42、クリスマス会
終業式を終えたクリスマスイブ――――
また赤井君発案でクラスでクリスマス会をやる運びになった。
私はここの所ずっと自分の中で出ない結論に頭を悩ませていて、みんなで騒ぐような気分じゃなかった。
だから断ろうと思っていたのだけど、あゆちゃんがどうしても来てほしいと言うのでしぶしぶ参加することになった。
私がクリスマス会の会場になっているカラオケ店へ向かおうと家を出ようとしたら、突然あゆちゃんが家にやって来た。
「こんばんは~。詩織。」
「…あゆちゃん?なんで、私の家に…。」
私は玄関の扉を開けて、着飾った彼女を見て呆然とした。
あゆちゃんはそんな私を押しのけるように玄関へ入って来ると、靴を脱いで私の部屋へと向かっていく。
「いいから、いいから。部屋行くよ~。」
「えっ…。でもこれからクリスマス会に行かないと…。」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと遅れるってメールしておいたから。」
あゆちゃんは楽しそうに笑うと、勝手に部屋に入ってしまう。
私は後を追いかけて部屋に入ると、彼女が家に来た理由が分からなくて混乱した。
あゆちゃんは私に振り返ると、にんまりと笑って座るように促してきた。
「さ、ちょっと座って、私の話を聞いてね。」
「え…話って…?えっ…ちょ…何するの?」
彼女は私を座らせると、急に腕を捲って鞄から何かを取り出した。
そして私の前髪をピンでとめると、私の顔に何かを塗ってくる。
私はされるがまま背筋を正して、彼女を見つめる事しかできない。
「今から可愛くしてあげるから。じっとしててね。」
「可愛くって…。なんで…?」
彼女の言葉からどうやらお化粧をされるようだった。
あゆちゃんは器用にペンのようなものを持って私の目元に何かやっている。
「私さ…詩織の過去の恋愛の話を聞いて…、あのときは詩織が怖がるのも無理ないなって思ったんだ。好きな人にあんな仕打ちをされたら…当然だって…。そう…思った。」
私はあゆちゃんが私の話をまっすぐに受け止めてくれていたと分かって、すごく嬉しかった。
あゆちゃんは少し眉間に皺を寄せると、手を止めて私をじっと見つめてきた。
「でもね…井坂は…詩織を傷つけた人とは違うんだよ。」
あゆちゃんはきっぱりと言い切った。
私は空気がピリッとしたものに変わったと感じで、口を噤んで彼女を見つめ返した。
「詩織はどこかで井坂と…その初恋の人を比べてる。だから、好きだって聞いて何も感じなかったんだよ。初恋の人と同じだって分かって…がっかりしたから。」
がっかり…した…?
私は胸が冷たくなっていった理由はこれかと納得した。
「がっかりするっていうのは…どこかで期待してたからでしょ?井坂は初恋の人とは違うって。詩織は心のどこかでちゃんと分かってるはずだよ。」
私は井坂君を好きになったときに、自分に言い聞かせてた事を思い出した。
あのときは井坂君のことが好きでいたくて、あの人とは違うって思うようにしてた。
でも、いつの間にかあの人の影が大きくなってきて…どこかで井坂君とあの人を重ねてたのだろうか?
