表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理系女子の恋  作者: 流音
96/246

92、トラウマ克服


私は昨日の変な井坂君を誰かに分かって欲しくて、休み時間にタカさんの机にきて愚痴っていた。

私はタカさんの前の席である北野君の椅子を借りて座っている。


「そういうわけでさ…。なんか距離が近いってうか…昨日は本当に変だったの!!」

「しおりん…その惚気はいつまで聞けばいいのかな?」


タカさんが頬杖をついて半眼で私を見据えてきて、私は思ってた反応じゃなくて目をパチクリさせた。


「あれ?…これって…惚気?」

「うん。思いっきり惚気だね。ラブラブだっていうのは痛いほどよく分かったよ。あと、井坂君がしおりんにベタ惚れだってことも。」

「ベタ惚れって!!そんなわけないから!!」


私はかぁっと顔が熱くなりながら、タカさんの肩をパシンと叩いた。

タカさんは面倒くさそうな顔のまま、はぁ…とため息をついた。


「しおりんってホント鈍感だよねぇ…。」

「鈍感とか関係ないよ!!いっつも私の方が井坂君の事、その…好きだし…。昨日だって置いて帰られて、どれだけ寂しかったか…。」

「あー、そういえばそうだったね。捨てられた子犬みたいに見送ってたもんねぇ~。」


タカさんは顔をニヤけさせると、私をからかってきて、私は彼女から顔を背けた。


最近くっついてた事が当たり前になってしまって、少し距離が空いてしまうと途端に寂しくなる。

こんなの井坂君依存症だ。

私はこのままではいけないと思うものの、今も教室にいない井坂君を探しに行きたい気持ちになってしまう。


もうイヤだ…

前まではこんな自分じゃなかったはずなのになぁ…


私はふっと息を吐いて、シュンと肩を落とした。


「あ、また出た。捨てられた子犬顔。」

「え…。そんな顔してる?」

「してるしてる。しおりん、その顔、井坂君以外の男の子の前でしない方がいいよ。」

「なんで?」

「守りたい衝動をかきたてるから。」


………


何…それ?


私はタカさんの言う守りたい衝動という意味が分からなかった。

タカさんは「絶対ダメだよ。」と念を押してくるし、そもそもそんな顔をしてる自覚がない。

私はとりあえずいつも通り口角を上げておこう!と頬に力を入れたとき、井坂君が帰ってきて気持ちも浮き上がった。


「あ、詩織。八牧もこっち来てくんねぇ?」


井坂君が教室の入り口で私に目を留めるなり、タカさんも一緒に呼んできて、私はタカさんと顔を見合わせながら彼の所に向かった。

向かうと彼の後ろに瀬川君がいるのが見えて、どういう組み合わせ?と不思議になった。


「瀬川。詩織が大丈夫なんだったら、詩織の大親友の八牧も大丈夫なんじゃねぇ?」

「?…八牧さん?」


瀬川君がタカさんに目を向けたのを見て、私は井坂君が瀬川君を連れてきた理由がなんとなく分かった。

タカさんは状況が読めないのか、顔をしかめて井坂君に尋ねた。


「井坂君、学校一のイケメン連れて来て、私が大丈夫とかどういう意味?」

「えっとさ…、八牧も知ってると思うけど、5組の瀬川…何だっけ?」

「歩だよ。瀬川歩。」

「あぁ、そう。その瀬川がさ、ちょっと訳ありで…。できたら、リハビリに付き合って欲しいんだよ。」

「リハビリ?って何の?」


タカさんが腕を組んでズバリ尋ねて、井坂君は言うのを躊躇って瀬川君を見た。

瀬川君は少し迷っていたけど、コホンと咳払いすると打ち明けてきた。


「俺、いわゆる女性恐怖症になって…さ。」

「うそ!?学校一のモテ男が!?」

「タカさん。その言い方やめてあげて…。」


私はなった原因がモテる事に起因しているので、できるだけ傷に触れて欲しくなかった。

タカさんは「ごめん。」と謝ると、まっすぐに瀬川君を見つめた。

瀬川君はタカさんにも少しビビってるのか、スッと視線を逸らしてしまう。


私は話に聞いていただけだったので、こうして普段の瀬川君らしくない姿を見てしまうと、女性不信は本当なんだと実感した。


「その瀬川がさ、詩織だけは大丈夫らしくて…、それなら親友のお前も大丈夫なんじゃないかと思ったんだよ。お前、瀬川にも興味なさそうだし…。」

「井坂君。それ、私のことバカにしてるの?それとも褒めてるの?」


タカさんが井坂君をちらっと睨みつけると、井坂君は焦ったように手を横に振った。


「信用してるって意味だって!!お前なら瀬川のファンみたいな事、ぜってーしなさそうだし!!」

「ファンみたいなことって…。一体何されたの?」


タカさんが呆れたようにため息をついて言って、これにはさすがに瀬川君が顔を強張らせて俯いてしまった。

井坂君は気持ちが分かるのか「そこは触れないでやれよ!」と言って、話を逸らそうとしている。


私は井坂君がここまで瀬川君のために動いてくれるとは思わなくて、井坂君のことを見直してしまった。

昨日は瀬川君に嫉妬してたみたいなのに、どういう事なんだろう?

