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理系女子の恋  作者: 流音
85/246

82、対面


私と井坂君は一緒にリビングに入ると、お茶を準備してくれていたお母さんの指示に従って二人掛けのソファに並んで座った。

目の前のテーブルにお茶が並べられて、前のソファにお母さんが座る。

そして感情の読めない瞳で私たちを射抜いてくる。


私は何でも来い!と拳を握りしめて身構えたが、お母さんはお茶に口をつけると穏やかな笑顔を浮かべた。


「えっと、井坂君だったわよね?」

「は、はい!」

「二人はいつからそういう関係になったのかしら?詩織は何も言わないから分からなくて。」


怖い…


私はお母さんの笑顔がすごく怖くて声が喉の奥に詰まった。

井坂君はちらっと私を見ながら、正直に口を開いた。


「えっと…去年のクリスマスに…。」

「あら?クリスマス?もしかして、帰って来るのが遅かったあの日の事かしら?」


!?!?!?!


お母さんの言葉に私は背筋がゾワッと冷えていって、思わず前のめりに否定した。


「あっ、あのときはまだ付き合ってない!!!私が一方的に告白したっていうか…、遅くなったのは井坂君のせいじゃなくて!!あゆちゃんたち…その女友達に色々相談にのってもらってたから!!!!」


私が去年説明した事と食い違いがないように、嘘を塗り重ねる事で誤魔化した。

井坂君は私の必死な様子を見て驚いていたが、話を合わせてくれるようで「そういえば、そうでした!」なんて言って笑ってくれている。


お母さんは何か怪しんでいるのか「そう…。」と言いながら、ジロッと私を観察するように見た。


うぅ…胃がキリキリする…。

こんな状態で乗り切れるのかな…


私は心の中で泣きたくなりながら姿勢を元に戻した。


「それで?実際はいつそういう関係になったのかしら?」


再度、お母さんの追及に私はいつにしようか悩んでから口を開いた。


「にっ、二年になってからだよ!!修学旅行の前…ぐらいだったかな…??」


私が井坂君に流し目して同意を求めると井坂君が気づいてくれて、何度も頷いた後言った。


「そうです!付き合った記念で、お揃いのブレス買ったんで!」

「あぁ…。最近、詩織が毎日つけてるソレね。どうりで…。」


お母さんは納得してくれたのか怪しむのを止めてカップを手に取った。

私は井坂君のナイスフォローのおかげで息を吹き返すようだった。


助かった…


「それじゃあ付き合って…まだ三か月って所かしら…?」

「あ、はい。それぐらいだと思います。」

「そうよね。じゃあ、どうして今あなたを連れてきたのかしら?」

「へ…?」


私はお母さんの聞いている意味が分からなくて目を瞬かせた。

お母さんは一口お茶を飲んでからテーブルに置くと、ふっと息を吐いた。


「付き合ってすぐに連れてくるなら分かるんだけど、三か月経った今、どうして付き合ってる事を打ち明けようと思ったわけ?ねぇ、詩織?」


ぎゃっ!!これは何かに勘付かれてる!!


