36、人文系女子
11月末のある日の体育の授業中―――――
私とあゆちゃんと新木さんはある女子たちに囲まれていた。
「ねぇ、私たちと友達になってくれない?」
私たちの目の前にいるのは、保健体育の授業だけ一緒に受けている、同じ進学クラスに分類される人文系の女子たちだった。
私の通う高校は進学クラスと呼ばれるクラスが一学年に二つある。
一つが私たちのクラス。
数学や化学を得意とするメンバーの集まる、理数系クラス。『9組』
そしてもう一つが国語や英語等を得意とするメンバーの集まる人文系クラス。『1組』
このクラスは私たちのクラスと正反対で、女子が8割を占める女子高のようなクラスだ。
そのため女の子も気の強い子たちが多い。
私は上から目線で話かけている巻き髪の女の子を見つめた。
その子の周りに同じようにオシャレにこれでもかと気を遣った女子が二人いる。
一人はぶりっ子って感じの子で、もう一人は気の強そうなスポーツタイプの子。
スポーツタイプの子はどこかあゆちゃんと雰囲気が似ていた。
「理数系の子たちと色々話したいなって思ってたんだよね~。どう?友達になってくれないかな?」
巻き髪の子はどう見ても友達になりたいって態度ではなくて、あゆちゃんも新木さんも敵意をむき出しだった。
私はこういう場面に弱いだけに、図体は大きいのに二人の背後に隠れていた。
「友達って…。ウチの高校…代々、人文と理数は仲が悪いんじゃなかったっけ?人文クラスは勉強でも何でも理数に勝てないから、理数を毛嫌いしてるって聞いてたけど?」
あゆちゃんが巻き髪の子に張り合うように、鼻で笑った。
新木さんも腕を組んでいて、すごく偉そうだ。
「そんなの上の先輩たちの話でしょ?私たちは違うのよ。そんな一番に拘りもないしね。それよりも同じ進学クラス同士、色々協力できると思うのよね。とりあえず、後でクラスに行くから話だけでもしない?」
言ってる事が本心かどうかは分からないけど、話をしないかと言われて断る理由もなかった。
それだけに不服そうだったけど、あゆちゃんがしぶしぶ頷いた。
「…話だけなら…いいけど。何を話すのよ?」
「まぁ、いいじゃない?それじゃ、昼休みにね。」
彼女たちはそう言うと、少し鼻につく香水の匂いを漂わせて歩いていった。
そんな彼女たちの背を見送ってから、新木さんが首を傾げて呟いた。
「なんか…裏がありそうなんだけど…。」
「それ、激しく同感。…本当に話しにクラスに来るのかな…?」
あゆちゃんと新木さんは物凄く怪しんでいて、私はビビっていただけだったので何も起きなければいいなと願うしかなかった。
*
そして彼女たちは宣言通り、昼休みに私たちのクラスにやって来た。
私たちは窓側で集まってお昼を食べていたので、彼女たちは遠慮もせずに私たちの机まで辺りを見回しながら入ってきた。
「約束通り来たわよ。それにしても、ウチのクラスとは正反対ねぇ~。男子ばっかり!!」
「ホント!あ、赤井君がいるっ!」
ぶりっ子の女の子がベランダから出てきた赤井君に手を振っていて、あゆちゃんの眉間に皺が寄るのが見えた。
巻き髪の子は文句を言いながらも、クラスを見回してある人に目を向けて微笑んだ。
私はその視線の先を見て目を剥いた。
彼女が微笑んでいたのは井坂君だったからだ。
ここで、鈍感な私にも彼女たちがウチのクラスに来た理由が分かった。
「理数系のクラスって、なんか異世界みたいで楽しいね。」
「ホント、ホント。女子が8人しかいないなんて、男がよりどりみどりで羨ましいわ。」
巻き髪の子のこの発言に、あゆちゃんと新木さんが同時に立ち上がった。
「ねぇ、私たちと話に来たんだよね?」
「まさかとは思うけど、ウチのクラスメイトに色目を使うために来たわけじゃないよね?」
喧嘩腰の二人を見つめて、私は唾を飲み込んだ。
タカさんたちは状況を見て、ポカーンとしている。