私はあゆちゃんの言葉に少し道が拓けるようだった。
「詩織、ちゃんと井坂に告白しておいでよ。本当に詩織の『好き』と井坂の『好き』に差があって…フラれてしまっても、私が全部受け止めてあげるから。」
「あゆちゃん…」
あゆちゃんは優しく微笑むと、メイクを再開した。
私は井坂君に自分の言いたかった事の一つも言えていないことに気づいた。
理由は簡単だ。
ただ怖かったから…
あのときと同じ気持ちになりたくなかったから…だから深く追及もせずに逃げてた…
もしかしたら、井坂君も私と同じで言いたいことを言えないで抱えてるかもしれない…
彼が優しいのは痛いぐらいよく知ってる…
優しい彼だから、ああいう言い方…尋ね方をしてしまったのかもしれない…
私は自分がすごく一方的だったと反省して、勇気を出して向き合う決心をつけた。
「あゆちゃん…。ありがとう。一回きちんと話をするよ。」
あゆちゃんは嬉しそうに笑うと、私の前髪のピンをとった。
そして手早く私の伸びた髪を手に取ると、黒くて小さいピンを手に持った。
私は頭に初めての違和感を感じて目をキョロキョロとさせると、あゆちゃんがピンを挿していくのが見えた。
「できたよ。すっごく可愛い。」
あゆちゃんは私の目の前に大きな手鏡を持ってくると、小首をかしげて優しく笑った。
私はその鏡で自分の姿を見て驚いた。
目が二割増しに大きく見えるし、髪型がアレンジされていて自分じゃないみたいだった。
おそらく編み込みというものだと思うのだけど、それを触ってどうすればこんな事ができるのだろうかと考えた。
「この姿で井坂に全部言っておいで。私からの自信が持てるおまじないだよ。」
あゆちゃんが荷物を片付けながら照れ臭そうに言って、私は彼女に抱き付いた。
「ありがとう…あゆちゃん。私…頑張るよ。」
私はあゆちゃんの優しさに涙が出そうになって、目を閉じてグッと堪えた。
あゆちゃんは私の背をポンポンと叩いてくれると「大丈夫、上手くいくよ。」と励ましてくれたのだった。
***
そして私はあゆちゃんと二人でカラオケ店に行くと、クリスマス会はお酒でも飲んでるのだろうかと疑いたくなるほど大盛り上がりだった。
そのためいつもと違う私を見たタカさんやゆずちゃんに、私は着く早々取り囲まれた。
「しおりん!可愛い~い!どうしたの!?」
「これ、あゆでしょ?やったの!」
「せいかーい!詩織はホントに素材が良いから、やりがいあるよ~!」
あゆちゃんは自信満々にふんぞり返っていて、私は慣れない誉め言葉に照れ臭くなった。
すると後から気づいた赤井君や島田君たちにも囲まれた。
「うっわ!谷地さん!めっちゃ良い感じじゃん!」
「すげー!別人みてー!!」
私は彼らの熱気にやられそうで、とりあえず笑顔で返した。
その後も誉め殺しが続きそうになったが、あゆちゃんが皆を制してくれて、席に落ち着く事ができた。
けど、席に着くなり代わる代わる隣に赤井君たちがやってきて質問攻めにされたので、私は何をしてるわけでもないのに疲れてしまった。
そのとき視界の端に井坂君がいつも通り笑っているのが見えて、私はそっちが気になって仕方なくなった。
彼は全然こっちを見てくれなくて、それがいつもと違うので徐々に不安が込み上げてくる。
でも、こんな状態じゃ話す隙ができない。
私は気分を入れ替えようと、「トイレ!」と言って部屋から飛び出すと、トイレには行かずに人気のない階段に座り込んだ。
どうにかして井坂君と話をする機会を作らないと…
でも…いっつも友達に囲まれてるし…最悪、帰りまでチャンスが来ないような気もする…
クラスメイトに注目されるの覚悟で…呼び出す?
いや…そんな恥ずかしい事できない!
