4、班分けと買い出し
井坂君と仲直りした日から私は少し緊張しつつも、以前よりはクラスメイトと話すように努力する毎日を送っていた。
というのもあの日から、隣の井坂君がことあるごとに話しかけてくるからだ。
ただ内容は「今日の小テストの範囲ってどこ?」とか「この問題の解き方教えて。」とか進学クラスっぽい勉強の内容ばかりだったけど。
でも友達の多い彼と話をすると、彼の友達も私に話しかけてくれるようになった。
井坂君の親友である赤井君は井坂君と同じかそれ以上に人気者の男の子で、同じ学年にファンがいるのかよく声をかけられているのを見かける。
話しやすく、見た目もカッコいいというのが人気の要因だと思う。
その赤井君は私と井坂君が話をしていると、よく自然に輪に入ってきている。
あのスッと入り込める存在感というのは赤井君の持って生まれたものだと思う。
後は井坂君を挟んで隣にいる島田君。
彼はクラスのムードメーカーといった感じで、よく赤井君に突っ込んだりしている。井坂君とも心を許しあってる友達のようで、笑い合いながらよく分からない話をしている。
そして一番大きかったのが、今までグループには入れないと思っていた、クラスで目立っている女子グループの小波あゆみさんとも話ができるようになった事だ。
小波さんはオシャレにも気を使っている、小柄で可愛い女の子だ。
彼女はどうやら赤井君の事が好きなようで、彼と仲の良い井坂君に色々相談しているらしかった。
そんな誰とでも仲良くなれる井坂君に、私は最近憧れてきていた。
人見知りを直す近道は彼を真似ると良いような気がしてくる。
そのため事あるごとに彼を観察しては、脳に彼の姿を刻み込んでいった。
要は傾向と対策だ。
こう言われれば、こう返すみたいな。
私は方程式のように、会話も上手く解けるようになればいいと気合を注入した。
そんなときLHRで校外学習の班決めをしようと、クラス委員になった赤井君が壇上で声を上げた。
「女子は8人しかいないから、二人ずつ4班に分かれて男子班に混ざってくださーい。男子は5人班が4つ、3人班が4つに分かれて、3人班は女子と一緒に5人で班を作ってくださーい。」
指示されて私はタカさんと一緒になろうと席を立った。
でもタカさんがこっちに向かってきてくれていて、私はそれを見て腰を下ろした。
「しおりん。一緒に班になろう?」
「うん!!もちろん!でも、男子と同じ班にならないとなんだよね?どこに入れてもらおうか?」
私は男子が教室の端に集まって班分けでもめているのを見た。
誰が5人で3人になるかで意見が割れているようだった。
すると小波さんが腕を組んで私たちのところへやって来た。
「男子もめてるねぇ?女子はすぐ終わったってのに、早く決めて欲しいよ。」
「そうだね。」
私は面倒くさそうな顔をしている小波さんを見て苦笑した。
小波さんは仲の良い新木さんと組んだのか、顔を見合わせてため息をついている。
小波さんと新木舞さんは女子バスケ部に在籍する活発な女子だ。
私とは正反対で自信もあって堂々としていて服装もオシャレ。
同じ女子としてちょっと羨ましい。
「谷地さんはどの男子と一緒になりたい?」
「うぇっ!?何でそんな事聞くの!?」
「いや、だって私は赤井君と一緒の班になりたいから、かぶってたらやだなーと思って。」
「それなら心配いらないよ。赤井君と一緒になりたいなんて思ってないし。」
私は小波さんの問いにすごく驚いたけど、赤井君の事かと思ってホッとした。
ここで何でホッとしたのか首を傾げる。
…あれ…?今、誰のこと想像した?
