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理系女子の恋  作者: 流音
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38、頑張る


西門君に頑張ると宣言したものの…私はまだ何もできていなくて、ひたすら一組女子に嫉妬する毎日を送っていた。

それはあゆちゃんたちも同じようで、苦虫をすり潰したような顔で不機嫌そうだ。

今週だけで何回やけ食いに付き合わされたか分からない。


その嫉妬の一端が先日から始まったテスト週間に起因している。

一組の女子は数学が苦手だと赤井君たちにぼやいて、なんと放課後一緒に勉強するようになってしまったのだ。

この三日ほど、赤井君と井坂君、島田君に北野君は放課後になると一組の教室へ向かっていく。


あゆちゃんも新木さんもさすがに勉強しないでとは言えなくて、イライラしながら見送っている。

私も心の中では行かないで欲しいのだが、そんな我が儘を口には出せない。


私はそろそろあゆちゃんたちのやけ食いにばかり付き合うわけにもいかないので、彼女たちの神経を逆撫でしないように図書室に逃げ込んでいた。

そして一学期のように静かな図書室で勉強に励む。


恋愛に左右されて一学期の期末のようになるわけにはいかない。


私は気になる気持ちを抑え込みながら、問題に取り組む。

そのとき目の前に図書当番のナナコがやって来て、私は顔を上げた。


「しおは相変わらず真面目だねぇ~…。見た目は変わっても、中身は変化なしかぁ~。」

「…それってどういう意味?」


私は馬鹿にされてるような気分でナナコを睨みつけた。

ナナコはニコッと笑顔を浮かべると、机に頬杖をついた。


「恋の一つでもしたのかと思ってたんだけど、勘違いだったんだなぁと思って。周りの男子に先越されるよ~。」

「…何それ。」

「あれ?知らないの?体育祭以降、9組の男子の株が急上昇中だよ?」


ナナコが目をパチクリさせて驚いていて、私は初耳だったので彼女の話に耳を傾けた。


「近いと分からないもんなのかな?文化祭のときもそうだけどさ、体育祭でも9組が脚光を浴びて、私のクラスの女子たちが大騒ぎしてたの。カッコいいって。9組って頭も良いし、狙うなら今だって。きっと、私のクラスの女子だけじゃないんじゃないかな?」

「……カッコいいって…それ…本当にそう言ってたの?」

「うん。ミーハーだなぁ…って思って見てたから確かだよ?」


ナナコの話に、一組の子達が話しかけてきたのもそれか…と納得する。

9組の男子がカッコいいと知って、積極的な彼女たちは早速行動に起こした。

その恋愛に突き進む姿は見習わなければならないのかもしれない…

私はどこまでいっても、恋愛より勉強をとってしまう。

今だってそういう状況なだけに、モヤモヤしているのだが…


「せっかく同じクラスにそうやってカッコいいって騒がれる男の子がいるんだから、恋愛から逃げてないで向き合いなよね。応援してるからさ。」

「ナナコ…。ありがとう。」


私は井坂君の事を言うべきかと思ったけど、変に頑張れとプレッシャーをかけられるのも嫌だったので今は隠しておくことにした。

ナナコはいつも私を励ましてくれるけど、ナナコ自信はどうなんだろう…?

私は彼女から恋バナを聞いたことがないなと思って、この機会に聞いてみる事にした。


「そういうナナコは高校に入って好きな人できたの?」

「まったく。私、男に興味ないから。」


ナナコは流麗な笑顔を崩さずに言いきって、私はその怖いぐらい開き直った姿に何かあったんだろうかと思った。

美人なナナコの事だ、きっと誰かに告白されたりあったのかもしれない。

私はナナコから話してくれるまで見守ることにしたのだった。






***





テスト週間に入って4日目―――――


とうとう我慢の限界だったらしく、あゆちゃんが鞄を持って赤井君の所へ走っていった。


「赤井!!今日は私も一緒に勉強する!!いいよね!?」

「いいけど…。お前友達になりたくなかったんじゃねぇの?」

「それはそれ!!これはこれよ!!」


あゆちゃんは腕を組んで偉そうにしている。

赤井君は首を傾げた後、苦笑しながら井坂君の所に向かっていく。

そのときあゆちゃんは私に振り返って、親指を立ててウィンクした。

きっと「任せて!」という事なのだろう…


私は自分から何も行動に起こせてないな…と気持ちが沈んでいく。

頑張るって言ったのに、何もできていない。

私はあゆちゃんを見習って、少し自分を出してみようと大きく息を吸いこんだ。


そして井坂君をまっすぐに見つめて、ゆっくり足を進める。


何て言う…?行かないでなんて言えないし…何か…用事みたいなのなかったかな…


私はドッドッと荒ぶる心臓の音を聞きながら、自分の中にある小さな勇気をかき集める。

そして井坂君が赤井君と島田君に続いて教室を出ていこうとするのを、扉のところで引き留めた。


「井坂君!」


井坂君はゆっくり振り返ると、いつものように笑顔で「何?」と首を傾げた。

私はそんな彼の顔が直視できなくて、ギュッと拳を作って目を逸らした。


「そっ…私…今…、前みたいに図書室で勉強してるんだけど…。その…井坂君…一緒に…勉強したいって言ってくれたときもあったから…その…。もし…良かったら今日…その…一緒に勉強したり…しない…よね?」


