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理系女子の恋  作者: 流音
83/246

80、注意


「何をやっていたのかちゃんと説明しなさい。」


私と井坂君は文化祭真っ只中だというのに生徒指導室に連れてこられて、担任である藤浪先生と向き合っていた。

藤浪先生は40代の働き盛りの先生で、年齢の割に若く見える。

四角い黒縁メガネをかけていてサラッと着ているTシャツ姿がまるで若いお父さんのようだ。

担当教科は数学。

授業はいつも的確で分かりやすく、ウチのクラスからの信頼も厚い。

藤浪先生も私たちを信用してくれているので、文化祭のことには今まで一切口出しをされたことはない。

それだけに教室に来るなんて思わなくて、私たちは見つかってしまったわけだ…。


私は横で黙っている井坂君をチラ見しながら、どう説明したものかと考え込んだ。


「黙ってても分からないぞ。ちゃんと説明しないと、やましい事をしてたんだって誤解を与える事になる。正直に話しなさい。」


藤浪先生は事故だと思ってるような口ぶりで言ったので、井坂君がそれを見逃さずに口を開いた。


「し…谷地さんの肩に変な虫がついてたんですよ。」

「虫?」

「はい。それを取ってあげようとして身をのりだしたら、虫がどっかに飛んでいって…俺がそれを目で追いかけてたら、バランスを崩して押し倒しちゃったんです。決してやましい事は考えてません。」


すごい…


私は事実を隠ぺいしてサラサラと嘘を並べ立てる井坂君を尊敬した。

やましい事を考えてないって…よくあんな無表情で言えるなぁ…

私はさっきまでの井坂君を思い出して、私まで騙されそうだと思ってしまった。


「そうか…。まぁ、二人の接点もそれほど見当たらないしなぁ…。じゃあ、アレもただの噂なのか?」

「アレって?」


井坂君が訊きかえすと、先生は腕を組んで「知らないのか?」と首を傾げた。


「なんかお前らが公衆の面前でキスしてたって、すごい大騒ぎになっててな。俺はその事実を確認したくてお前らを探してたんだよ。」


これには私も井坂君も表情が強張った。

事実なだけに先生を誤魔化せるかどうか分からない…というか、誤魔化した所で後からバレる方が怖い。

先生はじっと私たちの反応を見ているので、うかつに表情には出せない。


私は極度の緊張でおかしくなりそうだった。


「どうだ?これは事実なのか??」

「それって…事実だった場合どうなるんですか?」

「ん?そうだな~…、仮にも他の生徒の手本となる進学クラスからこういう事が出てしまうとなぁ…。まずは親御さんに報告と、厳重注意で済めばいいが、自宅謹慎もあり得るなぁ…。まぁ、好いた惚れたに関して、こっちが口を出す事でもないとは思うけどな~。」


親に報告!?!?!自宅謹慎!!?!?


藤浪先生はいたって軽く言っていたが、私はそこが引っかかって顔に出そうになった。

井坂君も表情に出そうになるのを堪えているのか、少し引きつっている。


「そんな事を聞くってことは、お前らはやっぱり…。」


「「まさか!!ただのクラスメイトです!!」」


私と井坂君は同時に否定して、お互い顔を見合わせた。

目の前で藤浪先生が驚いたように目をパチクリさせてから、急に笑い出した。


「二人揃って否定するとは…、二人は意外と馬が合うのかもな。息もぴったりだ。」


「「ホントに違いますから!!!」」


また揃ってしまって、私と井坂君は気まずくなる。

先生は余程面白いのか爆笑している。


…むむ…、もう口は出さな方がいいかもしれない…


「まぁ、違うならいいんだ。二人とも勉強の面ではクラスでも上位だし、真面目な面しか知らないからな…。信じられなかったんだよ。俺から見てもそういう事する奴には見えないし、誰かが流した噂なんだろう。生徒指導の奥園先生には俺から言っておくよ。」