まだまだ男心は理解できないなーと様子を見守る。


するとタカさんがふーっと長く息を吐いてから言った。


「なんかよく分からないけど、リハビリって何を協力すればいいの?」

「えっと…とりあえず、最初は触れるようになることかな?会話はなんとかできるみたいだし…。」


井坂君が困ったように瀬川君を見ると、瀬川君は顔を上げてちらっとタカさんの顔色を窺いながら言った。


「俺…女子と接触すると、気分が悪くなって吐きそうになるんだ…。とりあえず、そうならないようにしたい…かな…。」

「ふ~ん…。あんなに女子に笑顔振りまいてたんだから大丈夫なんじゃないの?一種の強い思い込みかもしれないし、とりあえず握手ぐらいならできるでしょ?」


タカさんが女子に触れないって事を信じてないのか「はい。」と手を差し出してきて、瀬川君が一瞬体をビクつかせてから困ったように井坂君と私を見た。

雰囲気からすごく嫌がっているのが伝わってくる。

顔面真っ青だし、今にも倒れそうな表情で可哀想になってくる。


でもタカさんは平然と「はい!」と半分怒りながら手を差し出し続ける。

ここは瀬川君を応援するべきなのか、止めてあげるべきなのか悩んでいると、我慢できなくなったタカさんが強引に瀬川君の手を握ってしまった。

そのとき瀬川君の体が大きくビクついたのが見えた。


「うっわわわわわっ!!!」

「えぇっ!?」


瀬川君は思いっきり顔を引きつらせるとタカさんの手を振りはらって、私の服を引っ張ってくると、盾にするように私の背中にくっついてしまった。


え…えーと…


私はポカンとしているタカさんの顔と口を引き結んで眉を吊り上げた井坂君の顔を見て、背中の瀬川君に声をかけた。


「せ、瀬川君。なんで私を盾にするの?」

「だ、だって…なんか一番安心するから…。」


安心って…


私がどう反応すればいいのか困っていると、井坂君が瀬川君を指さして声を荒げた。


「おっまえ!!トラウマ克服する気あんのか!?詩織から離れろっ!!」

「井坂君がこれ持ち掛けてきたんだろ?だったら、これぐらいのこと許してくれたっていいだろ。」

「それとこれとは話が別だ!!っつーか、俺を盾にすればいいだろが!!」

「だって…体が勝手に谷地さん掴んでたんだよ…。」

「こんのっ!!!!顔がいいからって何しても許されると思うなよ!?」


井坂君が無理やり瀬川君を私の背から引きはがすと、ガミガミとお説教し始めた。

私はそれを見た後、呆然としているタカさんに話しかけた。


「タカさん…厄介なことに巻き込んじゃってごめんね?」

「…ううん…。それは別にいいんだけど…。女性恐怖症ってホントにあるんだね…。ビックリしたよ…。」


タカさんは少なからずショックを受けたようで、叱られている瀬川君を見つめて目を細めた。

私はそんなタカさんを見て、一瞬違和感が過った。

タカさんの横顔が今まで見たことのない表情に見えたからだ。


「前の姿からは考えられないね。…あんなにカッコいいのに勿体ない…。」

「タカさん?」

「ううん。無理やり手を繋ごうとして悪い事しちゃったなって反省してたの。この様子じゃ、しばらくは私としおりんと三人でリハビリした方がいいかもね。」


タカさんがさらっとこの先の事を口にしていて、私は驚いた。


「えっ…協力してくれるの?」

「うん。なんか可哀想だしね。それに、学校一のイケメンと一緒にいるとか鼻が高いでしょ?」


タカさんが楽しそうに笑顔を見せて、私はさっきの違和感は勘違いかと思い直した。

タカさんはこういう人だ。

どんな事も面白いか面白くないかで判断する。


恋愛に興味がないのも、そういう性格からきているのかもしれない。


私は瀬川君に一番害がないのは井坂君の見立て通り、やっぱりタカさんだと思ってふっと頬が緩んだのだった。





***






それから私とタカさんによる瀬川君のリハビリが始まったのだけど、体育祭当日になっても瀬川君の様子はまったく改善しなかった。

私とタカさんは時間かけるしかないかな…と思っていたのだけど、井坂君はすごく不機嫌に瀬川君を睨んだ。


「お前、やる気あんのか?」

「あるに決まってるだろ!!だから毎回休み時間に八牧さんに触れるように努力してきたんじゃねぇか!!」


