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理系女子の恋  作者: 流音
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69、残り三日


あっという間に休みの週が終わってしまい、私はまた予備校へ通う日々に舞い戻った。

井坂君に会えたのはあの日だけで、他の日も会いに行こうと思っていたのだけど、行くと彼の事だから奢ってくれそうで我慢した。

お金が欲しくてバイトしてるのに、余計なことでお金を使ってちゃ本末転倒だ。

私は左手についているブレスを見て、まだ我慢できると言い聞かせた。


「何?まだ井坂君と会ってないわけ?」


横から長澤君が尋ねてきて、私はふっと笑顔を浮かべると答えた。


「一回は会ったんだけどね…。井坂君、バイト始めちゃってさ。」

「バイト!?進学クラスにいてよくやるなぁ~。勉強に支障でないのかな?」

「…そうだよね。」


私は長澤君の指摘にそこは盲点だったと思った。

聞くところによると、ほぼ毎日開店時間から夜までバイトしてるらしいし、課題をやる時間あるんだろうか?

普段どれだけ勉強しているか分からないだけに、ちょっとした不安が過る。


「というか、谷地さんは課題終わった?」

「あ、うん。休みの一週間でなんとか。」

「そっか。じゃあ、夏期講習終わったら、残りの夏休み遊べるじゃん。三日ぐらいしかないけどさ。」

「あ…そっか。ギリギリまで講習あるわけじゃないもんね。」


私は残りの期間は井坂君といたいな…と思ったけど、バイトしてたら会えないか…と落胆した。

こんな事なら夏休みなんかなければいいのに…

私は去年の楽しかった夏休みを思い出して、今年は花火大会も行けなかったな…と思った。


「あ、そういえば。文化祭の練習ってどうしてる?」

「それ…私、何も知らないんだ。二学期になって必死に取り組もうとは思ってるんだけど、足を引っ張らなければいいなと思って。」

「だよな~。俺らここに缶詰状態だし、スタート出遅れてるのがちょっと気になるんだよな…。まぁ、何とかなるかと思ってはいるけど。」


私は長澤君も同じ状況だと分かって、少し安心した。

一人じゃないってだけで、こんなに心強いもんなんだなぁ…


そうして長澤君と話しながら休憩時間をつぶしていると、机の上にのせたケータイが着信を知らせた。


私は誰からだろと思って画面を見て、胸が高鳴った。

そこには井坂君からだと表示されていて、私は慌てて立ち上がると廊下に向かって教室を出た。


「もっ…もしもし!!」


私は心臓がドキドキと鳴っていて、興奮状態から声が裏返りかけた。


『詩織?久しぶり。講習どう?』

「うん!もうすぐ講習も終わるよ!!あと二日!!井坂君は今日もバイト?」

『あー、うん。これからなんだけどさ。急に声が聞きたくなって。』


井坂君が寂しげな声で言っているのを聞いて、胸がキュンと苦しくなった。


なんか弱ってる?

すごい可愛いんだけど…


私は甘えられてるような気持ちになって、頬が熱くなりながら自分も本音をこぼした。


「私も…ちょうど同じこと思ってた。っていうか…会いたくなってたかな…。あ、これはただの独り言だから!!私は大丈夫だから!!井坂君はバイトに集中してね!!」


私は彼の事だから無理してでも会いに来ると言いそうだったので、必死に言い訳を並べ立てて誤魔化した。

井坂君は電話の向こうで声を殺して笑うと、少し声に張りが戻った。


『わかった。今はバイトを頑張るよ。俺らの未来のためにも。』

「うん?未来って?」

『今は内緒。文化祭が終わったら…な。じゃ、講習頑張れよ!』

「えっ?何それっ!?ちょっ―――!!」


井坂君はまた一方的に電話を切ってしまって、私は何かを隠された事が変に気持ち悪かった。


ホントに隠し事が多い!!


