73、ミスタコン!?
文化祭まで一週間をきったある日――――
私たちがステージ発表でつける仮面を制作していると、篠ちゃんとゆずちゃんが慌てて教室に戻ってきた。
「聞いて、聞いて!!今年の文化祭、ミスコンならぬミスタコンっていうのをやるらしくて!!赤井たちがエントリーされてたんだけど!!」
私は去年の文化祭からは想像もできないイベントに目をパチクリさせた。
それは周りのあゆちゃんたちも同じようで、黙ったままで篠ちゃんたちを見つめている。
篠ちゃんはあまりにも私たちの反応が薄いので、机をバンッと叩いて声のトーンを上げた。
「今年の文化祭は生徒会が主催でイケメンコンテストのようなミスタコンってのをやるんだって!!その出場者が女子の推薦制だったみたいで、赤井や井坂がエントリーされてるの!!」
「えぇっ!?」「はぁぁぁっ!?」
ここでやっと理解することができて、私はあゆちゃんと同時に立ち上がって目を剥いた。
井坂君がエントリーされてるって…何で!?
私たちの反応にタカさんたちもやっと理解したようで、作業する手を止めてざわつき始めた。
「ちょっ!!茜!!その話、詳しく教えて!!」
あゆちゃんが机をバンバンと叩きながら焦ったように口を開いて、私もあゆちゃんと同じ気持ちだっただけに体を篠ちゃんに近付けた。
篠ちゃんはゆずちゃんと顔を見合わせると、コホンと咳払いして神妙な面持ちになった。
「落ち着いてね…。さっきゆずと職員室の横の生徒会室前の掲示板を見たら、ミスタコンの張り紙が出てて…。それで…エントリー一覧って所に赤井と井坂の名前があったの…。」
「それぞれの学年から5名ずつエントリーされるみたいで…。女子の推薦の多かった人が選出されたみたい…。いつそんな事が行われてたのか分からないんだけど…、張り紙見てた人の雰囲気では皆事前に知ってるみたいだった。」
ゆずちゃんが遠慮がちに声のトーンを落として教えてくれて、私とあゆちゃんは開いた口が塞がらなかった。
女子の推薦って…私たちはそんなものに加担した覚えもない。
それだけに急なイベントに混乱していた。
「なんで…私のクラスには連絡が来なかったんだろう…?」
ゆずちゃんが不安そうな顔で言って、私たちはそんな事分からなかったので顔を見合わせるしかできない。
すると今まで黙っていたあゆちゃんが、急に肩を震わせ始めると私に振り返ってきた。
「詩織!!文句言いにいかないと!!」
「へっ!?」
私はあゆちゃんを見て素っ頓狂な声を上げて固まった。
あゆちゃんは私の肩を掴んで揺らしてくると、眉間に皺を寄せて怒っているようだった。
「私たちの彼氏が勝手にエントリーされてるんだよ!?彼女としてこんな一方的な所業が許されるわけない!!生徒会に文句言いにいかなきゃ、腹の虫がおさまらない!!」
私は脳が揺さぶられながらも、それもそうだと思った。
井坂君がいくら人気だからといって、たくさんの人の前で晒されるのは嫌だ。
井坂君は…私の彼なんだから…
私はそう思って少し顔が熱くなりながらも、あゆちゃんを見つめ返すとお互い頷いて生徒会室に乗り込もうと足を進めた。
その後ろから篠ちゃん達、9組の女子みんながついてきてくれる。
それを見て心強く思いながら、私はまっすぐ廊下の先に目を向けたのだった。
***
生徒会室に着くと、あゆちゃんが素早くノックして扉を開けた。
そして中に入るとすでに赤井君や井坂君たちがいて、私たちは入り口で驚いた。
それは向こうも同じだったようで、私たちが来たことで驚いている。
「赤井…。」
「小波に谷地さんまで…どうしたんだよ。こんなとこに。」
赤井君は向かい合っていた生徒会長らしい人から私たちに振り返ると、腰に手を当てて首を傾げた。
あゆちゃんはズンズンと中まで進むと、ちらっとメガネにひっつめたようなポニーテール姿の会長を見て言った。
「ミスタコンの件で言いたいことがあるんですけど、お時間大丈夫ですよね?」
何度か壇上で見たことのある女の生徒会長がメガネを手で押し上げると、あゆちゃんに笑顔を向けた。
「言いたいことに見当はつきます。こちらの赤井君たちと同じ用件でしょう?エントリーの取り下げですよね?」
会長さんの言葉に赤井君たちも黙ってなかったのだと分かって、私は中に足を踏み入れて井坂君に駆け寄った。
井坂君は渋い顔をしたまま私を見たあと、会長さんに目を戻した。
「はっきり言いますが、エントリーの取り下げはできません。赤井君も井坂君も学校では人気のある二人なので、二人のエントリーがなくなるとイベントの成功が危ぶまれます。」
「そっ…そんなのそっちの都合じゃないですか!!知らない内にエントリーされてた赤井や井坂の気持ちを考えてくださいよ!!」
