に遠目でも分かる、Fカップ女子。

その二人が密着したと思ったら、キスしてしまった。


え!?!?


私は動揺して、ペースを乱した。

その瞬間、横で「うわっ!!」という声が聞こえたと思ったら、瀬川君に引きずられるようにその場につまずいて転んでしまった。


「―――――っ!!!」


私は手の平と膝に痛みが走り、目を瞑っていたら、横で脇を抱えて抱き起された。


「谷地さん!!あとちょっと!!」


瀬川君も転んだはずなのに、私の体重を支えるように足を動かそうとしている。

その横を青いハチマキをつけた二人組が抜いていって、私はハッと我に返った。


「ご、ごめん!!」


私は瀬川君と肩を組み直すと、痛む足を気にしながらも前に目を向けて、なんとか二番でゴールした。

ゴールすると、瀬川君が二番の紙を受け取って赤組の箱に入れた。

私はその様子を見ながら、さっきの光景が瞼の裏から消えてくれなくて、心臓が嫌な音を立てる。


すると瀬川君が足をくくっていた紐を解いてから、呆然と立ち尽くす私の足を見て顔をしかめた。


「足、血出てる。救護所に行こっか。」

「あ、うん…。」

「歩ける?無理なら、俺背負うよ。」


瀬川君はぼけっとしている私を気遣ってくれているのか、目の前にしゃがんできて、私は瀬川君も腕を擦りむいているのを見て首を振った。


「いいよ!!大丈夫。瀬川君…ごめんね…。」

「なんで謝るの。先にこけたの俺だよ?」

「でも…その前にペース乱したの…私だから。」


私が声のトーンを落として俯くと、ふっとため息をついた瀬川君が立ちあがって言った。


「谷地さん最後まで一生懸命走ったじゃん。だったら、途中で転んだのは誰のせいでもない。だから、謝る必要はないよ。」


瀬川君の明るく前向きな言葉を聞いて、私はなぜか自然と涙が零れた。


「わ!!そんな泣く程、足痛い!?」

「ち…ちが…っ…。」


瀬川君が焦って手をバタバタさせ始めて、私は擦りむいた手で涙を拭った。

傷に涙が沁みて痛い。


こけた傷が痛いわけじゃない…

でも、なんで涙が出たのか自分でもよく分からなかった。


ただ頭の中から、あのキスシーンが消えてくれなくて…ずっと胸が痛かった。





***





私と瀬川君は救護所で手当てをしてもらうと、瀬川君は棒倒しに出ると言って先に戻っていってしまった。

私は井坂君に会うのが怖くて、足が思うように前に進んでくれない。

喉は渇いてくるし、心臓はずっとドキドキと鳴りやまない。


ただの見間違いだったならいい。

でも、そうじゃなかったら?


今になって鹿島君のあの言葉が妙に現実味を帯びてくる。

『別れる』


付き合い始めて、初めて意識した言葉。


今まではただ幸せで、ちょっとしたすれ違いはあってもここまで『別れ』を気にしたことはなかった。

でも、今初めて…別れを切り出されるんじゃないかと心が怯えてる。


Fカップ女子に迫られて、心が動いてしまったのだとしたら…?

私はどうやって引き留めればいいのか分からない。


井坂君の笑顔がこっちを向かなくなった時の事を考えると、今にもまた涙が出そうだ。


そうして暗い雰囲気を出してトボトボと歩いていると、「ねぇ。」と横から声をかけられた。


そこには鹿島君が腕を組んで立っていて、私は彼の姿を見ただけで嫌な汗が吹きだして彼から目を逸らした。


「何、その反応?俺、そこまで嫌われるよなことしたっけ?」


鹿島君が私の目の前に移動してくると、私の顔を覗き込んできて口の端を持ち上げて笑った。

私は手を握りしめて、気持ちを強く持とうとするけど、今は唯一の自信が崩れ去りそうで上手くいかない。


「あんたと井坂、付き合ってる割には今日、あんま一緒にいないよな?さっきも聖奈と一緒にいるの見たし、どうなってんの?」

「……せいな…?」


私は彼の言う聖奈さんが分からなくて、彼の顔を見つめて首を傾げた。

鹿島君は目を細めてから、ふっと息を吐くと姿勢を正した。


「そっか、名前は知らないよな。すっげーナイスボディの女子だよ。確か7組だから黄組だったかな。井坂と一緒にいるの見たことない?」


私は黄色いハチマキをつけたFカップ女子だと分かって、目を見開いた。


さっきも一緒だったって…鹿島君はここにいるのに…何で…?


