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理系女子の恋  作者: 流音
93/246

89、バトル


体育祭まであと三日と迫ったある日、私は職員室の前で奥園先生に引き留められた。

奥園先生は相変わらずピッタリとしたタイトスカートに髪をキャビンアテンダントのようにお団子にしている。

そしてメガネの奥の細い目が鋭いような気がする。


私はその威圧的な姿にビクビクしながら、奥園先生の前に立った。


「何でしょうか?」

「あなた、同じクラスの井坂君と交際しているようだけど、最近の行動は目に余るんじゃないかしら?」

「…はい?」


私は腕を組んで私を見下してくる奥園先生をぽかんと見つめ返した。

奥園先生は整えられた眉を吊り上げながら言った。


「仮にも進学クラスに籍をおきながら、移動教室のときも教室でもさらには放課後まで見せつけるようにベタベタとしたスキンシップをしていると聞いています。これは本当のことなんでしょう?」

「あ…まぁ。そうですけど…。え?それがどうしたんですか?」


私は奥園先生に噛みつかれる意味が分からなくて聞き返した。

奥園先生は顔をひくつかせると、苦虫をすり潰したような顔で続ける。


「どうしたもないでしょう!?普通クラスの手本とならなければならない進学クラスの生徒が、普通クラスの生徒と同じように学校でくっついて回るなんてっ…!!もっと自分の立場と恥を知りなさい!!」


手本とか…恥とか…


私は昔のお母さんのようだと思って、イラついた。

なので睨みつけるように奥園先生を見ると、反撃を開始した。


「手本って誰が決めたんですか?」

「え?」

「進学クラスだから普通クラスの手本となれなんて校則にはなかったと思いますけど。」

「それは、そうだけど。常識で分かるでしょう!?」


常識!?


私はプチンと何かが頭の中で切れるような気がした。


「常識って何ですか!?相手の事が好きなのに、くっつかないのが常識ですか!?それで相手の気持ちが遠ざかって、別れる事になったら先生は責任取ってくれるんですか?」

「責任って…。そんな大げさな。」

「大げさなんですよ!!人を好きになったら、相手の心変わりを心配するんです!!だから繋ぎとめたくて、くっついたり、キスしたりするんです!!分かりませんか!?」


私が一気にまくし立てて食って掛かると、奥園先生はさすがに躊躇って一歩仰け反った。

そして言いにくそうに「分からないわ。」と言う始末。

私は分からない人にここまで言われる意味が分からなくて、更に頭に血が上った。


「分からないなら口を出してこないでください!!悪い事してるわけでもないのに、不愉快です!!」


私はそう怒鳴りつけると、ふんっと鼻から息を吐き出して教室に向かって足を速めた。


ムカムカ…

何!?あの言い方!!すっごく腹が立つ!!