私は向けられる冷めた目にダラダラと汗をかきながら、必死に取り繕った。


「え…えっと…隠してるのが…心苦しくなって…。」

「そうよね。黙ってたわけだものね。」

「そ、そうなんだけど。やっぱりお母さんにも井坂君の事を分かって欲しくて…。」


「詩織。何かを隠しながら話をする人間の言葉を私は信用なんかできないわ。」


お母さんは全てを見透かしているかのようにキッパリと言い切って、私は顔を強張らせてお母さんを見つめた。

お母さんは無表情でジッと見つめ返してきて、怒ってるのかも分からない。


「本当に好きな人ならどうして今まで隠したりしたの?」


隠したかったわけじゃないけど…


「この三か月、私たちに隠れて井坂君と会っていたんでしょう?どうして正直に打ち明けなかったの。」


正直に言いたかったけど、でも…


私は言い訳を頭の中で羅列させながら奥歯を噛みしめて俯いた。

お母さんはいつも正しい。

私が悪いんだ。

隠した私が全部悪い…。


私は膝の上で手を握りしめてジッと黙りつづけた。


「…あなたは、いっつもそう…。正論を突かれるとだんまりしちゃうんだから。」


その通りだよ…

言い返したって、また正しい事が返ってくるだけだ…


私は黙ってればお母さんの気が休まると思っていたのだけど、横で息を吸いこむ音が聞こえると井坂君が口を挟んだ。


「お、俺だって…親には言えないです。」

「え…?」


井坂君が発した言葉に私とお母さんの視線が彼に集まる。

井坂君は真剣な顔でまっすぐお母さんを見ていた。


「なんか…こういう事って恥ずかしいし、親に言ったら怒られたりとか、怒られなかったとしても受け入れてもらえなかったらって思うと…言えないです。」


井坂君…


私は彼の言葉に重かった気分が少し軽くなった。


「俺ら子供って、親にどう思われるかってこと、すごい考えてるんですよ。そう見えないかもしれないですけど…。褒めて欲しくて…自分を認めて欲しくて…、だからこそ臆病になるんです。」


お母さんは目を丸くさせながら井坂君の話を聞いていて、私はそんなお母さんの姿を初めて見るだけに驚きを隠せなかった。

井坂君を食い入るように見つめるお母さんから目が離せない。


「別に付き合うって事が悪い事だとか思ってるわけじゃないんですけど…、でも今まで経験のしたことない特別なことだけに…親の反応が予測できなくて躊躇うんです。だから…詩織も今まで言えなくて、隠してしまったんだと思います。…その…挨拶に来なかった俺が悪いのもあるんで、どうか彼女を許してあげてください。」


井坂君が言い切ると軽く頭を下げてしまって、私は感動してしまって勝手に涙が一すじ、頬を伝った。


なんでこんなにカッコいいんだろう…

なんでこんなに胸に響く事を言ってくれるの…?


私は井坂君が光り輝いて見えて、胸がいっぱいだった。

お母さんはちらっと私を見た後に、ふーっと長いため息をついて言った。


「頭を上げてちょうだい。あなたにそんな事をさせたくて詩織を責めたんじゃないのよ。」


お母さんの発言に私も井坂君もお母さんを見つめた。

お母さんは井坂君に向かって優しく微笑むと、少し前のめりになった。


「あなたが詩織を大切に想ってくれてること、すごくよく伝わってきたわ。あなたは本当に正直でまっすぐな人ね。」

「え…。」


井坂君が褒められた事に戸惑ったのか、少し赤面しながら顔を強張らせた。

お母さんはその反応を見てクスと小さく笑うと、私に目を向けて厳しい口調で言った。


「あなたはどうなの?詩織。」

「え…?」

「彼にこれだけ言わせて、あなたはまだ隠し続けるつもり?言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい。」


ピシャリと叱られるように言われてしまい、私はまだ心がビクビクと怯えていた。


怖い…けど、今言わなきゃダメだ…


私はまっすぐに射抜いてくるお母さんの目を見て、いつまでも怯えているわけにはいかないと覚悟を決めた。


「お母さん、ごめんなさい。私、ずっと嘘ばっかりついてた。」


私はさっきついた嘘も含めて、全部洗いざらい打ち明けることにして大きく息を吸いこんだ。


「私たち、実は去年のクリスマスから付き合ってる。あの日、帰りが遅くなったのも井坂君とイルミネーションを見てたから。それに、大晦日の日も井坂君と会いたくて、大輝に協力してもらって嘘をついた。」