先生は豪快に笑い飛ばしながら井坂君の肩をバンバンと叩いた。

それに顔をしかめていた井坂君が遠慮がちに口を開く。


「奥園先生…ですか?」

「あぁ、この噂を俺に教えてくれたのも奥園先生だったんだ。進学クラスの規律が乱れてる!!ってすごい剣幕でな。確かめてくださいって言われたから、こうやって聞いただけなんだ。悪いな。文化祭の真っ只中なのに。」


奥園先生とは国語科の先生で、二年一組の担任だ。

30代前半の若い先生だが、藤浪先生とは見た目が正反対で50代にも見える貫録と迫力のある先生だ。

ピタッとしたタイトスカート姿でいつも授業にやって来る。

ぶっちゃけ授業は押しつけがましいもので、あまり面白くはない。

そのためウチのクラスからは『ゾノ』と影で悪口を言われるほど嫌われている。


「あ、でも。さっきのような誤解を与える事はしないように。井坂、お前は男なんだから女子と二人っきりなんて怪しまれるからな。付き合ってなくても、節度ある距離を保つように。」

「……付き合ってたら、してもいいんですか?」


井坂君が興味津々といったように聞きかえしていて、私は驚いて息が喉に詰まった。


バ…バレるんじゃ…!!井坂君!!


「井坂…。そういう問題じゃないよ。付き合ってても当然、節度ある距離を守りなさい。まだ高校生なんだからな。責任ある大人なら構わないが。」

「ふ~ん…。大人ね…。」


「なんだ、こういうことに興味があるとは、やっぱり男だな~。井坂はあんだけ女子に人気があるんだから、いつかほいっと彼女の一人や二人できそうだけどな。」


先生!?!?

先生が軽くほいっとできると言うとは思わなくて、信じられなかった。

仮にも実際の彼女目の前にして言わないで欲しい…

私は自分が彼女だと言えなくて、なんだか無性に悲しかった。


「俺、あんなのには興味ないですけど。すっげー好きな奴がいるんで。」


井坂君が突然ちらっと私を見ながら言ってきて、私は驚いて井坂君を見つめた。

井坂君の穏やかな表情から私の気持ちを救い上げてくれたのが分かって嬉しくなる。

やっぱり井坂君には敵わないなぁ…


「へぇ…、意外だな~。なかなかお前らからそういう話を聞かないから、いないもんだと思ってたぞ。ちゃんと青春してるようで嬉しいな。」

「そうですか?俺らのクラス、結構恋愛が飛び交ってますけど。」

「本当か!?なんだ!!俺は授業態度の真面目なお前らしか見たことがないから、そういうちょっと楽しげな事が分からなくてな~。みんな隠してるってことか!!」

「そうなりますね。でも、皆そこまで隠してるわけでもないだろうし、先生が聞けば答えてくれると思いますよ。」

「ほうほう。じゃあ、谷地もそういう奴いるのか?」

「えっ!?!?」


急に話題を振られて、私は目を輝かせている先生とニヤッと笑っている井坂君を交互に見て戸惑った。

井坂君の顔!!絶対、わざとだ!!

