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理系女子の恋  作者: 流音
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81、お宅訪問


私はあゆちゃんたちに背を押されるように、空気の悪い教室に足を踏み入れると悪い空気の元凶である井坂君を見た。

井坂君はこれでもかと不機嫌オーラを放っていて、あの赤井君や島田君でさえ近づけないようで、少し距離を空けて様子を見守っている。

私も赤井君たちと同じで近づくのが躊躇われたが、自分のせいでもあるので気合を入れると井坂君に近付いた。


近付くことで井坂君が私に気づいて、目が合った瞬間に睨まれた。

その後、あからさまにムスッとされてそっぽを向かれる。


子供みたい…


こういうところは単純だなぁ…と思いながら、私は井坂君の机の前でしゃがむと声をかけた。


「井坂君。なんで怒ってるの?」


無視されるかもと思っていたけど、井坂君はちらっと私に目を向けると、ムスッとした顔のままで言った。


「べっつに!ほっといてくれよ!!どうせ詩織には理解できねーよ!!」


突き放されるように言われてしまい、私は二の句が次げず口を噤んで立ち上がった。

今は、何を言っても無理かも…

私は今までの経験から、少し時間をおこうかな…としぶしぶ引き下がることにした。


井坂君に背を向けて教室の中に目を向けると、赤井君と島田君の心配してる顔が見えて、事情だけでも説明しようと彼らに足を向けた。

そのとき後ろから腕を掴まれて、思わず後ろにつんのめった。


な、なに!?


掴んできたのは井坂君だと分かるだけに慌てて振り返ると、井坂君がぶすっとふてくされていた。


「あっさり引きすぎ。普通、もっと食い下がるだろ?」

「……食い下がるって…、井坂君怒ってるんだよね?」

「怒ってるよ。もっと気にしてくれたっていいだろって事だよ!!」


そんな無茶苦茶な…

俺様な井坂君の要求に私はため息が出そうだったけど、堪える。


「じゃあ、私はどうすればいいの?」


私はとりあえず井坂君の不満を解消しようと、井坂君と目を合わせるようにしゃがみこんだ。

井坂君はちらっと私の後ろを見た後、言い迷ってから口にした。


「……ギュッてしてくれよ。」


????


「…ここで?」

「うん。」


………本気??


私はクラスメイトの視線が気になってしまい、行動に起こすなんて無理だと感じた。

でも、目の前の井坂君の目は期待に満ち満ちていて、やらなければ不機嫌に逆戻りなのが分かった。


……ちょっとなら分からないかな…いや、分かるよね…

う~ん……でも、今後の学校生活的にも…できれば恥ずかしい事はしたくないなぁ…


どうしようかとしばらく悩んでいると、私はある交換条件を思いついた。

井坂君にも私にも良い条件だ。


私はゴクと唾を飲み込むと、まっすぐに井坂君を見つめた。


「じゃあ、ギュッてしたら…今日、私の家に来てくれる?」

「は?…家って………。家!?!?」


私の条件に井坂君が飛び上がるように立ち上がって、私は井坂君を見上げた。

井坂君は何を想像してるのか、顔が真っ赤になっている。


「うん。私の家。来てくれないかな?」

「え!?家…、行ってもいいのか??」


井坂君が少し嬉しそうに尋ねてくる。

絶対違う想像してるんだろうな…と思いながら、私は頷く。


「うん。井坂君に来て欲しいんだ。」

「マジ…!?やっ…じゃなくて…、行く!!行くよ!!」


さっきの不機嫌はどこへやら、井坂君が拳を握りしめながら喜び始めて、私は一応呼ぶ理由を伝えることにした。


「それで…ウチのお母さんに会って欲しいんだよね。」

「……は?…お母さん??」


井坂君の笑顔が強張るのが見えて、私は申し訳ないなと思いながらも告げた。


「うん。また何かあって学校から連絡される前に、お母さんに井坂君のこと言っておきたくて…。ダメ…かな?」

「えぇ…っと…。いい…んだけど…。いいんだけどさ…。」


井坂君がどんどんテンションを落として、顔が白くなってしまい、何を考えてるのか気になった。


どう考えても、ウチの親に会うとか嫌だよね…

私だって逆の立場だったら、絶対に遠慮したい。

あ、井坂君のお母さんなら話は別だけど。


「あの…さ…、俺でいいのかな?」

「え??」


井坂君が不安そうに自分を指さしてきて、私は言われてる意味が分からなかった。

井坂君はソワソワし出すと、髪を触ったり制服を整えたりし始めた。


「俺…見た目、真面目でもねぇし…。詩織のお母さんに気に入られる自信ねぇんだけど…。っていうか、もっと下準備とかしたいんだけど!!一週間後とかにしねぇ!?」


井坂君が気弱なことを言っているのが新鮮で、私は悪いと思ったけど笑いが漏れた。


「っぷ!」


可愛い…!!

