59、修学旅行へ
私は球技大会以降、井坂君ファンの女の子たちから無言で睨まれるようになり、今までと違う反応に気持ちが悪かった。
度々教室にやってくる一組の女子にしてもそうだった。
今までなら私を空気のように扱うか、面と向かって悪態をついてくるかのどちらかだったのに、無言で睨みつけられるなんて気分が良くない。
私はその理由が分からないだけに、自分の席で大きくため息をついた。
すると席替えをして席が近くなった篠ちゃんが話しかけてきた。
「どうしたー?なんか大きなため息聞こえたんだけど?」
「うん…。なんか、私最近睨まれることが多くなってさ…。何も身に覚えがないのに…。」
「それっていつから?」
「…球技大会の後ぐらい…。」
私が机に頬杖をついて言うと、篠ちゃんが急に笑い出した。
彼女は私の肩をポンポンと叩きながら笑いを収めると、ひきつけを起こすように笑いながら言った。
「皆…すごい単純だねぇ…。っひ。…あー、笑った。面白いなぁ~。」
「…その反応がよく分からないんだけど…。なんで笑われてるの?」
「それは…ねぇ?しおりん以外は皆知ってるかも。」
「へ?それ…どういう事?」
篠ちゃんが意味深に笑いながら言って、私はより一層疑問が過った。
すると私たちが話している所にあゆちゃんと新木さんもやってきて、話に首を突っ込んできた。
「何々?なんの話?」
「しおりんがなぜ睨まれるのかって話。球技大会の後からみたいって聞いてさ、アレしかないよね?」
「あ~!!アレか!!」
「アレだね。アレしか考えられないよ。」
私は周りから『アレ』『アレ』と言われて、私は訳が分からなくてイライラした。
「もうっ!!皆してなんなの!?教えてくれたっていいじゃん!!」
私が一人除け者状態が嫌で声を荒げると、三人は顔を見合わせて笑ったあとに教えてくれた。
「詩織さ、球技大会のとき体育館で爆睡しちゃったでしょ?」
「うん。誰かが保健室に運んでくれたんだよね?」
「あははっ!それだよ、それ!」
「それ??」
「運んでくれたの誰だと思う?」
篠ちゃんに『誰』と聞かれて、私は私を運んでくれる親切な人に一人しか心当たりがなかった。
嫌な予感がして、ニヤニヤ笑う三人を見つめる。
「ま…まさか…。井坂君…?」
「せいかーい!!」
「井坂の奴がお姫様だっこで保健室まで運んだわけ。そりゃもう、王子様のように!!」
お姫様だっこと聞いて、私は吸い込んだ空気と一緒に唾を飲み込んだ。
井坂君が運んでくれたのは嬉しい…
でも、お姫様だっこって…要は…それをたくさんの人たちに見られたという事だよね…?
私は想像しただけで顔が熱くなってきて赤面した。
「あははっ!赤くなってる!!」
「当然だよねぇ?彼氏だし、彼女が寝てたなら運ばなきゃ!!」
「っていうか、私たちが促したんだけどね?」
「えぇっ!?なっ…なんで!?」
あゆちゃんたちが促したと聞いて、私は目を剥いた。
三人は楽しそうに笑いながら続けた。
「だって、詩織。揺すっても起きないし、腹立ってきてさ。嫌がらせ?みたいな?」
「な…っ…!?」
「まぁ、いいじゃん。彼氏なんだし。」
「そうそう。運んでって言って、サラッと運んだのは井坂だからさ。お姫様だっこ強要したわけでもないしね。」
他人事だと思って楽しく笑う彼女たちを見て、私は諦めて項垂れた。
そうだ…元はと言えば寝てしまった私が一番悪いんだ…
私はそう思って反省すると、しばらくは我慢しようと思った。
「ま、そんな仕打ちされるのも少しだけだって。だって、もうすぐ修学旅行もあるし。詩織一人に構ってられなくなるよ。」
「あ、そっか。そろそろだっけ?」
「そう!修学旅行イン沖縄~!!もう海開きしてるらしいから、海で泳げるらしいよ!!」
「えー!!水着買わなきゃー!!」
話が一気に修学旅行に持っていかれて、私は初めての沖縄に想像を馳せた。
蒼い綺麗な海が広がってるんだろうなぁ…
井坂君と白い砂浜を二人で歩きたいかも…
私は乙女チックなことを考えて、手で顔を覆って赤面した。
するとそれをあゆちゃんに見られていて、私は焦って顔を向けた。
「し~お~り~?何かやらし~ことでも考えてたんじゃないの~?」
「やっ!?そっ…そんなわけないじゃん!」
「え~?だって、お泊りなわけだよ?お泊り。」
「あゆちゃんっ!!これは修学旅行という名の研修旅行であって、勉強の一貫で行くんだよ!?」
私はそういう事しか考えてないあゆちゃんを見て注意した。
あゆちゃんはげんなりした顔で私を見ると、大きくため息をついた。
「はぁ~…。相変わらずかったいんだから。修学旅行なんて異性の部屋に忍び込むためにあるんじゃん?」
「あゆちゃんっ!!そんな事して、もし先生に見つかったら、大学受験で不利になるんだよ!?分かってる!?」
「かった!!」「かったーい!!」
私は新木さんと篠ちゃんからも「固い」と言われて、信じられなかった。
皆、修学旅行を何だと思ってるんだろう??
