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理系女子の恋  作者: 流音
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86、手を繋ぐ


体育館で文化祭とミスタコンの結果発表が行われているのが、風にのって微かに聞こえてくる。

私は初めてサボりというものをして、屋上で一人空を見上げていた。


陽射しはまだ夏のものだったけど、風に少し秋の薫りが混じる。

私は天気の良い空を見て、自分の欲求不満具合に反省していた。


…よくよく思い返すと、手を繋げなかっただけで怒るとか最悪だな…

井坂君は私のことを想って、先生に呼び出しなんかされないように考えての事だったのに…

私が勝手に一人で距離を感じて、それに不満を溜めて八つ当たりするなんて…

私って本当に心狭い…


私はフェンスを掴んでしゃがみ込むと大きくため息をついた。


「もう…手も繋げないのかなぁ…。」


私はボソッと呟くとその場で項垂れた。

そのとき背後で扉の開く音がして振り返ると、そこには赤井君と島田君が並んでこっちを見てホッとしているようだった。


「谷地さん。こんなとこにいたんだ。」

「もう発表終わったよ。俺らのクラスは学年優勝!!そんで総合3位だよ!大健闘だよな!!」


島田君が私に駆け寄ってきて、いつもの明るいテンションで報告してくれた。

私は嬉しかったけど、心から喜べる気分じゃなくてとりあえず笑顔だけ浮かべた。


すると赤井君が私の前にしゃがんで、苦笑しながら言った。


「ミスタコン、気にならねーの?」

「あ、そっか…。その発表もあったんだよね。どうだった?」


私が赤井君と向かい合うと、私の横に島田君が座り込んできた。

赤井君は嬉しそうにピースすると、ニカッと太陽に負けない笑顔を見せた。


「俺は2位!!下剋上してやったぜ!!」

「あ、そっか中間発表4位だったもんね。おめでとう赤井君。」


私が軽く手を叩いて祝うと、赤井君は手を下ろした。

そこで井坂君の順位が気になって、「一位は誰?」と彼に尋ねた。

赤井君は私から目を少し背けると言った。


「1位は5組の瀬川だよ。なんか昨日、中庭のステージが倒れかけたとき、あいつが体張ってクラスメイトを守ったんだってさ。それで人気が爆発したっぽい。悔しいよな~…!!」


私は顔をしかめて悔しがる赤井君には悪いけど、井坂君じゃなくて心底安心してしまった。

でも一位じゃないなら、井坂君は一体何位だったんだろう…?

私がそれに気になっていると、私の気持ちに気づいていたのか横から島田君が言った。


「井坂は5位だよ。昨日のことがあって…票が伸び悩んだみたいだった。井坂自身も興味なくて、体育館にすら来なかったからさ。ちょうど良かったんだ。」

「俺が代わりに賞状を受け取っておいてやったぜ!!」


「そうなんだ…。」


私は体育館にすら来なかったという事が気になったけど、順位にホッとして肩を撫で下ろした。


「谷地さん。井坂のことなんだけどさ。今は許してやってくれないかな?」

「え…?」


島田君がいつかのときのように井坂君をフォローし出して、私は許す許さないの話ではなかったので面食らった。

島田君は真剣な面持ちで言葉を選びながら続ける。


「あいつ…谷地さんが教室出てった後、かなり落ち込んでさ。今も魂抜けたみたいにベランダにいるんだよ。」

「え…。」


うそ…


私は井坂君が落ち込むだなんて信じられなくて、じっと島田君を見つめて固まった。

すると今度は赤井君が笑いながら口を開いた。


「谷地さんは知らないだろうけど、あいつの世界の中心は谷地さんだからさ。谷地さんいなかったら生きていけないんだって。」

「そ、そんな大げさな…。」

「大げさじゃねぇって!昨日もさ、谷地さんの家でご両親に挨拶してきたんだろ?」

「う、うん。」


私は何で赤井君がその話を知ってるのか気になったが、教室で誘っていたことを思い出した。

あの場にいたクラスメイトには周知の事実だ。


「谷地さん家行った後かな、あいつが俺ん家に来てさ。大人って何歳からだって真剣に聞くから、20歳じゃねぇ?って言ったら、長いなってぼやいてて。それで、早く大人になりたいって言ったんだ。」

