49、一騒動
始業式の次の日――――
私は靴箱に着く早々、知らない女子に取り囲まれた。
私は山地さんたちの一件もあっただけに、警戒しながら彼女たちを見回した。
数にして7~8人、皆オシャレに気を使っている綺麗な子たちばかりだった。
私は何を言われるのだろうか…と鞄を胸の前に抱えて身構えた。
「ちょっといいかな?」
リーダーっぽい女の子が有無を言わせぬ態度で言って、私はしぶしぶ彼女たちについて行くしか選択肢がなかった。
そして彼女たちに取り囲まれたまま、山地さんたちとも来たことのある校舎脇までやって来た。
彼女たちは私に敵意剥き出しで、私は言われる事がなんとなく想像できてしまった。
「ねぇ、あなた拓海君と付き合ってるってホント?」
きた!!
私は茶髪でピアスをしているヤンキーのような彼女を見て、正直に答えた。
「は…はい。付き合ってます…。」
「嘘!?」「マジで!!」「昨日のって本当だったんだ!!」と口々に悲鳴のような声が上がる。
私は相変わらずモテるなぁ…と思いながら、どう切り抜けようか考えた。
「何?あんた、どうやって拓海君を落としたわけ??脱いで誘惑でもしたの?」
「っぶ!!そっ!そんな事するわけないじゃないですか!!」
私はとんでもない事を言われて、赤面しながら否定した。
彼女たちはお互いに顔を見合わせると、私を品定めするように見て言った。
「だって…ねぇ?…どう見たって地味で女の魅力なんか底辺なのにさ。拓海君があんたを選ぶ理由が分からないっていうか…。」
「そうだよ!!私なんか、並んでも不釣合いにならないように努力してきたのに!!」
「告白したら終わりの拓海君がなんでこんな子!!」
「趣味が悪いとしか思えない!!」
私は自分でも分かってる事を他人の口から言われて、歯向かう気力も起きなかった。
ここまでまっすぐに貶されると…なんだかなぁ…
私の方こそ井坂君に聞きたいぐらいだ…。
「ねぇ、別れてって言ったら別れてくれる?」
「それは嫌です。」
私は反射で口から飛び出した。
絶対こういう人たちに言われると思っていた。
「ハッキリ言うじゃん?まぁ、いいけど。あんたに手出して、山地たちみたいになりたくないし。」
「…山地さん??」
ヤンキー女子はもう用はなくなったと背を向けたので、私はその肩に手をかけて尋ねた。
「山地さんたちみたいになりたくないってどういう事?」
「は!?あんた当事者なのに何も知らないわけ?」
ヤンキー女子は長い髪を手で梳きながら、面倒くさそうに口を開いた。
「拓海君にあんたに手を出した事がバレて、ひどく拓海君に嫌われたらしいよ。告白した子以上に冷たかったって。詳しい事は話してくれなかったけど、あれは相当きつい事言われたんだと思うよ。だから、私はその二の舞はごめんなの。」
私は一度だけ見た山地さんを睨む井坂君を思い出して、そういう事かと合点がいった。
あのとき、井坂君は私を助けようと動いてくれてたんだ…。
それが分かっただけで、胸が熱くなってきていた。
ヤンキー女子は私の手を振り払うと、イライラしながら言った。
「もういいでしょ。私は付き合ってるのが本当か知りたかっただけ。もし別れることがあったら教えてよ。じゃあね。」
ヤンキー女子は他の女の子と連れ立って去っていった。
私は何もされなかった事にホッとしながら校舎裏から出てくると、今度は目の前に違う女子の集団が立っていて、まさかと思った。
「ちょっといいかな?」
私は敵意むき出しの彼女たちを見て、「はい。」と答えるしかなかったのだった。
***
一限目のチャイムが鳴るのを聞きながら、私は教室へ向かって走っていた。
ヤバい!ヤバいっ!!
