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理系女子の恋  作者: 流音
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5、校外学習Ⅰ


今日は校外学習の日だ。

私は昨日はよく眠れなくて、集合時間よりだいぶ早く学校についてしまった。


昨夜は井坂君の顔がちらついて頭から離れなかった。

ふと見せる嬉しそうな顔に胸がざわめいて、自然と頬が緩む。

好きじゃないと言い聞かせるたびに、苦しくなって眠れなくなった。


もうこれは好きだという感情だと分かってる。

でも、好きだと認めたくなかった。

こんな感情に振り回されるから、辛い思いをすることになる。

私は中学のトラウマが尾を引いていて、どうしても受け入れることができなかった。


あんな思いはもうしたくない…


誰もいない教室に入ると、自分の机にリュックをのせて突っ伏す。

眠れなかったのもあって、私は突っ伏すと同時に眠気が襲ってきてゆっくりと目を閉じた。







夢を見た。


中学のときの自分が泣いている。

好きだった人に『ゲーム』だったと言われて、傷ついた自分だ。

好きだったから、言われた言葉全部が本当の事だと信じていた。

でも、彼は嘘しか口にしていなかった。


人が信じられなくなった。

一歩踏み込めなくなった。


ただの自分の弱さだって分かってる。

でも、そうなるぐらい本当に悲しかったから…


辛い…もうイヤだ…


そんな弱い私に誰かが寄ってきた。


きつい一言を言われて、あのときみたいにすごくショックだった。

心が抉られるようだったし、また殻に閉じこもりそうになった。


でも…謝ってきてくれた。

笑ってくれた。


すごく…すごく嬉しかった…


その人は私を傷つけた人とは違う。

違うんだよ、信じよう?


きっと大丈夫。


だってその人は私に向き合う勇気をくれたんだから。







胸が温かくなって、私はバチッと目を覚ました。

すると私と同じように机に突っ伏して、こっちに顔を向けている井坂君と目が合った。


「わぁっ!?」


私は驚いて声を上げて起き上がった。


え!?今、何時!?!?


寝ていた事ではっきりしない頭のまま辺りを見回すと、まだ他のクラスメイトは来ていないようだった。


良かった…寝過ごしたわけじゃない…

あれ?…ってことは…今は井坂君と二人っきり…?


私がおそるおそる井坂君に目を戻すと、井坂君はゆっくり体を起こした後大きく伸びをした。


「すっげー驚きようだな~。そんなにびっくりした?」


私服姿の井坂君に笑顔で言われて、私は一瞬反応が遅れた。


「あ…うん。まさか、目の前にいるとは思わなくて…。」

「目の前って!隣の席なんだから仕方ねーじゃん?」

「あはは…そうだね…。」


私は井坂君の私服姿に見惚れて、胸がドキマギしていた。

いつもしてないネックレスなんてしていて、すごくオシャレだ。

ただの長袖シャツにジーンズの自分がものすごくダサく見える。


もっと可愛い服着てくれば良かった…


自然公園と聞いていただけに動きやすいものがいいだろうと深く考えてなかった。

今すぐ家に着替えにいきたい。

私は自分の姿を隠したくて、机に肘をつくと両手で顔を隠した。


「…私服、何だか新鮮だな?」


私の思っている事が伝わったのかと思って、気まずくてちらっと井坂君を見ると、井坂君はまた机に頭をのせた状態でこっちを見ていた。


う~~…見ないで欲しいなぁ…


「…井坂君はいいよ。私服…すごくカッコいいし…。でも、私は…ダサいから…。」


私はため息交じりに言うと項垂れた。


女として消えてしまいたい。


私は服に注目されている事がすごく恥ずかしかった。

すると何かが頭にのせられたのが分かって、私は顔を上げるとそれを手にとった。


「それ貸すよ。谷地さんの格好によく似合うだろうし。」


そう言って貸してくれたのは、帽子だった。

つばがついている野球帽で、英語のロゴが入っている。


貸すって…ホントにいいのかな??


私はまた昨日のように「いいよ。」と言いかけて口を噤んでから、彼を見つめてお礼を言った。


「あ…ありがとう。」

「どういたしまして。」


井坂君がまた嬉しそうに笑って、私は胸が熱くなっていった。

もう…ダメだ…

好きじゃないなんて…思えない…。


私は井坂君が好き。


私は井坂君の野球帽で顔を隠すと、泣きそうになるのを堪えた。

好きになるだけなら…いいよね?

もう、あのときみたいに告白したりなんかしないから。


私は涙を抑え込むと、嬉しそうに微笑んでいる井坂君を見て口角を持ち上げて笑顔を作った。


幸せ…


「おっはよー!!ってうわ!!俺より早い奴がいた!!」


二人っきりの時間を壊すように入ってきたのは赤井君だった。

赤井君はラッパーのように帽子をななめにかぶっていて、井坂君と同じようにネックレスをつけていてオシャレだった。ちょっとズボンは下げ過ぎだと思ったけど。


「なになに!?二人で何の話してたんだよ!?」

「別になんもねーよ。俺、昨日全然寝られなくて、早めに学校来たら谷地さんがここで寝てたんだよ。」


井坂君の寝られなかったという言葉に私は顔が緩んだ。

何気ない共通点に心がくすぐったくなる。


「私も寝られなくて、ここに来て机に突っ伏してたら寝ちゃって…。井坂君とはちょっと話をしてただけだよ。」


私が怪しまれないように弁解すると、赤井君は眉を吊り上げて「ふ~ん。」と言った後、私の持っている帽子に目を留めた。


「あれ?それ井坂のじゃねぇの?俺も同じの持ってるし。」

「え!?」


私は赤井君にバレた事で動揺した。

かっ…返した方がいいのかな!?

