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理系女子の恋  作者: 流音
73/246

70、分かってない


夏休み最終日―――――


私は駅前のCDショップでベルリシュの新譜を手に震えていた。


待ちに待ったアルバムが出てる!!


私は値段を見て買えないのは分かっていたので、ショップにある視聴スペースで早速聴きはじめた。

一曲目は爆音から始まって、私は肩がビクッと震えた。

しょっぱなからインパクト抜群だ。

私は感動から涙目になっていて、バレないように目を瞑ってヘッドホンを手で押さえて目を閉じた。


やっぱりKEIのベースカッコいいなぁ…

確かこの弾き方ってスラップベースっていうんだよね…


私は雑誌等でかじった情報を思っていると、誰かに肩を叩かれた。

それに反応して目を開けて後ろに振り返ると、そこには内村君がいて驚いた。


「あれ?内村君?久しぶり。」

「久しぶり。谷地さんもベルリシュの新譜買いに来たの?」


内村君は手にベルリシュのアルバムを持っていて、彼は買うのが分かった。


「あはは。私はそんなお金もないからさ、こうやってタダ聴きしてるだけだよ。」

「そうなんだ?なんなら、コピーするけど。いる?」

「――――っ!!い―――」


内村君の嬉しい申し出に『いる』と言いそうになったけど、私は井坂君の顔が過って口を噤んだ。

きっと井坂君もアルバムを買うと思う。

私は二人でベルリシュの話をしたかったので、それまでは我慢することにした。


「ありがとう。私はいいよ。それは内村君のCDなわけだし。」

「……そう?僕の手間とか考えてるなら気にしなくてもいいけど…。」

「そんなんじゃないよ。ホント。気遣ってくれて、ありがとう。」


私は角が立たないように、彼に笑顔を向けて言った。

内村君は不満そうにしていたけど、「そういうなら。」と言ってレジに向かっていってしまった。

私ははーっと息を吐くと、視聴ボックスに目を戻して二曲目を聴こうとボタンを押してヘッドホンをつけた。

そうして二曲目を半分ぐらいまで聴いていたときに、また内村君が隣にやってきて、私はヘッドホンをとって彼に目を向けた。


「今度はどうしたの?」

「なんかライブのツアー予定表をもらったから、教えようと思って。」

「ライブ!?」


私は内村君が持っていた用紙を覗き込んだ。

そこにはライブの予定が書かれていて、私たちの地元から一番近い開催日程は12月でクリスマスの直前の日曜日だった。

場所はここから3駅先の駅で乗り換えていく、市民ホールで行われるようだった。


生でベルリシュを見られる機会に私は胸が弾む。


でもライブの値段を見て、私は諦めるように息を吐いた。


「……嬉しい知らせなんだけど…。私は行けないや。」

「なんで?すぐ近くまで来るんだよ?」

「だって、そんなチケット代金出せないもん。」

「…アルバム買えないぐらいだしね。」


内村君がふっと笑って言って、私は馬鹿にされてると思ってムスッとした。


「バイトでもすれば12月までにチケット代ぐらいなんとかなるんじゃないの?」


内村君がライブ予定の用紙を折りたたんで言った言葉に、私はピンときてそれだと思った。


「そうだよね。バイトすれば。チケット代と交通費ぐらい何とかなるかも…。」


私は声に出してみて、一つ壁があることを思い出して頭を抱えた。


ダメだ!!お母さんがバイトなんか許すはずない!!


そう思って、私は浮き上がった気持ちがまた落ち込んだ。


「何?まだ、何か問題でもあんの?」


内村君が浮き沈みの激しい私を見て、不思議そうにしている。

私は彼をじとっと見て、お金の心配のない人はいいな…と思った。


「……ライブに関してはもうちょっと考えてみるよ。知らせてくれて、ありがとう。」

「ふーん…ま、いいけど。」


彼は納得してくれたようだけど、帰ろうとせずになぜか私の隣に立ってじっとしている。

私は何で帰らないんだろうか?と首を傾げた。

まだ、何か言いたいことがあるとか?

私はじっと内村君の横顔を見つめて、何もしゃべらない事に気まずさを感じた。


「……まだ、何かある?」


私は沈黙に耐えかねて尋ねた。

すると、内村君は少し体を揺らしながら言った。


「んー…、今日は井坂君は一緒じゃないの?」

「……うん。井坂君、今バイトしてて…。夏休みほとんど会ってないんだよね。」

「…バイト…そうなんだ。」


聞くだけ聞いて、また黙ってしまって何を考えているのか全く読めない。

私は何か聞くべきなんだろうかと思って、話題を考えていると急に後ろから首に手を回された。


「うぉふっ!!」


私は急に喉が圧迫されて変な声が出てしまった。


「何してんの!?」


私の首に手を回してきたのは井坂君で、荒い息を吐き出しながら顔を覗き込んできて、私は顔の近さに赤面した。


「なっ!?え!?何って…え!?井坂君、バイトは!?」


私は彼がここにいる理由が分からなくてパニックに陥っていた。

井坂君は腕の力を強めると、ちらと内村君を見た。

その瞬間、内村君がビクッと肩を揺らすのが見えて、井坂君に苦手意識があることが分かった。


「内村…。お前、詩織に何か用?」

「…べ…別に…。ライブの話してただけだよ。…な、何もしてないから…。」


内村君はさっきとは違ってどもるように早口で言うと、視線を泳がしている。

私は彼の態度の急変ぶりに首を傾げた。


これがさっきまで話してた内村君だろうか?