「っていうか、詩織はそのままでもいいけどさ。私の貸した雑誌、そろそろ読みなよね?もう、付き合って半年以上過ぎてんだよ?」
「そーだよー。井坂もよく平気だよねぇ?」
「私、すっごく井坂を見直してる。」
「右に同じ。」
私はそこまで言われなきゃいけない理由が分からなくて、口を開けたり閉めたりさせるが、反論が見つからない。
あゆちゃんは「とにかく修旅までに読んできなさいっ!」と言うと、新木さんと連れ立って席に戻っていってしまった。
私は憐れんだ目で見る篠ちゃんの顔を見て、読むだけなら読んでみるか…と一息ついたのだった。
***
そして、修学旅行を明日に控えた、7月のある日――――
私は荷造りをし終えて、あゆちゃんから渡された雑誌と睨めっこしていた。
私はあゆちゃんがご丁寧に付箋をしてくれた所を手に持つと、えいっと一気に捲った。
そして見るのが怖かったけど、ドキドキしながら内容に目を通した。
私は読み進めながら、女の子たちの感想に色んな衝撃を受け、そして男の子側の言葉にはもっと衝撃を受けた。
そこには私がしてきた数々の失態が羅列されていた。
言葉にするのも恥ずかしい内容に、私は雑誌をパシンと閉じるとベッドの下に雑誌を放り込んだ。
やっばい…私…何も知らなくて…
井坂君にはものすっごく我慢をさせてしまってたんじゃ…
私は自分がたまに『もっと』と思ったときに、井坂君が自分から引いていたのを思い出した。
私が『もっと』と思ってたなら、きっと井坂君も『もっと』って思ってたよね…?
私は彼が自分のことを気遣って、自ら手を引いてくれたんだと気づいて胸が痛くなった。
こういう事は学生だからとか、大人だからとかって肩書きに関係ないのかもしれない…
私は自分が『もっと』と思った時点で、壁が一枚破れている事に気づいた。
それなら後は…飛び込む勇気と…覚悟だけだ。
私はそんな勇気が出るのかまったくと言って自信はなかったけど、知れたことで確実に一歩前に進めた気がしたのだった。
***
そして、修学旅行当日――――
私は空港で飛行機を待つ間、あゆちゃんにコソッと近づいて彼女に耳打ちした。
「あのね、雑誌…読んだよ。」
「うそ!?やっと!?それで、感想は?」
あゆちゃんは小声で言いながら、目を輝かせてきて、私は少し恥ずかしくなりながらもコソッと言った。
「新しい発見をした気分だった。知れて良かったと思ってる。」
「ふんふん。それで、やってみたくなったわけ?」
あゆちゃんはどこまでもストレートで私は言葉に詰まった。
そんな事聞かれても分からない。
だって、そういう雰囲気にならないと自分がどうなるのか全く想像できないんだから…
私はとりあえず今思ったことだけを口にした。
「井坂君に…任せる。」
「おぉ~!!成長!!成長したじゃん!!詩織!」
あゆちゃんは背をバンバンと叩いてきて、私は恥ずかしくなりながらも笑顔を浮かべた。
すると付き添いの先生が「乗り込むぞ~」と言って手を挙げたのを見て、私は自分の荷物の場所にこそこそっと戻ったのだった。
私たちは飛行機に乗り込むと、それぞれ決まっていた席に腰を下ろした。
私はタカさんとあゆちゃんと新木さんと同じ班で、もちろん泊るホテルの部屋もこのメンバーだった。
そのため飛行機も隣はタカさんのはずだったのだけど…
「隣、いいよな?」
「え…あれ?タカさんは??」
井坂君が先生にバレないようにサッと隣に座ってきて、私はタカさんの所在を尋ねた。
井坂君は後ろを指さすと、シートベルトをしめながら答えた。
「後ろ。俺の席と変わってもらった。八牧って良い奴だよな?」
井坂君が嬉しそうに笑っていて、私は胸がキュッと締め付けられるようだった。
タカさん…ありがとうっ!!
私は心の中で彼女に感謝すると、シートベルトをつけた。
そのとき横から視線を感じて目を向けると、井坂君が優しく微笑んでいてドキッとした。
「な…何?」
「いや?…なんか、いつもと違うってのがいいなぁ~と思ってさ。」
井坂君は背もたれに背をあずけると、顔だけこっちに向けた。
私はずっと見られている事にドキドキしながらも、こうして近くにいられるのが嬉しくもあった。
「あ、そうだ。夜、部屋抜け出してきてくれよ。」
「え…?」
『夜』と言われて、私は雑誌の内容が頭を過って目を見開いた。
「せっかくの修学旅行だしさ…できるだけ一緒にいたいじゃん?」
井坂君は至って普通に言っていたので、私は思い過ごしだと思って頷いた。
「うん。分かった。でも、抜け出すってどうすればいいの?」
私は先生に見つかるのは嫌だっただけに、その方法をどうするんだろうと不思議だった。
井坂君は少し考えたあと、笑顔を向けて言った。
「俺が様子見て、ケータイで連絡するよ。だから、修学旅行中はケータイ身に着けとけよ?」
「あはは…。分かった…。必ずポケットに入れとくよ。」
私は修学旅行中の3日間だけならいいか…とケータイをポケットへ入れる事にした。
すると井坂君が満足そうに笑って、私の肩にもたれかかってくると手を握ってきて驚いた。
「い…井坂君!?」
私は周りにクラスメイトも先生もいる中で、こんなイチャつくのは恥ずかしかった。
でも井坂君は軽く笑うと「いいじゃん。」と言ってもっと身を寄せてきたので、私は肩を縮めて誰にも見られてませんように!!と願うしかなかったのだった。
修学旅行スタートです!