私は誰かを誘うのがこんなに緊張するものだと初めて知った。

それだけに返答が怖くて、そっと視線を上げると井坂君の様子を窺った。

彼は私を見たまま固まっていて、困っているのが伝わってきた。


だから、私はなかった事にしようと笑顔を作ると両手を振った。


「ごめんっ!やっぱり、忘れて!!一組に行かなきゃダメなんだもんね。」


私は恥ずかしさからか額に汗をかいてきて、それを手で拭うとグッ眉間に皺を寄せた。

そして胸が痛くなるのを気にしないように、口元には笑顔を作り続ける。


「引き留めてごめんね。また、明日!」


私はこれ以上は息苦しかったので、顔を背けたまま立ち去ろうと足を進めた。

すると目の前の扉を手で塞がれて、私が足を止めたときに井坂君に腕を掴まれた。

それに驚いて彼を見上げると、井坂君が扉から顔を出して廊下を歩いている赤井君に目を向けていた。


「赤井!!俺、今日行かねーから!!」

「はぁ!?お前、急に何言ってんの!?」

「俺、別に誘われてねーんだから、いいじゃん。っていうか、もう一組には行かねーと思う。よろしくな!!」


井坂君は笑顔でそう告げると、私の腕を掴んだまま早足で歩き出した。

私はそれに引っ張られながら、目の前で繰り広げられた会話と自分の状況の整理に努めた。


今…何が起きてるの…?


