56、Wデート
あゆちゃんたちとのWデートの日―――
私は買ったばかりのケータイを握りしめて、待ち合わせの駅へと足を進めていた。
ストラップも何もついていないケータイを見つめて、私は一番に井坂君の番号を登録しようと決めていた。
そして早く知りたい一心で足を速めて駅につくと、私以外みんな揃っていて私はケータイを鞄にしまった。
井坂君と二人っきりのときに…聞かないと…
私はあゆちゃんたちの番号を一番に登録するわけにはいかなかったので、隠すことに決めて笑顔を向けた。
「おはよ!お待たせしました!!」
「詩織~!あ、その服着てくれてるんだね。っていうか、コーディネートも自分でできるようになってんじゃん!!」
私は今日は貰ったワンピースの上にカーディガンを羽織っていて、井坂君の家に行ったときとは違うようにしていた。
髪型も初めて編み込みというものに挑戦してみた。
それが意外にも難しくて苦戦して来るのが遅くなったんだけど…。
「じゃ、揃ったことだし。行くかぁ~。」
赤井君が先導して歩き出して、あゆちゃんがその横についていく。
私は井坂君の横に駆け寄ると、「おはよ。」と声をかけた。
すると井坂君が私の髪に手を触れてきて、言った。
「なんか…いつもと違う。」
「あ、うん。初めてやってみたんだ。ど…どうかな…?」
私はどんな感想が返ってくるかドキドキしながら待つと、井坂君が私から顔を背けてコホと関払いした。
「…うん。可愛い…よ。」
私は『可愛い』の一言に鳥肌がたって、頬が緩んだ。
嬉しい!!嬉しすぎる!!
私は初めて言ってもらったんじゃないだろうかと思って、すごく上機嫌だった。
しょっぱなからこんなに良い事があるなんて、今日は良い日になりそうだと私は足取りが軽くなったのだった。
そして春休みで人の多い電車に揺られ、井坂君と距離が近い事にドキドキしながら遊園地に着くと、入り口から人でごった返していた。
「うわ~…。これ、入れんのか…?」
「入れはするだろうけど、アトラクションは長時間並ばなきゃいけないかもしれないよね。」
「げっ…。私、歩きやすい靴で来れば良かった。」
あゆちゃんが自分のヒールのパンプスを見て言って、私は自分はペタンコのパンプスだから大丈夫と思った。
私は自分が身長が高いのを気にしていたので、基本ヒールはないものを選ぶ。
少しでも井坂君を見上げたい女心だ。
でも、あゆちゃんみたいに背が低くてヒールが履けるっていうのも羨ましかった。
「大丈夫だって。いざとなったら俺を支えにしろ!」
赤井君があゆちゃんに頼もしい事を言っていて、あゆちゃんが嬉しそうに笑って頷いている。
傍から見てたら立派なカップルだなぁ~と思って、私はちょっと嫉妬してしまった。
私と井坂君はちゃんとカップルに見えるんだろうか…?
私はちらっと井坂君を見上げて気になった。
そしてなんとか入り口から列に並び遊園地の中に入ると、あゆちゃんと赤井君はベッタリとくっついて先導して歩き始めた。
私は腕を組んで歩く二人を見て、すごい…という感想しか出てこなかった。
あんなに密着してたら心臓もたないよ…。
私は手を繋ぐだけで精一杯だろうと思った。
「あいつら、完全に俺らのこと忘れてるだろ。」
井坂君がため息をつきながら言って、私はふっと微笑んだ。
「私たちの事、忘れるぐらい二人の世界なのかも。」
「げぇっ!!赤井がデレてるとことか見たくねぇ~!!」
井坂君が心底嫌そうに頭を抱えていて、私はその反応が面白くて笑った。
仲が良いとやっぱり見たくない姿って出てくるよね…。
私も二人がキスしてたりとか、……色々してる姿は想像したくないし、見るのもゴメンだ。
風紀が乱れてると言った赤井君の気持ちが今ならよく分かる。
すると井坂君の手が前に伸びてきて、ひらひらと揺れた。
私がそれを見てその手を握ると、井坂君が嬉しそうに笑いながら二人の背に向かって足を速めた。
***
そして、私たちはジェットコースターにゴーカートを乗って、お化け屋敷で少し体が冷えてから、お昼をとる事になった。
私はお化け屋敷で怖がりすぎて、テンションがガタ落ちしていた。
今でもあの後ろに立たれた感覚が蘇ってきて、度々後ろを振り返ってしまう。
そんな怯えた私をみんなは面白いのか笑っていて、失礼だろと思っていた。
それから空いていたテーブルに座ると、井坂君たちが買ってきてくれると言うので、あゆちゃんと二人で待つ事になった。
「詩織、なんか井坂とカップルっぽくなったよね。」
「え…そう見える?」
「見える、見える。前までは友達の延長線みたいな感じだったけど、今は二人が想い合ってるのがヒシヒシと伝わってくるから。」
あゆちゃんに言われるとそうなのかと実感できて嬉しかった。
カップルに見えるって!!
