45、交渉
「まず、ご両親を説得するにあたって…クリスマス会の日の事を言わなきゃいけないと思うんだけど…。あの日、二人で消えた後、何をして何時に帰ったのか教えて。」
あゆちゃんは私の目の前に座ると、真剣な目で私を射抜いてきた。
その彼女の横に新木さんとアイちゃんも腰を下ろす。
私は話すのが惚気にならないだろうか…と心配だったけど、話さないと埒が明かないので咳払いしてから話すことにした。
「あの後は…ブラブラ歩いた後、例の河川敷のイルミネーション見に行って…。11時過ぎに家に帰ったよ。」
「11時?えらく遅かったんだね。」
「あ、だから電話で許してもらえないとか言ってたんだ。」
「それ…ホントにイルミネーション見ただけ?なんかやってたんじゃないの?」
あゆちゃんが何を想像したのか頬を赤らめて聞いてきて、私は本当に何もないので普通に返した。
「何もないよ。告白したばっかで一体何をするっていうの?」
「何って…そりゃあ…ねぇ?」
「ねー?」
「あれしかないよねぇ?」
三人は意志の疎通がとれているのか、顔を見合わせて意味深に笑っていて気持ち悪かった。
私はからかおうとしているのが丸分かりだっただけに、目を細めて三人を見つめた。
その冷めた視線に気づいたのか、あゆちゃんが渇いた笑いを浮かべると手を横に振った。
「冗談だって!井坂って手が早そうだから、ちょっとカマかけただけだよ~。で?11時過ぎに帰ってきて、家の人はなんて?」
「…そりゃあ…怒られたよ。家族には今までにないぐらい心配かけたから、こうやって冬休みを棒に振って勉強してたんじゃん。」
「あ、メール見なかった理由って、そういう事なんだ?変なとこで真面目だよね~。」
「勉強が反省の証なんて…小学生みたい…。」
アイちゃんが他人事だと思って、肩を震わせて笑いを堪えていて、私は彼女をキッと睨んだ。
私には勉強以外で家族に報いる方法を知らない。
ただそれだけなんだ。
私は自分にそう言い聞かせると、間違ってないはずだと納得した。
「事情は分かったよ。じゃあ、とりあえずクリスマス会の日は、私たちと話し込んでて遅くなったって事にしておいて、私たちが井坂の代わりに謝ろう。」
「えっ!?それって嘘をつくって事!?」
私はあゆちゃんの申し出に驚いた。
あゆちゃんは当然という顔をしていて、私は嘘をつくのがニガテだっただけに顔に出そうだった。
「だって正直に彼氏といました。なんて説明したわけじゃないんでしょ?」
「そりゃ…そうだけど…。」
私はあの日咄嗟にクリスマス会だったと言い訳した事を思い出して、すでに嘘をついていたと思った。
「だったら、私たちがそう説明するのが一番手っ取り早いじゃん?4人で謝って、今日の外出許可をもらう!!これしかないでしょ!」
「いや…たとえ4人で謝っても…今日の許可がとれるとは思えないんだけど…。」
「だから、やるだけの事はやるの!!そんで、ダメだったら次の手を考える!それで万事OK!!」
どこまでも前向きなあゆちゃんに圧倒されて、私は少し大丈夫な気がしてきた。
あゆちゃんは早速立ち上がると戦に向かうような面持ちで私たちを見下ろした。
その顔に背を押されるように立ち上がると、私たちは作戦を実行に移したのだった。
***
私たちが一階に下りていくと、ちょうど大掃除の休憩中のようでお母さんとお父さんがリビングに揃っていた。
お父さんはストーブの前に立って温まりながら肩を手で揉んでいた。
そしてお母さんは私たちに気づくと、頭につけていたバンダナを外して笑顔を浮かべた。
「あら、お友達?」
「あ、うん。高校の友達のあゆちゃんに新木さんにアイちゃんだよ。」
「綺麗な子達ねぇ。詩織の母です。これからも仲良くしてやってね。」
お母さんが外の顔を浮かべて笑っていて、私はこれから言う言葉でどう表情が変わるのか怖くなった。
あゆちゃんたちは軽く会釈すると笑顔を浮かべて「こちらこそ。」とデキる女子を演出していた。
そしてあゆちゃんは本題に入ろうと一歩前に出ると、意を決したように口を開いた。
「あの、クリスマス会の日はすみませんでした!!」
あゆちゃんが一番に頭を下げて、それに続いて新木さんとアイちゃんも頭を下げていて、私も慌ててそれに倣った。
「私たち…詩織とずっと話したくて…長い時間拘束してしまって…、…詩織からご両親に心配をかけたと聞きました。まさか、そんな事になってるなんて思わなくて…反省しています…。」