私は意地悪な井坂君に反抗したくなったが、さっきは嬉しい気持ちをもらっただけに、正直に言うことにした。


「い…います。すごく好きな人が…。」

「へぇ~~!!あの谷地までもが!!そうか、そうか!!人は見た目によらないな~。」


先生…それは失礼だよ…

人は見た目で恋をするわけじゃないのに…


私はそう言いたかったが、付き合ってるというボロを出すのが嫌だったので我慢した。


「先生。そろそろ戻ってもいいですか?」

「あ、あぁ。悪かったな。長々と話し込んでしまって。とにかく、噂になるような行動はしないように!!もう奥園先生にとやかく言われるのはゴメンだからな!!いいな!」

「はい。」「分かってるよ。」


さっきまで楽しんでいた先生も最後には先生らしく注意してきて、私たちはそれぞれ返事をして生徒指導室を後にした。


廊下ではまだ文化祭中なので、生徒たちが行きかい騒がしかった。

私と井坂君は誰にも怪しまれないように友達の距離間で並んで歩いた。

すると人目のない階段に差し掛かったところで井坂君が話しかけてきた。


「なんか大事になってたな…。」

「うん。先生はただの噂だって思ってくれたけど、どうなんだろう…?本当に大丈夫かな?」


私は鈍感な藤浪先生だから上手く切り抜けられただけだと思っていた。


「進学クラスだってだけで、こうやって言われるのもなんか腹立つなー…。普通クラスは平気でやってるのに、不公平だよ。あのゾノのやつ…。」

「奥園先生に直接問いただされなかっただけマシじゃないかな…。きっと、奥園先生だったらまだお説教されてたかも…。」

「だよな!!藤ちゃんでマジで良かった!さすが、ウチの担任!!」


井坂君がすごく嬉しそうに笑い出して、私も同じように微笑んだ。

藤浪先生は人を信じすぎる面はあるけど、本当に良い先生だ。


「つーか、こうやって注意されると、学校にいる間はうかつにイチャつけねぇよなぁ…。あんな宣言しちまったけど、今まで通り隠れてイチャつくしかねぇか。」

「…親に報告なんてされたら、大変だもんね…。」

「だな。報告でもされたら、きっと俺の親、詩織ん家に突撃かけに行くよ。」

「えぇっ!?突撃!?」


私は井坂君の優しそうなお母さんを思い出して、想像できなかった。

井坂君は心底嫌そうな顔で言った。


「俺ん家、兄貴が女遊び激しいからさ、俺にはそうなって欲しくないって、両親が必死なんだよ。兄貴の中学時代とか、かなり手を焼いたみたいでさぁ…。もうホント迷惑な話だよ。だからさ、意地でも報告だけは避けたいんだよな。」

「そ…そうなんだ…。」


私はお兄さんの軽い言動を思い返して、昔からあんな人なんだと思った。

でも、あのときのお兄さんと話して思ったけど、好きで女遊びしてるようには見えなかったんだけどな…

きっとその中学時代に何かあったんじゃないだろうか…?

私は自分の辛い初恋を思い出しかけながら、少しお兄さんが心配になった。

どうしても苦しんでた自分とかぶる所がある…


「あ、心配しなくても詩織がどうとかじゃねぇから!!母さん、詩織のこと良い子ねって気に入ってたし、俺の行動に関して目を光らせてるだけで、詩織には迷惑はかからないようにするから!!」

「え…うん。」


井坂君が焦ってフォローしてきて私は面食らった。


お母さんに気に入られてるとか嬉しいけど、監視されてるってのは複雑だなぁ…

私よりも井坂君の方が嫌なはずだよね…


私の反応が微妙だったのか、井坂君が不思議そうに顔を覗き込んでくる。


「あれ?なんか考えこんでると思ったけど…そうでもない?」

「あ、うん。ちょっとお兄さんの事、考えてただけ。」

「兄貴の?」

「うん。」


井坂君は私の返答が不服だったのか、急に立ち止まって私の行く手を壁に手をついて塞いできた。

私は以前にもあったような光景に既視感を覚えて固まる。


あれ…?


「なんで兄貴?詩織には兄貴は関係ねぇじゃん。」

「え…。確かに関係はないかもしれないけど、井坂君のお兄さんだよ?」

「だから何で詩織が俺の兄貴の事考えてんだよ!!」


井坂君の声の調子が上がって、怒ってるのが伝わってきて体が強張った。


な…何で…怒ってるの…??

私、また何か変なこと言った??


「だ…だって、なんか気になるから…。なんであんな風なのかな…とか…。」

「気になるとか…っ!!!詩織はっ…俺のことだけ考えてればいいだろ!?」

「へっ!?」


井坂君の思考回路がよく分からなくて、私は目を剥いて井坂君の顔を見つめた。

井坂君の顔は険しく歪んでいて、さっきまでのご機嫌な顔が消え去っていた。

その後ろにチラチラと私たちを見て通り過ぎて行く生徒が見えて、私はさっきまでの事もあって慌てて井坂君から離れた。


「い、井坂君。落ち着こう。ね!!せっかく先生に上手く誤魔化したのに、また問いただされたら…。」


私は誰かに告げ口されるのではとヒヤヒヤした。

でも、井坂君は違うようで壁から手を離すと怒った顔のままで吐き捨てた。


「ぜっんぜん分かってねぇ!!!詩織のアホ!!!」


アホ!?