私は苛立ちから足音を立てるように廊下をズンズンと歩いていたら、目の前に誰かが立ち塞がって足を止めた。

そこには男子が4人集団で立っていて、その中のメンバーに見覚えがあった。

明るい茶髪に赤いピアス…

確か井坂君とファミレスで揉めてた人だ。


私は品定めすような目で見られて、一歩下がって身構えた。


「なぁ、さっき奥園と揉めてたけど、そんなに井坂のこと好きなわけ?」

「え…?」


軽そうな男子は私を見ながら、ズボンに手を突っ込んでいる。

周りの友達も同じようにだるそうに立ちながら私に注目してくる。


「…好きじゃなきゃ付き合わないと思うけど…。」

「ふうん。あんたの何がいいんだろうな?」


その男子はふっと飽きれた様にため息をついて、微妙な笑顔を浮かべた。

バカにしたような表情に気分が良くないな…と彼を睨みつけるように見る。


「井坂がモテんのは知ってんだよな?」

「…何が言いたいんですか?」

「井坂の事好きなら、当然山地のことも知ってんだろ?俺らの中学んときのアイドルをさ。」


アイドルって…

私は山地さんの可愛らしさは知っていたが、彼女の内面の黒さも知ってるだけにアイドルという単語が不釣合いに聞こえる。


「知ってますけど。」

「だったら、何であんたが彼女なんだよ。」


ここで彼の声のトーンが落ちて、低い声になったことにゾワッと怖くなった。


「山地みてーにすっげ美人で明るい派手な子なら分かるんだけど、何であんたみたいな地味な奴なのか理解できねぇ。何?薬か何かでも盛ったわけ?」


この言葉に周りの友達たちが同調して笑い出す。

私はケンカを売られてるという事だけは分かったが、言い返す勇気が出てこなくてじっと耐える。


「それとも…あの堅物井坂がグラつくほどの誘惑でもしたわけ?」


その男子の視線が私の体を舐めるように見るのが伝わってきて、私は手で体の前をガードするとカッと赤面した。

そんな反応が面白かったのか周りから「それはねーよ!」とか「そんな魅力ねーだろ!」と冷やかされる。


自分でも分かってる事を他人の何も知らない男子に言われると屈辱だ。

私はここで何かが吹っ切れて、ゴクリと唾を飲み込むと言い返した。


「あのどなたか知りませんけど、そんな事言いに来て何がしたいんですか!?」

「何って決まってるだろ?あんたと井坂には別れてもらう。」


!?


私は女子に言われるならまだしも、男子からこんな事を言われるなんて思わなくて目を見張った。

その男子はニヤッと笑うと、私に顔を近づけていった。


「あいつは俺と同類なんだ。それを思い知らせてやるよ。」


同類…??


私は目の前のこの人と井坂君の共通点なんか浮かび上がらなくて、同類という言葉に違和感しかなかった。

でも彼は自信満々に言い切ると、「楽しみにしてな。」と背を向けて歩いて行ってしまった。


私はその背を見つめながら、何かされるのだろうかという不安が湧き上がってきたのだった。





***





私はあのチャラそうな男子の言葉がグルグルと頭の中を回っていて、どうにも湧き上がった不安が拭えないでいた。


あの自信満々な姿…彼は一体井坂君に何をする気なんだろうか…?


私が悶々と考えながら教室に向かって廊下を歩いていると、急に横から出てきた手に腕を引っ張られて、暗い教室の中へ引っ張り込まれた。


!?!?!


私が突然のことに驚いて言葉を失っていると、腕を引っ張った主が教室の扉を閉めてこっちに顔を向けた。


「せ…瀬川君…?な、何するの…?」


私はいつにも増してイケメンな彼の顔を見つめて、連れ込まれた意味が分からなくてポカンとした。

瀬川君はちらっと廊下の様子を見てから、私の肩に手をおいてしゃがませるように押してくると言った。


「急にごめん。ちょっと協力してほしくてさ…。」

「協力?」


私が瀬川君と一緒に暗い空き教室にしゃがみ込むと、廊下をバタバタと走る音が聞こえてきて、それと一緒に「歩く~ん!!」「瀬川くーん!!」という彼を探す女子の声が耳に入った。

その声を聞いただけで、私は状況がなんとなく分かった。


彼は彼女たちに見つからないようにここへ逃げ込んでいたのだろう。

でも何で私を巻き込む??


