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理系女子の恋  作者: 流音
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48、三学期


冬休みに井坂君と会ったのは大晦日と公園に行った二回だけだった。

私は井坂君に手にキスされてから、想像上の井坂君にでさえ意識し過ぎてしまって、挙動不審になってしまっていた。

だから以前のように『会いたい』なんて軽々しく送れなくなって、私はメールのチェックさえできていない。

そうしている内に始業式の日を迎えて、私は制服のスカートを折って丈を短くしながらため息をついた。


とうとう今日になってしまった…!!


私は井坂君と対面して平常心を保てる自信がなかったので、できるなら顔を合わせずに教室に入ろうと早めに家を出た。


学校に着くと、靴箱でスリッパに履き替えてからちらっと廊下の様子を見て、井坂君が歩いていないのを確認するとふっと息を吐いた。

そのとき後ろから肩を叩かれてビクッと縮み上がった。


「おっはよ!詩織!」

「あ…あゆちゃんか…おはよう。」


私はホッと安心して笑顔を浮かべた。

するとあゆちゃんが顔をしかめて、私の隣を歩き出した。


「てっきり冬休みは井坂とデートでもしてルンルンかと思ったら、そうでもなさそうだね?」

「…あはは…。」


私は明るく話しかけてくるあゆちゃんに、渇いた笑いしか返せなくて心苦しかった。

あんな事を彼女に言えるわけもない…

私は思い出しただけでも真っ赤になってしまいそうで、ぶんぶんと頭を振った。


「そういえばマイから聞いた?北野の事。」

「あ、うん。北野君が一組の彼女と別れたって話だよね?」

「そうそう。一カ月も経ってないのに早いよねぇ~。詩織の予言当たってたじゃん?」

「よ…予言とかそんな大層なものじゃ…。好きでもないのに付き合って上手くいくはずないって思っただけで…。」


私は自分が言った事とはいえ、褒められると恥ずかしい。

あゆちゃんはニヤ~っと意味深な笑顔を浮かべると、私の背をポンと叩いた。


「彼氏持ちは言うことが違うねぇ~。」

「なっ!?そんなんじゃないから!!」


私はあゆちゃんの意地悪なからかいが始まりそうで、逃げるように教室へ足を速めた。

ただでさえ意識してるのに、これ以上緊張するのはごめんだ。

私は追いかけてくるあゆちゃんから逃げて、教室に足を踏み入れると真横の席に井坂君がいて固まった。


「あ、おはよ。」


井坂君は待ちわびてくれていたのか、すごく良い笑顔を向けてきて、私はあの日の事を思い出して赤面した。


「おっ…おはよっ!」


私は声が裏返りそうになって、挨拶だけすると慌てて自分の席に向かった。

何度かこけそうになりながら、自分の席に鞄を下ろすと席に座って頭を抱え込んだ。


意識し過ぎ!!考えるな…考えるな…


私は自己暗示をかけようと念仏のように唱えた。

すると後からやって来たあゆちゃんが前の席に座って声をかけてきた。


「ねぇねぇ、なんか井坂と詩織変じゃない?井坂の奴、気持ち悪いぐらいニヤけてるし、詩織はそんなだし。何かあったんじゃないの?」


『何か』と言われて、私はまた思い出して顔の熱が上がる。

もうこれ以上私を苦しめないでほしい…

私は大きく息を吐くと「何もない。」とボソッと呟いた。


「そんな事ないでしょ?もしかしてチューでもした?」


あゆちゃんの発言に私は心臓が飛び上がって、動揺したせいで椅子から転げ落ちかけた。

ガタガタッと大きな音が鳴っただけに、周囲の目が私に注がれて私は更に恥ずかしくなって焦って椅子に座り直した。

あゆちゃんはそんな私をぽかんとした顔で見つめたあと、「まさか…マジ?」と訊いてきた。

私は仕方なく話すことにして、あゆちゃんの耳元に顔を寄せた。


「……手に…一回だけ…。」


あゆちゃんは目をまん丸にすると、私の手をちらっと見てからみるみる口角を持ち上げた。

そして吹きだしそうになるのを手で押さえて、喉を鳴らしながら笑い出した。


「何で…笑うの?」


私は勇気を出して告白しただけに、笑われる意味が分からなかった。

あゆちゃんは余程ツボにはまったのか、目尻に涙まで浮かべて笑うと笑いを押さえながら言った。