あゆちゃんは女優のように顔をしかめていて、私は彼女を尊敬の目で見てしまいそうになって、焦って顔を俯かせた。
お母さんはこういう面と向かって謝られるのに弱いのか、「そうだったの…。」と嘘を信じきっているようだった。
お父さんはこっちを見て、何かを見定めているようで話には加わってこようとしなかった。
「それで…今日はお願いがあって…。クリスマス会に続いてなんですけど…その…今日、一緒に年を越したくて…初詣で神社に行くのを許可していただけないでしょうか!?」
「初詣って…それは…深夜にあなた達だけで神社に行くっていう事?」
「…はい。そういうことになります。」
お母さんはあゆちゃんの申し出を聞いて、お父さんに振り返った。
お父さんはこっちに近付いてくると、顔をしかめていて私は嫌な予感がした。
「君たちのご両親はそのことをご存知なのかな?」
「あ、はい。うちはそこの辺は放任なので…。」
あゆちゃんが緊張しながら返したのが伝わってきて、私は何と返ってくるかドキドキした。
お父さんはふっと息を吐くと、あゆちゃんたちをまっすぐに見つめて告げた。
「悪いが、うちはそこまで放任ではないからね。女の子だけで人の多い神社に、それも深夜に行くのは反対だ。詩織はただでさえハッキリものの言えない子だからね。絡まれたときに助けも呼べないのではないかと私たちも心配なんだよ。分かってもらえるかな?」
私はお父さんが心配する理由を初めて聞いて、ちゃんと私の事を見ててくれていることに嬉しくなった。
あゆちゃんはお父さんの正論を聞いて、二の句が次げず俯いてしまった。
私はお父さんたちの気持ちも、あゆちゃんたちの気持ちも大事にしたくて、私はある提案をすることにした。
「お父さん。女の子だけじゃなければいいんだよね?」
「……詩織。何が言いたい?」
私はお父さんをまっすぐに見ると、うちにいる唯一の男を口にした。
「大輝を連れて行くよ。大輝なら背も高いし、頼りになると思うよ。それなら初詣に行くの許してくれる?」
お父さんは驚いたように眉を持ち上げると、ちらっとお母さんに目配せした。
これは困ってる合図だと分かって、私は畳みかけた。
「大輝ならケータイも持ってるし、いざとなったら家に連絡も入れるから。ね、いいよね?」
「詩織、あなた勝手に大輝を連れて行くって言ってるけど、大輝が行きたがるか分からないじゃない?」
お父さんはお手上げ状態になってしまったようで、お母さんがお父さんに変わるように口を出してきた。
私はお母さんに好感度の高い言い回しを思い浮かべて口に出した。
「大輝は行ってくれるよ。だって、お母さん自慢の姉思いの良い息子でしょ?私とお母さんが頼んだら、絶対に行ってくれるから。ね、いいよね?」
お母さんはお父さんを見ると、困ったような顔をして「大輝が…いいって言うなら…。」としぶしぶ了承してくれた。
私はそれに心の中でガッツポーズすると、あゆちゃんたちに向かって笑いかけた。
あゆちゃんたちはホッとしたように微笑み返してくれる。
そのときちょうど大輝が帰ってきて、「ただいまー。」という声と一緒に姿を見せた。
「大輝!!今日、一緒に初詣に行くよ!」
「は?急に何言ってんの?っていうか、この人たち誰?」
大輝はコンビニにでも行ってたのか、白の袋を手に下げていて、かぶっていたニット帽を外してあゆちゃんたちを見た。
あゆちゃんたちは背の高い大輝に面食らって、驚いた顔で大輝を見つめている。
「私の高校の友達。ねぇ、大輝!いいよね?」
「初詣って…何で、今回に限ってそんな行きたいわけ?」
「そりゃ友達も行くからに決まってるじゃん!大輝だって、初めて深夜に外で年を越すんだよ!経験してみたいでしょ?」
私は大輝の弱い所を知っていたので、興味のそそる言い回しをした。
大輝は私のもくろみ通り「そりゃ、そうだけど…。」と気持ちが傾き始めた。
どんだけ背が高くて大人みたいでも、中身は中学生の子供だ。
扱いやすい…。
私はニヤ…と心の中で微笑むと、「決まりね!」と大輝に告げた。
それを聞いて、お母さんが大きくため息をつくと「大輝と離れないようにするのよ。」と言って納得してくれたようだった。
私はあゆちゃんたちと「やった!!」と手を合わせると、無事に井坂君と会えるとなって心が弾んだ。
そして、自分で言いだした事とはいえ、どうやって大輝に説明しようかと次の問題にぶち当たったのだった。
