78、写真騒動
私はタカさんと文化祭を回っている最中嫌なことを耳にして、慌てて生徒会室前の掲示板を見にきて、顔面蒼白になった。
うそ…
そこにはミスタコンの中間投票結果が貼り出されており、なんと一位の得票数のところに井坂君の名前があったからだ。
しかも彼の紹介写真がなぜかコスプレ写真館で撮影した執事姿のものに変わっていて、私は思わずそれをはぎ取ってポケットに突っ込む。
見ていた女子から睨まれたり、ブーイングが飛び交ったが構わなかった。
なんでこれが!?!?
写真が勝手に貼ってあることに、心臓がドクンと嫌な動悸を奏で始める。
一位って…まさかこの写真のせいで…??
私はまさかの可能性が脳裏を過って、泣きたくなってきた。
一位なんかになるはずないって思ってた。
それだけに出てもいいよって言ったのだが、今はそれが間違いだったと分かって取り消したくなってくる。
「しおりん…。」
タカさんが気遣うように私の顔を覗き込んできて、私は彼女に笑顔を向けた後に何か策はないのかと考えた。
井坂君にこのまま優勝してほしくない。
必死に井坂君の好感度を下げる方法を考えるが、井坂君の不名誉になることだけはしたくなかったので、コレといった良い案が浮かばない。
頭に手を当てて髪を掻き毟っていると、ある女子たちの話し声が耳に入ってきて、それに意識を集中した。
「拓海先輩の執事姿見た?」
「なに、それ!すっごい見たいんだけど!!」
「コスプレ写真館に居合わせた子から写メもらったんだぁ~。すっごいカッコいいよ。」
「見せて見せて!!」
私は声の主に目を向けると、一年生の色である緑色のスリッパを履いた三人組がケータイを手に会話しているのが見えた。
私は何かが頭の中で吹っ切れると体が勝手に動いて、彼女たちの手からケータイを取り上げた。
三人の目が私に向く。
「ごめん。写真のデータ消すね。」
私は自分でも驚くほど冷たい目で三人を見ると、勝手だとは思ったけど表示されてる井坂君の写真を消去した。
「なっ…!?勝手に何するんですか!?せっかくもらったのに!!」
「そうですよ!!勝手に消すなんて横暴です!!先輩だってだけで許されると思ってるんですか!?」
私のスリッパの色から判断したのか、一応敬語で歯向かってくる女子を見て、私はケータイを返すと告げた。
「肖像権って知ってる?こういう風に勝手に写真を回したりすると、それに抵触するんだよ。訴えられても文句言えないんだよ。それでも構わない?」
私は日頃のガリ勉で培った知識を総動員して、威圧的に言い放つ。
三人は何を言われたのかも分かってないようで困惑しながら首を傾げはじめる。
「この写真なんだけど、誰からもらったの?その子のクラスと名前、教えてくれる?」
私は自分がこんなにも口が回っただろうかと思うほど、スラスラと言葉が出てきた。
三人は強張った顔を見合わせると、一人の女子が遠慮がちに「4組の浜田さん…。」と教えてくれた。
私はそれにお礼を言うと、踵を返してタカさんの所へ戻った。
「しおりん…、なんか顔…怖いよ?」
タカさんに言われて初めて、自分が怒りに顔を歪めているのに気づいた。
井坂君の写真が出回ってるなんて許せるはずがない。
それも私たちだけの時間だと思っていた、あの時間の写真だなんて怒り憤慨を通り越して、冷たい氷ように冷静だった。
「タカさん…ちょっと手伝ってくれる?」
「何するの?」
私は怒りに歪めていた顔を笑顔に戻すと、自分にできる唯一の事をタカさんに伝えた。
タカさんは嫌そうに顔をしかめていたけど、私は井坂君のためにも自分のためにもやるしかないと思った。
そう…このとき、私は初めて頭の線が一本切れるほどブチ切れていたのだった。
**
私は出回ってる写真を一枚でも多く消してもらおうと、脅しのように女子を回っていて徐々に疲れてきていた。
タカさんも私を手伝って他の子に言いに行ってくれている。
そんなときいつかに囲まれた井坂君ファンの軍団に取り囲まれて、私は額の汗を拭って彼女たちを見回した。