「だっ…だっ…て…あの井坂が…。そんな外人みたいな事…っぶ!ダメだ…想像しただけで笑える…っ!!」

「笑えるって…私はあれから意識し過ぎて、困ってるぐらいなのに!」


私は馬鹿にされてるような気持ちになって腹が立った。

あゆちゃんは一頻り笑うと、やっと落ち着いてきたのか目尻の涙を拭った。


「詩織も可愛いよねぇ~。口にされたわけでもないのにさぁ?手にされただけで意識しちゃうとか。お姉さん、キュンときたよ。」

「……どう見ても楽しんでるよね?」

「うん。だって他人事だし?」


さらっと言い切ったあゆちゃんを見て、私はイラッとして話さなければ良かったと思った。


もう赤井君のことで協力なんかしない!


私はせめてもの反抗でそう心に決めたのだった。





***





その日、井坂君と話す最初の機会が巡ってきたのは始業式の後の休み時間だった。

井坂君はニコニコしながら私の席にやって来ると、机に手をついてしゃがみこんできた。

私はなるべく平常心でいようと思い出さないように必死に無心を貫いた。


「いや~、いいよな。学校があるってさ。」

「…?…何で?」

「だって毎日会えるじゃん?」


井坂君がヘラッと笑って言った言葉に、私は胸が鷲掴みにされて真っ赤な顔で口をパクつかせた。

すると井坂君の後ろに赤井君がやってきて、井坂君を見下ろして不機嫌そうに顔をしかめた。


「クラス内でイチャつくの禁止!!風紀が乱れる!!」

「風紀って…んなもん最初からねーだろーが。」

「あるんだよ!!進学クラスなんだから、その名に恥じない節度ある距離を保て!!」

「そうだそうだ!!」


赤井君の後ろから島田君が合いの手をうってきて、井坂君はムッとすると立ち上がって赤井君たちを睨んだ。


「お前ら、ただ邪魔してーだけなんだろ?ハッキリ言えよ。」

「それもあるが、ぶっちゃけた話…クラスの中でイチャつかれると目のやり場に困るというのが一番の理由だ。」


赤井君の理由を聞いて、私ももっともだと思った。

仮にも学業の場で必要以上に一緒にいるのはおかしい。

私は赤井君に賛同した。


「そうだよね。学校なんだから、周りの目は気にしないと…。」

「は!?谷地さんまで何言ってんの!?」

「お、やっぱ谷地さんは話が分かるねぇ~。今、うちのクラスにはカップルはお前らしかいない。というわけで、以前と同じ距離で過ごすように!これはクラス委員からの命令な!!」


赤井君は井坂君を指さすとそう言い切って、ふんぞり返った。

井坂君は「ふざけんなっ!!」と言って怒っていたが、私はそこまで怒るような事だろうかと思って井坂君に声をかけた。


「別に平気だよね?だって、今まで通りでいればいいだけでしょ?」


私は『話すな』とか言われたわけではなかったので、怒る理由もないと感じた。

でも井坂君は私を見て信じられないという顔をすると、諦めたように大きくため息をついた。


「言われた意味分かってる?」

「……意味って?」


私は意味なんてあるのだろうかと不思議だった。

井坂君はまたしゃがみ込んでくると、机の上にあった私の手をとって言った。


「こういう事するなってことだけど、それでもいいの?」

「―――――っ!!」


私は握られた手と井坂君の顔を交互に見て、あの日の事を思い出して体温が上がった。

逃げ出したくなりながら赤くなる顔を隠そうと俯くけど、しゃがんでいる井坂君には丸見えだった。

井坂君はそんな私を見て喉を鳴らして嬉しそうに笑っている。


「こういう反応、可愛いよな。」


井坂君から出た言葉に、私はもう我慢ができなくなって、立ち上がると手を引き抜いてタカさんの所に逃げた。

私はタカさんの後ろに隠れるようにしゃがみ込むと、何度も呼吸を繰り返した。


「しおりん。どうしたの?」

「ちょ…ちょっとだけ匿って…。」


不思議そうなタカさんにそう返すと、私はタカさんの影から私の席にいる井坂君の様子を覗き見た。

彼はこっちを見てニヤついていて、その俺様な姿にいつか思った事は正しかったと感じたのだった。


井坂君って…何か自信みたいなものがあるときだけ、強引な気がする…


私は普段の優しい彼の方が気持ちも穏やかで好きなのだけど、俺様バージョンの井坂君の強引さにも心が奪われるので複雑だった。

男の子って二面性があるんだろうか…?