あゆちゃんは会長さんの机を叩くと赤井君に目配せして怒った。
赤井君はそれにのっかるように会長さんに目を向けて腕を組んだ。
「そうだぜ。こんなイベントの開催だって今日まで知らなかったし、強引過ぎるんじゃねぇの?」
「イベントの開催については一カ月も前に告知してますが?文化祭実行委員から連絡はいきませんでしたか?」
会長さんに言われて私たちは文化祭実行委員が誰なのか記憶を探った。
確か…私のクラスの文化祭実行委員は…
そう思い返して、私たちの視線が生徒会室にいるある人物へ集まる。
「あれ?そんな連絡あったっけ?」
島田君がヘラッと笑いながら焦ったように言って、私たちは顔がひきつった。
すると私の横にいた井坂君が島田君に近付いて、彼の胸倉を掴んで問いただした。
「お前……まさか委員会の最中に寝てたりなんかしてねぇよなぁ?」
「えっ…?……委員会っていつあったっけ?」
島田君の発言に私たちは言葉を失った。
ただ一人井坂君だけが島田君の首を絞め始めて、島田君が苦しそうにもがいていた。
「……まぁ…連絡はあったみたいですけど、エントリーが女子の推薦制っていうのも気に入りません。誰が推薦したのか知りませんけど、私たちはその推薦に加担した覚えもありません。これって不公平じゃないんですか!?」
「……それに関しては一カ月前に文化祭実行委員にお伝えしましたが、推薦のある方は期日までに生徒会室へと事前に説明しています。それに伴って推薦票の多い方を選出したまでです。今更、文句だけを言いに来られても困ります。」
全部島田君の連絡ミスだという事が分かって、井坂君は首を絞めるだけじゃ気が済まなかったのか、島田君を壁に押し付けて羽交い絞めにしている。
さすがに赤井君も腹が立ったのか井坂君と同じように島田君に制裁を加えはじめた。
生徒会室に島田君の悲鳴が響く。
「……全部…あいつのせいだって事は分かりました…。それじゃあ、一つだけ教えてください。」
「…?何ですか?」
あゆちゃんが会長さんをまっすぐに見据えると、ギュッと拳を握りしめて言った。
「何で今年からこんなイベントを開催しようと思ったんですか?」
これには会長さんも少し表情を変えて、困ったように口を開いた。
「特別…今年からと思ってたってわけではないのですが…。昨年からのあなたたちのクラスの人気ぶりを見て、こういう催しをすれば盛り上がるのではないかという…安直な考えですよ。どれだけ注目を浴びていたか、自覚はあるんでしょう?」
私は昨年の文化祭に体育祭を思い返して、確かに無駄に注目だけは集めてたな…と思った。
良くも悪くも私のクラスはすべてのイベントに全力投球なので、自然と目が集まる。
そのメンバーにちょっとでもカッコ良い男子がいるなら、その注目度も上がることだろう。
会長さんの言うことはよく分かるけど、それを納得してしまうのは何だか癪だった。
それはあゆちゃんも同じようで、「推薦制にしなければ文句なかったのに…」とぼやいている。
「文化祭はクラスの団結は強くなりますが、学年を通しての繋がりは薄いと思っていたんですよ。だから、学年を通しての催しとして注目を集めるものにしたかったんです。どうかご理解くださいね。」
会長さんは有無を言わせぬ説得力のある言い方をして、私たちは反論する余地がないと感じて口を噤んだ。
会長さんは正しい…
正しいけど…何だか腑に落ちないのは何でだろう…
私は少し俯くと顔をしかめた。
そうしていると生徒会室に生徒会のメンバーが続々と入ってきて、私たちは帰らざるをえなくなった。
私は何か言い返そうと立ち尽くすあゆちゃんの服を引っ張って、帰ろうと促した。
「それでは、これから会議があるのでお引き取りください。まだ何かあるようなら、お話はいつでも伺いますので。」
会長さんが余裕の笑みを向けてきて、私たちは完敗だと落ち込みながら生徒会室を後にしたのだった。
あゆちゃんは廊下に出るなり頭を掻きむしると、奇声を上げた。
「あーーーーーっ!!!なんかイライラするっ!!あの有無を言わさぬ上から目線何なの!?」
「…確かに、そうだよね。でも、こっちの伝達ミスなわけだし。今さらってのも納得しなきゃならないよね。」
「それもこれも島田が悪いんじゃん?」
「なっ!?俺はほんとーに記憶にねぇんだって!!集まりがあったってのも知らねーんだけど!!」
ツッキーに責められて島田君が焦ったように声を上げる。
私はずっと黙って怒り続ける井坂君が気になって、皆の話に耳を傾けながらも目は井坂君に集中する。
「もう諦めて出場するしかねーよなぁ…。どうせ当日壇上に立てばいいだけなんだろ?」
赤井君がはぁ…と息を吐いて言って、あゆちゃんが怒って赤井君を小突いた。