慌てて不安がってる姿が小動物みたい!!


「笑ってる場合じゃねぇだろ!?言い出したのは詩織のクセに!!あ、俺の髪、染めてるわけじゃねぇけど、ちょっと色素薄いよな?黒く染めた方が真面目に見えるかな??」


だめ!!可愛すぎて、笑いが止まらないっ!!


私はお腹を押さえると、なんとか声に出して笑うのは堪える。


「あ、ネクタイ!!俺、暑いとあんまつけないんだよな!赤井!!ネクタイ貸せ!!」

「あぁ??急に慌ててどうしたんだよ?」

「いいから!!黙ってネクタイ貸せって!!」


井坂君は赤井君からネクタイを奪うと、いつも開けてる第一ボタンまで留めてネクタイをしてしまって、全然雰囲気の違う姿にもう我慢も限界だった。

それは周囲も同じようで、赤井君や島田君が声を上げて笑い出した。


「ぶわっはははは!!お前、何らしくねぇことしてんの!?似合わねーっ!!!」

「ぎゃはははっ!!どう見ても、ちゃらいサラリーマンだろ!!それも新卒の!!ダメだツボる!!写メらしてくれよ。井坂。」


「黙れ!!お前らのためにしてんじゃねぇよ!!島田!!ケータイしまえっつの!!」


井坂君は島田君の手からケータイを奪うと、自分のポケットにしまいこんで、笑いを堪えて悶えている私に目を向けた。


「これで少しは真面目に見えるだろ。後は髪を染めて…あ、メガネしたら賢く見えそうだな…。」


井坂君は冷やかされたことで照れているのか顔を赤らめたまま、ブツブツと呟いている。


こんなに真剣に考えてくれるなんて、本当に嬉しい…


私は笑いをなんとか抑え込むと、抱き付くなんて恥ずかしい事はできなかったけど、井坂君の手を握った。

井坂君が驚いたように私に目を向ける。


「ありがとう…井坂君…。すごく、すっごく嬉しいよ。でも、そのままの井坂君でいて欲しいかな。」

「え…?そのままって…、俺、こんなんだけど…。」


井坂君がすごく不安そうに自分を指さしていて、私は首を左右に振った。


「こんなんとか言わないでよ。私はこんな井坂君が好きなんだから。」


井坂君の顔がさっきよりも一気に赤く染まって、私は自分の言った事に気づいて、同じように赤くなった。


うわ…教室の中で好きとか言ってしまった…

きっと周りにも聞こえてたよね…?