そこだけが疑問でじっと瀬川君を見つめながら、女子が通り過ぎるのを待つ。

瀬川君は見つかる事を恐れているのか、顔が強張っていて私の肩に置かれた手に力が入るのが伝わってきた。


でもそんな彼の心配をよそに女子たちは気づくことなく通り過ぎていってしまった。

それが分かった瀬川君が安堵したように大きくため息をつく。


「で?協力って何?」


私がストレートに尋ねると、瀬川君は私の肩から手を放して言った。


「あ、うん。それなんだけどさ、もうすぐ体育祭あるじゃん?」

「うん。」

「その体育祭でさ、俺と男女混合二人三脚に出て欲しいんだよね…。」

「え!?何で私!!同じクラスのナナコとかに頼めばいいじゃない!」


私は同じ色だからといって別のクラスの私を指名する意味が分からなかった。

足が速いわけでもないし、ハッキリ言ってメリットなんて何もない。


瀬川君は引く気はないのか顔の前で手を合わせると、ギュッと目を閉じて懇願してきた。


「頼む!!ナナにはこういうこと頼めなくて。害のなさそうな女子なんて谷地さんしか思い当たらないんだよ!!」

「害がなさそうって…。なんでナナには頼めないの?」

「そ…それは…、ちょっと言えないけど…昔、色々あって…さ。」


瀬川君が歯切れ悪く言ったことに、私はナナコと言い合っていたときの事を思い出した。

そういえば許す、許さないとか言ってたっけ…

私の知らない二人の過去に首を突っ込むわけにはいかないか…

私はナナコの事には納得することにしたが、私に頼むことが理解できないのでムスッとして言った。


「じゃあ、害のなさそうなクラスメイトに頼めばいいのに。」

「そんな奴どこにいるんだよ!!」


私がサラッと言ったことに瀬川君が珍しく食って掛かってきて驚いた。

瀬川君は怒鳴ってしまったことに気づいたのか、罰が悪そうに顔を歪めると「ごめん。」と謝ってきた。

そのあと本当に困ってるのか頭を抱えて項垂れてしまった。


「マジでこんな事頼めんの谷地さんだけなんだって…。俺を助けると思って協力してくれよ…。」

「……なんでそこまで私に…?瀬川君なら喜んで協力してくれる子、山ほどいるでしょ?」

「…いるよ。協力するという名の下心を持った女子が山ほどな…。」


いつも爽やかで笑顔の絶えない瀬川君からこんな言葉が出るとは思わなくて、私は俯いてる瀬川君を見て言葉を失った。


「…俺さ…ミスタコンで優勝してから…、もうホント毎日参っててさ…。大好きなバスケですら嫌いになりそうなんだよ…。」

「な、何で…?」

「…さっきの女子の声、聞いただろ?あの歓声が、部活の最中もずっと聞こえてて、集中して練習できなくなってさ…。前はこんな事なかったんだけど…―――」


瀬川君はここで言葉を切ると、何か嫌な事でも思い出したのか泣きそうに顔を歪めているのが手の隙間から見えた。


こんな顔…初めて見た…


私は昔から知ってたはずの瀬川君の内側を垣間見た気分で、胸がズクンと痛くなり始める。

瀬川君は話す決心がついたのか、顔を隠していた手をとるとじっと床を見つめたままで言った。


「…この間…女子数人に体育館倉庫に連れ込まれてさ…。告白…されたんだけど…、俺いつも通り断って…。そしたら…。」


瀬川君は一瞬言いにくそうにしたけど、ちらっと私を見ると目を合わせてから言った。


「思い出が欲しいから…一回抱いてくれって言われて…。」


!?


「え!?え…!?えぇ!?今、なんか変なこと言わなかった!?聞き間違い!?」


私は女子から出るはずもない言葉が聞こえた気がして、混乱して頭を叩いた。

瀬川君はふっと微笑むと「聞き間違いじゃないよ。」と言って続けた。


「俺も谷地さんみたいにビックリしてさ…。何かの冗談だと思った。でも、目の前で制服脱ぎ出して…。」

「え!?ちょ、ちょっと待って!!理解が追いついてない!!何で急に脱ぐの!?え!?告白って女子からだよね!?」

「そうだよ。正真正銘の女子。」

「えぇ!?えぇ~~~~!?!?!」


私は瀬川君の話すことが信じられなくて、頭がクラクラしてきた。


告白断られたからって…思い出が欲しいって…何で!?どうしてそこにつながるの!?

意味が分からない!!!!