「じゃあ、あのお友達が言ってたことは…。」

「あれは、あゆちゃんたちが私に協力して嘘に付き合ってくれただけ。全部言い出せなかった私が悪いの。」

「それ…大輝も知っていたってこと?」

「うん。事前に大輝には事情を説明してた。大輝は嫌がってたけど、私に協力してくれたの。だから、私が悪いから大輝は怒らないで。」


私がちらっとお母さんの顔を窺うと、お母さんの顔が少し歪んでいるのが見えて、これ以上はやめた方がいいかもと思った。

でも、言わなければと自分を奮い立たせて、ギュッと手を握りしめて続けた。


「春休みに遊園地に行くって言ってたのも、井坂君と友達カップルと一緒に出かけたの。女友達とだなんて嘘ついた。あと、勝手だとは思ったけど、夏休みの夏期講習…一日だけ休んだ。」

「えっ!?休んだって…どうして!?」


これにはお母さんも驚きを隠せなかったようで、テーブルをバンッと叩いて食いついてきた。

私はちらっと井坂君を見てから、汗ばむ手を握り直して告げた。


「い、井坂君の誕生日だったから…。祝いたくて…休んでお祝いに行ってたの…。でも!その日だけで、後は勉強をちゃんと頑張ったから!!模試の結果だって見たよね!?」

「まぁ…悪くはなかったけど…、あなたねぇ…。」


お母さんのお説教が始まりそうになって、私は焦ってお母さんと同じようにテーブルに手を置くと、そのままの姿勢で続けた。


「私!!井坂君と付き合ってから成績が上がってるの!!井坂君…勉強熱心で私よりも頭が良くて、私は追いつきたくて必死っていうか…。井坂君がいるから勉強頑張れるの!!」


私はずっと心の奥の方で思ってた事を打ち明けた。

お母さんは面食らったように固まっていて、私はテーブルに手をついたまま頭を下げると言った。


「嘘をついたこと、隠してたことは本当にごめんなさい!!すごく反省してる!!でも、井坂君と付き合ったからって、成績が落ちたわけでも、お母さんの言う不純異性交友をしてるわけでもない!!だから、付き合う事を許してください!!」


私はやましいことは何もないと信じて、ジッと頭を下げたままで耐えた。

するとお母さんから大きなため息が聞こえて、私は何が言われるのだろうと肩がビクついた。


「誰も許さないなんて言ってないでしょう?」

「え…?」


私はお母さんの言葉が信じられなくて、バッと慌てて顔を上げてお母さんを見た。

お母さんは飽きれた様に微笑んでいて、少し緊張が和らぐ。


「…私が言ってるのは、どうして言わずに隠してたのかって事。そんなに信用ないのかってショックだったのよ。」

「…ご、ごめんなさい…。」


私はあまりにも優しい目をしているお母さんを直視できなくて視線を下に逸らした。


「やっぱり変わったわね、詩織。昔のあなたからは考えられないわ。」

「え…。変わったって…?」

「中学の頃ぐらいからあなたは何でも消極的になってたでしょ?受験にしたって無理だって言われて、志望校1ランク落としたぐらいだし。何にも執着しない子なんだと思ってたわ。」