井坂君は赤井君たちに背をむけるように反対の階段まで来ると、そこを駆け上って特別教室棟へ向かっているようだった。

私は図書室に向かっているんだと分かって、胸がいつかのように灼けるように熱かった。

これは夢なんじゃないかと彼の背を見つめるが、掴まれた腕が現実だと教えてくれる。


何で誘いを受けてくれたのかは分からないけど、一緒にいるこの時間が嬉しくて頬が熱をもっていった。




井坂君は図書室に入ると、一番奥の空いてる机まで来てから、やっと手を放してくれた。

図書室の中は人も少なく、数人が勉強している以外は本棚にも人の姿は見えなかった。

井坂君が座ったのを見て、私はその向かいの椅子を引きながら遠慮がちに声をかけた。


「あの…本当に…来てくれて…良かったの?…赤井君たち…怒ってるんじゃ…。」


井坂君は鞄から勉強道具を取り出しながら、飽きれた様に苦笑した。


「いいんだよ。谷地さんからの誘いなんて珍しいしね。あいつらは勝手に怒らしときゃ大丈夫。」


『珍しい』と言われて、私は途端に自分のしたことが恥ずかしくなってきて、顔を見られないように鞄から勉強道具を取り出した。

そしてノートを開きながら、気持ちを落ち着けて「それなら…良かった。」と笑顔を作って返した。

すると、井坂君が机に頬杖をついて、私を見ているのが伝わってきて、そっと視線を上げた。

井坂君は優しい顔で微笑んでいて、目を細めると口を開いた。


「それに…俺が前に言ったことは変わってないし。一組女子から逃げる口実ができて、ちょうど良かったよ。」

「……口実…?」

「だって、あいつら香水クセーし、うるさいしで勉強に全然集中できなかったから、ずっと行きたくねーなぁって思ってたんだよ。だから、今日の誘いには感謝してる。」


井坂君が子供みたいな笑顔で歯を出して笑っていて、私は胸が鷲掴みにされるようだった。

さっきとは違う息苦しさが襲ってきて、すぐに声が出ない。


「わ……っ…私は…井坂君が来てくれて…本当に嬉しい。…ずっと…こうして勉強したかったから…。」


私は自分の好意が伝わってもいいと思って、私にしては大胆な言葉を口にした。


「うん。俺も一緒に勉強したかった。」


井坂君が照れたように笑っていて、私は今だけは同じ気持ちだと確信して嬉しくなった。

顔が勝手にニヤけそうでそれを見せないように俯くと、勉強しようと問題集を開いた。

そして昨日までとは違う穏やかな気持ちで、集中することができたのだった。





***





そしてその日は下校のチャイムが鳴るまで勉強に没頭してしまって、私は久しぶりに集中したと思って顔を上げた。

すると外は真っ暗で、今にも雪が降りそうなぐらい寒そうな風が窓を揺らしていた。


うわー…こんな時間まで残ってたの初めてかも…


私は急いで片づけを始めると、目の前で机に突っ伏している井坂君に目を向けた。


あ…そういえば一緒に勉強してたんだった…


私はここに来てから最初以降一回も会話してないことに気づいて、自分が余程勉強に没頭していたかが分かった。


好きな人目の前にして、ずっと勉強する女って…


私は自分の恋愛力の低さにため息をついて、彼の肩を揺すった。


「井坂君。下校時間だよ。帰らないと。」


私が声をかけると、井坂君の体がモゾっと動いた。

そしてゆっくり顔を上げた井坂君の前髪が寝癖でピンと立っていて、私は思わず顔を背けて吹きだした。


「何?なんで笑ってんの?」

「だ…だって…、前髪が…。」

「前髪?」


井坂君は自分の前髪を手で押さえると、不服そうに私を見た。


「っつーか、谷地さん勉強に集中し過ぎ。話しかける隙もなくて、暇過ぎて寝ちまったんだから、寝癖で笑われるとか納得いかねー。」


私は話しかけようとしてくれた事が申し訳なくなって、笑うのをやめると謝った。


「ご…ごめん。私もここまで集中するとは思わなくて…。」


私は井坂君が他の女子といないだけで、こんなに気持ちが楽になるなんて思わなかった。

だからいつも以上に集中してしまったと自分では分かってた。

井坂君は鞄に勉強道具を片付けると、ネックウォーマーをつけてから立ち上がった。

私もそれに倣って立ち上がるとコートとマフラーを身に着けた。


「謝ってくれるんなら、ちょっと付き合ってくれよな。」

「え…?」


井坂君はムスッとしながら言うと、私の手をとって歩き出した。

私は繋がれた手に神経が集中して、グワッと体温が上がった。


この感覚に覚えがあって、私は脳裏に花火大会の光景が蘇っていた。


熱を持った手に、強く握られた感触…

ドキドキと高鳴る心臓まで…あのときと同じで、そのときと同じ疑問が過った。


私のこと…どう思ってるの…?


聞きたいけど、口に出せなくて手を握り返すことしかできない。

彼女になりたいなんて口だけで、ほんの少しの勇気を絞り出す事もできない臆病者だ。


私はマフラーに顔を埋めて、じっと彼の足を見てどこにも着かなければいいのにと思った。






***





繋いでいた手は靴箱で靴を履きかえるときに自然と離してしまって、外に出た今も手は繋いでいない。

井坂君は自転車通学なので、自転車を取りに駐輪場へ向かっていく。

私はその背に続きながら寒い風に肩を縮めた。

鼻の頭が冷たくなってくる。


付き合ってって…いったいどこに行くつもりなんだろう…?


私は手が冷たくなってきたので、手袋をはめると自転車を押してくる井坂君を見た。


「ちょっとだけ、歩くけどいいよな?さすがにこの時期のニケツは寒いしさ。」

「…うん。いいけど…どこに行くの?」

「それは着いてからのお楽しみってことで。」


井坂君は悪戯っ子のように笑うと、上機嫌に歩き出した。

私はその横に並んで歩きながら、彼の嬉しそうな顔を見て自然と頬が緩んだ。



そしてしばらく住宅街を歩いてやって来たのは、学校近くの河川敷だった。

そこに出た瞬間、河の向こう岸を見て驚いた。


「うっわぁ…すごい…。」


河の向こう岸の住宅が色とりどりに輝いていて、住宅のイルミネーションだと分かった。

川面にその色が反射していて、倍綺麗に輝いている。

私は初めて見る光景に胸が高鳴った。


「赤井たちと遊んだ帰りに見つけてさ。イルミネーションの凝り具合がすげぇよな。」

「うん!!すっごい綺麗!!どこかの遊園地みたいだね。」

「だろ?この時期だけの光景だからさ。しっかり目に焼き付けておいてくれよ。」


冗談なのか分かないけど、井坂君が自信満々に笑っている。

私は二人で見てるっていう状況が幸せで、ふっと微笑むと「うん。」と頷いてじっと前を見つめた。


目に映る色とりどりの輝き…


キラキラ眩しくて、私の今の気持ちを表しているようだった。


井坂君と一緒にいるだけで、私の心臓はいっつも忙しい。

胸は苦しいけど嫌じゃないし、自然と上がる体温も不快じゃない。


キラキラ眩しい思い出となって、私の中に残る。


私はずっとこのままでいたいと幸せな時間を噛みしめたのだった。










詩織がやっと自分から動きました。


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