「出場する気!?私という彼女がありながら!!」
「いや…彼女がいようと出なきゃなんねーだろ。あの雰囲気だったらさ。それに人気投票みたいなもんだろうし。出る事で何か変わるとも思えねーしなぁ…。」
赤井君の言葉を聞いて、赤井君も井坂君も常に女子に騒がれてる事を思い返した。
ミスタコンに出たからといって今までと状況が変わるとも思えない。
まぁ…優勝とかになれば話は別かもしれないけど…
「まぁ…あんた達は常日頃から騒がれてるもんねぇ…。」
「そうそう。だから、そのミスタコンの日だけ我慢すれば、対していつもと変わらねーんじゃねぇかな?」
「……そうかなぁ…?」
あゆちゃんはまだ疑ってるのか、不服そうな顔で赤井君を見上げている。
赤井君はそんなあゆちゃんを見てふっと微笑むと、あゆちゃんの背を叩いた。
「安心しろって!ミスタコン出たからって俺らの関係は変わらねーよ!!ヤキモチは嬉しーけどな?」
「なっ!?ヤキモチなんてっ…するわけないでしょ!?」
あゆちゃんが真っ赤になると、赤井君を押しのけて早足で教室に向かって行く。
赤井君はケラケラと笑いながらその背を追いかけていく。
私は微笑ましい二人に笑みが漏れると、自分もいつの間にかミスタコンに出るのは仕方ないと思ってる事に気づいた。
私は気持ちの整理がついたけど井坂君はどうかな…と彼に目を向けると、井坂君とバッチリ目が合ってしまって身が縮み上がった。
私はどう声をかけようか焦って口をパクパクさせてしまう。
すると井坂君が急に立ち止まって、私も同じように足を止めて井坂君に向かい合った。
皆は教室に向かっていってしまい、話し声が遠ざかる。
「……詩織は…いいの?」
井坂君が私の顔色を窺うように尋ねてきて、私は彼の顔を見て迷った。
「いい…って言ったら嘘になるけど…。でも、エントリーの取り消しできないんだもん。仕方ないよね…。それに…井坂君が人気者なのは…付き合う前から知ってた事だし…。こうやってたくさんの人に望まれて出場するっていうのも…すごいことだって…いうのは理解してる…つもり…だよ。」
私は自分だけの井坂君でいて欲しいけど、それは自分の我が儘だと思って笑顔の裏に隠した。
私にはない、人の目を集める力を井坂君は持ってる。
だからこうやってエントリーされたりするんだ。
彼女だったら、こういう彼氏は自慢なんじゃないだろうか?
そう前向きに考える事にした。
私は井坂君にわだかまりなく出場してほしくて言った言葉だったのだけど、井坂君は顔をしかめると私に一歩近づいてきて言った。
「詩織の本心教えてくれよ。出て欲しくねぇなら出ないから。俺はこんな茶番に付き合って、詩織に辛い思いさせる方が嫌なんだ。だから、ハッキリ言ってくれ。」
私は井坂君が私の気持ちを優先させてくれてる事に嬉しくなって、涙が出そうだった。
ここで本音を隠すのは井坂君に失礼だ。
私は胸の前で手を握りしめると、心の内を打ち明けた。
「本当は…出て欲しくないよ。ただでさえ人気者で、今もよく女の子に声かけられるのに…。こんなイベントに出たら…ますます井坂君が遠くなっちゃいそうで…怖い。…私だけの井坂君でいてほしい…。」
「詩織…。」
井坂君の手が私に伸びてくるのが見えて、私は顔を上げるとジッと井坂君を見つめて続けた。
私の目に威圧されたのか井坂君の手が止まる。
「でも、これは私の我が儘なの。」
驚いたように目を見開く井坂君を見ながら、私はこれも本心だと思って言った。
「私が出て欲しくないって言って、井坂君が本当に出なかったら…私はきっと自分を責めると思う。私と同じように井坂君のこと好きな子が推薦してくれたんだろうし…。その子たちの気持ち…私もよく分かるから…。」
私がハッキリ言うと、井坂君は伸ばしかけた手を下げた。
私は井坂君と付き合い始めたときに私の事を囲んで来た女子の顔を思い返していた。
彼女たちは本気の顔をしていた。
皆、本気で井坂君が好きだって伝わってきた。
そんな彼女たちの推薦だとしたら…それに応えてあげるくらいはいいんじゃないだろうか?
私には井坂君のハッキリした気持ちがある。
だから、大丈夫。
「赤井君も言ってたけど、これぐらいの事で関係は変わったりしないでしょ?」
私は井坂君に笑顔を向けた。
すると井坂君がふっと笑顔になって声を殺しながら笑い出した。
「…っふ。これだから、詩織には参るよ…。」
井坂君は腰に手を当てると、ニカッと笑った。
「だよな。俺もそう思う。」
私はさっきまでとは違った井坂君の眩しい笑顔を見て、この笑顔が私に向いているだけで幸せだと感じたのだった。
生徒会長は2-1の女子です。人文系進学クラス在籍です。