私が不安になってちらっと周囲を窺うと、すごく意地悪そうな顔をしてる赤井君とポカンと口を開けて驚いている島田君の顔が目に入った。

そこから更に視線を動かすと、あゆちゃんたちが口元を押さえて何かをコソコソと言っている姿も見えた。


あー…こりゃ、後が大変かもなぁ…


私は皆の反応を確認したことで、妙に冷静になってしまって、コホンと咳払いすると井坂君に目を戻した。


「私は私の好きになった、そのままの井坂君をお母さんに紹介したいな…。ダメかな?」

「…ダメじゃねぇよ。…ねぇけど…さ…。」


井坂君は少し顔を俯かせて言葉を切ると、私の手をギュッと力を入れて握り返してきた。


「…ホントに…大丈夫かな…。」

「え?」

「俺、詩織のお母さんに認めてもらえる?」


井坂君がすごく自信なさそうに不安を口にしていて、私は井坂君の可愛さに胸キュンが止まらない。


あぁ…ここが教室じゃなかったら、きっと井坂君をギュッてしてるだろうなぁ…


私は弱々しい井坂君をまっすぐ見つめると、手を力強く握って言った。


「大丈夫!!井坂君はカッコいいし、すごく真面目だもん!!ウチのお母さんの目にもきっとそう映るから!!」


私はそう彼を元気づけるが、内心お母さんの反応なんて想像もつかないだけに、少しずつ不安が溜まってくる。

お母さんの事だから、どんな男の子を連れて来ようとも反対する可能性はある。

でも、どうしても受け入れて欲しい。

自分の好きになった人をお母さんに分かってほしい。

私は井坂君を励ましながらも、自分自身も励ましていた。


きっと大丈夫。

井坂君なら、きっと認めてもらえる…


私は安堵したようにいつもの笑顔を見せた井坂君を見て、私も笑顔を向けた。


すると井坂君はネクタイを外して赤井君に返しに向かって行った。

その後、赤井君たちに捕まっている後ろ姿を見て、交換条件のこと忘れてるのかな…とギュッとしなくて済んだことに、内心ホッとしてしまったのだった。




***




その日の帰り道、私は緊張して全く言葉を発さない井坂君と並んで家に向かっていた。

隣を歩いているだけで井坂君の緊張が伝わってくる。


う~~なんか私まで緊張してきた…


私はお母さんの怒った顔しか思い浮かばなくて、嫌な想像が拭い去れないことに顔をしかめた。


大丈夫、きっと大丈夫…


私は井坂君に自分の緊張が伝わらないように、なんとか平静を取り戻そうと努める。

そうして、ホントにカップルかと言いたくなるようなギスギスした空気のまま私の家についてしまい、私はふっと息を吐いてから門に手をかけた。


するとそこで井坂君が引き留めるように腕を掴んできて、反射的に彼に振り返った。

井坂君は汗ばんだ顔で目を泳がせると、少し唇を震わせていた。


「ちょ、ちょっとだけ心の準備する時間をくれ。」


私は一生懸命自分を落ち着けようとしている井坂君の姿がすごく可愛くて胸が締め付けられる。

頑張ってくれているのに、こんな事を思う私って最低だ…

胸キュンする自分を戒めようとするけど、どうしても顔がニヤけてきてしまってだらしない顔になる。


やっぱり井坂君が彼氏で良かった…


私が何度も深く呼吸をしている井坂君を見て微笑んでいると、人の気配に気づいて私はふと横を向いた。


「詩織…?」


そこには買い物袋を下げたお母さんが立っていて、私は体が縮み上がるほど驚いた。


「おっ、お母さん!?」

「―――!?!?!」


私の声に一番驚いたのは井坂君で、慌てて私から手を放すと顔を強張らせたままガバッと頭を下げた。

その速さは今までにないぐらい速くて、私が瞬きしている間に井坂君が口を開いた。


「は、初めまして!!しっ、詩織さんとお付き合いさせていただいてます!井坂拓海といいます!!!」


「お…お付き合い…??」


お母さんが井坂君の自己紹介に目をパチクリさせながら、私と井坂君を交互に見つめた。

その後、お母さんは頭を下げてる井坂君から私に目を戻して、いつもの感情の分かりにくい表情で言った。


「詩織、どういうこと?」


私は蛇に睨まれたカエル状態で、喉に何かが貼りついたようになって声が出にくかったが、何度か咳払いすると説明した。


「き…聞いた通りだよ…。私、井坂君と付き合ってるんだ。」

「……。…そう…。とりあえず中に入ってもらいなさい。ここじゃ話もできないわ。」


お母さんは表情も変えずにそう告げると、私を押しのけるようにサッサと家に入っていってしまった。

私はその背を見つめながら、とりあえず第一関門は突破かな…?と緊張が和らいだ。

それは井坂君も同じだったのか、その場にハーッと大きくため息をつきながらしゃがむと、私に目を向けてきた。


「なぁ…俺、大丈夫だった?ぜっんぜん反応が分からなかったんだけど…。」

「…うん。大丈夫だと…思うんだけど…、入ってもらいなさいって言ってたし…。でも、お母さんって何思ってるのか本当に分からない事も多いからなぁ…。」


私が今までの事を踏まえて安心させるように言うと、井坂君がホッとしたように表情を緩めて立ち上がった。


「そっか…、まぁ…話聞いてくれるみたいだし、なるべく気に入られるように頑張るよ。」

「うん。なんか…ごめんね?あんな親で…。」

「何言ってんだよ。そんだけ詩織のこと大事にしてるって事じゃん。謝る事じゃねぇって。」


井坂君は私に気を使わせないようにしてくれてるのか、強気な笑顔を浮かべていて、私はまた謝りそうになった口を閉じて、出会った頃に言われた言葉を思い返した。


「…ありがとう…井坂君。私も…頑張るよ。」


私はお母さんに何を言われようとも井坂君は自分が守ると心に決めた。


いつも私の心を軽くしてくれる井坂君…

今日は私が井坂君の心を私が軽くしてあげなくちゃ!!


私が気合いを入れるためにガッツポーズしていると、井坂君がふっと息を吐いて笑う声が聞こえてきた。

井坂君の顔がクシャっと緩んでいて、その表情から緊張が少しとれているように見えた。


「ははっ。二人で頑張ろっか。」

「うん!!何でも頼ってね!!」

「了解。ヤバい事口走りそうになったら、脇腹でもどこでも横から小突いてくれよな。」


井坂君が悪戯っぽい顔でニヒと笑っていて、私は同じように笑顔を向けて「分かった!」と頷いた。






次は厄介な母親との対面です。

長い一日ですが、もう少しお付き合いください。

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