私は聖奈さんが井坂君を呼び出したのは、鹿島君が呼んでるってことだと聞いていただけに動揺した。

鹿島君は笑顔のままで楽しそうに続ける。


「井坂もやっぱ男だよな~。あんなナイスボディに迫られたら、断れねーもんなぁ~。」


断れない…

それは…もし好きだって言われたら…断れないってこと…?


私はキスシーンが目の前に浮かんで、瞳が震えて視点が合わない。


「あんた彼女なんだからさ、井坂から何か聞いてねぇの?聖奈の事。」


鹿島君にズバッと聞かれて、私は胸を包丁で突き刺されたような気分だった。


井坂君からは聖奈さんの事は何も聞いていない。

カラオケのときも迫られたなんて一言も言っていなかった。

また、その後も接点があったなんて…今日初めて知った。


井坂君は聖奈さんのことを黙っていた。


私はそれがショックで、鼻の奥がツンとしてきた。


「やっぱり井坂は俺と同じ人種だよ。一人の彼女に縛られるタイプじゃないんだって。あんたも遊びの一人なんじゃない?」


遊び…


私は以前、瀬川君から聞いた、そういう人たちがいるという話を思い出した。

井坂君がそういう人たちと一緒…?


そんなわけない。


井坂君はそんな人じゃない。


違うと思いたいけど、さっきのキスシーンが鮮明に思い返されて心が揺れる。


信じたい…

でも、何が真実なのか…私一人じゃ判断できない…


苦しい…


どうすればいいの…?


私は溜め込んでいたものが溢れて、涙が頬を伝った。


「…っ…!!」


泣いたら鹿島君の言葉を肯定することになるって分かってるのに、零れて止まらない。

私が泣き顔を隠したくて、必死に手で拭っていると、背後から走る音と怒声が聞こえた。


「お前!!谷地さんに何してる!!」


私が声にビクついて、振り返ると島田君が怒気を迸らせながらこっちに走ってきた。

島田君は私と鹿島君の間に割り込むと、私を背に庇うように立って鹿島君を睨みつけているようだった。


「なんだ、この間友達だとかクサいこと言ってた奴じゃん?何の用なわけ?」

「それはこっちのセリフだ!!谷地さんに何の話をしてた!!」


鹿島君は変わらずヘラヘラしていて、島田君はそれに挑発されるように肩を怒らせている。

私はそんな状況にも関わらず涙が止まらなくて、ひたすら涙を拭う。


「何の話って、共通する話なんて井坂しか思い浮かばねぇだろ?」

「んなもん分かってるよ!!だから、何で井坂の話をして谷地さんが泣いてんだよ!!」

「知らねーよ。それはそっちが勝手に泣いたんだからさ。俺は俺の思う事を言っただけだよ。」

「それを言えっつってんだよ!!」


島田君が今にも掴みかかりそうな勢いで怒鳴って、周囲の視線を集める。

鹿島君はそれに気づいたのか、大きくため息をつくと頭を振った。


「あっついなぁ~…。つーか、何?その子の彼氏でもないのに、ナイト気取りで現れてさ。こっちは怒鳴られて気分悪いんだけど。そこまで食ってかかる理由を教えてくんない?」