「大人に…?なんで…?」


赤井君は私を見つめると、ゆっくり頬を持ち上げて意味深に笑った。


「大人になったら、誰にも何も言われずに詩織を独り占めできるってさ。」


赤井君から伝えられた井坂君の言葉に胸を打たれた。


この言葉に井坂君が本当に真剣に両親の言葉と向き合ってくれたのが伝わってくる。

私以上に深く考えて、重く受け止めて…そして、私といる未来を想ってくれている。

大人になるまで私といることを平然と言ってくれた事がすごく嬉しい…


私は感動して涙が出そうになったけど、なんとか上を向いて堪えた。


「あいつ単純だからさ。こうと思ったら、周りに目がいかなくなるんだよ。だから、きっと谷地さんの気持ちも見落として、今頃嫌われたとか、別れる事になるんじゃとか心配してると思う。谷地さんが怒ったのってそうじゃないもんな?」


赤井君は私の思ってる事に気づいてるのか、首を傾げて尋ねてきた。

私は大きく息を吸いこむと頷いてから笑顔を作った。


「うん。怒ってるっていうのも少し違うけど、許すとか許さないの話じゃないんだ。私の勝手な我が儘だから。」

「我が儘?谷地さんが?」

「うん。勝手に距離あけられて、井坂君の手にさえ触れなくなって…悲しかっただけっていうか…。もっとイチャイチャしたかったのにっていう我が儘。恥ずかしいから言わないでね?」


赤井君は私がこんな事思ってるなんて思わなかったようで、驚いたように「へぇ~…。」と言いながら頷いている。

すると横から島田君が不思議そうに尋ねてきた。


「そういえば、何で井坂は急に距離空けるようになったわけ?昨日までと真逆だよな?」

「あー…それなんだけど…。きっとウチの両親の言葉を重く受け止めちゃったからだと思う。」

「ご両親の言葉って?」

「えっと…手を出すなよって意味の高校生らしく付き合いなさいって言葉。」


こんな事言うのもな…と思って言うと、二人が吹きだすように笑い出した。


「あはははっ!!それ、井坂は真面目に受け取ったんだ!?」

「あ、うん。両親の期待に応えるって言ってた。」

「ぶっ!!わはははっ!!そりゃ、きっついな!!つーか、極端すぎるだろ!!釘刺されたからって、少しも触らなくなるとか!!マジでバカだ。あいつ。」


赤井君の言葉にやっぱりきついのかと衝撃を受けた。

大輝の言うように高校生にとったら重い楔のようだ。


「そっか。それでやっと納得した。そんじゃ、あいつのバカな考えを吹き飛ばすか~。」

「え?」


赤井君が何かを企んでる顔で伸びをすると立ち上がった。

そして島田君を指さして言った。


「おい、島田。谷地さんと手を繋げ。」

「は!?何させる気だよ!?」

「いいから。谷地さんと手繋いで待ってろ。すぐ戻るから。」


赤井君はそれだけ言うと、走って屋上の扉から出ていってしまって、私と島田君はお互い顔を見合わせた。


手を繋ぐって…何で?


