75、女子トーク
文化祭の準備を終えた足でそのまま篠ちゃんの家に向かった私たちは、彼女の家を見て呆然と立ち尽くした。
「家って…ここ?」
あゆちゃんがおそるおそる指さして確認を取ると、篠ちゃんが平然と「入って。」と言って促してきた。
篠ちゃんの家は何と言うか…日本の由緒ある家のような日本家屋で、入り口の門がまず大きく、木と瓦造りの門には篠原道場と達筆で書かれた看板が下がっている。
どうやら門の向こうの庭を抜けたところにある平屋は道場らしい。
篠ちゃんはジャッジャッと鳴る石の庭を歩きながら、道場の隣の二階建ての家へと引き戸を引いて入って行く。
私たちは今まで出会ったことのないお宅に緊張していて、誰も言葉を発さない。
「まぁまぁまぁ!!こんなにたくさんのお友達!!茜!!何でもっと早く言わないの!!」
中に入ると篠ちゃんのお母さんが困ったような顔で出迎えてくれて、私たちは挨拶と一緒に頭を下げた。
篠ちゃんとそっくりで、いかにもデキるお母さんといった風の篠ちゃんのお母さんは、優しく微笑んで「こんな子だけどよろしくね。」と言ってきて、軽く頭を下げた。
篠ちゃんはまだ話をし始めそうなお母さんを奥に押していくと、私たちに振り返りながら「部屋二階の奥だから先行ってて。」と告げて見えなくなってしまった。
私はタカさんとあゆちゃんと目を合わせると、少し笑ってから言われた通り二階に上がることにして靴を脱いだ。
後ろからツッキー、アイちゃん、新木さんにゆずちゃんがついて来てくれる。
そうしてギシギシと鳴る玄関脇の階段を上って二階に行くと、一番奥の部屋の扉が開いていてあそこかと向かって中に入った。
中は見事に篠ちゃん色で、剣道の道具一式に壁には『質実剛健』なんて達筆で書かれた紙が貼られている。
後はたくさんのトロフィーに賞状。
きっと剣道の大会のものだと思う。その脇に写真が一枚飾られていて、剣道着を着た篠ちゃんが幼い笑顔を浮かべてたくさんの友達と映っていた。
中には背の高い男の子の姿もある。
私は新しい彼女の一面を見られた気分でワクワクしていた。
それは皆も同じなのか部屋の中をウロウロしながら物色している。
するとお盆にたくさんのコップをのせた篠ちゃんがジュースを持ってやってきて、私は慌てて彼女を手伝いに駆け寄った。
「あ、ありがと。っていうか、みんな部屋物色し過ぎじゃない?」
「あははっ!!いいじゃん!茜ってなんか部活ばっかのイメージで色々知りたいんだよ~。」
「そうそう!でも部屋も見事に剣道一色だねぇ。」
みんなも私と同じことを思ったのか、笑いながら篠ちゃんのお盆からコップをとっていく。
私もそれに倣ってコップを手にすると、篠ちゃんがテーブルの前に座ってコップを出すように手で促してきた。
「私の家、見たから分かるだろうけど、道場やってるんだよね。じーちゃんとたまーに父ちゃんも。だから、剣道がずっと近くにあってさ。生活の一部になっちゃって、今は剣道が一番大事なくらい。」
「へぇ~…そうなんだ。」
私が篠ちゃんらしいなと思っていると、篠ちゃんがペットボトルのジュースを皆のコップに注ぎ始めた。
「だから茜は恋愛に興味ないんだ?全然好きな人の話とかしないもんねぇ?」
あゆちゃんがケラケラと笑いながら言って、篠ちゃんは軽く笑うとジュースを入れ終えてペットボトルを横に置いた。
「なんかさー自分が剣道で強いからかもしれないけど、クラスの男子見てると弱そうって思っちゃうんだよね。その時点で恋愛対象から外れてるっていうかさ。理系クラスの男子ってなんか皆なよっちく見えない?」
「なよっちいって!!」
「あははははっ!!まぁ、勉強オタクみたいなの多いもんね!!茜から見るとそうなるんだ!」
笑う皆と正反対で、私はなよっちいという言葉と井坂君が結びつかなくて顎に手をあてて顔をしかめた。
井坂君はどっちかって言うと…逞しくないかな…?
