72、ある日の俺
井坂視点です。
詩織はバカで鈍感で単細胞で、おまけに無自覚でど天然だ。
だから色んな奴からのラブアピールにも気づかないし、俺自身気持ちが通じるまですごく苦労した。
詩織はよく『地味』だし『可愛くない』と自分の事を卑下するが、俺は全くそんなことを思ったことはない。詩織はすごく可愛いし、とても女の子らしくて清楚だ。笑顔は眩しいし、少し高めの声なんかどんな音楽より心地良い。
というか詩織以上に可愛い奴なんか、この世に存在しないだろう。
それぐらい俺の中には詩織しかいない。
俺は詩織のたまーに見せる甘えた姿や無意識な大胆さに振り回される。
この間の事もそうだ。
俺の心をごっそり抉り取るかのような、『井坂君しかいない』発言に心が揺さぶられ理性が吹っ飛んだ。
嫉妬深い俺を安心させようと言ってくれた言葉だと分かっていたのに、詩織を目の前にすると俺はおかしくなる。
毎日のように詩織が欲しいと思いながら、多少我慢しつつ詩織と触れ合う。
詩織が俺の腕の中で笑ってくれたり、照れて真っ赤になる姿が一番好きだ。
詩織からの気持ちをヒシヒシと感じるし、すごく安心する。
だから常にくっついていたいと思うのだけど、事あるごとに理性が危うくなるので多少の距離は空けなければいけない。
俺が詩織を前にこんないけない事を考える汚れきった男だってことは、絶対に詩織には知られたくない。
嫌われることだけは断固阻止だ。
でも、俺の我慢はどこまでもつのか…
最近限界を感じているし、ましてやこうしてクラスメイトの何人かが詩織を狙ってる状態では詩織が欲しくてたまらなくなる。
俺のものなんだから手を出すな!!と公言できたらどれだけいいか…
俺は彼女と付き合って、自分がこんな独占欲の強い人間なんだと思い知った。
もう首に縄をつけて見張っておきたいぐらいだ。
俺は教室の中で文化祭のダンスの練習に励む彼女を見て、大きくため息をついた。
「おいおい、何そんな疲れてんの?まだ練習始まったばっかじゃん?」
赤井が他人事のように横に座り込んできた。
俺は教室の壁にもたれかかると、少し愚痴ることにした。
「俺…どうすれば楽になれんだろう…。」
「はぁぁ?意味分からねんだけど?どう楽になりてーんだよ。」
赤井が眉を吊り上げながら尋ねてきて、俺は詩織を見つめたまま話すことにした。
「詩織が……俺以外の奴に触られたり…話するだけで、胸の奥の方が痛くて苦しくなる。でも、詩織に悪気はないって分かってるし、俺だけが好きだって知ってるから…、詩織には言えなくてしんどくなる…。カッコ悪い…よな…。」
俺はため息をつきながら自嘲気味に笑った。
すると赤井が「う~ん…。」と唸ったあとに、頭の後ろで腕を組みながら言った。
「それって普通だろ。好きな奴を独占したいだけじゃん。相手に言えないのは自分勝手な感情だって分かってるからだし、カッコ悪くはねぇと思う。むしろ自分の中だけで処理してんのがカッコいいよ。」
「………そうか?」
俺は珍しく赤井からまともで前向きな励ましが飛び出して驚いた。
いつもならからかってくるのに、どういう心境の変化だ?