この問いには島田君が黙ってしまって、私は彼の後ろのいるので島田君の表情が見えなかった。


すると鹿島君が「ふ~ん。そういうこと。」と何か分かったかのように言って、ニヤッと意味深に笑った。


「いいと思うよ。君のそういう気持ち。俺は応援するよ。」

「は…?」

「??」


私も島田君も急に応援すると意味の分からない事を言われて、首を傾げた。

鹿島君はニヤニヤと気持ち悪い目でこちらを見ると、顎を撫でながら言った。


「俺が彼女に言ったのは、井坂が聖奈と浮気してるってこと。」

「は!?浮気!?」

「そ。聖奈はすっげーナイスボディの持ち主でさ、あれに迫られて落ちない男はいないからさ。今日、何度も一緒の姿見かけてるし、そういうことだろーと思ってね。」

「な…。そんなわけ…。」


島田君も私と同じで否定しようとしているけど、いつものより歯切れが悪い。

きっと少し疑っているのかもしれない。


「ないとは言い切れないだろ?あんたも男だしさ?」


鹿島君が追い打ちをかけて、島田君が完全に黙ってしまった。

それを見た鹿島君が島田君に近寄ると、島田君の肩を叩いて言った。


「そういう理由から彼女は泣いてしまったわけだ。お前も友達なら、彼女、慰めてあげればいいじゃん?」


鹿島君はそう言ったあとに島田君の耳元に口を近づけると、小声で何か呟いた。

それを聞いた島田君が鹿島君の手を振り払って、鹿島君を睨むように凝視している。


「怒るなよ。じゃーな。」


鹿島君はヘラッと笑うと、手をひらひらさせながら歩いていってしまった。

私は彼の後ろ姿から睨んでいる島田君に目を移すと、島田君と目が合った。


その瞬間、目をサッと逸らされてから、何かを考えて私の顔に手を伸ばしてきた。

島田君の手が私の頬に触れると、島田君がほっとしたように表情を緩める。


「泣き止んでる。」

「あ、ホントだ。」


私はいつ涙が止まったのか、目の周りと頬がカピカピしているのに気付いた。

二人の剣幕の様子にハラハラしてしまって、泣く所じゃなかったのかもしれない。

私はふっと気が緩んで、頬を持ち上げた。


すると両手で頬を包まれて、前から笑い声が聞こえた。


「ははっ!平気そうで安心した。」

「平気そうって…。そんなに心配してくれてたの?」

「まぁ、ね。俺、あいつ嫌いなんだ。」

「嫌いって…鹿島君?」


私が島田君の手を外そうと手をかけると、島田君が慌てて手を放した。

そして少し気まずそうに目を泳がせてから彼が口を開いた。


「そ、そう。あいつ、なんか井坂を誤解してるっぽくて…なんか絡んできてるみたいなんだよな。元に戻すとか訳の分からないこと言ってさ。ホント自分勝手な奴だよ。」


元に戻す…


そういえばさっきも俺と同じ人種とか言ってた…

鹿島君と井坂君は本当に同じなんだろうか?


井坂君ってどういう人?


私は本当の彼の姿を見失いそうで、顔をしかめて考えた。


「あんまりあいつの話、信じない方がいいと思うよ。」

「え?」

「浮気のことだよ。きっと鹿島が勝手に言ってることだろうし、真相は井坂から聞かねーと分からないよ。」


島田君がニカッと私を安心させるように笑って、私は少し気が楽になった。


そうだよね。

井坂君は隠し事とかする人じゃない。

きっと、キスの事も自分から言ってくれるはず。


今は井坂君だけを信じよう。


私は島田君に笑顔を向けると、お礼を言った。


「ありがとう。島田君。元気出たよ。私は井坂君を信じる。」


島田君は少し驚いた顔をしていたけど、また嬉しそうに笑うとピンと親指を立てて言った。


「それでこそ谷地さんだよ。もし浮気の話が本当だったら、俺も一緒に怒るから言ってくれよな。」

「うん。そのときはお願いしようかな。」

「お、いつもの調子に戻って来たじゃん。」

「あははっ!」


軽口をたたく島田君と話していると、あのシーンが嘘のように思えてきた。

気持ちも楽になり、今はこうして話をするのがすごく楽しい。


島田君にはいつも気持ちを救い上げられてるな…と思って、彼の優しさに胸がじんわりと温かくなったのだった。






詩織、島田、井坂、聖奈、鹿島で話が進みます。

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