47、王子様
年が明けた後は、大輝に見つかってしまって私はまた二人きりの時間を失ってしまった。
私はもっと一緒にいたかっただけに、手を繋いでいた感触が名残惜しくて仕方なかった。
でも、お母さんにバラすと脅されてしまい、しぶしぶ諦めたのだった。
その後はあゆちゃんたちと合流して、一緒にお参りを済ますと、私は大輝と並んで家に帰ることになった。
鳥居の前で井坂君たちと別れるときは、私は演劇のヒロインになった気分だった。
ロミオとジュリエットのように引き裂かれる二人…。
私は想像してみて自分がジュリエットはないなと思った。
それにしても大輝がここまで執拗に私の傍にいるのも珍しい。
両親との約束だとはいえ、向こうについたら適当に遊びに行くと思ってた。
私は少しだけ弟を見直して、今度何かお礼をしてあげようかと考えたのだった。
***
冬休みも残り少なくなったある日―――――
私はパソコンを立ち上げて、メール作成画面と睨めっこしていた。
というのも、どうしても井坂君に会いたくなって何とか約束を取り付けたかったからだ。
でも、自分から誘うのは初めての事でどう切り出したらいいのかと睨めっこの状態で固まっている始末だ。
何か…用件なかったかな…
宿題…は、やっちゃったし…
私は特に思い当たる誘い文句もない事にイラッとしてきて、もう正直に送ろうと一言だけ打ち込んだ。
『会いたい』
大晦日の日に井坂君は電話で言っていた。
会いたいって一言いってくれれば、会いに行ったと…
なら、その通りに送る!!
私は恥ずかしい気持ちを抑え込んで送信ボタンを押した。
『送信完了しました』の文字を見て、私は細く息を吐き出した。
そして、すぐに返事は来ないだろうと思って、あったかいお茶でも飲みに行こうと席を立つと、パソコンからピロリンと音が鳴った。
え…?
私は早すぎるので井坂君じゃないだろうと思って受信ボックスを確認したら、届いていたのは井坂君からで驚いた。
わずか何秒かの間に返事とか可能なのだろうか??
私は慌てて中身を確認すると、表示された内容に固まった。
そこには一言『会いたい』と記されていて、同時にメールを送信していた事が分かった。
私は同じ時間に同じことを思ってメールを送るなんて奇跡みたいだと思って、胸がぎゅーっと苦しくなった。
早速返事を打ち始めたのだけど、またピロリンと鳴って先に井坂君から返事が来てしまった。
『もしかして同時にメール送ってた?内容まで同じでビックリしたんだけど(笑)
つーか、嬉しかった。今から時計公園に行くから、出てきてよ。』
私は内容を見てふっと微笑むと、素早く返事を打ちこんだ。
『私も驚いたよ。同じことを思ってたなんて奇跡みたいで嬉しかった。
今から公園に向かうね。』
私は送信すると、パソコンを閉じてからコートとマフラーを身に着けて部屋を出た。
そしてリビングにいたお母さんと大輝に「ちょっと出てくる。」と伝えると、ブーツに足を通して家から公園へと向かったのだった。
公園に着くと、夏休みとは反対で私の方が先に着いたようで、時計の見えるベンチに腰かけて井坂君を待つことにした。
そして白い息を吐きながら冬の曇り空を見上げて、雪が降りそうだなぁ…と思った。
手袋をしてくるのを忘れてしまって、手が冷たくなってきて私は自分の息で手を温めた。
「あれ、しおじゃん。」
私の名前を呼ぶ声が聞こえてそっちを見ると、西門君が犬を連れてこっちに向かってきた。
「西門君。あけましておめでとう。」
「あ、そうだな。おめでと。―――っていうかここで何してんの?」
西門君は私の隣に座ってくると、連れてた犬の頭を撫でた。
私は知ってるかどうか分からなかったので、とりあえず説明することにした。
「えっと、その井坂君と…付き合う事になって…。それで、今は待ち合わせ中っていうか…。」
「あ、そっか。クリスマス会んときに上手くいったんだってな!良かったじゃん!!」
「うん。…ありがとう。」
西門君は自分の事のように喜んでくれて、私は恥ずかしかったけど嬉しくなった。
「西門君は犬の散歩?」