私はあゆちゃんに「頑張る」と言った手前、今日中になんとかしたかった。
だって明日からは学校もないし、今日を逃すと三学期まで機会が巡ってこない可能性がある。
私は鼻から大きく息を吸いこむと、ギュッと拳を握りしめて気合を入れた。
そして立ち上がると、とりあえず近くに座ろうと決めて部屋に足を向けた。
するとちょうど部屋から井坂君が出てきたのが見えて、私は廊下の途中で足が止まりかけた。
心臓がドクンと大きく跳ねて、息が詰まったように苦しくなる。
でも、これはまたとないチャンスだと自分に言い聞かせると、私はなけなしの勇気を振り絞った。
「い…井坂君!!」
井坂君は私に気づくと、一瞬ビクつくように固まった。
そしてそのまま彼は扉の前から動こうとせずに、サッと視線を逸らしてしまった。
私は井坂君から拒絶されてるのではないかと不安になったけど、自分の気持ちだけは伝えようと足を進めた。
私は彼の目の前まで来ると、自分のスカートをギュッと握って呼吸を整える。
そして一度目を瞑ると、彼をまっすぐに見つめた。
「あのね…前…図書室で言ったことなんだけど…ちょっとだけ…訂正があって…。」
「…訂正って…?」
井坂君は驚いたように私と目を合わせると、顔を歪めた。
その表情がなんでか怖がってるように見えたけど、気にしないように口を開いた。
「私が…井坂君と同じ好きだって…言ったんだけど…。あれ…違うんだ。」
私はドクドクと速い鼓動が耳の奥に響いていて、呼吸をしてるはずなのにどんどん苦しくなった。
私は彼に気持ちが伝わるように目を逸らさずに言い切った。
「私は井坂君とは違う意味で…井坂君の事が好き。友達で…クラスメイトでいたいわけじゃない。ずっと…ずっと…特別な好きなんだ…。だから…嘘ついて…ごめんなさい。」
私は冷たい言葉を言った事も含めて謝罪した。
罪悪感から自然と視線が下がって、俯いてしまう。
ちゃんと…伝わっただろうか…?
私はどんな言葉が返ってきても、全部受け止めようと思った。
友達でいてと言われたらそうする。
迷惑だって…言われたら…悲しいけど…諦める。
私はギュッと目を瞑ると、緊張から肩に力が入った。
そしてしばらくの沈黙の後に返ってきたのは、私が予想していたどれとも違う反応だった。
頭に何かが当たったと感じた瞬間、圧迫感を感じて反射で目を開けた。
その目に入ってきたのは井坂君に抱きしめられているという現実だった。
私はすぐ横にある井坂君の顔を盗み見て、目を剥いた。
体に電流が走ったように何かが駆け抜けると、体温が急上昇して息が止まる。
耳に聞こえる彼の息づかいが生々しくて、頭が痛くなるぐらい顔に熱が集まる。
私がそうしてパニックに陥っていると、耳元で井坂君の声が響いた。
「……違わないよ。俺の好きも谷地さんと同じだ…。」
「お……同じ…??」
私はまさかという予感が過って声に出すと、井坂君の力が強まって私の体がより一層井坂君とくっついた。
「…俺だって…クラスメイトでいたいわけじゃない…。谷地さんは出会ったときから…ずっと特別なんだ。」
出会ったときと言われて、私は初めて目の合ったあの日が瞼の裏に映る。
私が井坂君を意識するきっかけになった日だ。
私は『特別』という言葉に胸が熱くなってきて、喉の奥の方まで熱さが込み上げてくる。
井坂君から伝わる想いは…嘘じゃない…
私は彼の温もりに今にも泣いてしまいそうで、涙をなんとか目の中で抑え込んだ。
「ずっと好きだった…。俺の…彼女になって…。」
井坂君が掠れた声で言った言葉に、お腹の奥の方までギューッと苦しくなってくる。
そして私は一番聞きたかった言葉に我慢ができなくなって、我慢をやめると彼をギュッと抱きしめた。
こんなの…夢みたいだ…
私は彼の肩に顔を埋めると何度も頷いた。
「うんっ…。…うんっ…。」
私が力を強めると彼からも強く返ってきて、私は鼻すりながらも笑みが漏れた。
これが両想いってことなんだ…
私は相手に自分の気持ちが伝わって、返ってくる喜びを初めて知った。
井坂君に出会えて…本当に良かった…
私は彼から離れたくなくて、彼の存在を確かめるように彼に顔をこすり付けたのだった。
やっと気持ちが通じました~!!
晴れて付き合う事になった二人の今後にご注目ください。