私はそれが嬉しくてどうしても顔がニヤけてしまう。
「とうとう一線超えましたか~?」
「一線って!!そんなの絶対にないから!!」
あゆちゃんは余程それが気になるのか、前からそういう話ばかりふってくる。
私は免疫ができてきて、以前ほどは取り乱さないけど顔が熱くなって返した。
「だいたい、家イコール!!みたいな話してたけど、それは井坂君には当てはまらなかったから!!そういうつもりで誘ったんじゃないって言ってくれたし!」
「へぇ…井坂がそう言ったの?」
「そうだよ!!だから、なんにもなかった。もう井坂君も同じ考えだったって分かって、すっごく安心したんだから!!」
「…………へぇ…。」
あゆちゃんは私の力説を聞きながら、だんだん不思議そうに顔をしかめていった。
私は井坂君と一緒にいられるだけで幸せだったので、今後もそういうことはないだろうと安心していた。
「まあ…井坂には当てはまらなかったんだろうけど、赤井には当てはまってたよ。」
あゆちゃんが少し照れながら、さらっと言っていて、私は疑問が過った。
赤井君に…当てはまった…?
「……ま…ま…、まさか…。」
私がまさかの可能性を思い浮かべてあゆちゃんを凝視すると、あゆちゃんはピースして笑った。
「やっちゃった。」
「――――――っ!?なっ…なっ…!!ふっ…不純異性交遊っ!!!」
私はこの間のニュースを思い出して叫んだ。
すると、あゆちゃんが慌てて口を塞いできた。
「なんてこと大声で言ってんの!!バカ!!」
「だ…だって…!!高校生なのに…未成年だよ…。私たち…。」
私は泣きたくなってきて、あゆちゃんを憐れんだ目で見た。
あゆちゃんは目を吊り上げて怒ると、私の頭を叩いた。
「―――ったく、イマドキ普通なんだって!!詩織がズレてんの!!あんた一体どういう教育受けてきたわけ!?純粋培養にも程があるでしょ!!」
「が…学生は勉強が本分で…恋愛は二の次だって…。お母さんが…。」
「あー…あんたのお母さん、すっごい教育ママだもんね…。どうせ、ふしだらな世の中だわとか教え込まれてんだろうなぁ…。」
私はその通りだっただけに、言い返せない。
私って…そこまでおかしい感性の持ち主なんだろうか?
「井坂も攻略すんのに時間かかるだろうなぁ…可哀想に…。」
「……何で井坂君が可哀想なの?」
私が普通に疑問に思ったので尋ねると、あゆちゃんにまた頭を叩かれた。
「バカ!!こんのバカ!!今度、雑誌貸すから、男心を勉強しろ!!」
「痛いよ…。何でそんなに叩くの…。」
「無知も罪だってことよ!!」
私は知らない事が罪だなんて、理不尽な世の中だと思った。
するとホットドッグののったトレイを持った井坂君たちが何やら話しながら戻ってきた。
赤井君は大爆笑していて、井坂君は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
いったい何の話をしてたんだろうか?
「お待たせ。」
「あはははっ!!マジ、最高!!こいつ、マジでバカで最高!!」
赤井君が井坂君の背中を叩きながら、そう言っていて、あゆちゃんが私を指さした。
「こっちもバカがいるよ!!もう、バカ同士お似合いなんじゃない?」
「…バカ、バカひどくない?」
私はあゆちゃんをじとっと見つめて言い返した。
井坂君もムスッとしていて、余程からかわれたのが見て取れた。
「何言われたの?」
私が気になって井坂君に尋ねると、井坂君はパッと顔を逸らして「何もないよ。」と言ってホッとドックにかぶりついた。
赤井君とあゆちゃんはコソコソと耳打ちしながらしゃべってこっちを見ては、からかうような目で笑ってくる。
私は一人気分が良くないな…と思いながら、ジュースをズズ…と飲んだのだった。
***
そして色々なアトラクションに長時間並んで疲れてきた頃、そろそろ帰る時間になって最後に観覧車に乗ることになった。
「んじゃ、別々ってことで~!!」
そう言うとあゆちゃんは赤井君と先に乗っていってしまって、私と井坂君は次のに乗り込んだ。
そして静かな観覧車に向かい合って座って外を眺めていると、夕日が見えて、私は今日一日楽しかったなぁ…と感慨深かった。
こういう場所でデートする日がくるなんて、夢みたいだ。
カップルに見えるって嬉しい事も言われたし、私としては大満足だった。
「なんか嬉しそーだな?」
「うん?だって、今日一日楽しかったし!!すごく良い思い出になった。」
私が今日の感想を笑顔で言うと、井坂君が優しい笑顔で「なら、良かった」と言っていて、私は胸がキュッと苦しくなった。
井坂君と一緒だったから、こんなに幸せなんだよ…
私は二人っきりという状況が嬉しくて顔が緩んだ。
そのとき『二人っきり』という事に気づいて、慌てて鞄からケータイを取り出した。
「コレ!!買ってもらったんだ!!」