私が手を開いたり閉じたりして考え込むと、さすがの島田君も気まずいのか私から顔を背けて困ってるようだった。


赤井君の考えてることって分からないなぁ…


私はふっと息を吐くと、島田君に声をかけた。


「島田君。はい。手、つなご。」

「え…。……いいの?」


島田君は驚いたように目を見開いて私を見てくると、まだ困ってるみたいだった。

私は手を繋ぐぐらいどうってことないので、手を差し出した。


「いいよ?赤井君も何か考えがあるのかもしれないし、手を繋ぐぐらい平気。」


島田君は少し迷ってたいたみたいだけど、私が手を差し出し続けるので、おそるおそる手を差し出してきて優しく握った。

私は井坂君とは違う感触に手だけで個性が出るんだな…と感じた。

井坂君の手は指が長くて、骨ばっててゴツゴツしてる手。

島田君は井坂君ほどゴツゴツしてなくて、少し柔らかい。

そして体温が高いのかすごく温かいっていうか熱い。

そのせいか、すぐ汗ばんできて、手汗が気になり始めた。


う~ん…手汗のすごいなって思われたら嫌だな…


私は一旦手を放して汗を拭おうかと思っていると、島田君が咳払いして言った。


「ごめん…。すっげ、汗かいてる。気持ち悪いよな?」

「え…。私は大丈夫だけど…。っていうか、てっきり私の手汗かと思ってた。」


私が笑って場を和ますと、島田君が額にも汗をかいているのか繋いでない方の手で額を拭って少し視線を下げた。


「俺…女子と手繋ぐとか初めてで…。ぶっちゃけ緊張してる…。手が熱いのもそのせい…。ごめんな。」


島田君が気まずそうに言ったのを見て、彼の顔が少し赤くなっているのに気付いた。


照れてる…?

いつも元気な島田君がしおらしいとか新鮮かも。


私は緊張を解いてあげたくなって、明るく話しかけた。


「手のことは気にしなくていいよ。それよりさ、話しよ!!せっかくだから恋バナ!島田君は好きな女の子いないの?」

「え!?俺!?」

「うん。だって、私の話しても仕方ないし。井坂君のことなんて島田君の方がよく知ってるでしょ?」

「そんなことねーと思うけど…。」

「いいの。だって島田君からそういう話、聞いた事ないよ?」


私が島田君を見て首を傾げると、島田君はまっすぐ前を向いてしまって、私には横顔しか見えなくなった。

心なしか表情が暗いように見える。


「俺の話は…面白くねーよ…。」

「そうなの?もしかして、好きな人いないとか?」

「いるよ。いるけど、ぜってー叶わねーから。」


島田君は苦笑すると、握っている手に力を入れてきた。


「そうなんだ…。叶わないって…思うのはなんで?」

「……それは…、…その子の目に俺が入り込む余地がねーからかな…。」

「入り込む余地…?」

「そう。……好きになった瞬間から一方的な片思いだってのは分かってたんだ。ただ、それだけの話。」


島田君の言い方から、好きな子には別に好きな人がいて、島田君のことはこれっぽっちも気にしてないのが伝わってきた。

そんな苦しい片思いに私がアドバイスできる事なんてあるのだろうか?

私は恋愛経験豊富というわけでもないので、全く何も思い浮かばない。


それだけにアドバイスはやめて、自信をもってもらおうと励ますことにした。


「わ、私は島田君好きだよ!!」

「へっ!?!?」


横で思いっきり島田君が驚いたのが分かって、私は言葉を選び間違えたと言い直した。


「あ、えっと人としての方で。」

「なんだ…ビックリした…。もう井坂から心変わりしたのかと思った。」

「……コホン。…えっと、私が島田君好きなように、そう思ってくれてる子は他にもいるかもしれないよ?」


私はしょっぱなから上手く言えなくて、心が折れそうだったけど何とか持ち直した。


「私も一回フラれたことあるから分かるんだけど…。想いが通じる相手ってどこかにいると思うんだよね。島田君の今の想いはもしかしたら叶わないのかもしれないけど、きっとそんな島田君を見てる誰かはきっとどこかにいると思う。」

「……それって暗に諦めて次に行けって言ってるよな?」

「え…、いや!!そういう意味じゃなくて!!」


私は上手く伝わらなかった事に焦った。

こういう事って本当に難しい。

私は頭の中で整理して続けた。


「片思いが苦しいなら、次に行くのもアリだと思う。私も苦しかった経験あるし…。でも、やめようと思ってやめられるものじゃないのも…よく分かるんだよね…。」


私は井坂君に片思いしていたときのことを思い返していた。

あのときは苦しかったけど、やめようなんて思わなかった。

例え片思いでもずっと好きでいたいと思ってた。


「でも片思いって…すぐ自信なくなるっていうか…。こんな自分じゃダメだって卑屈になることも多くて…、あ、私の場合は今もだけど…。でも、誰かが好きだって言ってくれて自分の力になったってのもあるんだよね…。」


私はたくさんの人に支えられて井坂君に想いを伝えられた事を思い出した。

島田君だってその一人だ。


「島田君。私の好きって力を分けるから、自分の思う通りにしてほしい。」

「え…?」

「片思いの相手を想い続けてもいいし、やめて次にいってもいい。島田君が後悔しない道を進んでほしいかな。なんか最初と言ってることバラバラだけど、私は島田君には元気で笑っててほしい。」


私が彼に笑顔を向けると、島田君がサッと顔を逸らして頬を赤らめるのが見えた。


私の気持ち、ちょっとでも力になれたかな?