私はちょっとイラつきながらも、声が聞けただけで少し気持ちが持ち上がったのだった。





***





そして、何とか無事に夏期講習を終え、私は予備校の模試でそこそこ良い点を収めた。

お母さんに報告すると、大変満足してくれたようで、残りの期間は自由に遊んでいいとお許しをもらった。

私は井坂君には会えないので、あゆちゃんに遊んでもらおうと電話をかけると、今すぐ赤井の家に来て!!と言って一方的に切られてしまった。

なんだか井坂君と似てるなぁ…と思っていると、ケータイが短く震えた。

あゆちゃんからメールが届いていて、そこにはご丁寧に赤井君の家の場所が記されていた。


行かなかったら怒るよね…


私は彼女の切羽詰まった声を思い返して、嫌な予感がしながらも、しぶしぶ行く事にして部屋を出たのだった。






赤井君の家に到着すると、私は現状を見て唖然とした。


赤井君の部屋で必死に机に向かっているのは、あゆちゃん、赤井君、島田君、北野君、新木さんで、課題の山が積み上げられている。


「詩織!!ここ!ここ教えて!!」


あゆちゃんが課題のプリントをシャーペンで示してきて、私は顔をひきつらせた。


「…何?みんな、課題終わってないの?」

「そんなん見れば分かるだろ!?」


赤井君がイライラしながら答えてきて、私はその迫力に少し仰け反った。


夏休み残り三日なのに…この状況…終わるの??


私は一抹の不安が過ったけど、仕方なくあゆちゃんの横に腰を下ろして教えることにした。


「そういえば詩織~。井坂とは会ってるの?」

「井坂君?あゆちゃんと会いに行ったときだけで、他の日は会ってないよ?」

「……。ほんっとブレないなぁ…二人は。なんだってそんなに平然としてられるのか理解できない。」

「平然って…どういうとこが?」


私はあゆちゃんが問題を解くのを指さして「間違ってる」と指さしてから尋ねた。

あゆちゃんは消しゴムで消しながら、飽きれた様に言った。


「そういうとこ。会えなくても大丈夫みたいなところ。私だったら、毎日イチャイチャしたいもん。」


あゆちゃんに言われて、私はずぅんと落ち込んだ。

ずっとずっと我慢していたけど、やっぱり井坂君に会いたい。

全然大丈夫なんかじゃない…

私はその想いが復活してきてあゆちゃんに愚痴った。


「私だって…一緒だよ。」

「え?どういうこと?」

「…私だって…井坂君と毎日…会いたい。」


私はイチャイチャとはさすがに言えなくて、顔を赤らめながら答えた。

あゆちゃんが課題から目を離して、私を驚いたように見つめてくる。


「…平気じゃないよ。寂しいし…せっかくの夏休みなのに、どこにも一緒に行けてない。」


私は口に出してみて、自分の中に溜め込んでいた不満が溢れてきた。


「詩織…。」

「井坂君は…こんなこと思ってないだろうから、内緒にしてね?」


私は取り繕うように笑うと、手の止まってるあゆちゃんに課題を進めた。

あゆちゃんは何か言いたそうにしていたけど、課題を最優先にしたのか目を戻して手を動かし始めた。

私はふっと息を吐くと、井坂君のいない現実に寂しさが募ったのだった。



**



そして、しばらくは皆の課題を手伝ったりして時間を過ごすと、赤井君が両手を上げてその場に寝転んだ。


「もうダメだ!!休憩っ!」

「赤井っ!!頑張って!私も死にそうだけどやってるんだから!!」


あゆちゃんが赤井君を叩いて言って、私は彼女の必死な様子に笑みがこぼれた。

なんだかんだ仲良いよね…

私は二人の気を許した言い合いを聞いて羨ましくなった。


そのとき新木さんと北野君が普段と違う距離間で課題をしているのが目に入ってきた。

なんだか距離が近いし…うん?机の下の手…繋いでる…??

