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理系女子の恋  作者: 流音
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40、好きの意味


井坂君から分からないと言われそのまま図書室に来ると、彼はずっと不機嫌で息が詰まりそうだった。

昨日とまったく逆の状態で、井坂君が黙々と勉強するのを、私が窺って必死に理由を考えている。


私はちらちらと井坂君に視線を向けながら、怒らせてしまった理由を思い返そうとした。

さっきは西門君と揉めてただけで、特に井坂君に対して何かをしたわけではない。

井坂君と交わした会話だって、昼休みのアレだけだし…

あのときの彼は逆に嬉しそうにしてたはずだ。


それがどこで歯車を食い違えたのだろうか…?


私は勉強が手につかないぐらい考えたが、全く分からない。

仕方ないので私はふうと息を吐き出すと、ペンを置いて直接聞くことに決めた。


「井坂君、何で怒ってるのか教えてよ。何か不愉快な事をしたなら謝るから…。」


私はせっかく好きな人と一緒にいるのに、こんな状態は嫌だった。

昨日みたいに幸せな気持ちでいたい。


井坂君はピタと書くのをやめると、ノートから私に視線を移した。

視線が交わるだけで、私は心臓がさっきよりも大きく跳ねる。


「じゃあ…谷地さんの好きな奴を教えてくれよ。」

「うえぇっ!?なっ…何で!?」


急な要求に目を剥いた。

好きな人目の前にして教えろなんて、拷問以外の何でもない。

告白しろと言われているようなものだ。


「前、好きな奴がいるって言ってただろ?アレ、教えてくれよ。」

「だっ…そっれは…言えないよ!!…だっ…大体、私が言うなら、井坂君の好きな人も教えてくれなきゃ不公平だよ!!」


私はこう言えばもう聞いてこないだろうとふんで、早口で捲し立てた。

顔は熱いし、心臓はバクバクと爆音を奏でている。

私はそれが伝わらないように、細く息を吐いて呼吸を整えた。

井坂君は目を鋭く細めると、机の上に頬杖をついた。


「……じゃあ、今から言う質問に好きか嫌いの二択で答えてくれよ。」


私はそれを聞いて少しほっとした。

そういう質問形式なら、好きな人を特定されることもないだろう…

私は頷くとじっと井坂君を見つめた。


「…第一問、ベルリシュは好き?嫌い?」

「…??…好き。」


分かりきった質問が出てきて私は首を傾げた。


「第二問、俺らのクラスは好き?嫌い?」

「好き。」


私は9組の仲が良い雰囲気がすごく好きだったので、当然だと思っていた。


「第三問、小波のことは好き?嫌い?」

「好き!」


あゆちゃんは私の第一の理解者だ。嫌いなはずがない。


「第四問、……西門君の事は好き?嫌い?」


井坂君がサラッと口に出した質問を理解するのに時間がかかる。

私は真剣な目の井坂君を見つめて、しばらく迷った。


こ…これって…どういう事…?


私は口を半開きに開けて、とりあえず思った事を口にした。


「…………す…きだけど…、これってどういう好き?」


私は急に誘導尋問されてる気分になって、心臓が動悸を奏で始めた。

井坂君は「思った通りでいいから。」と言うと、一度目を伏せた。

どうやらまだ質問は続くようだ。


「第五問、赤井の事は好き?嫌い?」

「……すき…かな…。」


「第六問、島田の事は好き?嫌い?」

「……すきだけど、ねぇ…何でこんなこと聞くの!?」


私は自分の好きな人の前で、違う男の子の事を好きだと言うのが辛かった。

でも、嫌いではないのでそんな事口にできない。

嫌な汗がじわ…と滲みだしてくる。

私は胸が苦しくて、息をするのもしんどくなる。


「じゃあ……俺は?…好き?嫌い?」


井坂君が真剣な目で私を射抜いてきて、私は目を見開いて息が止まった。


何…を…?


私は自分の中にある答えは一つしかなかったので、細く息を吐き出すと一度口を噤んだ。

井坂君はいたって無表情で何を考えているのか全く分からない。


こんな形で口にしたくなかった…

でも、言わないと…この関係が壊れてしまう…そんな予感がした。



「…好きに決まってる…。」



私は口に出したことで、何かが一気に冷えていくのを感じた。



井坂君はずるい…


こんな大事な言葉を…ゲームみたいに言わせるなんて…


あの人と何も変わらない…


男の子なんて、みんな一緒だ。


私は目の奥が熱くなってきて、グッと唇を噛んで耐えると机の上のものを片付けた。

そして彼の顔を見ないように立ち上がると、鞄と上着を手に持った。


「…今日は帰る。」


私が立ち去ろうと足を進めると、井坂君の手が伸びてきて腕を掴まれた。


「待って。…今のって本当なのか?」

「だったら?……好きだって言わせて…満足した?」


私は昔の傷口が広がった気分で、苛立ちのまま冷たい言葉を返した。

このとき井坂君の手の力が緩んで、私はそれを振り払った。


「満足とか…そんなつもりで聞いたわけじゃなくて…。」

「じゃあ、井坂君は私の事、好き?嫌い?」


井坂君が困ってる声を聞いて、私はずっと思ってきた言葉が口から飛び出した。

井坂君を見ると、彼は驚いた顔をしていて、一度口を噤むと真剣な目で告げた。


「好きだよ。」


一番聞きたかった言葉のはずなのに、今の私には何も響かなかった。

井坂君の真剣な表情ですら偽物に見えてくる。

私はその程度の『好き』なんだと理解して、自分の『好き』もそうとってもらおうと笑顔を作った。


「そっか…。じゃあ、同じだね。それだけでも…分かって良かったよ。じゃあ…また明日。」


井坂君は少し困ったような表情を浮かべていたけど、固い笑顔を取り繕うと頷いてくれた。

私は彼に顔を向けている間は笑顔を浮かべていたけど、彼に背を向けると目の当たりにした現実に泣きたくなってきた。



『好き』ってこんな形で伝え合うものだった?