私は自分の心臓が変に動いてるのに気付いて、少し顔を俯かせた。
するとやっと班分けが決まったのか、3人班の男子がこっちに向かってきた。
そこには井坂君の姿があって、なんとなく彼から目が逸らせなかった。
「俺ら3人班だけど、女子誰か一緒に班なってくれねぇ?」
「はいはーい!!私とマイが一緒になるよ!」
赤井君が声をかけると小波さんが大きく手を挙げてアピールした。
赤井君は「じゃあ、小波と新木、よろしくな!」と言って班ごとに相談しようと移動していった。
その背に続くように井坂君と島田君も一緒に行ってしまった。
その姿で赤井君と同じ班のメンバーが井坂君と島田君だと分かった。
少し残念な気持ちになって、彼の背を見つめていると井坂君が振り返ってドキッとした。
何か言葉を交わすわけでもないけど、数秒見つめあってから井坂君が少しだけ口角を持ち上げた。
そんな微妙な変化に私はまた胸がざわついた。
…前から…なんなの…コレ?
私が井坂君から視線を逸らすと、後ろから肩を叩かれて振り返った。
「谷地さん。一緒の班になろー?」
「あ、西門君。…いいよ。」
私は西門君と彼の友達である本田准一君と渡利郁也君を見て笑顔をを作った。
確か本田君も渡利君も剣道部で西門君とは高校からの友人のはず。
話すのは初めてだっただけに、作った笑顔が強張りそうになりながら口を開く。
「谷地…詩織です。よろしくお願いします!」
「八牧貴音です。よろしく。」
私が深々と頭を下げて挨拶して、タカさんはペコッと会釈した。
第一印象が大事だと思ってきちんと挨拶したつもりなんだけど、前から吹きだす声が聞こえて顔を上げた。
「っぶ!あはははっ!光汰!お前の言う通り、なんか面白いな!谷地さんって!」
「へ?」
本田君が西門君の背をバンバンと叩きながら大笑いしている。
西門君はそれが痛かったのか顔をしかめて、本田君を睨んでいる。
渡利君は本田君ほどあからさまに笑わないものの、微妙な含み笑いを浮かべていて、私はそんな風に笑いを我慢される方が傷ついた。
「すっげー真面目って感じ。こちらこそ。そんな肩肘張らなくていいからさ、気楽に話してくれよ。」
「あ…はぁ…。」
私は本田君の話しやすそうな雰囲気に毒気を抜かれるようだった。
人見知りで緊張していたのがバカみたいだ。
「もう自己紹介とかいいからさ。校外学習の食材の買い出し、相談しよう?」
西門君が席に座ると周りの椅子を集めて言った。
私は同じように椅子を集めて座ると、そこへタカさんや渡利君、本田君が座った。
校外学習は自然公園でバーベキューがきまりのようになっているらしい。
きっとクラスメイトと仲良くなるための学校側の配慮なんだろう。
「食材の買い出しだったら、私とタカさんで行ってくるよ。皆、放課後は部活あるんでしょ?」
私は西門君たちが部活に入っているのを知っていただけに、暇な自分がやろうと思った。
すると西門君たちは驚いた顔で私を見つめてきて、私は何でこんな反応をされるのだろうかと彼らを見つめ返した。
「え…いいの?僕ら部活終わったあとでも、全然行くよ?」
「いいよ。疲れるでしょ?学校のすぐ近くのスーパーで買って、学校の冷蔵庫に入れさせてもらっとくから、気にしないでいいよ。すぐ済むだろうし。」
「うっわ!それ、すっごい助かる!!代わりに当日は俺らめっちゃ働くからこき使ってくれよな!!」
「はは…じゃあ、当日楽しみにしとくよ。」
私は本田君がテンション高く喜んだのを見て、自分の変化に笑みがこぼれた。
前までだったら自分が行くとか、誰かを気遣ったりとかする余裕はなかった。
井坂君を観察してきた事で、人に対して向き合っていけてると感じて嬉しかった。
そして食べたいものをメモ帳にメモすると、タカさんと買い出しに行く日を相談してその日は解散となった。
***
校外学習前日――――
私は放課後に学校のすぐそばのスーパーに買い出しに来ていた。