瀬川君がなぜかやっぱり私の背後に隠れながら言って、井坂君の機嫌が更に悪くなった。


「だから!!なんで詩織から離れねーんだよ!!」

「だってお前怒ってるし、逃げ場がここしかねーだろ!?」

「お前が詩織にくっついてることに怒ってんだよ!!離れろよ!!」


井坂君が瀬川君の首根っこを掴むと私から引き離した。

それを見ていた通りすがりの生徒が口々に「また一緒にいる~。」「目の保養だよね~。」なんて言いながら歩いていく。

私はそれを聞いて、そういえば二人ともミスタコン上位のイケメンだったと気づいた。


今まで接点のなかった二人がこうして言い争ったりしながらも一緒にいるのが、周囲にとったら目の保養と称されるほど画になるらしい。

私は井坂君が褒められる分には鼻が高いが、また人気が復活しそうで複雑だった。

このまま二人が一緒にいると瀬川君の人気の影響を受けて、前のように井坂君の株が上昇してしまうかもしれない。


私は一刻も早くトラウマを克服してもらわないと!!と声を上げた。


「瀬川君!あのさ、今までは触れるようにってことで、触る訓練みたいなのばっかりしてたけど…。タカさんと二人で会話してみない!?」

「…会話って?」


私の提案に言い合っていた井坂君と瀬川君がこっちを向いた。

横にいたタカさんも不思議そうな顔をしている。


「だって瀬川君、タカさんのこと何も知らないでしょう?知らないのに、触れるぐらい仲良くなれることが変なんだよ!!まずはタカさんが瀬川君に害を与えないって分かれば、なんとかなるんじゃないかな!?」


これには皆納得というようで、瀬川君は頷いたあとに「そうだな。」と言って初めてタカさんに笑顔を向けた。

タカさんはそんな瀬川君を見て、目をパチクリさせている。


「じゃあ、私達は先にグラウンドに行ってるね。瀬川君、二人三脚よろしくね。」

「あ、うん。こっちこそ、ごめんな。」


私は井坂君の背中をグイグイと押すと、瀬川君とタカさんを残して廊下を進んだ。

ちらっと振り返って二人の様子を確認すると、ぎこちないながらも笑顔で何か話をし始めているのが見えてホッとした。


すると前から大きなため息が聞こえてきて、私は井坂君に目を戻した。


「…やっぱり、二人三脚出るんだ…。」

「え?…うん。そりゃ、今の状態のままじゃ、私しかいないよね。」

「だよなぁ…。」


井坂君が肩を落としながらまたため息をついて、私は後ろから彼の横顔を覗き込んだ。

井坂君はなんだかシュンとしていて、私はハッとあることに気づいた。


「あ、まさか。私が二人三脚出るのイヤ!?」

「や…イヤっていうか…。う~ん……イヤなのかもしれないけど…さ…。」


井坂君は腕を組んで何やら考え込むと、少し顔を赤らめて言った。


「体育祭までに八牧ぐらいなら触れるようになるかもって…期待してたんだよなぁ…。」

「…それって…。」

「うん。八牧と肩組めるなら、詩織と二人三脚代わってもらおうって思ってた。」


井坂君がここまで協力的だった意味を知って、私はぼわっと顔が熱くなった。


そこまで、私と瀬川君が一緒に出るの…嫌だったんだ…


私は今日までの必死な井坂君を思い返して、ふっと笑みが漏れた。


「あー…結局間に合わなかったし…。諦めるかぁ…。」


井坂君が本当に残念そうに言って、私は井坂君の気持ちが嬉しくてギュッと腕にしがみついた。

井坂君が驚いて私を見下ろしてくる。


「私は井坂君と二人三脚したかったかな。」


彼のご機嫌をとるわけじゃないけど、私は「でしょ?」と言って井坂君を見上げた。

井坂君は照れたのかみるみる顔を赤くさせると、まっすぐ前に顔を戻して咳払いした。


「そ…そうだな…。」


私はそう言ったあとの井坂君の仕草を見て、心がくすぐったくなった。


井坂君が嬉しいときに出る――口をもごもごさせてから、キュッと口角を持ち上げるクセが出ていたからだ。


ありがとう、井坂君


私は井坂君の気持ちが嬉しすぎて、同じように頬が緩みっぱなしだったのだった。










ここからタカさんと瀬川君に接点が生まれました。

そして体育祭スタートです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