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理系女子の恋  作者: 流音
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51、新しい扉


私は井坂君から逃げてくると、屋上の隅っこで蹲っていた。

涙はもう止まっていて、私は冷静になってくると何であんな事を吐き捨てたんだろうかと思っていた。

キスの寸止めで怒る女子って…ただの欲求不満みたいだ…

私は恥ずかしい事を言ってしまったと後悔した。


というか…キスをしたくない原因はきっと私にある…


それが解明できない限り、私たちは一歩も進めないような気がする。


キスしたくない理由って何だろう…?

私の至近距離の顔が見るに耐えないとか…?

そんな風に思われてたら死にたくなるけど…

あとは…口臭が匂うとか…


私は自分で息を出してみるがよく分からない。



「もう…イヤだ…。」



私は自分が女子力が低いのは分かってたけど、そのせいでこんな事になってるなら、どうにかしたいと思っていた。

でもこんな事、誰にも相談できないし、どうすればいいのかも分からない。

私は悩みが混迷を極めていて、大きく息を吐いた。


そのとき駆け上がってくる足音が聞こえてきて、私は扉を見つめた。

バンッ!と扉が開け放たれて姿を見せたのは井坂君で、井坂君は私を見つけるなり安堵の表情を浮かべた。

私は井坂君なら見つけてくれるだろうと思ってここにいただけに、気まずくてまっすぐ顔が見れなかった。


「谷地さん。やっぱりここだった。」


井坂君は白い息を吐きながら目の前までやって来ると、しゃがみ込んだ。


「…なぁ、なんでって言ってたけど…不満があるなら…全部言ってほしい。」


私は真剣な顔をした井坂君を見て、一度拗ねたように口をすぼめた。

それから井坂君の反応を窺いながら、本音を口にした。


「…なんで…キスしないの?…私が可愛くないから?…そういう魅力に欠けるから…?それとも…そういう事したくないから…?」


私は最後の問いを言うときに涙がまた零れてきて、手で拭って鼻をすすった。

ハッキリ聞くのは怖いけど、知らなきゃダメだと思った。

井坂君は私を見て顔をしかめると、遠慮がちに口を開いた。


「…それは…俺の問題なんだよ…。谷地さんのせいじゃない…。」


井坂君は何だか苦しそうに言っていて、私は涙を止めると首を傾げた。


「…いつも…谷地さんに触れるときは色々考える…。嫌われないかなとか…嫌がられないかなとか…。ほんとに自分を守りたい一心で…。だから、あと一歩が出ないんだ。拒絶…されるのが怖いから…。」


井坂君の本心を初めて聞いて、私は息を飲み込んだ。


「あとは…やっぱり…手を出してしまったら…俺…きっと歯止めがきかないから…。その…谷地さんが引くぐらいに…。…だから…いつも手が止まるんだよ…。カッコ悪いだろ?」