私は海で見た井坂君の体を思い出して、あの日がフラッシュバックしかけて頭を振った。
「あ、詩織がなんかやらしい事考えてる。」
「!?!?」
あざとくあゆちゃんが私の様子に気づいて、私は考えていた事が事だったので真っ赤になった。
「あはははっ!図星みたい。何考えてたのかな~?」
「えっ!?やっ…やらしいことなんて考えてないよ!!ただ、クラスのみんながみんなそんなになよっちいかなと思っただけで!!」
私は慌ててフォローすると、隣に座っていたタカさんに背をポンと叩かれた。
「井坂君は逞しいって意味かな?」
「なっ!?!?!」
「ギャーッ!!!詩織がそんな生々しいものを想像してたなんてーっ!!」
「ちっ!!違うっ!!」
「違わないでしょ~!?詩織のことだから、井坂の逞しい胸板でも思い出してたんじゃないの~?」
「むっ!?胸板っ!?!?」
私は皆からからかわれて海のときの井坂君と誕生日の日の井坂君が交互にちらついて、耳まで熱くなって頭が許容オーバーで爆発した。
隣のタカさんにしがみつくと顔を見られないように皆から顔を逸らす。
「もうヤダ…。」
「あはははっ!!態度に出過ぎ!可愛いんだから!!」
「しおりんのこういう所が井坂君も好きなんだろうなぁ~…。」
「あ、それ分かる!!詩織って何でも顔とか態度に出るから、見てて楽しいよね。」
「そうそう。井坂の事好きなんだって分かるのも一瞬だったし!!」
「あのときは面白かったよね~。」
声から新木さんとアイちゃんが盛り上がってると分かって、彼女たちに気づかれた日の事かと思った。
あのときは井坂君にまでバレるんじゃないかってヒヤヒヤしたなぁ…
私は一年前のことを懐かしく思った。
「でも、まさか井坂がしおりんの事好きだとは思わなかったなぁ…。」
「だよね。井坂ってなんかチャライし、囲んでる女の子も派手な子ばっかだったし、詩織みたいな真面目そうな子タイプじゃないって思ってた。」
私は二人から当然の事を言われて、少し落ち込んだ。
ここで黙ってるのも癪なのでタカさんから顔を離すと、二人を睨みつける。
「ひどいよ、二人とも。そんな風に思ってたって今になってぶっちゃけなくても…。」
「今だからだよ。今は井坂の方が詩織の事大好きじゃん?」
新木さんが周知の事実のように言って、私は目をパチクリさせた。
周りのみんなも頷いていて「だよね。」なんて賛同している。
「え?え?何でそう思うの?どう見たって私の方が井坂君の事好きだけど。」
「えぇ~?そうかなぁ?なんか詩織って井坂に対して、たまに辛辣なときあるじゃん。」
「辛辣!?」
私はそんな態度とってただろうかと記憶を探る。
「文化祭の練習してるときさ、井坂がずーっと詩織の事見てるんだけど、詩織は島田とか長澤君とかと楽しそうに話してて、全然井坂の視線に気づかなかったり…。」
「……え?」
私は初耳の事実に目を見開いた。
「詩織がダンスの練習で島田に手触られたりとかしてるときに、井坂が赤井に指示して邪魔しに行かせたりとか…。」
「…え?え?」
「そんで井坂自身も詩織に構って欲しかったのか、勇気出して話しかけにいったにも関わらず詩織は練習を優先して井坂を拒否ったりとかさ。」
「………。」
私は身に覚えがあっただけにダラダラと汗が流れ落ちる。
そんな行動をしていたなんて全然気づかなかった。
私は自分の鈍感さに頭を抱えた。
「マイ…井坂のことよく見てるねぇ…。」
「違う違う。北野の事を見てるんだけどさ。いつも横に井坂がいるじゃない?それで自然と奇妙な行動してる井坂に目がいっただけだよ。」
「なーるほど。そういう事か。」
新木さんとあゆちゃんが笑い出して、私は今後気をつけようと心に誓った。
するとアイちゃんが今度はあゆちゃんに話をふった。
「あゆのとこはどーなの?しおりんのとこみたいに順風満帆?」
「あー、うん。下級生女子とかに嫉妬しない以外は順調ね。」
あゆちゃんが何かを思い出しているのか、少し怒った様子で言った。
「なんか不機嫌になったね。ミスタコン関係で何かあったとか?」
ツッキーが鋭く突っ込んで、あゆちゃんはジュースを一気に飲むと半眼で私たちを見て言った。
「赤井はさ、何でもサービス精神旺盛じゃん?」
「うん。」
「だからさ、ミスタコン出場することに決めてから優勝狙うっていうんで、色んな女子に今まで以上に愛想を振りまくようになったわけ!!『票入れてくれよな~!』とか笑って言いながら平気で女子と話してたりするの!!!これ、許せる!?」
普段の赤井君の姿から容易に想像できて、私たちは「あ~…。」と納得するしかなかった。
あゆちゃんは怒り憤慨しているのか、テーブルを拳でドンッと叩いた。
「赤井は彼女はお前だから安心すればいいって言うんだけど、特別さが感じられないのよ!!本当に赤井の一番なのか疑いたくなるわ!!」
「う~ん…それはもう赤井の性格だからなぁ…。でも、あいつがあゆ以外と付き合う姿は想像できないよ?」
「確かに…あゆだから、あの自由奔放な赤井と付き合えてる気がする。」
アイちゃんと新木さんが私も思ってた事を言ってくれて、私は全力で頷いた。
するとあゆちゃんの目が私に向いたと思うと、じっと見られたあと大きくため息をついた。
「いいなぁ…詩織は…。井坂は詩織が特別だってビシビシ伝わってくるもん…。羨ましーよ。」
「あゆちゃん…。」
私は憧れてるあゆちゃんからそんな風に思われてたなんて思わなくて、どう返せばいいのか分からなかった。
どう見ても赤井君にはあゆちゃんしかいないのが分かる。
でもこれをどう言葉であゆちゃんに伝えられるだろう…?