私は俺様バージョンの井坂君との付き合い方がまだよく掴めてなくて、何か対策を立てないとと思ったのだった。





***





そしてその日はあゆちゃんたちの協力もあって、井坂君とは程よい距離を保ちながら会話することに成功した。

心乱されずに過ごせた事がこんなに平穏で素晴らしいものなんだと初めて知った。

そうして帰る時間になると、また席替えを実施するようで赤井君がクジの箱を取り出した。

私は窓際の席ともお別れか~なんて思ってたのだけど、クジの結果窓際の一番後ろの席になったのだった。

私は窓際と縁でもあるのだろうかと思いながら、自分の席を少し後ろに移動させるだけで席替えを終了した。


そしてみんなが移動してくるのを眺めながら、井坂君はどこかとボーっと見つめていると、彼がこっちに向かってくるのが見えて驚いた。

井坂君は私の前に机を下ろすと、良い笑顔で振り返った。


「やりーっ!谷地さんの前!!」

「うそ…。」


私はこんな事があるのだろうかと目を疑っていたら、赤井君がこっちにすっ飛んできた。


「井坂!!誰かと交換しただろ!!それは不正だ!!」

「んなことしてねーよ。ホントに引いたんだよ。」

「嘘つけ!!井坂と交換した奴!正直に名乗り出ろ!!」


赤井君は意地でも犯人を突き止める気なのか、声を張り上げている。

でも誰も名乗り出なくて、赤井君の肩が怒りで震えだした。


「ほら。不正なんかしてねーって。」

「んなわけねーだろーがっ!!お前には前科があるんだからな!!」

「ぜ…前科?」


私は『前科』という言葉が気になって、二人に尋ねた。

井坂君は明らかにさっきより動揺し出して、赤井君がニヤッと笑ったのが見えた。


「谷地さん、聞いてくれるか?こいつの悪事をさぁ~。」

「バッ!!やめろっ!!言ったら殺す!!」


井坂君は焦りながら赤井君の背を押すと、赤井君と一緒に教室を出ていってしまった。

私は一人残されてしまい、不完全燃焼な疑問に首を傾げた。

すると隣の席がゆずちゃんだったようで、「よろしくね。」と声をかけられた。

私はゆずちゃんと席が近くなるのは初めてだったので、たくさん話すチャンスがありそうだと嬉しくなった。

そのゆずちゃんは席に着くとちらと前の方を見ていて、視線の先に目を向けると、ゆずちゃんの右隣の列の二つ前に西門君が座ってるのが見えた。


ゆずちゃんの好きな人を見つめる微笑ましい姿に、私は胸が温かくなった。

上手くいってほしいなぁ~…

私はゆずちゃんの横顔を見つめて、自分に何かできないだろうかと考えたのだった。



そして席替えも終わり、その日は解散となって私は長い一日だったとコートを着て鞄を持った。

すると結局前の席に落ち着いた井坂君が、鞄を持って振り返ってきた。


「どっか寄って帰ろうぜ?」

「……どっかって…。」


私は急に誘われた事に驚いて固まった。

井坂君は私の反応を見て恥ずかしそうにネックウォーマーで顔を隠すと、私から視線を逸らした。


「まだ…一緒にいたいのは…俺だけ?」


彼がボソッと言った言葉に私は全身に鳥肌が立った。

井坂君と同じ顔になりそうで、必死に平常心を心掛けて声を出した。


「そっ…そんなことないっ。一緒にいたいよ…。どっか寄って帰ろう…。」

「そっか…良かった。じゃ、行こうぜ。」


井坂君は嬉しそうにふっと微笑むと先に歩き出して、私はギュッと苦しくなる胸を押さえてからその後を追いかけた。


そうして並んで靴箱までやって来ると、靴を履いた井坂君が辺りを見回し始めた。

私は何をしてるんだろうと思いながら、靴を履き終えると彼の横に立った。

すると私を見た井坂君がさりげなく手を握って歩き出した。

たったそれだけなのに、私はドキドキしてたまらなくなって、周りの視線を気にする余裕もなくなっていた。




だから次の日、あの騒ぎが起きてしまったんだ。








席替えネタは前の話の番外編を読んでいただければ分かるかと思います。

今回井坂は不正をしたのかは、闇の中…です。

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