井坂君は自嘲気味に笑うと、俯いて顔を隠してしまった。

私は初めて見る弱々しい井坂君に、一番言いたい事だけ口にした。


「私は…井坂君が大好き。」


私の告白に井坂君が驚いたように顔を上げるのが見えた。

私はそんな井坂君の戸惑った目と視線が交わって、逸らさずに伝えた。


「嫌ったり…嫌がったりなんかしない。だって…大好きな人に触られるなんて、こんなに幸せな事はないと思うから。」


私は言いながら恥ずかしくて頬が熱くなったけど、鼻から息を吸いこむと言い切った。


「私は井坂君に触りたい。」


私は井坂君に手を伸ばすと、彼の手に自分の手を重ねた。

触れた瞬間、井坂君がビクついたのが伝わってきて、私は彼を安心させるように笑いかけた。

すると井坂君が急に身を乗り出して一気に間を詰めてきて、あっという間に唇が重なった。

私はこんなに一気にくるとは思わなくて、息を止めてしまって苦しくなった。

触れていた唇が少し離れた瞬間、私は呼吸をして目を開けた。

そのとき井坂君の真剣な瞳と視線がぶつかって、一気に体に緊張が走った。

自分で促したとはいえ、バクバクする心臓の音がうるさい。

さっきは突然過ぎて、よく感触も分からなかった。


私はまだ離れようとしない井坂君を見つめて、ゴクと唾を飲み込んだ。

すると井坂君の口が薄く開いた。


「詩織…。」


井坂君はまっすぐ私を見てそう言った。

私は初めて名前を呼ばれた事に目を見開いて、動揺した。


「詩織。」


幻聴じゃ…ない…


私は再度呼ばれた名前に嬉しくなって、頬が緩んだ。

すると緩めた口元に井坂君の口がくっついてきて、私はさっきと違う状態に目を剥いた。

薄く口が開いていたので、その隙間から何か柔らかいものが入ってくる。

私は今まで感じたことのない感触に鼻から息を吸いこんで、井坂君の服を握りしめた。


「……っ…んんっ…!!」


私は柔らかい感触が井坂君の舌だと分かって、体がピリピリと痺れるような感覚が駆け巡った。

私は経験がなかっただけに、キスってこんな事をするんだと初めて知った。

唇を合わせるだけだと思ってただけに、私は衝撃で自分がおかしくなりそうだった。

どれだけそうしてたのかも分からないぐらい長いキスが終わって、熱い吐息を吐き出すと私は変に気疲れしてしまって井坂君にもたれかかるように頭をのせた。

まだ心臓がバクバク鳴っていて、私は井坂君の服をギュッと握りしめて彼の肩に顔を埋めた。

すると井坂君が優しく抱きしめてきて、ボソッと訊いてきた。


「…引いた…?」


短い一言から彼の不安が伝わってきて、私は首を左右に振ると否定した。


「そんなことない…。嬉しかった…。」


私は引くという意味も分からなかったので、自分の感じたことだけ伝えた。

すると大きなため息が聞こえて、「良かった…。」と掠れたような声が聞こえて、私は胸がキュッと締め付けられるようだった。


本当に…本当に嬉しかった…


キスしたことで知らない世界が拓けるようだった。

井坂君といれば、また世界が広がりそうで、私はより一層彼が愛おしくなった。


もっと彼を理解したい…

何を考えてて、どう思ってるのか…

もっと近づきたい…

キスしたときみたいに…通じ合いたい…


私は新しい経験をした事で、『もっと』という欲が溢れてくるのを感じたのだった。





***





そして私は井坂君に途中まで送ってもらって家に帰宅すると、足元をふらつかせながら自室へと入った。

部屋に入るなり、私は足の力が抜けてその場にへたり込んだ。

こうしてぼーっとしていると、さっきの事が鮮明に蘇ってきて、私は顔に血が巡って赤面した。


キスした!!キスしちゃった!!