明らかに井坂君に怯えてる。

井坂君が怖い顔でもしてるのだろうかと思ったけど、井坂君はいたっていつも通りだった。

俺様モードではある気がするけど…


「ふーん…。それで?まだ、用はあるわけ?」

「…なっ…ないよ。…僕、新譜家で聴くから…帰る…。じゃあねっ…。」


内村君は俯いたまま独り言のように言うと、逃げるように歩き出した。

私はその内村君の背を見て「教えてくれて、ありがと!」と声をかけた。

すると内村君は一度振り返ってペコッと頭を下げると、足早にお店を出ていってしまった。


それを見送ると、やっと井坂君が回していた腕をどけてくれて、私は息苦しさから解放された。

私はホッとして喉を手でさすっていると、急に頭にチョップが降ってきた。


「あたっ!!何すんの?」


私は痛みに顔をしかめて、やった張本人である井坂君を見上げると、井坂君の目が不機嫌そうに吊り上がっていた。


「一昨日にあんだけ言ったのに!!ぜっんぜん警戒してなかっただろ!!」

「警戒って…同級生だよ?それに、ここ人目も多いし。寝るなんてことしないよ。」


私はヘラッと笑って、彼を宥めようとしたけど、井坂君はますます目を吊り上げて神経を逆撫でした事が分かった。


「寝っ…!?そういう事を言ってんじゃねぇよ!!」


急に怒鳴られて、私はビクッと肩を揺すった。

井坂君は荒い息を吐き出して、顔を歪めている。


なんで…そんな…不機嫌なの…?


周りのお客さんもさすがに気づいて、私たちに視線を注ぎ始めた。

私は首につけていたヘッドホンを棚に戻すと、お店から出ようと井坂君の背中を押した。

そして人通りの多い駅前の通りに出ると、私はお店の横で話を聞くことにした。


「井坂君…警戒しろって言うけど…私、そんなにガード緩く見える?」

「…見える。っていうか…ガードなんか存在しねーだろ…。来る者拒まずって感じじゃん。」


来る者拒まず…って…

私はそんなつもりなかっただけに、どう返せばいいのか分からない…

渇いた笑顔だけ浮かべて、どうすれば気持ちが落ち着くのか考える。


「…うーん…とね…。私、井坂君が思うほど、男の子に言い寄られたりしないよ?地味だし、目立たないし…。可愛くもないし?だから、警戒とかそこまで必要あるのかな~?なんて…。」


私が怒ってる井坂君から目を逸らしながら言うと、また頭にチョップが降ってきた。


「あたっ!!」

「バカ!!鈍感!!単細胞!!」

「へっ!?」


私が三拍子そろった悪態に目を瞬かせていると、今度は頬をつねられた。


「詩織は自分を分かってない!!」


また言った…と思いながら、分かってないっていうのはどういう事なのか気になった。

井坂君は私から手を放すと、今度は手を握って引っ張るように歩き出した。


「もう俺の目の届くとこにいろ!バイトだって、あとちょっとでやめるから!!」

「え…もう、やめるの?」


私はまだ一カ月も経ってないのにやめる事に驚いた。


「目標金額にはとっくの昔にいってるし、元々短期の予定だったからいいんだよ。」

「そうなんだ…。」


私は二学期には一緒にいる時間が増えそうだな…と思って、自然と頬が緩んだ。

今日だって会えないと思ってたのに、こうして手を繋いでいることがすごく嬉しい。

私はCDショップまで出てきて正解だったと、今日の自分の選択を褒めた。


「とにかく。今日はずっと俺のバイト先にいてくれよ。何でも頼んでいいから。」

「へ!?ちょっ…ちょっと待って!!それは困る!!何でもなんて、バイト代がなくなるよ!!」

「いいんだよ!!またフラフラどっか行かれる方が気が気じゃないから。」


私はこのままバイト先に連れて行かれると分かって、なんとか丸め込もうと必死に頭を回転させた。

井坂君の足を引っ張るなんてゴメンだ。


「わ、わかった!家でじっとしてる!!家で誰にも会わないようにじっとしてるから!!それなら、いいよね!?」


井坂君は急に立ち止まって振り返ると、じとーっと疑いの眼差しで私を見てくる。

私は信じてほしくて、必死に笑顔を浮かべ続けた。

でも井坂君はフイッと顔を前に戻すと、また歩き出して言った。


「信用できない。一昨日みたいに呼び出されたら、フラッと出て行きそう。」


なっ…!?

私はその通りかもしれないだけに、言い返せなくて口をパクつかせているしかできない。


でも頭は必死に何とかしようとフル回転していて、テストのとき並に頭を使ってる気がした。


「じゃ、じゃあ!!電話して!!休憩時間とか、空いてる時間に!!私が家にいるって事をそれで証明できるから!!もちろん、私からも邪魔にならない程度にメールを送る!!それなら、家にいてもいいでしょ?」


私は最後の頼みの綱で懇願した。

すると、井坂君は立ち止まってため息をつくと、私の手を放してくれた。


「わかった。……我慢する。」

「??我慢??」


私が言葉の繋がりが不明で聞き返すと、井坂君は不機嫌な顔で振り返って指さしてきた。


「もし、約束破ったら…。俺も浮気するから。」

「へ!?なっ…何言って!?浮気って…!」

「約束!できんだろ?それなら、問題ねぇじゃん。」

「そ…そうだけど…。」


私はとんだ交換条件を出されて、不安で胸がドキドキし出した。

井坂君は満足そうに悪い笑顔を浮かべると、「じゃ、そういうことで。」と言ってバイト先に向かって歩いていってしまった。


私はその背を呆然としながら見つめて、今日はケータイから目が離せないなと脅迫された気持ちだった。











夏休み終了です!

次から二学期に突入します!!

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