***
その後はあゆちゃんたちと待ち合わせの時間を決めてから、彼女たちは一旦家へと帰っていった。
そして私は同伴を頼んだ大輝に事情を話そうと、大輝の部屋をノックした。
大輝は「入ればー。」と面倒そうな声で返事をしてきて、私は部屋の扉を開けると大輝に声をかけた。
「大輝、ちょっといい?」
大輝はベッドに寝転んでマンガを読んでいて、私だと気づくとだるそうに体を起こした。
私はマンガの転がる汚い床を見て、この状態で年明けを迎えるつもりだろうかと思った。
「何なんだよ。初詣なら行くって言ってんじゃん。」
「うん。そのことなんだけどさ…。ちょっと…内緒にしてほしい事情があって…。お願いに来たんだ…。聞いてくれる?」
「何?内緒にしてほしい事情って?」
大輝はマンガを横に置くと、足を組んで私をじっと見てきた。
私は大きく息を吸いこむと、井坂君の顔を思い返しながら口にした。
「実は…向こうで会うメンバーがあゆちゃんたちだけじゃないんだ。」
「は?別にいいんじゃねぇの。何人で行こうとさ。」
「そ…そういう意味じゃなくて…その…。」
私は『彼氏』だという一言が口に出せなくて、自分にイラついてきた。
大輝は言い迷っている私を怪しんでいるようで、表情が険しく歪んでいる。
私は意を決するとまっすぐ大輝を見て勢いのまま言った。
「わっ…私の彼氏もいるから、会ってもお母さんたちには何も言わないでほしいの!!」
私は弟にこんな事を頼む日が来ようとは想像もしてなくて、徐々に顔が恥ずかしさで熱くなってきた。
大輝はみるみる目を見開くと、口を半開きにさせて途切れ途切れに声を出した。
「は…?か…か…彼氏…って何…言ってんの?」
「だ…だから、そのままの意味だってば…。ついこの間…できたんだよ…。」
私は説明するのも恥ずかしくて、体まで火照ってきた。
「それって…クリスマスの遅く帰ってきたとき…とかじゃねぇよな?」
私は弟に見透かされて心臓が飛び上がった。
やっぱり、自分らしくない日だったし…分かるよね…
私はやっぱり姉弟だと思って、諦めると頷いた。
すると大輝は急に立ち上がって、扉に向かって足を進めると扉を開けた。
「母さーん!!姉貴がー!!」
「わぁーーーっ!!何、すぐバラそうとしてんのっ!?」
私は大輝を引っ掴んで部屋の中に押し倒すと、扉をキッチリと閉めた。
大輝は上半身を起こすと、ふてくされたような顔で言った。
「それなら俺行く必要ねぇじゃん!!何で俺が姉貴のデートを見にわざわざ初詣に行かなきゃならねぇんだよ!!」
「だから!!デートとかじゃないんだってば!あゆちゃんたちもいるの!分かるよね!?」
「そうじゃねーよ!男がいるなら、俺が行く意味ねぇだろって事を言ってんの!!」
「大輝が来ないと私が家から出られないのよ!!」
私は井坂君のことを正直に親には話せないので、大輝にすがるしかなかった。
大輝は面倒くさそうな顔をすると、半眼で私を睨んでくる。
「そんなん姉貴が親父たちにその彼氏の事、言えねーのが悪いんじゃん?」
「正直に言ったら余計行かせてもらえなくなるよ!!うちのお母さん、そういうの一番嫌うでしょ!?」
「そりゃそうだけどさ。俺、邪魔者以外の何者でもねーじゃん?一人だけ中学生で、高校生の男子に混ざるとかマジで勘弁。ぜってー見下されるに決まってるし。」
「何、その変な妄想。見下したりとかないから。ただの被害妄想だよ。」
「女には分かんねーよ。こういう微妙な男心はさ。」
大輝が変に大人ぶって笑っていて、私は中身子供のクセに…とムカついた。
私はなんとか大輝を納得させて連れて行かないといけないので、交換条件を出すことに決めた。
「大輝!とにかく、初詣にはついてきて!向こうに着いたら何してきても構わないから。むしろ欲しいものがあったら、何でも買ってあげる。だから、お願い!!」
私は手を合わせると必死に頭を下げた。
すると大輝が大きくため息をついてから、諦めたように言った。
「しゃーねーなぁ…。今回だけだからな。」
私はその言葉に嬉しくなって、思いっきり大輝に抱き付いた。
「ありがと!!大輝!!」
「暑苦しー…。――――っていうか、その彼氏がどんな奴かからかってやろ。」
大輝がニヤと笑って悪巧みする顔をしていて、私は抱き付いていた手を放してドンっと肩を押し返した。
最終手段だとはいえ、この選択が間違っていたような気がしてきて、私はニヤニヤ笑いの大輝を叩いたのだった。
大輝との絡みは書きやすいです。