そのメンバーの中のヤンキーのような女子が一人、偉そうにふんぞり返りながら私を睨んで言った。
「拓海君の写真、消して回ってるらしいじゃん?何?彼女って身分はそこまで拓海君を独占するわけ?」
「そんなんじゃない…。……自分の望んでない姿の写真って…他人の手に渡ると本当に嫌だと思ったから、消して回ってるの。」
私は一年前にクラスメイトにゾンビナース姿の写真を撮られた事を思い出していた。
あのとき井坂君が皆に「消せ!」と言ってくれたから、私は恥ずかしい思いを引きずらなくて済んだ。
今度は私が井坂君のために動く番だと思った。
ヤンキー女子は腕を組むと私に一歩近づいて言った。
「そんなん拓海君が嫌だって思ってないかもしれねーじゃん?だって、こんなにカッコいいんだよ?」
ヤンキー女子がケータイを出して井坂君の写真を表示して、私はそれに手を伸ばしたが、サッと躱されてしまった。
「消してっ!!人の写真を勝手に撮るのは犯罪なんだよ!?」
「うるさいな。たった一枚じゃん?ただの文化祭の思い出だよ。」
「消してってば!!」
私がまた手を伸ばすがヤンキー女子はケータイをしまってしまって、手を出せなくなった。
ヤンキー女子は仲間の女子に目配せすると、ニッと笑って言った。
「あんたの独占欲になんか付き合ってられないの。あんたは彼女なんだから、写真の一枚ぐらい許しなさいよね。それじゃーね。」
ヤンキー女子たちはまったく消すつもりがないのか、連れだって歩いていってしまって、私は最後まで「消して!!」とその背中に叫んだのだった。
でも全く相手にされなくて、私は自分の無力さに涙が出そうだった。
そこから私は同級生にことごとく写真を消すのを軽くあしらわれてしまい、結局消せたのは下級生だけだったと思って、中庭の隅っこの校舎脇で小さく蹲っていた。
拳を握りしめて自分の無力さに吐き気がする。
井坂君はあんなに簡単にやってくれていたのに、私にはその力がない。
悔しくて、ただ悔しくて苛立ちが募る。
こうして蹲っていても仕方ないと自分に言い聞かせると、奮い立たせるようにもう一度言いに行こうと立ち上がった。
そのとき会長さんが一組の榊原さんと話をしながら歩いてくるのが見えて、私は身を隠すようにしゃがんだ。
何で隠れたのかは分からないけど、なんとなく会長さんと顔を合わせるのが嫌だった。
もしかしたら昨日の事が尾を引いているのかもしれない…。
あんなにズバズバと核心を突かれたのは山地さん以来の事だ。
井坂君と接することで多少回復していたが、弱い私の心にはまだダメージが残っていた。
そうして足を抱えて蹲っていると、二人が近くにやって来たのか会話が聞こえてきた。
「井坂君の写真見た?榊原。」
「うん!見た!!執事姿のやつでしょ!?すっごーくカッコ良かったぁ~!惚れ直したって感じ!」
「あれ、彼女と一緒に撮ったやつみたいだけど、それは良かったの?」
「あー、谷地さんのこと?別に。そのうち別れるでしょ?なんかあまり一緒にいるイメージないし。」
「ふふっ。それって別れ待ちってこと?」
「決まってるでしょ!別れたら速攻でアタックしに行くって!!っていうか、今からしとこうかな。」
えぇっ!?別れるって!?…アタックって!!!!
私は耳を疑ってしまって、理解するのを頭が拒んでいた。
今朝までは会長さんの言葉に傷ついて、井坂君はもしかしたら私に飽きてきてるのかもなんて一瞬でも彼を疑ってしまった。
でも、私と一緒にいる井坂君を見てたら不安なんてどこかへいった。
だって、どう見ても気持ちが伝わってくる。
好きだとか言葉はなくても、肌から触れた所からちゃんと分かる。
それだけに勝手に別れる前提で話されてるのに、苛立ちが湧き上がってきた。
「嫌われない程度にしなさいよ。あの山地でさえ嫌われたみたいだから。」
「あぁ、あの可愛い人でしょ?そっか~…あの人がダメで、何で谷地さんはアリだったんだろう?」
「さぁ?地味な子に手を出してみたかっただけじゃない?井坂君だって男だし。」
「あー、そういうことかー。」
手を出してみたかった…?男だから…??