私は自分の中の気持ちと井坂君の気持ちに大きな差があるような感じがして、すごく気持ち悪かったのだった。





***





次の日


私は靴箱の前でしばらく深く呼吸を繰り返すと、井坂君の望む自分であろうと頬に力を入れた。

教室へ足を向けながら、笑顔を浮かべられるように口角を持ち上げる。


井坂君が言ってた『好き』は私の『好き』とは意味が違う。


彼がそういう『好き』を望んでいるなら、私はその『好き』以上は望んじゃいけない。


昨日から何度も自分に言い聞かせては、その度に苦しくなって目の奥がジリ…と焼け付くようだった。


数学の方程式のように、自分の気持ちが相手とイコールになるなんて奇跡のような事なんだ。

私はこのまま考えていると、一学期の期末のようになりそうだったので考える事を放棄した。


解けない問題には手を出さない。



私は教室に入ると、入り口の席にいた井坂君にいつも通り挨拶した。


「おはよう。」

「あ、おはよー!!」


彼はいつもと何も変わらず赤井君と話をしているようだったので、挨拶だけするとサッサと自分の席へ向かった。

そして鞄を下ろして席につくと、自然に挨拶できた自分を褒めたくなった。


これでいいんだ…

変に期待なんかするから、悩んだり苦しくなったりするんだ…

彼女になりたいだなんて考えは捨てるのが一番だ。


私は教科書を机に直すと、そこから英語の単語帳を取り出して、それに目を通した。








その日は休み時間もひたすら勉強をしていて、あゆちゃんたちに話しかけられる以外は誰とも話さなかった。

その行動が隣の席の島田君には伝わってしまったようで、彼は椅子を寄せてくると私の机に頭をのせてきた。


「なぁ、今日なんでそんなに勉強してるわけ?」

「…テスト前だから?」

「いやいや、今日はちょっとおかしいでしょ。今まで休み時間まで勉強なんかしてなかったじゃん?」

「…そうかな…。まぁ、別に私が勉強してたっていいじゃない?」


私は島田君から開いていた単語帳に目を移すと、頭の中で意味と単語を繰り返して覚える。

島田君は聞こえるぐらい大きなため息をつくと、私の手を掴んできた。


「もう勉強すんのやめろって。気になんだよ。」


私は手を掴まれたときのぬくもりに、あの日のイルミネーションがフラッシュバックした。

キラキラ、チカチカ眩しかった。

あの日はきっともう二度と来ない。

そう考えてしまうと、また目の奥が焼けるように熱くなってきて顔をしかめて堪えた。


考えるな…考えるな…


私は肩に力を入れて鼻から細く呼吸を繰り返した。

そのとき掴まれた手をグイッと引っ張られて、島田君はベランダまで私を連れ込んだ。

冷たく刺すような寒い風に目を細めて外に出ると、島田君はしゃがんでから私を抱きしめてきた。

突然の抱擁に私は涙が引っ込んだ。

目が渇くぐらい見開いて、体に伝わる体温に体が強張る。


「文化祭のときみたいに…何か我慢してんだろ…?…また、俺に吐き出せよ…。」


島田君の優しい言葉を聞いて、冷えていた心に温かさが戻るようだった。

その瞬間に涙が零れそうになったけど、鼻から息を吸いこむことで堪えると、彼の体をゆっくり押し返した。

離れたことで彼の顔が険しく歪んでいるのが見えるようになった。

私はそんな顔をさせてしまった事が申し訳なくて、無理やり笑顔を作る。


「大丈夫。何も我慢してないから。本当に勉強したかっただけだから。」


島田君にこれ以上追及されたら、きっと頼ってしまいそうだったので私は彼に線を引いた。

まだ納得していない島田君の肩を叩いてから立ち上がると、教室に戻ろうと足を扉に向けた。

そのとき扉が開いて井坂君がしかめっ面でベランダに入ってきた。


たったそれだけで心臓がドクンと跳ねて、私は表情に出ないように必死に仮面を被った。


「井坂君。どうしたの?」

「いや…二人でベランダに行くのが見えたから…。」

「そっか。」


私はこれ以上はきつかったので、井坂君の横を通ると教室へ戻った。



望まないなんて…いつになったらできるようになるんだろう…



私は席に戻ると、もう何も考えないで済むように色んな教科書を机に出して広げたのだった。



これだけ教科書があっても…私の知りたい事なんてここには何一つ書いてない…



私はふっと鼻で笑うと、恋より勉強の方が簡単だという事に気づいたのだった。







不穏な空気が流れてますが、仲直りまでしばしお待ちください。

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