「あぁ、うん。普段は姉さんがやってるんだけど、部活休みなら行って来いって言われてさ。自分だってなっげー休みの最中のクセに人使い荒いのなんのって…。」
「あははっ。景ちゃんなら言いそう。」
私は西門君のお姉さんである景子さんを思い出して笑った。
景子さんこと景ちゃんは私たちの3つ上で大学一年生。
西門君と一緒によく遊んだりしていたので、私にとってもお姉さんのような存在だ。
すごく綺麗で気の強い景ちゃんは、こうしてよく西門君をパシリに使う。
私は犬を飼っていたというのは初耳だったので、西門君を見て尋ねた。
「ねぇ、このワンちゃんの名前は何て言うの?」
「うん?こいつはモモだよ。女の子だからな。」
「へぇ…モモちゃん。よろしくね~。」
私は黒くてクリクリの目をした柴犬のモモを見て、わしゃわしゃと撫でくり回した。
モモは人懐っこいのか目を細めてされるがままに気持ちよさそうにしている。
「モモは姉さんと違って文句も言わねーし、賢いよなぁ~。」
「っぶ!!そんな事言ったら、景ちゃんに首絞められるよ!!」
私はモモちゃんを撫でながら嫌味を言う西門君を見て吹きだした。
西門君はじとっと私を見ると、ふーっと息を吐いた。
「姉さんの家での姿を見たら愚痴りたくもなるっつーの。あいつに彼氏ができねーのもあの性格のせいだと思うな。」
「景ちゃんってすっごく綺麗なのに何でだろうね?絶対告白されたこととかあるよね?」
「あー…あんま興味もないし聞いたことはないけど、誰かに片思いしてるっぽい仕草はあるんだよなぁ~。高校のときからずっと。でも、付き合ってる感じではないしなぁ~…。」
「それって…報われないような相手を想ってるとか…?」
私はドラマのようだと思って、気持ちが高ぶった。
昔は人の恋愛に興味なんかなかったけど、今は自分も恋してるだけに興味津々だった。
けれど西門君は吹き出すと大声で笑って「それはねーだろ!!」と言い切った。
どうやらそんな片思いではないようだ…。
私はいつか景ちゃん本人に聞いてみたいな…と思って、ベンチに手を置くと西門君の手に当たってしまった。
「あ、ごめん。」
「つめてっ!しお!!手、冷た過ぎねぇ!?」
西門君は私の手を握ってくると、驚いたように両手で温め始めた。
西門君の手はカイロのように温かくて冷たかった指先に感覚が戻っていく。
「私、冷え性なのかな?冬は家でも冷たい事、多いんだよね…。」
「マジで!?それなら何で手袋とかしてこねーんだよ。」
「慌てて出てきたから、忘れたんだってば。」
「慌てて?って何で?」
西門君に追及されて、私は口を噤んだ。
早く井坂君に会いたくて走ってきたんなんて言えるわけない。
私は赤くなる顔を隠そうとマフラーに顔を埋めるように俯いた。
「ま、答えられないならいいけど。―――っていうか、井坂君ホントに来んの?遅すぎねぇ?」
西門君が辺りを見回し始めて、私も顔を上げると公園の入り口に目を向けた。
でも姿はなくて、早く来すぎたのだろうかと思った。
「来るよ。私、ここで待ってるから、西門君はもう行っていいよ。」
「そう?じゃ、散歩も途中だし行くな。」
「うん。また三学期に。」
私から手を放した西門君はモモちゃんを引っ張ると笑顔を向けて歩いていってしまった。
私はその背中を見送ると、少し温まった右手を冷たい左手に擦り合わせた。
そして膝の上でそうしていると、私に影がかかって咄嗟に顔を上げた。
そこには白い息を吐いている井坂君が立っていて、私は来てくれた事にホッとして笑みがこぼれた。
「井坂君。遅かったね。」
私が笑顔で声をかけるが、井坂君はじっと私を見下ろしているだけで何も言おうとしない。
私は彼の様子が変だと感じて立ち上がると、井坂君を覗き込んだ。
「井坂君…?どうしたの?」
井坂君は何度か息を吐き出した後、少し目を伏せてから口を開いた。
「……俺って…谷地さんにとって何?」
「……何って……。」
突然の質問に私はどう答えようか迷った。
彼氏?それとも好きな人?大事な人っていうのもアリだけど…