私は初めて言われた悪態に目をパチクリさせていると、井坂君は早足で階段を駆け下りてどこかへ行ってしまった。


えぇ~~~っ!?


とり残された私は井坂君の去った方向を見て、彼の意味の分からない行動に、呆然と立ち尽くしたのだった。




***




そして教室に一人でトボトボと帰ると、あゆちゃんや新木さんに待ってましたと言わんばかりに取り囲まれた。


「詩織!あんた公開キスしたってホント!?」

「それよか井坂がすんごい不機嫌なんだけど、どうなってんの!?」

「すごーい噂になってたよ!」

「あ、もしかして、それで藤ちゃんに呼び出しされてたの!?」

「井坂ファンの子たちが中庭で号泣してるの見たんだけど!!」

「井坂君、どうにかしてよ!すっごい怖いんだけど!!」


一気に質問攻め?されて、私は勢いに押されて仰け反った。


皆…情報早いな…

っていうか…井坂君…やっぱり怒ってるんだ…。


私はどっちを先に説明しようかと悩んでいると、あゆちゃんが待ちきれないのか私の腕を掴んで揺すってきた。


「早く教えなさいっての!!」

「わ、分かったから、揺らさないで…舌噛みそう…。」


あゆちゃんは揺らすのを止めてくれると、腕を組んで私を睨むように見てくる。

周りにいる新木さんやアイちゃん、篠ちゃんも興味津々といった様子だ。


「え…えっと、まず内緒にしてほしいんだけど…。そのキスの件で…呼び出しされてたんだ。」

「え!?じゃ、アレ本当なんだ!?」

「うっそ!?いつかやるんじゃないかって思ってたけど…、まさか文化祭で賑わってるときにやらなくても…。」


「うん…そうなんだけど。っていうか認めちゃダメなんだけどさ。藤浪先生には私たちじゃないって誤魔化しちゃったから…。」

「えぇっ!?嘘ついたってこと!?」

「まぁ…そうなるかな…。」

「なんでそんなこと!?藤ちゃんだったら許してくれるでしょ!?」

「や…その…親に報告するって言われて…仕方なく…みたいな?」


私があはは…と渇いた笑いを浮かべながら言うと、皆が飽きれた様にため息をつき始めた。


「詩織~…。まだ親に言ってなかったわけ?」

「あ…うん。なんか言い出しにくくて…。」

「そりゃ、井坂も怒るわけだ。」

「へ??」


何だか説明もしていないのに井坂君の怒ってる理由を納得されてしまって、私は一人理解できずにあゆちゃんたちを見回した。


井坂君が怒るって…なんで??


「もうあと何か月かで付き合って一年になるわけでしょ?それなのに親に言ってないとか…。」

「井坂だって怒りたくもなるよ。親に言えないような彼氏なのかって思うじゃん。」

「え!?そういうつもりじゃ!!」


私は思い至らなかったことに驚いた。

だって井坂君もそこは気にしてないようだったし…。

なんとなく家の話題を避けて…

でも言われてみれば、そう思っても不思議じゃない。


「詩織って、ホントバカっていうか…アホっていうか…。」

「アホ…!?」


私は井坂君に言われたことをあゆちゃんにも言われてしまい、自分って相当アホなのかと衝撃を受けた。


「親に認められれば、ハッキリ付き合ってますって公言できるわけでしょ?そんなややこしく誤魔化したりするぐらいなら、親を説得する方が楽だって。そしたら呼び出しされる事なんて屁でもなくなるよ。」

「そうだよ。さっさと親に言って、井坂の機嫌をなんとかしてよ~。」

「教室のピリピリした空気、あんたのせいだからね。」


井坂君が怒ってる理由はこれじゃない気がしたが、私は周りからの要請にしぶしぶ頷いた。


まぁ…確かにきちんと話をしなくちゃって思ってたしな…

これを機会に勇気を出して、お母さんに報告しよう。


私はそう心に決めたが、どうしてもお母さんの冷めた笑顔が浮かんできて、胃がキリキリと痛み始めたのだった。







壁ドン再びでした。

奥園先生はいつか出てくる予定です。

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