タカさんとカゴを持ちながら、買い出しリストに目を走らせる。
「とりあえず肉。たくさんって…もっとちゃんと相談しておけば良かった。」
私は肉に二重丸されているのを見ながら、ため息をついた。
タカさんは横で楽しそうに笑うと私を横目で見て言った。
「なんかしおりん変わったよね。最初話しかけられたときは壁があるなーって思ったけど、今はそれがなくなって色んな人に突っ込んでいってる感じ。」
「え…そうかな?タカさんに壁作ってたつもりはないんだけど…。」
「そうかもしれないけど、私はそう思ってたよ。だから慣れない予習とかしてたりしたしね。今はしおりんが近くに感じるよ。」
私は彼女が予習していた姿を思い出して、そういう事情だったのかと思った。
知らず知らずのうちに私は彼女にも壁を作っていたらしい…
「ご…ごめんね。そんな風に思われてるなんて知らなかった。」
「ううん。今は近いからいいの。それより変わったきっかけは何だったの?」
きっかけと言われて、私は美化委員会のときの事を思い出した。
あの言葉は今も胸に固くしこりのように残っている。
「…うん。色々あって…このままじゃダメだと思ってさ。」
私はなんとなく井坂君の事をタカさんに言えなかった。
タカさんはそんな私を見ると、ふっと息を吐いた。
「それって井坂君が関係ある?」
「!?」
私は言い当てられて動揺してタカさんを見た。
タカさんはさっきまでの笑顔がなくなっていて、真剣な顔で私を見ていた。
「しおりん、井坂君が好きなら井坂君だけはやめた方がいいよ。」
「なっ…何言って!?」
『好き』って何!?
私、井坂君のことそんな目で見たことない!!
私はタカさんを見て必死に否定した。
「そんなわけないよ!!井坂君はただのクラスメイトだよ?委員会が同じだっていうだけだよ。」
「…それならいいけど。最近井坂君と仲が良いみたいだから、気になっててさ。」
本当に私のことを心配してくれてるタカさんの表情に、私は黙って口を噤むことしかできなかった。
『好き』とかじゃない。
井坂君はただの憧れで…彼みたいに人と関わりたいって思っただけだから…
そんなのあり得ない。
私はドクンドクンと嫌な音を立てている心臓が不快で、考えないように買い出しリストを見つめて笑顔を作った。
「タカさん!買い物済ませちゃおう!!肉選びはタカさんに任せるから!!」
「えぇ~?あの人たちの食べたい肉なんか分からないよ?」
「あははっ!何でもいいと思うよ。タカさんのセンスに委ねます。」
タカさんが「要は丸投げでしょ?」と不服そうに言う声を聞きながら、私はいつも通り笑えていることにホッとした。
***
そして買い出しを終えてスーパーから出てきた私たちは、出口でこれから買い出しなのか赤井君たちと遭遇した。
横には井坂君と島田君もいて驚いて、私は顔を逸らした。
「あれ~?八牧さんたちも来てたんだ?」
「うん。赤井君たちはこれから?」
赤井君に話しかけられたタカさんが、黙って俯いている私を気にしながらも答えた。
私はさっきのタカさんの言葉が胸につかかっていて、井坂君の顔が見れない。
『好き』とかじゃない…
そんなんじゃない…無心、無心にならなくちゃ…
「そうそう。小波たちに押し付けられてさぁ~。」
「あははっ。小波さんたちなら言いそう。」
「だろ?まぁ、重いだろうし男子の出番かなってとこだけど!!」
赤井君が豪快に笑いだして、私は心臓を落ち着けると少しだけ顔を上げてちらっと井坂君を見た。
すると彼もこっちを見ていて、視線がぶつかる。
たったそれだけで『好き』という単語が頭の中を駆け巡って、平常心じゃいられなくなる。
違う…そんなんじゃない!!
私は必死に否定しようとするけど、心と体が中学のときに感じた感覚に近付いていく。
痛い初恋を思い出しかけて、私は思わずタカさんに声もかけずに学校に向かって走った。
違う!!これは恋じゃない!