私は元気のない彼女を見て顔をしかめた。
すると今まで黙ってたゆずちゃんが意を決したように口を開いた。
「あゆは贅沢だよ。」
「え…?」
あゆちゃんは驚くと、顔をしかめて俯いているゆずちゃんに目を向けた。
「好きな人と両想いってだけですごい事なんだよ?彼氏、彼女って…私にしたらすごく、すっごく憧れることなのに…。特別だって感じないからって、赤井君の事を疑うのは違うと思う。」
「ゆず…。」
私はゆずちゃんの告白を聞いて、西門君の顔が脳裏をちらついた。
「見てたら分かるよ。赤井君がどれだけあゆを特別だって思ってるかなんて。その証拠に毎日楽しそうにケンカしながらでも話してるでしょ?…私には…そんなの夢みたいに遠い事なんだから。」
夢みたいに遠い…
私はゆずちゃんの言葉が引っかかって、胸が苦しくなるようだった。
あゆちゃんはゆずちゃんの言葉に重みを感じたのか、ふっと笑顔になるとゆずちゃんの肩を叩いた。
「ごめんね。弱気になって。ゆずに言われて目、覚めたよ。ありがとう。」
ゆずちゃんはあゆちゃんを見て優しく微笑んでいて、私は西門君と上手く距離を詰められていないのかと心配になった。
聞きたいけど、ゆずちゃんの雰囲気から彼女から話してくれないとダメな気がして口を噤む。
するとアイちゃんが「あーっ!」と急に声を上げて、皆の注目を集めた。
「私も恋したーいっ!!」
アイちゃんが大声で打ち明けてきて、私たちは笑い出した。
「何?急にどうしたの?」
「だって、あゆとかマイとかしおりんの話聞いてたらさ。私も好きな人見つけたいなって思って。ツッキーたちもそう思わない!?」
アイちゃんに振られたツッキーが驚いたように目を見開いて、短い自分の頭を掻きながら言った。
「私は特には…。男子をそういう目で見たことないからなぁ…。」
「なんかツッキーらしくて、いっそ清々しいわ。タカちゃんはどうなの?」
「私?う~ん…クラスメイトの誰にもときめかないし、今まで好きな人いたこともないから分かんない。」
「くぁ~~~~っ!!ダメだ!!これじゃ!!」
私はツッキーとタカさんを見て、二人の男っ気のなさに変わらないなぁ…と思って微笑んだ。
するとアイちゃんがゆずちゃんの肩をガシッと掴んで声を荒げた。
「ゆず!片思い代表として必ずその恋実らせてよね!!恋のできない私たちからのお願い!!」
「ちょっと、そこに私も入ってるんじゃないよね?」
篠ちゃんが半眼でアイちゃんを睨んでいて、アイちゃんがゆずちゃんの肩を掴んだまま首を傾げた。
篠ちゃんは腕を組むとふんっと鼻から息を吐き出して言った。
「私にはちゃんと憧れてる人がいるんだから一緒にしないでよね。」
「「………えぇーーーーっ!?」」
篠ちゃんの告白に私たちは思わず篠ちゃんに身をのりだして声を上げた。
みんな興味津々といった様子で篠ちゃんに詰め寄る。
「何!?それって誰!?私たちの知ってる人!?」
「知らないと思うよ。だって相手大学生だし。」
「だっ…大学生!?」
さらっと言った彼女を見て、私は一気に篠ちゃんが大人に見えて遠く感じた。
「みんなの言うような好きじゃないよ?ホントにただ憧れてるだけだから。どうなりたいかとか全然思ってないし。」
「そっ…その人はどういう繋がりで…その憧れになったの?」
アイちゃんがゴク…と唾を飲み込みながら尋ねて、私たちは息をのんで返答を待った。
篠ちゃんは自分のコップにジュースのおかわりを注ぐと、それを口にしてから言った。
「道場の門下生だったの。近所のお兄さんだよ。剣道がすっごく強かったから、憧れただけ。以上。」
「……そういうことか…。」
篠ちゃんの本当に恋愛感情はないような言い方にアイちゃんは落胆してしまったようだった。
でも私は部屋に飾ってある写真を見て、本当に憧れだけなんだろうかと思った。
幼い頃の大会の写真の中に写っていた、たった一人の男の子。
きっとあの男の子が憧れの人なんだと思った。
写真を大事に飾ってることからも、篠ちゃんの中の特別を感じる。
私は彼女の中の恋心に芽が出ればいいのにな…と密かに願った。
その後はクラスメイトの色んな話に花を咲かせて、明日は文化祭だというのに遅くまで盛り上がってしまったのだった。
詩織以外の女子にスポットを当ててみました。
今後、少しずつ彼女たちのことも絡めていけたらなと思ってます。