すると島田君が頭を掻いてから、ボソッと呟いた。


「谷地さんって…優しいよな。」

「…そうかな?基本自己中じゃない?」

「ううん。優しいよ。井坂が……谷地さん中心で動くのも…分かる。」


赤井君も言ってたけど、本当にそうなのかな?

私は井坂君の世界の中心が自分だなんて信じられなくて、ちょっと複雑だった。


島田君はふーっと長く息を吐くと、私と目を合わせてきた。


「ありがとう。谷地さん。好きだって言ってもらえて自信になった。」

「ほんと?良かった。恥ずかしい事もたまには役に立つよね。」

「谷地さんって井坂に対してもこんな感じなのか?」

「こんな感じって?」

「ストレートっていうかさ…、思ってる事全部言葉にする感じ?さっき井坂と言い争ってたときも、そんな感じがしたからさ…。井坂は基本隠すけど。」


島田君に言われてみて、そこまで全部言ってただろうかと顔をしかめた。

気持ちを押し隠す事も多いと思うけど、でも何だかんだ色々言ってるような気がする。

遠慮がないっていうか、やっぱり自己中心的なのかもしれない。


私はさっきの言い争いを思い返して、また反省した。


「ダメだよね。何でも言っちゃうっていうのは…。井坂君がどう思うかなんて、言ってるときには考えてないもん…。」

「あ、いや。責めたわけじゃなくてさ、ストレートに言われた方が気持ちがいいなって意味で。」

「気持ちいい…?」


私は島田君の感覚が理解できなくて、じっと島田君を見つめた。


「これは俺の場合だけどさ…、黙ってて何を考えてるのか分からないよりは、何でも言ってくれた方が理解し合えるなって…。だから、谷地さんはそのまま言いたい事ぶつけていいと思うよ。」

「……そうかな?それならいいんだけど。」


私が逆に島田君に励まされて笑顔を浮かべたとき、チャイムの音が鳴り響いた。

通常でいうと6限の終わりのチャイムだろう。

今日は文化祭なので、このチャイムをきっかけに皆が帰り始めるはずだ。


「赤井のやつおせーなぁ…。」

「だね。どこまで行ったんだろう?」


私と島田君が赤井君の帰りを待ってじっと扉を見つめたとき、扉がガゴンと変な音がしてドアノブが激しく回るのが見えた。

相当焦ってるみたいだ。


なんとなく黙って誰が来るのか見守っていると、思いっきり扉が開いてそこから井坂君と赤井君が姿を見せた。


「井坂君。」

「なんだ井坂を連れてきたのか。」


私が立ち上がって駆け寄ろうとしたときにクンッと手が引っ張られて、島田君と手を繋いでいたことを思い出して一瞬固まった。

そして井坂君に見られたと思って、慌てて手を放す。


うわわっ!!!


私が咄嗟に手を放したことで島田君も気づいたのか、驚いた顔を井坂君に向けた。

私も怖々井坂君に顔を向けると、井坂君が顔面蒼白で突っ立ったままポカンとしていた。


あの顔は…ヤバい時の顔だ…


私は誤解させてると思って、言い訳しようと一歩井坂君に近付いた。


「あ、あのね、井坂君。これにはわけがあって…。」

「そうだよ、井坂。俺らそんな感じで手を繋いでたわけじゃなくて――――」


私と島田君が同時に説明しようとすると、急にビクついた井坂君が逃げるように走っていってしまった。


「え!?井坂君!!」


今までの井坂君からは考えられない素早い脱走に、私は驚いて一歩出遅れてしまったのだった。







詩織と島田の話が書きたかったので、ここに入れました。

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