私が井坂君に帽子を渡そうとすると、井坂君がだるそうに口を開いた。


「俺が貸したの。俺より谷地さんの方が似合いそうだったから。」

「あ、ホントだ!すっげやる気満々じゃん!?なんなら公園ついたら俺らとバトルする!?」

「バ…バトル…?」


赤井君はもう帽子に興味がなくなったのか、目を輝かして今日の予定を熱く語り出した。


「バーベキューし終わったあとさ、時間あるだろ!?だから、実は遊び道具を色々持って来てるんだよね~。」

「遊び道具って…何?」

「それは見てのお楽しみってことで!!向こうに着いてからね!!」


赤井君が指を立てて自慢げに言うので、私は笑って「楽しみにしとくよ。」と返した。

そのとき井坂君もふっと鼻で笑って、私は二人と普通に話ができていることが不思議だった。

この間までは別世界の人だとか思っていたのに、今ではすごく近く感じる。


それもこれも全部井坂君のおかげだ。


私は憧れと…好きだと思う感情を胸に抱えて、井坂君に心から感謝した。




***




そして井坂君と赤井君が何気ない話をするのに相槌をうっている間に、続々とクラスメイト達が登校してきた。

タカさんも西門君と一緒にクラスに入ってきて、私と変わらない長袖シャツとジーンズの彼女を見て安堵した。

良かった…私だけじゃなかった。

私は失礼な話だが自分だけじゃなくて本当に安心した。


小波さんたちはやっぱりすごくオシャレで、ミニスカートやショートパンツで足を出していて、私服に勝負をかけているのが見て取れた。

髪型だっていつもと違ってアレンジされていて、そんな女の子らしいクラスメイトを羨ましく思った。

私は自分の髪を触って、アレンジできる長さじゃないことにため息をつく。


やっぱり…可愛くなりたいな…


私はちらっと井坂君を見て、自分がこんな風に思う日が来るなんて複雑だった。

中学の時は感じなかった、好きな人に良く見てもらいたいという感情。

可愛いって少しでも思ってほしい。

そんな事あり得るはずもないのに、私は気持ちを受け入れたことで欲張りになったようだった。


そして集合時間になり担任の先生の指示でバスへと移動することになった。

私はリュックを背負うとタカさんの元に駆け寄った。

井坂君に借りた帽子をしっかりとかぶる。


「タカさん!一緒に座ろうね!!」

「うん。しおりんは窓側派?それとも廊下派?」

「私はどっちでもいいよ!バスで酔ったりしないから!!」

「じゃあ私、窓側で。たまーに酔ったりするんだよね。」

「そうなんだ!!酔い止めは?」

「一応飲んできた。でも気分が悪くなったら、話し相手になれないから…そこだけは、ごめんね?」

「いいよ、いいよ!そのときはお菓子でも食べてる。」


私はタカさんに気を遣わせないように明るく振る舞った。

私はタカさんが話せないとなると寂しいな…と思ったりもしたんだけど、そんな思いはどこへやら。

寝不足もあってか私はバスの中で爆睡してしまって、私がタカさんをほったらかす結果になってしまったのだった。


担任の先生の大きな声でハッと目の覚めた私は、誰かの肩に頭をのせているのか頭が安定した状態で目を見開いた。


「……あれ?今、どこ?」

「あ、目覚めた?もうすぐ着くらしいよ。」


すぐ近くで声が聞こえて、私が頭を持ち上げると、至近距離に西門君の顔があって飛び上がるほど驚いた。


「うえぇっ!?なっ…何で、私…西門君の肩を枕にっ…!!」

「あははっ!!慌て過ぎでしょ。バスが走り始めてからすぐ寝始めたのそっちじゃん。」

「そっ…そうだけど…。何でわざわざ補助椅子に座ってるの!?そこ椅子空いてるのに!」


私は通路の反対側の席が空いてるのを見て指さした。

確かバスが走り始める前は西門君はあそこに座っていたはずだ。

私の記憶が正しければ…

西門君は補助椅子を畳み始めて、空いている席に座るとニッと口の端を持ち上げた。


「だって、バスの揺れに合わせて頭がフラフラしてて、見てて危なかったんだよ。今にもどこかに頭をぶつけそうでさ。だから、肩を貸してあげたってわけだよ。感謝してくれよな~?」


私はとんでもない失態をしてしまったと、頭を下げた。


「ありがとうっ!!迷惑かけてごめんっ!重かった…よね?」


私が西門君を窺うと、彼は肩を回してから歯を出して笑った。


「後で肩揉んでもらおうかな?」

「…う…。…本当にごめんなさい…。」


私は要望を受諾することにした。

肩もみですむなら、軽いぐらいだろう…

私は幼馴染とはいえ男の子の肩を借りていただなんて、恥ずかしくて頬が熱くなる。

こういうの免疫ないんだから…今後は気をつけよう…。

私は自然に出そうになるため息を抑えると、自分がしっかりと帽子を抱え込んで持ってるのに気付いた。


…寝てても、これだけは落とさなかったんだ…


私は井坂君の帽子を見て、頬が緩んだ。


「それさ、寝てても落とさなかったけど、大事なものなの?」

「あ…大事なものっていうか…。朝に井坂君から借りたんだ。私のダサい服を見兼ねて貸してくれたみたい。優しいよね。借りものを落とさなくてホッとしたよ。」


西門君に訊かれて正直に話した。

ここで変に隠す方が何かあると思われそうだと判断したためだ。

井坂君はクラスメイトなんだから、やましい気持ちがあるのは私だけだ。

西門君は帽子を気にしているのか「ふ~ん。」と言いながら、ちらっと帽子を見て黙り込んでしまった。







詩織が新しい恋を見つけました。


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