私はあの後も、何人かの女子に捕まって同じ内容の押し問答を繰り広げた。
こんなに井坂君の事を好きな女子がいたんだと驚いた反面、まだ続きそうで私は気分がげんなりしてきた。
そして教室の扉を開けて中に入ると、まだ先生は来ていなくてホッとして自分の席へ足を速めた。
「詩織、遅かったね。寝坊?」
「あー…ちょっと色々あって…。」
入り口側の列の真ん中の席になったあゆちゃんに訊かれて、私は誤魔化した。
朝からなんでこんなに疲れなきゃいけないんだろうか…
私ははぁ…とため息をつきながら、自分の席に足を向けた。
そのとき井坂君と目が合って、私は「おはよ。」と言って笑顔を向けた。
彼は私の席に振り返りながら「おはよ。」と返してくれると、話を続けた。
「遅かったな?何かあった?」
「う…ううん!何でもないよ。」
私は何か伝わってしまっただろうかと焦った。
でも、井坂君は「ふ~ん。」と言うと追求はしてこなかったので、そこまで気にしてなさそうで安堵した。
その後は先生が来たので、井坂君も体を前に向き直して、私は話すべきだっただろうかと思ったのだった。
そしてその日の休み時間は毎時間誰かに呼び出しされて、私はだんだん疲れてきていた。
今日一日を乗り切れば、明日からは何とか普通の毎日に戻るはずだ…。
私はそう自分に言い聞かせて、なるべく相手を逆撫でしないように無難に話を終わらせてきていた。
それだけ神経を使って話さなければいけないなんて、井坂君が絡んでなきゃ絶対にやったりしない…。
私は呼び出しされてるせいで、あまり彼と話していない事に気づいて侘しくなってきた。
そうして落ち込みながら教室に足を向けていると、今度は目の前にある男子生徒がこっちを見ていて、今度は男子から…とため息をついた。
「何かご用でしょうか?」
私は文句なら何でも来い!という気持ちで、目の前の大人しそうな男子を見た。
男子にまで人気あったんだなぁ…
なんて井坂君の幅の広さに感心していたら、目の前の男子が意を決したように口を開いた。
「あのっ!井坂と付き合ってるって本当ですか!!」
「あー…はい。付き合ってます。」
私は今日何回目になるか分からない返事を口にして、早めに話が終わればいいなと思った。
大人しそうな彼は少しシュンとすると、キッと顔を上げて私の目の前まで進み出てきた。
そして急に手を握ってくると、その手の力を強めた。
「好きです!!」
……好き?…今、好きって言った…??
急に目の前から告白されて、私は何が起きたのか分からなくて目をパチクリさせた。
目の前の男子は顔を真っ赤にさせていて、本気だという事が伝わってきた。
その瞬間全身がぞわっとして、変に緊張して俯いた。
「あっ…と…その…。」
私はこんなストレートに告白されたのなんか初めての事で、どう答えればいいのか分からなくて頭がパニックになった。
すると教室から顔を出していた赤井君が「井坂ー!谷地さんが告られてるーっ!!」と中に向かって叫んでいるのが聞こえてきた。
それを同じように聞いていた目の前の彼が、私の手を掴んだまま走り出して。
私は引っ張られるように足を速めた。
私はどこに行くのか気になりながらも、心臓がバクバクしていて返事を必死に頭の中で考えることしかできなかった。
そして彼は屋上までやって来ると、やっと手を放してくれて、私は寒さに肩を縮めた。
すると今度は彼に抱き付かれて、私は肩を縮めたまま目を見開いた。
「好きなんです。僕じゃダメですか?」
私は抱き付かれているのが気持ち悪くて、必死に逃げようと手を動かした。
ダメですかと言われても返事は決まり切っていたので、抵抗しながら口に出した。
「ご、ごめんなさい。私…井坂君の事が好きなんです。」
「何でですか!?あいつ、色んな女子に囲まれてて、すごくモテるじゃないですか!!あなたじゃなくたって、選び放題なんですよ!?」
やっと彼は離れてくれると、肩を掴んで詰め寄ってきた。
私は選び放題とかひどいな…と思いながらも、彼を落ち着かせようとトーンを落として話した。
「井坂君が…どれだけモテようと、私を選んでくれたなら…一緒にいたいの…。だから、気持ちは嬉しいんですけど…本当にごめんなさい。」
私の冷静な言葉にやっと落ち着いてくれたのか、肩を掴む力が少し弱くなって、私は肩の力を抜いた。
何かを考えて俯いていた彼は、ゆっくり顔を上げると私を見つめて真剣な表情で言った。
「わかりました…。じゃあ、最後にキスしてください。」
「へっ!?」
私は声が裏返って、目を瞬かせた。
冗談だよね…?
私は言われた事は間違いだと思おうとしていたら、肩を掴む力がまた戻って体がビクついた。
目の前の彼の顔が近づいてくるのが見えた瞬間、私は寒いのに汗が噴き出した。
「ちょっ!!待って!!それだけは!!やめっ!!」
私はなんとか押し返そうと彼の肩を両手で力いっぱい押すが、ピクリとも動かない。
ヤバい!!これはヤバいっ!!