私は否定すればするほど頭に浮かぶのは井坂君の顔で、頭がぐちゃぐちゃだった。
走っているとスーパーの袋が中の重みで手に食い込んできて、だんだん痛んできて私は足を止めた。
荒い息を吐き出しながら、袋を持っている手を開いた。
手の平が赤くなっていて、私は袋をもう一方の手に持ち替えて、痛みを紛らわすように何度か開いたり閉じたりする。
なんか…バカみたい…
「谷地さん!!」
後ろから声をかけられて慌ててそっちを見ると、井坂君が買い出しの袋を手にこっちに走ってきた。
私はその姿に息を飲み込んで固まった。
なんで!?
彼が追いかけてくる意味が分からなくて、私は目が回りそうなぐらい動揺した。
井坂君は私の前まで走って来ると、足を止めて私を見てからふっと微笑んだ。
そして袋を持っていない方の手を差し出してきて、少し首を傾げた。
「その袋、持つよ。こっちも八牧さんから預かってきたし。こういうのは男の仕事だから。」
『男』という単語がやけに生生しく聞こえて、私は胸がギュッと苦しくなった。
私みたいな地味な女子にまで優しい姿に、中学のときのあの人の姿がかぶる。
勘違いは…もうしたくない。
私は袋を両手で握りしめると、作り笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ。それより、井坂君…買い出しあったんじゃないの?私がタカさんの分も持つよ。」
「あー、買い出しは赤井と島田がいれば十分だから気にしないでいいよ。大体、女子に買い出しさせるとかそっちの班の男子、気がきかねーのな?」
「あ…それは、部活のある男の子たちだったから、私が引き受けただけなんだ。西門君たちは悪くないよ。」
私は背の高い彼を見上げながら、西門君たちをフォローした。
自分がしたことで彼らの株が下がるのは良くない。
すると井坂君が私の袋を奪い取ると、さっさと学校に向かって歩いていってしまう。
私はそれを追いかけて声をかけた。
「本当にいいよ!!2つも重いよね!?学校まですぐだから、私持つよ!!」
「もう、変に真面目で頑固だな。こういうときは『ありがとう』でいいんだって。」
井坂君にムスッとしながら言われて、私はそういえば言ってない事に気づいた。
井坂君は気遣ってくれただけだ。
それなのにいいよとか大丈夫とか言うのは失礼だ。
私はまた彼から学ばされて、素直にお礼を告げる。
「ありがとう。助かったよ。」
「へへっ。それでいいんだって。」
井坂君が照れているのか少し頬を染めていて、私はその顔にグッと心が持っていかれそうになった。
慌てて道の先に顔を向けて、井坂君を見ないようにする。
違う…この気持ちはそんなんじゃない…
しばらく無言で学校に向かって並んで歩く。
何だか気まずくなってきて、話題を探し始めたとき井坂君が息を吐く音が聞こえた。
「俺さ…」
「……うん?」
私は何を話すんだろうかと彼に視線を向けた。
井坂君は袋を持ち直すと、悩んだ後に意を決したように私に目を向けた。
「…谷地さんと同じ班になりたかったよ。」
「……へ……?」
少し照れた顔でそう告げられて、私はさっきの班決めのときに感じた気持ちを思い返した。
心臓がバクバクと意味ありげな音を奏で始める。
そしてそこで私も一緒の班になりたかったと思った事を押し隠していたと気づいた。
「わ……私も…なれたら良かったって…思った。」
気づいた瞬間に声に出ていて、私は恥ずかしい事を言ったと思って顔を背けた。
こんな事を誰かに言うなんて自分が自分じゃないみたいだ。
「そっか…そうだったんだ。」
井坂君が声を弾ませたのが聞こえてきて、ちらっと横目で様子を窺うと彼は嬉しそうに微笑んでいた。
私はそれを見て自分も顔がニヤけてきて、必死に堪えようと頬に力を入れた。
顔…熱いな…
同じことを思っていたという事が嬉しくて、私はもう自分の気持ちを誤魔化せないかもしれないと、このときに感じたのだった。
微妙な距離間を書くのって難しいです…