どれも自分の気持ちの大きさにはイコールになる言葉じゃない気がした。
だから、とりあえず全部言ってみることにした。
「彼氏で…好きな人で…ずっと一緒にいたくて…、大切で…ベルリシュ仲間で…あと何があったっけ?」
私は指折り数えながら考えた。
すると急に井坂君に抱きしめられて、私は目を見開いて固まった。
井坂君の体温の温かさが伝わってきて、私の冷たかった指先にも血が巡って熱を持ってくる。
「好きだ…。」
耳元で吐息と共に吐き出された告白に、私は全身に鳥肌が立った。
心臓が速い鼓動を奏でていて、顔が火照ってくる。
私はとりあえず井坂君を抱きしめ返すと、同じ言葉を発した。
「だ…大好きだよ…。」
私の気持ちの方が井坂君より上な自信があったので、割増して『大』をつけて張り合った。
すると井坂君の体が震えだして、小さな笑い声が聞こえ出した。
それを聞いて私は井坂君から離れると、井坂君は顔をクシャっとさせて笑いを堪えていた。
「だ…大好きって…。」
「なっ!?何で笑うの!?私の精一杯の告白だったのに!!」
私はまさか笑われるとは思ってなかったので、恥ずかしくてムカッとしてきた。
腹が立ってベンチに腰を下ろすと、井坂君から顔を背ける。
すると井坂君は笑いを抑え込むと私の目の前にしゃがみ込んできた。
「わ…悪い。まさか、大好きって言われるとは思わなくて…。」
「いいよ、もう。どうせ、私の方が井坂君の何倍も好きですよ!!」
私はもう開き直って公言しておくことにした。
赤くなる顔だって隠すのはやめだ。
そうして拗ねてむくれていると、井坂君が膝にあった私の手を握ってきて、私は井坂君に目を向けた。
井坂君は温かい手で私の手を握りしめると、微笑みながら言った。
「それはねーよ。俺のが谷地さんのその何倍も好きな自信あるから。」
「それはない!!私の方が嫉妬ばっかりだし、毎日何回も会いたいって思っちゃうし…私の方が好きな自信ある!!」
私はこれだけは負けられないと言い切った。
井坂君はしばらく私を見て固まっていたけど、ふと喉を鳴らして笑い出すと言った。
「それじゃ、一緒だよ。俺だって嫉妬ばっかだし、会いたいなんてずっと思ってる。」
「…嫉妬って…そんなのウソでしょ?」
私は優しい井坂君から出た気遣いの言葉だと思った。
でも、井坂君は手を握りしめる力を強めると、真剣な目で告げた。
「俺だって嫉妬するよ。さっきだって…西門君といる姿見て…出るに出られなかったし…。何で手を繋いでんだって腹が立った。」
私はさっきの事を見られてたんだと思って息を吸いこんで目を剥いた。
井坂君は少し眉間に皺を寄せると、苦しそうに表情を歪めた。
「幼馴染で仲が良いのは知ってるけど…、でも…触るなって言いたかった。」
「ごっ…ごめん!!そんな風に想ってるなんて知らなくて…。その今後は接触しないように気を付けるから!!」
私は辛そうな井坂君が見てられなくなって、必死に謝った。
西門君とは常にこんなスキンシップばかりしてきたので、抵抗がなくなってた。
私は無意識だった自分を後悔した。
「……谷地さんは…自分を分かってないよ。」
井坂君は苦笑しながらそう言うと、握っていた私の手に軽く口付けてきた。
私はその柔らかい感触に息が止まって、自分の手を凝視して固まった。
なっ…なっ…!!…何が起きたの!?
私は血流が回り過ぎて頭がオーバーヒートして、温かさを取り戻した手が今度は熱くなってきた。
手に汗を握り始めて、私は手を引っこ抜きたくなる。
するとそれに気づいたのか、井坂君が私の手を見つめたままふっと微笑んだ。
「手…あったかくなったね。」
井坂君がボソッと言って、私はドキドキの許容オーバーで頭がパンクするとベンチにフラフラと倒れ込んだ。
「やっ…谷地さん!?」
井坂君の驚いた声が聞こえたけど、私は脳裏に王子様の井坂君が手にキスをしてくれる妄想が巡っていて、自分がかなり乙女趣味の持ち主だと気づいて恥ずかしくて仕方なかったのだった。
西門君の姉:景子は実は井坂の兄:陸斗と同じ大学という設定です。
年も同じなので、今後接点が出てくるかも…です。