俺が赤井を見て様子を窺っていると、赤井がこっちに振り向いた。
「すぐに楽になれる方法教えてやろうか?」
「は?…そんなもんあるわけ…」
俺は「ない」と言おうとすると、赤井が自信満々な面持ちで遮って俺を指さしてきた。
「早く谷地さんとヤッちまうことだよ。それでその不満からは解放される。」
「…………――――っ!?!?アホか!!!!」
俺は一瞬何を言われたのか分からなくて固まったが、赤井のドヤ顔を見て声を荒げた。
赤井は俺の反応が余程面白かったのかケラケラと声を上げて笑ってくる。
俺は俺の誕生日の夢のような時間を思い出して赤面した。
確かにあの日は人生で一番と言っていいほど幸せだった。
詩織にこんな事できるのは俺だけだと思って、すごく安心した。
俺が赤面しながら、色々と思い返していると赤井が偉そうに続けた。
「お前のその独占欲と不満の元凶は、谷地さんの全部をもらえてないことなんだよ。だから、ヤッちまえばあら不思議!!あっという間にその苦しさともさよならできるって事だ!!どうだ!?簡単な方法だろ?」
「簡単なわけねぇだろが!!このアホ!!それができねーから…」
「そーだよ!!できねぇからそういう状況になってんだよ!!自分で分かってるじゃねぇか!!これは全部お前が奥手なのが悪い!以上!!」
赤井にスッパリと言われ、俺は一瞬頭に血が上って殴ってやろうかと思ったけど、意外にも当たってるかもな…と気持ちを落ち着けて詩織に視線を戻した。
奥手か…まぁ、嫌われたくなくて怖がってるのはあるかもしれねぇな…
「っつーかさ。拒否られてるわけじゃねぇんだろ?前にいいとこまでいったって言ってたしよ~。何でサッサと次につなげないわけ?」
「…場所がねぇだけだよ。」
俺は母さんと親父に言われた事が今でも耳に響いていた。
『今後家で節操のない事をしたら、付き合ってる彼女の家に報告に行く』と――――
俺は脅しのように両親に言われた。
だから、親にだけは見つかるわけにはいかない。
「場所ねぇ~…。そんなんどこでもいいじゃん?ホテルとか行けば?」
「はぁ!?おまっ!!そんなんヤルためだけに行くようなもんだろ!!行けるか!!バカ!!」
「……お前、変なとこ真面目な。」
俺は耳まで熱くなって赤井に怒鳴った。
赤井は飽きれたように俺を見てため息をついている。
「くそ…お前、ムカつく!!」
俺は何の障害もなく小波とサッサとやることやってる赤井が羨ましくもあり、憎たらしかった。
赤井は笑いながら俺の肩を叩くと、「ウチは放任だからな~。」と言っているし、余計にムカつく。
「っていうか、お前バイトの金溜めてたじゃん?あれで谷地さんとどっか行くとか言ってたのどうなってるわけ??」
「あー…それな。まぁ、じっくり吟味しようと思ってて。今、色々調べてるとこだよ。」
「ふ~ん。お前もやるときはやる男だよな?谷地さんもこんな事されたら、コロッといくぜ?」
「……どうかな。詩織はそんな単純でもねぇよ。」
俺は詩織と俺のために夏から旅行の計画を立てていたのだけど、今はそれが頓挫していた。
なぜなら今は詩織から目が離せないからだ。
詩織は本当に無防備で見張ってないと、色んな奴から触られたりしている。
文化祭の練習なんて、普段よりもその頻度は上がる。
それだけに俺が睨みをきかせておかないと、不安で仕方ないのだ。
俺は今も島田と笑い合ってる詩織を見て、はぁ…と大きくため息をついた。
「ホント、お前ってモテるのにこと谷地さんに関しては自信ねぇよなぁ~。バカじゃねぇの?」
「バカで結構だよ。」
俺はイラッとしながら赤井を睨んだ。
するとそのときガタタッという音と詩織の悲鳴が聞こえてきて、俺は慌てて詩織に目を戻した。
詩織は練習中につまづいたのか、長澤君に背を支えられて長澤君を見上げていた。
その光景に俺は独占欲が顔を出して、引き剥がしに行こうと腰が浮いたが、事故だと自分に言い聞かせて腰を落とした。
落ち着け…あれはただの事故だ…
詩織が望んでやったことじゃない…
俺は早く離れろ~と二人を睨むように見つめてイライラした。
詩織は態勢を整えると両手を長澤君に向けて「ごめんっ。」と言いながら笑顔を向けている。
長澤君は詩織が立ってるにも関わらず手を背につけたままで、俺は頭が痛くなってきた。
警戒しろっつっただろ!?
長澤君の表情から詩織に気があるのは丸分かりだったので、その気持ちに気づいていない詩織にイライラした。
今にも飛び出しそうな体をなんとか理性で押さえつける。
「……お前、すんげー怖い顔してんぞ?」
「うっせー!!」
俺は赤井の声でさえ不快で、怒鳴ると頭を掻きむしった。
俺は心の狭い奴だ。
ただのクラスメイトだと分かってるのに、どうしても許すことができない。
俺は両手で顔を覆うと、はぁ…と息を吐き出した。
「井坂君。」
突然上から詩織の声が聞こえてきて、俺はバッと反射的に顔を上げた。
詩織が前かがみで俺を見下ろしていて、俺は見上げて彼女と目が合った。
「詩織…。どうしたんだよ?」
「うん。ちょっと休憩しに来たんだけど…隣いい?」
詩織が小首を傾げて聞いてきて、俺は詩織らしくない珍しい言葉に一瞬言い迷った。
「あ…いいけど。」
「ありがとう。」
詩織は嬉しそうに微笑むと、俺の隣にピタッと肩が密着するように座ってきて、俺は彼女から伝わる体温にドキマギした。
よからぬ感情が湧き上がってきそうになって、グッと口を引き結んで堪える。
すると、詩織が俺にもたれかかるように頭をこっちに寄せてきて、俺は心臓が跳ねて体がビクついた。
「ど…ど…どうしたんだよ?なんか…教室でこんなことしてくんの…珍しくない?」
俺は彼女がいつもと違うのに動揺を隠せなかった。
詩織はキュッと口角を持ち上げると、軽く笑ってから答えた。
「だって…夏休み、全然会えなかったし…。今、傍にいるならくっついとこうと思って…。あ、恥ずかしかったら離れるよ。」
―――――っ!!!!!かわっ!!!!可愛すぎるっ!!!!