私は井坂君がすごく軽い男に見られてる事に我慢ができずに、隠れていた場所から立ち上がった。
「井坂君をバカにしないでよっ!!!」
「うわっ!ビックリした。」
「何でそんなとこで聞き耳立ててるわけ?行動まで地味とか、ウケる。」
私は驚いている二人に食って掛かるように、二人の目の前まで移動して言った。
「井坂君が男だから地味な私に手を出したとか間違ってるから!!!」
「は?」
「何言ってんの?井坂君があんたと付き合う事にしたのって、どう見ても手を出しやすかったからでしょ?地味女にそこまで期待もないだろうし。」
「手なんて出されてないから!!むしろ我慢させてるのは私だし!!」
「はぁ!?」
私は恥ずかしかったけど事実と違う事を噂にでもされたら大変だと否定した。
井坂君の名誉のためにも誤解だけはさせない。
「井坂君がどれだけ優しい人なのか知らないでしょ!?赤くなって照れた顔は可愛いし、甘えてくれることだってあるんだから!!」
「な…何、大声で言ってんの?誰も井坂君のそんな姿知りたいとか言ってないし。」
「そうよ。あなた自分だけが知ってるアピールしたかったんでしょうけど、あのクールな井坂君が甘えるとかないから。」
「それがあるんだから!!よくくっついてくるし、二人っきりになると…なんか変わるし…、い…い…色んなとこ触ってくるし!!」
私は目の前でポカンとしている二人を見て、これは言わなければ良かったと赤くなる顔を伏せようと俯いた。
勢いに任せて恥ずかしい事まで口走ってる!!
これ以上は言っちゃダメだ!!
いつの間にか周りがザワザワと騒がしくなり始めて、注目を集めていることに気づいた。
注目されてると分かると、どんどん顔の熱が上がる。
「…嘘もいい加減にしなよ。学校で一緒にいるのなんか見たことないんだけど。帰りは一緒に帰ってるみたいだけどさ。それだけでしょ?」
「そうよ。クラスの中でもイチャついてる所は見たことないって、9組を覗きに行った子が言ってたし。修学旅行でさえ、なんかギスギスしてたんでしょ?信じられるわけないし。」
「嘘じゃないから!!だ、だって…えっと…。」
私はなるべく恥ずかしい事を言わないように、今までされた事を思い返してどう言おうか考えた。
そのとき一時期話題になっていた事を思い出して、口に出した。
「お姫様だっこ!!お姫様だっこされたことあるし!!!」
「……あぁ…球技大会のことでしょ?あれは、後から仕方なく彼氏だってことで運んだって噂が回って来たけど?他の男子が運ぶのもおかしいでしょって事なんだよね?」
「あ、私もそれ聞いたよ。井坂君、迷惑そうに運んでたって。」
「え!?!?」
私は『迷惑』という言葉に驚いて、急に胸が痛くなった。
うそ!?やっぱり、迷惑だったんだ!!
井坂君、人前でそういうことできる人じゃないもんね…。
私は井坂君の目の前で土下座したくなってきた。
「迷惑かける彼女なんて最悪だよね。井坂君もそろそろいいかなって思ってるんじゃない?」
「そうだよね。地味女に手も出せないんじゃ、次に乗り換えることも考えてるでしょ。」
…迷惑…最悪…。
私って相当ダメな彼女だ…
私は一気にボルテージが下がってしまって、自己嫌悪に陥ってしまった。
二人に言いたい放題言われてしまって、泣きたくなってくる。
でも、自分の気持ちだけはしっかりと持ってるので、涙目で二人を睨みつけると吐き捨てた。
「別れたりしないからっ!!!だって、井坂君のこと一番好きなのは私だから!!!」
この気持ちだけは誰にも負けない!!