「俺も今の谷地さんみたいにパニックになって、体育館倉庫から逃げ出そうとしたんだ。」

「そりゃそうだよ!!」


私は当たり前だ!!と思って拳を握りしめた。

瀬川君はそんな私の反応に顔が少し緩んだ。


「でも、他の女子に出口で捕まってさ……。まぁ、ここから先は刺激強そうだから言わないけど…。そういう事があってさ…。俺、若干女性不信っていうか…。」


私は肝心なことをぼかされてしまって、無事に逃げ出せたのかだけが気になって仕方なかった。


「あの、こんな事聞くのも…なんだけど…。無事逃げたんだよね?」


瀬川君は私の目を見つめて何度か目を瞬かせると、ちらっと右に目を逸らして言った。


「あ、うん。まぁ…何とか…かな…。」


何だかハッキリしない言い方をされてしまって、私は嫌な予想をしてしまう。

いつの間にかふしだらな事を考えるようになってしまった自分に気づいて、私はもう考えない事に決めて瀬川君に問いかけた。


「それで、女性不信って…クラスメイトの女子がダメってこと?」

「…っていうか…女子に見える全員…かな…。特に自分に好意を寄せる女子は無理なんだ…。気分が悪くなって…吐きそうになる…。」

「そこまで…。」


私はトラウマを抱えてしまった瀬川君に同情の目を向けてしまう。

でもここで、自分も女子だと思って瀬川君に尋ねた。


「瀬川君、私も女子だけど…今大丈夫?」

「あぁ、谷地さんは平気。ガキの頃から知ってるし、女子っていうか性別超えた友達だろ?」

「あぁ…そういうこと…。」


ここで瀬川君が私に協力を頼んできた意味を理解した。


「だからさ、協力してくれよ!!女子と二人三脚とか拷問みたいでさ…。肩組めるのなんて谷地さんしか思い浮かばないんだって!!」

「…分かった…。そういう事情なら仕方ないもんね…。」


私はこんなに困り果ててる瀬川君を見捨てる事なんてできなくて、協力することに決めた。


それにしてもすごい女子もいたものだ…

瀬川君にここまでのトラウマを植え付けるなんて…

普通好きだったならこんな事できないと思うんだけどな…

私は自分と考え方の違う名前も顔も知らない女子を軽蔑した。


「マジで助かったよ…。やっぱ持つべきものは友達だな…。こんなにホッとするのいつ以来だろう…。」

「そんなに大変だったんだ…。」

「そりゃ…ね。もう近寄って来る女子が皆ギラギラして見えてさ…、そういうの喜ぶ奴らもいるんだろうけど…。俺は生理的に無理な方だから…。」

「喜ぶって…そんな人いるの?」


私は知らない世界があるような気がして尋ねると、瀬川君はヘラッと笑いながら言った。


「いるよ。よく遊ぶだけのやつとかいるじゃん?誰とも付き合わないで、そういう関係だけで女子と繋がってるやつ。いわゆる遊び人っていうジャンルの男のことな。」

「遊び人…。」

「俺に告ってきた女子もそっち側のやつだよ。だから軽々しくああいうことできるんだと思う。」


私は知らないどころか全く別世界の話だな…と思って、相容れない人達がいるという事だけを頭に残した。


「谷地さんはそのままでいてよ。俺の癒しの存在でいてくれなきゃ困るからね。」

「…う…ん。そのままも何もきっとどう頑張っても変われないと思う。」

「はははっ!!だよな!言ってみただけだよ。」


瀬川君はいつの間にかいつもの爽やかな笑顔を浮かべ始めていて、私はホッと安心した。


でも顔は笑ってるけど、トラウマが消えたわけじゃないだろう…


そう思うと笑顔が痛々しく見えてきて、いつか女性不信を治して昔のように心の底からバスケを楽しむ瀬川君が見たいと思ったのだった。








やっと奥園先生を出せました。

そして、ここから瀬川に視点を合わせていきます。

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