「あ、ケータイ。マジで!?やったじゃん!」
井坂君が驚いた顔で私の方へ前かがみになってきて、私はケータイを開けて尋ねた。
「井坂君のアドレス教えて!!」
「うん。いいよ。―――ってか、何で来た時に言わなかったんだよ?小波たちのも教えてもらわなきゃだろ?」
井坂君がケータイを出して操作しながら言って、私はずっと思ってた事を口にした。
「その…アドレスに登録するの…一番は井坂君が良かったから…。二人っきりのときに…と思って…。」
言いながら恥ずかしくなってきて、私はケータイを操作しながら赤外線という所を押した。
井坂君は表情をムズつかせながら、ケータイに目を落とすと「そっか。」と言って黙ってしまった。
その反応がよく分からなかったけど、私は受信しましたの画面を見て、井坂君のアドレスが登録されたことに嬉しくなった。
そして井坂君のケータイに私のアドレスを送って交換を完了させると、ちょうど観覧車がてっぺんにきたようで景色が最高だった。
ケータイから目を離して景色を眺めて、橙色の光に照らされた町並みを一望した。
「キレー…。」
川の水面に夕日が反射しているのまで綺麗で、私は今日最後の贈り物だと思って目を前に戻したら、視界に入ってきたものに赤面した。
「なに?どうした?」
井坂君が急に赤面した私を見て慌てていて、私は見たものに指先を向けた。
そこにはあゆちゃんと赤井君が観覧車の中でキスしていて、私は目のやり場に困って逸らした。
井坂君も呆然として見つめてから、逸らすようにこっちに振り返った。
そのとき私とばっちり目が合ってしまって、私は気まずくて思いっきり逸らした。
わっ…変な風に逸らしちゃった…!!
私はあんなもの目撃した後に平常心でなんかいられなくなって、観覧車の窓枠を掴んで身を縮めた。
あゆちゃんのバカ!!場所を考えてよ!!
私は心の中で悪態をつきながら、心臓がバクバクいっているのを聞いていた。
すると井坂君が「あいつら…っ…。」と呟いたあとに、こっちに近付いてくるのが気配で分かった。
「詩織…。同じこと…する?」
井坂君が通路にしゃがみこんで言って、私はそっちに顔だけ向けてどうしようか考えた。
「……だ……見える…んだよ…?」
私はあゆちゃんのが見えたという事は、こっちも見えると思って言った。
井坂君はふっと息を吐いたあとに、笑みを浮かべるた。
「別に気にしねーよ。どうせ、カップルはみんなやってるんだろーし。」
井坂君はそう言うと、目を瞑って「ん。」と顎を前に出して促してきた。
私はキスを待ってる井坂君を見つめて、ゆっくり彼の顔に手を伸ばした。
これって…私からしてほしいって…ことだよね…?
私は自分からするのは初めてで、井坂君の顔に触れたとき緊張で手が震えた。
少しカサついている井坂君の顔を撫でてから、ゆっくり自分の顔を近づけていく。
私は緊張からか呼吸が浅くなっていて、あと少しで触れるというところで一度唾と一緒に息を飲み込んだ。
そして、一度目を瞑っている井坂君を見つめたあと、自分も目を閉じて優しく唇に触れた。
井坂君からされるのと、自分からするのでは感覚が違って、私は今までで一番体が熱くなっている気がした。
少し名残惜しい気持ちを抑えつけながら、口を離すと井坂君の目が薄く開いた。
「もう、終わり?」
「え……?…うん。」
私は手で顔を隠しながら答えると、井坂君の腕が私の体をグイッと抱きしめてきた。
「まだ、ダメ。」
彼は意地悪い笑顔でそう言うと、強く口付けてきて、私は井坂君のキスに応えるだけで精一杯になった。
私がしたのとは全然違うキスに、私は背筋がゾクゾクしていた。
「うっ…ん…んっ…!!」
井坂君のキスはいつも胸からお腹にかけて、ジン…と何かが響くような感じになる。
『もっと』という欲が出てきそうになるけど、『もっと』をよく知らないだけにキスで返すしかできない。
私はずっとこうしていたいと思っていたのだけど、急に唇が離れてしまって私ははぁっと熱い息を吐き出した。
「おかえりなさーい!」
ガチャッと扉の開く音と一緒に係員さんの明るい声が聞こえて、私は我に返った。
「―――――っ!?!?!」
私が声にならないぐらい驚いていると、動かない私を抱えるように井坂君が抱き上げて観覧車から降りてくれた。
「詩織。さっき、ちょっと感じてた?」
井坂君が抱き上げている私の顔を覗き込んできて、私はその通りだっただけに顔に血が集まって真っ赤になった。
「言わないでっ!!」
私は他のお客さんの顔も見れなくて、井坂君の胸に顔を埋めると拳で井坂君の胸を叩いた。
井坂君はケラケラと笑っていて、何でこんなに余裕でいられるんだろうかと思った。
そして、井坂君に抱きかかえられながら観覧車を降りたことで、あゆちゃんたちに散々からかわれ、私はより一層恥ずかしい思いをしたのだった。
次から二年生になります。