「……。」
「……。」
私の公開告白を聞いた二人はポカンと立ち尽くしていたが、しばらくすると吹きだすように笑い出した。
「あははっ!そんな必死になるとか、笑える!!」
「そうね。挑発されて恥ずかしい事まで口にするなんて、井坂君を繋ぎとめるので精一杯ですって言ってるようなものよ。」
私は恥ずかしさと苛立ちから手を握りしめて俯いた。
悔しい…そんなんじゃないのに…
私たちのこと…何も知らないクセに…
私はもう言い返す言葉が出てこなくて、堪えてた涙だけが頬を伝った。
二人の笑い声が聞こえるだけで惨めになる。
すると、急に二人の笑い声が消えて、ザワついていた周囲も静かになったのに気付いた。
「何やってるわけ?」
背後から低い声が聞こえて、私は咄嗟に振り返った。
そこには少し息を荒げている井坂君が鬼のような形相で立っていた。
「い、井坂君…。」
井坂君は私を見ると近づいてきてくれて、手で私の涙を拭ってくれた。
その姿にズキュンときてしまって、さっきまでの苛立ちはどこへやら心の中が井坂君でいっぱいになった。
頬が勝手に熱くなってくる。
「詩織…平気か?」
「う、うん。大丈夫。」
井坂君の声が優しくてまた涙が出そうだったけど、笑顔を作って堪えた。
井坂君は私を見てほっとしたように表情を緩めたあと、会長さんと榊原さんに顔を向けてさっきの顔に戻った。
その井坂君を見て二人が息をのむのが伝わってくる。
「なぁ、何やってたわけ?説明してくんない?」
「え…?」
「説明って…。」
「あんた生徒会長だろ。説明ぐらい容易いんだろ?この前みたいに上からズラズラ並べ立てたらどうだ?」
井坂君が怒ってる…
私は物凄くきつい言い方をしている井坂君から目が離せなかった。
会長さんは井坂君にビクついていたけど、さすが会長という肩書だけあって姿勢を正して井坂君を見据えた。
「私たちは普通に雑談していたのよ。そこへ谷地さんが割り込んできただけよ。私たちが怒られる義理はないわ。」
「普通の雑談で詩織がお前らに食ってかかるわけねぇだろ。何言ってたんだよ。隠さず話せよ。」
「………それは…。」
会長さんはさすがに話の内容は言えないようで、口を噤んで俯いてしまった。
すると井坂君が私に振り向いて「何の話だ?」と聞いてきた。
私は腹が立ってたのもあって、躊躇う事なく事実を話した。
「…私たちが別れるのは時間の問題だって…。そういう類の話をしてた。井坂君にアタックする…みたいな事も…。」
「ふ~ん…。」
話を聞き終えた井坂君は、冷めた目をまた二人に向けた。
すると慌てたように榊原さんが口を出してきた。
「わっ、私たちは今まで見て感じたことを話してただけで!!そこまで深く言ったりしてなかった!谷地さんが食って掛かってこなければ、こんなに話が大きくなることも――」
「あのさ。詩織に責任なすりつけようとしてるけど、ここまでしたのはそっちが最初なんだろ?別れるとか影で話されてるの聞いたら、腹が立つの当然だと思うけど。」
「だ、だって!!現にそこまでの素振りなかったし、付き合ってるなんて形だけに見えたんだから!!仕方ないでしょ!?」
「……形だけね…。まさか隠れてイチャついてたのが、こんな事を引き起こすなんてなぁ…。」
井坂君は横にいた私にだけ聞こえるような音量でそうぼやくと、ちらっと私を見てきた。
私は何かを考えてるような井坂君の横顔を見つめ返す。
「詩織…ちょっと恥ずかしいこと我慢してくれよ。」
「へ…?」
井坂君はそう言うと、私の顎を支えるように掴んでくると、見せつけるようにキスしてきた。
!?!?!?!
私は驚きすぎて目を見開いたまま、体が硬直する。
耳に悲鳴のようなザワつく音が入ってきて、恥ずかしさから汗が吹きだした。
ギャーーーーッ!!
私が観衆と同じように心の中で絶叫を上げていると、井坂君の手が頭の後ろに回ってきてキスが濃厚なものに変わった。
うそ!?うそ、うそ、うそーーーーっ!?!?
「…んっ…んんっっ…!!!」
出したくないのに声が漏れて私は井坂君のシャツを握りしめた。
キスから逃げようとすると井坂君が食いつくように攻めてきて、だんだん背中が仰け反ってくる。
人前だというのに目の前がぼーっとしてきてヤバいと思い始めた頃、やっと井坂君が離れてくれて、私は井坂君の胸に引き寄せられるように抱きしめられた。
「別れるとかそっちの思い込みだから。俺ら影ではしょっちゅうこんな事やってるし?」
意地悪そうな井坂君の声が降ってきて、私は思わず井坂君を食い入るように見上げた。
「ギャーーーーーッ!!!」
「イヤーーーーッ!!拓海せんぱーーーい!!!」
「何でぇーーーーっ!!」
いつの間にかギャラリーが増えていたみたいで、あちこちから絶叫のような悲鳴が湧き起こる。
私は頬を少し赤らめてはいるが堂々としている井坂君を見つめて口をパクつかせた。
い…井坂君…どうしちゃったの…??
私は目の前の彼が変わってしまったように見えて、少しの不安が胸を過ったのだった。
ケンカ勃発編でした。
次はイチャ度、ラブ度ともに高めになります。