俺は詩織の言葉に心が全部持っていかれた。
心臓がバックバックして、耳まで熱くなってくる。
俺は昨日の感覚が戻ってきそうで、俯いて赤い顔を隠すと浅い呼吸を繰り返した。
今は教室の中だ…昨日みたいに自分を見失うわけにはいかない…
俺は落ち着け…と自分に言い聞かせるけど、心を抉るような嬉しい言葉に中々熱が引かない。
すると追い討ちをかけるように詩織が俺の手を握ってきて、俺は目を剥いた。
詩織の手の柔らかさと肌の温かさに、あの日の感触がフラッシュバックする。
俺は驚いて詩織に目を向けると、詩織は照れ臭そうに笑っていて、俺は理性のネジが一気に緩んだ。
こっ!!!…こんなん…我慢できるかっ!!!!
俺は横にいた赤井の服を引っ張ると、顔は詩織に向けたまま言った。
「赤井、ちょっとここに座れ、向こう向いてな。」
「あん?何だよ。なんでイチャついてるお前らの前に座らなきゃならないわけ?」
「早く来いって!!」
俺は赤井のシャツを思いっきり引っ張ると、赤井はため息をつきながらしぶしぶ俺と詩織の前に壁のように背を向けて座った。
俺はそれを確認すると、詩織の向こうの壁に手をついて詩織の顔を覗き込んだ。
詩織は顔を赤くさせて大きく目を見開くと、「何?」と聞いてきて、俺はその口を塞ぐように唇を合わせた。
詩織が大きく鼻から息を吸う音を聞いて、彼女がここではこんな事しないだろうと思ってた事が伝わってきた。
俺が優しく味わうようにキスしていると、詩織が握っている手に力を入れてきた。
眉間に皺が寄り始めて、声を出すのを我慢してるのが分かった。
それだけで感じてることが分かって嬉しくなって、俺は悪戯心が顔を出した。
どこまで我慢できるかな…
俺がグッと身を近づけて、キスを激しいものに切り替えると詩織が驚いたように目を見開いた。
「―――――っ!!」
詩織の手に汗が握ってきて、俺はその手を握り返した。
ヤベ…なんか俺が我慢できなくなってきた…
俺は詩織の色っぽい顔を薄く目を開けて見ながら、高ぶる気持ちを抑え込もうと理性を強く持つ。
すると今まで俺だけが攻めてたのに、詩織が急に俺の中に攻めてきて体がビクッと反応した。
俺は初めての事に驚いて咄嗟に詩織から離れて、彼女を食い入るように見つめた。
詩織は苦しそうに息を吐き出したあと、手で顔を隠して赤い顔のまま言った。
「…井坂君はずるい…。いつも…ずるいよ…。」
~~~~~っ!?!?!?!?
俺は詩織から吐き出された可愛い言葉に、脳天を直撃されて、全身の体温が急上昇した。
照れてる詩織が直視できなくて、俺はその場にふーっと倒れ込んだ。
「い…井坂君!?」
詩織が突然倒れた俺を心配そうに覗き込んできて、俺はその顔でさえ独り占めしたいと思ってしまった。
ヤバい…
昨日から詩織は俺を誘惑するような事ばかりしてくる
俺のツボをガンガン突いてくるだけに、かなりきつい
またそれを自分では無意識でやってるから、かなりタチが悪い…
俺は床に顔を押し付けて、熱い顔を見られないように隠した。
こんな俺、カッコ悪い…
詩織はそんな俺の気持ちには全然気づいてなくて、執拗に顔を見ようと覗き込んでくる。
ホント彼女には参る…
俺はきっとこれから先も彼女にこうして振り回されるんだろう…
そんな予感がして、俺は大きく息を吐いたのだった。
バカップルです。
赤井を壁にしましたが、果たして誰にも見られなかったのでしょうか?
井坂がどんどん大胆になります。