私はそれにビックリして、思わずあゆちゃんを叩いてから二人を指さした。


「あっ、あゆちゃん!!あっ、あっ、新木さんが!!」

「あ…、あー!!言ってなかったっけ?マイと北野、付き合いだしたんだってさ。」

「うそ!?」


私はまさかの急展開に目を何度も瞬かせて二人を見つめた。

新木さんは照れ臭そうに微笑むと「そういうことに…。」と言って、北野君に目配せした。

北野君は新木さんに微笑み返していて、その初々しい様子に胸が温かくなる。


「おめでとう!!新木さん!!良かったねぇ~!」


私は北野君に彼女ができたと言って泣いていた新木さんを思い返して、長い片思いが実ったことに嬉しくなった。

私は自分のことのように感動してしまって、少し涙ぐんでいると横に島田君がやってきて茶化してきた。


「なんでそんな嬉しそうなの?女子ってわっけわかんねぇ~。」

「ちょっと!女子で一括りにしないでくれる!?訳分かんないのは詩織一人だけだから!!」

「人が感動してるのに…なんでそんな貶してくるかな…。」


私は似たようなテンションのあゆちゃんと島田君を見てブスッとした。

あゆちゃんは腕を組んでそっぽを向くと言った。


「だって詩織と井坂の関係だけは理解できないもん。付き合って半年以上にもなるのに、キス以上にならないなんて信じられない。」

「あゆちゃんっ!!!!!」


私は顔がカーッと一気に火照って、あゆちゃんの口を塞いだ。

女子の間だけの話ならまだしも、男の子たちのいる前で言われたのが恥ずかしくてちらっと島田君や北野君の反応を窺った。

島田君は横でサッと顔を逸らすと、私から離れるように課題のところへ戻って行き、北野君は逆に興味津々といった目で見つめてきた。


「それマジの話?」


北野君が尋ねてきて、あゆちゃんが何かを答えようと口を動かすので、私は言わせるものかと彼女を口を押さえつけた。

あゆちゃんのバカバカ!!こんな話、男の子の…しかも井坂君の友達の前でしないでよ!!!

私は北野君の問いに答えられなくて、赤くなって俯いていると、とあるところから答えが返ってきた。


「マジもマジだよ。井坂も奥手だよなぁ~。」

「なっ!?!?!?!」


寝転んだ赤井君が全部知ってますというように答えて、私は心臓が飛び上がって彼を凝視するしかできない。


「へぇ~、あの井坂がねぇ~。」

「信じられねぇだろ?あいつ、そんだけ谷地さんに参っちまってるみたいでさ。」

「いいい、いい、言わないでっ!!!!」

「あははっ!詩織、真っ赤!!」


新木さんが私を指さして笑ってきて、私はパニック状態で泣きたくなってきた。

するとあゆちゃんが私の手を引き離してきて、何度か呼吸すると言った。


「詩織、これは恥ずかしい事じゃないんだよ。付き合ってたら、自然なことなの。そう開き直りな。」

「ああああああ、あゆちゃんっ!!!」


説教するなら場所を考えて!!!

私は心の中でそう叫ぶと、逃げるように部屋の隅に移動した。


「あはははっ!谷地さんって反応、本当に面白いよなぁ~。」

「いや~、井坂が躊躇うのも分かるかなぁ~。」


そんなからかいが聞こえてきて、私はこれ以上遊ばれるのは嫌だったので、聞こえないように耳を押さえつけるとその場に寝転んだ。


あ~~~!!井坂君、ごめんなさい。

私が上手く言えないがために、色んな憶測が飛び交ってるよ~~!!


私は井坂君が全部私のことを考えて我慢してくれてるのを知ってるだけに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

そして懺悔を繰り返している間に、私は知らない間に壁の方を向いて寝てしまったのだった。




***





「島田っ!!何やってんだ!?てめぇっ!!」


私はその怒鳴り声にバチッと目を開けて飛び起きた。


「えっ?何??」


私がまだハッキリしない目を手で擦って辺りに目を向けると、私のすぐ横に島田君がいて、ビックリした顔で部屋の入り口を見つめていた。

そっちに目を向けると、ずっと会いたかった井坂君がいて、肩を震わせるほど怒っているのが気になった。

あゆちゃんたちも井坂君の登場に驚いているのか、目だけ井坂君に向けて固まっている。

井坂君は私を睨むように見ると、こっちにズンズンと向かってきて身が縮んだ。


何で?何で怒ってるの!?