お母さんに言われてみて、そうだっただろうか?と首を傾げた。

あの頃はとりあえず無難に過ごすことに必死だった。

中学一年の頃のことが尾を引いていたのかもしれない。

目立たないように、普通に過ごせるだけで充分だった。


「でも、高校に入ってから私にぶつかってくる事が多くなったわよね。」

「あ…。」


私はことあるごとにお母さんに頭を下げてた事を思い出した。

スカートを短くしたときに夏祭り、打ち上げに大晦日…

確かに中学の自分からは考えられないかもしれない。


「私は最初は戸惑ったけど、生き生きとしてるあなたを見て嬉しかったのよ。だから隠し事されてるなんて夢にも思わなかった。」


お母さんが悲しげに笑うのが目に入って私は胸がズキンと痛んだ。

そんな事を思ってくれてたなんて知らなかった。

お母さんが喜んでくれてたなんて、気づきもしなかった。

私は今まで隠し続けた時間を巻き戻したくなった。


「ご…ごめんなさい…。お母さん…。」


私が気まずくなって少し頭を下げて謝ると、お母さんはフッと息を吐いてから井坂君に目を移した。


「交際を反対するつもりはないわ。でもね、あなたたちは高校生でしょ?」

「はい。」「うん。」


私は顔を上げると、大きく息を吸ってからお母さんをまっすぐ見つめた。

井坂君も同じように真剣な顔でお母さんを見つめている。


「できることなら口出しはしたくないけど、高校生らしいお付き合いをしなさいね。」


今日、藤浪先生の口からも出た同じ言葉に息が止まるようだった。

お母さんは私たちから目を逸らさずに続ける。


「親が守ってあげるにも限度がある事があるの。詩織はニュースでも見てたから分かってるでしょう?」

「……うん。」


私は不純異性交友という言葉が脳内を駆け巡って、顔が強張った。


「こうやって挨拶に来てくれたぐらいだから、井坂君も理解があるのよね?」

「え…。あ、はい。」


井坂君が緊張した面持ちでとりあえず頷いている。


「それを聞いて安心したわ。井坂君、すごく真面目そうであなたにぴったりよ。詩織。」


お母さんが優しく微笑んでいて、私は嬉しくて頬が緩んだ。


お母さんが認めてくれた…


ただそれだけの事が嬉しくて仕方なくて、私は何度も頷いた。


「うん、…うん。ありがとう。お母さん…。」


お母さんは満足そうに微笑むと、立ち上がってキッチンに向かって、手にお盆を持って戻ってきた。

そしてそれに飲み終わったカップをのせると、井坂君を見て言った。


「せっかく来てくれたんだから晩御飯でも食べていってちょうだい。時間は大丈夫かしら?」

「あ、はい。大丈夫ですけど…、その…いいんですか?」

「いいから誘ったのよ。できたら呼びに行くから詩織の部屋でゆっくりしててちょうだい。ここだと落ち着かないだろうし。」


お母さんは井坂君に優しい笑顔を見せていて、私は井坂君と顔を見合わせると言われた通りに部屋に移動することにした。


お母さんのあんな顔久しぶりに見たなぁ…

あれが喜んでる顔なのかな…


私は自室に向かいながらお母さんの優しい顔を思い返していた。


そして黙ったままの井坂君を二階の奥の私の部屋に案内すると、中へ促した。

日頃から綺麗にしておいて良かった…

私は自分の部屋を見回して、散らかってない事を確認してホッとした。

井坂君が中に入ったのを見てから、その背に続いて扉を閉める。


すると急に目の前で井坂君が脱力するようにへたり込んでしまって、大きなため息が聞こえた。


「はぁ~…。なんとか乗り越えた…。」


井坂君は心底ほっとしたようにぼやいていて、私は頑張ってくれた事に嬉しくなって笑みが漏れた。


「ありがとう。井坂君。井坂君がフォローしてくれたおかげで、お母さんとまっすぐ向き合えたよ。」

「そう言ってもらえると助かる…。なんか色々必死だった…。」

「あははっ!そんなに必死に見えなかったよ。すごく余裕でカッコよかったもん。何度惚れ直したか分からないし。」


私が正直に感想を打ち明けると、井坂君が驚いて私に振り返ってきて、みるみる頬を赤く染めた。

そんな表情に出る井坂君がすごく可愛い。


「褒めたって何も出ないけど…。」

「いいの。今日は私ばっかりが嬉しくって不公平だから。ちょっとでも分けたくて。」


私が荷物を机の傍に持って移動すると、背後から井坂君が呟いてきた。


「……あー…きっついなぁ…。この状況…。」

「うん?何で??」


私が言っている意味が分からなくて尋ね返すと、井坂君は顔を背けて「独り言だよ。」と言ってムスッとしてしまった。














ひとまず母親の関門は乗り越えました。

父親登場の前に次は休憩のターンです。

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