私はあのときの感触がまだ残っていて、手で顔を覆い隠すと床に寝そべった。

傍から見たら不審者のようだけど、私はムズムズしていてその場にゴロゴロとしながら本棚にぶつかった。

私はぶつけた所から痛みが伝わってきて、あれは夢じゃなく現実だとハッキリ分かった。


井坂君の息使いや吐息の熱さ…触れたときの柔らかさに…あの痺れるような感覚…


私はおもむろに本棚にある少女漫画を手にとると、キスシーンのページを開いてじっと見つめた。

この作画からは優しく触れるだけのキスのように描かれている。

でも、今日体験したのはこんな優しいものじゃなかった。

このマンガの情報は正しくなかったな…と思うと、私はマンガをパシンと閉じて本棚に戻した。


私はまだ何も知らないのかもしれない…


マンガやドラマじゃ、キスでこんな感覚になるなんて伝わってこなかった。

それだけに、もっと自分の知らない世界があるような気がしてならなかった。


私は今日、新しい扉を開いた気持ちで未来が輝いて見えていたのだった。





***





そして次の日――――


私はドキドキしながら教室へ足を踏み入れた。

昨日はあまり会話をすることもなく、一緒に帰っただけだったので、どんな顔で会えば良いのか分からない。

でも、顔を見てしまったら、そんな不安はどこかへ飛んでいってしまった。

井坂君は私を見ると、いつも通りの笑顔を浮かべて「おはよ。」と言った。

私は自然と口元に目がいきそうになるのを堪えると、平常心で「おはよう。」と口に出した。


ドキドキはするけど、大丈夫。


私は以前より井坂君が輝いて見えていて、何か私の前にフィルターでもかかってるかと思った。

井坂君は私に振り返って来ると、頬を持ち上げて言った。


「昨日のチョコ。美味しかったよ。家に帰って一気に全部食べちまったんだ。ちょっともったいなかったからさ。コレ。」


井坂君はケータイを取り出すと、一枚の画像を見せてきて、私はそれを見て驚いた。

そこには一口だけ食べられてる私のフォンダンショコラが写っていて、私は井坂君を見つめた。


「嬉しかったから、記念に。食べた後だからさ、ちょっと欠けてるけど。」


私は写真に撮るほど喜んでくれたんだと分かって、自然と顔が緩むと「嬉しいよ。」と伝えた。

すると井坂君が私の手を握って、火傷の治りきっていないかさついた所を撫でてきた。

私はそれを見つめて、お菓子作りが下手くそだと分かっただろうかと不安になった。


「頑張ってくれたことも、すげー嬉しいよ。」


井坂君は全部知った上で、『美味しい』とか『嬉しい』と言ってくれてるんだと伝わってきた。

バレてる事は恥ずかしかったけど、でも優しい気遣いが嬉しかったので笑顔で頷くだけに留めた。

そうして二人だけの時間を満喫していると、急に騒がしくなって、私は壇上に目を向けた。


「ちゅうもーく!!」


壇上には赤井君とあゆちゃんが並んでいて、何だろうと皆の視線が集まった。

赤井君はあゆちゃんと手を握るとそれを掲げて告げた。


「俺たち、付き合う事になったから、よろしくな!!」

「よろしく!!」


堂々と公言した赤井君とピースしてるあゆちゃんを見て、しばらくシーンとした後、雄叫びと悲鳴が混じり合った。

私も同じで、望んでいた形になった事が心から嬉しかった。

私は井坂君から手を放すと、あゆちゃんの元へ走って駆け寄った。


「あゆちゃんっ!!良かったねぇ!!」

「うん。ありがとー!まぁ、色々あったけど、こういうことになって良かったよ~。」


あゆちゃんは照れ臭そうに頭を掻きながら言っていて、私は幸せそうな二人を見てこっちまで気持ちを分けてもらうようだった。



そしてその日の昼休みの話題の中心はあゆちゃんで、みんな彼女に質問攻めだった。


「なんて告白したの!?」

「えー…?普通に好きだから付き合って!って言っただけだよ~。」

「へぇ~…。じゃあ、赤井からはなんて返ってきたの?」

「お前には負けた…。俺も好きだって感じ??」


あゆちゃんが声真似しながら言って、私たちは大盛り上がりだった。

あゆちゃんは満足そうに笑うと、私たちを収めるように両手を出してきて、その指をピンと一本立てた。


「実は…それだけじゃなくってさ。」

「それだけじゃない?」


あゆちゃんが意味深に溜めて言い出して、皆はご飯を食べる手を止めて、彼女をじっと見つめた。

あゆちゃんはコホンと咳払いすると、恥ずかしそうに頬を赤く染めた後言った。


「実は…キスもしましたっ!」

「――――っ!?」

「っぎゃーーっ!!」「きゃーっ!!」


私以外の皆は悲鳴を上げていて、私は喉にご飯が詰まりそうなぐらい動揺した。

私はなんとか飲み込むとあゆちゃんを凝視した。


「付き合ったその日にキスとか早くない?」

「えー?片思い歴の長い私からしたら、遅かったぐらいなんだけどなぁ~。」

「うっそ!あゆ、大人~。」

「あははっ!!言ってなさいな。そういう詩織はキスなんてへっちゃらなんでしょ?」

「へっ!?」


あゆちゃんから急に話題をふられて、私は固まった。

みんなの視線が突き刺さって痛い。

私は「へっちゃら」と言えるだけの経験がないだけに、皆から視線を逸らした。


「何?その反応。まさか…まだやってないとか言わないよね?」

「えぇ!?付き合ってもうすぐ二カ月経つんだよ。それはないでしょー。」

「そうだよ。だって、あの井坂だよ?見た目通り、手も早いって。」

「いや、意外と臆病者って線もあるんじゃない?」


私が返事をしないせいで色んな憶測が飛び交っていて、私はこんな恥ずかしい事を言うのは嫌だったのもあって、皆が激論している間にお弁当を口にかけこんだ。


「いやいや、キスの先もやってるって!相手、井坂だよ!?」

「うっそー!!それはないでしょ!」

「いやいや、あり得るって。部屋に入ったら最後だよ。」

「ぎゃーっ!!そんな生生しい!!マイのえっち!!」

「これは本人に聞かないと!」


私はキスの先とやらが何か分からなかったけど、聞かれるのが嫌だったのでお弁当箱を持って、逃げるようにその場を後にした。


「あ、逃げた!!」

「詩織!!逃げるな!!」


後ろからあゆちゃんとタカさんの声が聞こえたけど、私は自分の席にお弁当箱を置くと、教室を飛び出したのだった。










一歩前進しました。

女子トークは楽しいです。

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