私は何が起きてるのか分からなくて井坂君を見つめて、唾を飲み込んだ。

すると井坂君は私じゃなくて島田君に目を向けると、島田君の胸倉を掴んで引き上げた。


「何してたか言ってみろ?」

「な…何もしてねぇよ…。」

「嘘つけ!!俺は見たんだからな!!」

「うるっせーな!!何もやってねぇよ!!いちいち突っかかってくんじゃねーよ!!」


島田君は井坂君の手を引きはがすと、目を吊り上げて怒っている。

私は何がどうなってるのか分からないだけに、二人を交互に見ているしかできない。

井坂君は顔はしかめたままため息をつくと、今度は私に目を向けてきて、体に緊張が走った。


「詩織、帰るぞ。」

「へ?」

「いいから。立てって。」


私が唖然としていると、井坂君が私の腕を掴んで立ち上がらせてきて、私の鞄を持って引っ張っていく。

私は空気の凍り付いた部屋の中に目を向けて、あゆちゃんたちの呆然とした顔を最後に見ると、赤井君の部屋を出た。

そして、無言のまま赤井君の家から外に出て、外が暗い事に気づいて驚いた。


いったいどれだけ爆睡していたんだ…


私は時間が気になって、腕を引っ張って歩き続ける井坂君に声をかけた。


「井坂君っ。今って何時?」


井坂君は急に立ち止まると、怒った顔のままで振り返ってきた。

その目が鋭くて、私は息をのんで肩をすくめる。

すると井坂君が腕から手を放して、私の頬をつねってきた。


「なぁ、何であんなとこで寝てるわけ?」

「いひゃい…。なんへほこっへんほ?」


私は痛さに顔をしかめて答えるけど、口が上手く回らない。

井坂君はピクと眉間を動かしたあとに、つねるのをやめて頬を手で包んできた。


「普通、彼氏以外の男の部屋で寝ないだろ。それもあんなに男のいる部屋で堂々とさ。」

「……それ、怒ってるの?」

「怒ってるよ!!詩織は自分が分かってない!!」


私は以前も言われた言葉に、首を傾げた。


男の部屋って…あゆちゃんたちもいたんだから、別に気にする事ないのにな…

それに仮にも井坂君の大親友たちだよ?

彼らが私に何かしようだなんて思うはずがない。


私はそれだけに怒られてる意味が分からない。

そう思って不満そうに口を突き出してムスッとしていると、井坂君が急に私の顔を撫でくり回し始めた。


「なっ…急に何?くすぐったいんだけどっ!」


私は彼のゴツゴツした手に撫でまわされて、くすぐったさから頬が緩んだ。

笑っちゃいけないと思いながらも、笑い声が漏れる。


「あははっ…ちょっ…やめてっ…!!」


私がくすぐったくて逃げようと顔を横に向けると、今度は熱い息と共に柔らかい感触が頬に伝わってきて目を剥いた。


「―――――っ!?」


井坂君は私の頬にキスしていて、私は一気に体温が上がった。

くちゅっという卑猥な音が耳に聞こえて、井坂君が頬以外にも唇を這わせるのが分かって、ゾワッと鳥肌が立った。


「えっ!?なっ…ちょっ!?」


私が驚いて後ずさると、そのまま道路の脇の壁に背が当たった。

井坂君は気にもせずに顔から首筋へ向かって唇を移動させてきて、私は目を白黒させて心臓がバクバクといっていた。


嫌じゃないけど…こんな所で恥ずかしいっ…


私は少しの抵抗から井坂君のシャツを掴んだ。

すると、執拗なキスが終わって今度はギュッと抱きしめられた。

私は久しぶりに感じる彼の体温に嬉しくなって、自分も抱きしめ返した。


「俺以外の奴に触らせんな…。」

「へ…?」


井坂君が不機嫌な声でボソッと言って、私はその言葉の意味が分からなくて聞き返した。

私は誰にも触らせた覚えはない。


「俺が傍にいないときはちょっとぐらい周りを警戒しろ。」

「え…。それってどうやって…。」

「いいから。警戒しろって言ってんの。無防備に寝るとか一番ダメ。」

「…わ…わかった…。」


私は要は寝なければいいんだと結論付けた。

井坂君も回りくどいというか…ハッキリ寝るなとだけ言ってくれればいいのに…


井坂君は私が返事したことで、やっと機嫌を直したのか私から離れた。

そのときに見た表情はいつも通りに戻っていて、私は少しほっとした。


「そういえば、何で赤井君の家に来たの?バイト終わりで疲れてない?」


私が井坂君の手を掴んで尋ねると、井坂君はその手を引いて歩き出した。

表情からあまり答えたくなさそうだったが、眉間に皺を寄せると言った。


「小波から…詩織が赤井の家で爆睡してるってメールきて…。バイト終わりに走ってきただけ。」

「え…、それでわざわざ迎えに来てくれたってこと?なんか、ごめんね。一人で帰れるのに。」


私は手を煩わせてしまったことに申し訳なくなった。

すると、掴んでいる手の力が強くなって、私は井坂君の横顔を見上げた。


「そんなん、いいから。気にしなくて。むしろ、今日は行かなかったらどうなってたか…。」

「???どういう事?」

「詩織は気にしなくていい。」

「……わかった…。」


井坂君はまた少し怒り始めていて、私はこれ以上機嫌を損ねたくなかったので、追及するのはやめておいた。








島田が何をやっていたのか…は島田視点の番外に書こうかと思っています。

予定ですが…。

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