私は朝とは違う焦りを感じていて、なんとか顔を背けて拒否する。
「お願いっ!!やめてっ!!―――あっ!!」
私はどうしても避けたくて後ろに体重をかけ過ぎたようで、足を滑らせるとその場に尻餅をついて倒れ込んだ。
お尻と背中を打って、私は顔をしかめていたらバンッ!!と大きな音がして屋上の扉が開く音がした。
反射で目を開けて入り口を見ると、息を荒げた井坂君が立っていて、私が現状にサーっと血が引いていくようだった。
この状況だけ見たら、私が押し倒されてるように見えなくもない…
私は目の前の彼から手を放すと、この態勢から逃げようと掴まれた肩の手を外そうと掴んだ。
その瞬間、入り口で固まっていた井坂君がこっちに駆け寄ってきた。
「何してるっ!!離れろっ!!」
井坂君は彼を引きはがしてくれると、私を助け起こしてくれた。
私はホッとしながら、井坂君の手を借りて立ち上がった。
引きはがされた男子はしばらく私たちを見ていたけど、逃げるように扉から出ていってしまって、私は結局名前すら聞けなかったな…と入り口を見つめた。
すると井坂君の手に力が入って、私は力強く手を握られたことに心臓がドクンと跳ねた。
「何やってんの?…なぁ?…何やってんだよ…。」
「え……と…。告白…かな?」
少し怒ってるような口調で訊かれて、私は思った通りの事を口にした。
でも井坂君は納得しなかったようで、目を吊り上げて私を見ると声を荒げた。
「告白なわけねーだろ!?告白だけなら、何で押し倒されてるわけ!?」
「えっ…と、それは…私が足を滑らせたっていうか…。尻餅ついた瞬間を見たんだよ!」
私は何もされてないという潔白を示したくて、そう言い訳したのだが、井坂君は疑いの眼差しのまま声のトーンを落とした。
「何で…足を滑らせるような状況になってんの…?つーか…何をされたのか全部言って。」
脅しのように低く響く声に、私はゴク…と唾を飲み込んで、正直に話すことにした。
「えと…手を引っ張られて、ここまできて…その後…抱き付かれて…。告白されて…ごめんなさいって言ったら…キスしてって言われた…だけ…です…。キスは…されてないから……大丈夫だから…。」
井坂君は私の話を聞くと顔をしかめてから、その場にため息をつきながらへたり込んだ。
手は握られたままだったので、私は少し前かがみになる。
どうしよう…やっぱり…私が…悪いよね……
私は自分がノコノコとここまで来てしまったせいだと反省して、どう声をかけようか迷った。
すると顔を上げた井坂君がムスッとした顔で言った。
「ブレザー脱いで。」
「へ?」
「いいから上着脱いで!!」
私は井坂君に叱られた事で肩をすくめると、言われた通りブレザーを脱いで手に持った。
寒空の下で一枚脱ぐなんて、寒さで凍えてしまいそうだ。
私はセーターから風が入って来ると思いながら目を瞑ると、何か肩からかけられて目を開けた。
私の肩には井坂君のブレザーがかかっていて、目の前の井坂君はセーターだけの姿で肩をすくめていた。
「な…何で…これ。」
私が肩にかかっているブレザーを手で持って言うと、井坂君は不機嫌そうな顔で言った。
「そのブレザー貸すから。自分のはすぐクリーニングに出してきて。」
「へ?…クリーニングって…。」
「いいから。出してこいよ。」
井坂君は命令形でそれだけ言うと戻ろうと背を向けたので、私は借りるなんてできないと思って彼の袖を引っ張った。
「これ借りたら井坂君が寒いし、風邪ひくよ!…それに……確かに倒れたときに私のブレザーは汚れたかもしれないけど、そこまでじゃないと思うし…クリーニングなんかしなくても…。」
「なんで…分からねーかな…。俺が嫌なんだよ!!」
「え…?」
私は頭を掻きむしって吐き捨てた井坂君を見つめて、理解するのに時間がかかった。
嫌って…何が…?
井坂君は寒さのせいなのか頬を赤らめると、横目で私を見つめて言った。
「なんで…俺以外の奴に抱き付かれて平気そうな顔してんの?…普通…知らない男に抱き付かれたら気持ち悪いとか…思うもんじゃないの…?」
井坂君が発する言葉が嫉妬心からくるものだとやっと理解できて、私は胸がギュッと鷲掴みにされて苦しくなった。
こんな事思っちゃいけないんだろうけど……どうしても…嬉しいって思ってしまう…
私は目の前の井坂君をギュッと抱きしめたくなってきて、一歩近付いた。
「……つーか…、他の男に抱き付かれた服…そのまま着させときたくねぇし…。いいから、それ着といてよ。頼むから…。」
この言葉に私はもう我慢できなくなって、彼の後ろから抱き付いた。
彼のお腹の辺りに手を回して、背中に顔をくっつける。
セーターから井坂君の匂いがして、私はそのままで腕に力を入れた。
「抱き付かれたとき…気持ち悪かったよ…。でも…今はこうしてると安心する…。井坂君…いい匂いするよね…。」
私は言葉に出しながら心がくすぐったくなって、自然と頬が緩んだ。
すると回していた手に井坂君が触れてきて、私の腕に自分の手を重ねてくれた。
「…谷地さんも良い匂いするよ。つーか…俺もギュッてしたいんだけど…。」
ストレートに言われて、私は腕の力を弱めて少し離れた。
井坂君は私に振り返ってくると、頬を赤く染めた顔で微笑んでいて、私はふっと笑いかけた。
それをきっかけに井坂君が私を抱きしめてくれて、その反動で肩からブレザーが落ちてしまった。
私はそれが気になって声をかけた。
「井坂君…ブレザー落ちちゃった。拾うから放して?」
「いいよ。後で。こうしてるだけで温かいから。」
私は抱きしめられてる事が嬉しかっただけに、井坂君の言葉を受け入れた。
そして私も温めてあげようと、彼の背に手を回したのだった。
モブ男子君…今後出してあげたいけど…特徴がなさ過ぎてないかもです。
井坂嫉妬するターンでした。