人文の女子たちはお互いに顔を見合わせると、クスクスと笑いだした。
「そうだったら?っていったらどうする?」
これにはいつも静かなツッキーが立ち上がって、彼女たちを睨みつけた。
や…ヤバい…これ…絶対、何かヤバい…
私は状況を見てハラハラし始めた。
なんとかこの緊迫した状態を緩和したいけど、良い案が思い浮かばない。
「帰って。私たちはあなた達と話す事なんてないから。口だけの友達なんて必要ない。」
「ふ~ん。そう。」
あゆちゃんがバッサリと言い切った言葉に、巻き髪の子は余裕の笑みで返した。
そのとき、雰囲気を壊す乱入者が現れた。
「なんか、空気悪いんだけど。一組の女子と何やってんの?」
島田君が赤井君と一緒にやってきて、能天気にヘラヘラ顔を浮かべている。
あゆちゃんは睨む相手を人文女子から島田君に変えると、今にも怒りが爆発しそうな顔をしていた。
でもすぐ怒らないのを見る限り、赤井君が傍にいるので我慢しているようだった。
「うっさい。これは女同士の話なの。首突っ込んでこないで。」
「こえーな。小波。いったい一組の女子に何したわけ?」
赤井君がケラケラ笑っていて、私は空気を読んで!と彼に言いたくなった。
あゆちゃんが何かを赤井君に言い返そうと口を開いたとき、ぶりっ子女子が赤井君の前に躍り出た。
「9組の女の子たちって冷たいんですね…。友達になって欲しかったのに…帰ってなんて言われたの…。赤井君はどう思う?」
「なっ!?」
「マジで?小波たち、そんな事言ったの?冷てぇ奴らだなぁ~。友達ぐらいなればいいじゃん?」
あゆちゃんは赤井君に言われたら、何も言えなくなってしまっていた。
赤井君は事情も知らないのに間を取り持とうと、あゆちゃんの肩を叩いて「なってやれよ~!」と笑っている。
私は心の中で悲鳴を上げながら、何か言わないとと口をパクつかせた。
「あ、そうだ!赤井君たちが友達になってくれない?彼女たちの代わりに。」
「はぁ!?」
これにはあゆちゃんも黙ってられなかったのか、今にもぶりっ子の子に掴みかかりそうになっている。
私はなんとかしようと立ち上がって手を挙げた。
「はいはい!友達になるからっ!!えーっと…何さんだっけ?」
「………石川…実那…だけど。」
「石川さん!よろしくっ!!」
石川さんはすごく面倒くさそうな顔で、私の差し出した手を取って握手してくれた。
でも、そのとき後ろからタカさんとツッキ―に引っ張られた。
「ちょっと!何、勝手に友達になってんの!?あゆを見なよ!」
「そうだよ!しおりん!!なんとなく状況を見てて分かったけど、ここは受け入れたらダメな所でしょ!?」
「だ…だって…。」
私は一組の子達と赤井君が友達になる方がダメなんじゃ…と思っての事だった。
石川さんは二人の様子を見て、赤井君の服を掴んですり寄り始めた。
「ほら~。やっぱり、友達にはなれないって…。ね、赤井君、友達になろうよ?」
「…俺は別にいいけど。お前ら、なんか冷てーよなぁ?」
赤井君が飽きれた様に私たちを見渡して、あゆちゃんの怒りも絶頂だった。
赤井君の前なので言い返せなくて、腸が煮えくり返っている状態のようだ。
私はそんな彼女の気持ちが分かるだけに、何も言い返せない。
「あ、分かった。あれじゃねぇ?一組のこの子達の方が可愛いから嫉妬してんじゃねぇ?女ってこえー!!」
「島田ッ!!!」
島田君の言葉で今まで黙っていたアイちゃんや篠ちゃんまで立ち上がって、島田君の頭を叩き始めた。
「あだだだっ!!暴力反対っ!!」
「うっさい!!このアホ!!」
島田君は篠ちゃんに叩かれながら、井坂君の方へ逃げるように走っていく。
それを見ている巻き髪の子が小さく笑いながら、目を細めた。
「男女の隔たりなく仲が良いなんて羨ましいわ。赤井君、今日、良かったら放課後遊ばない?」
「いいよ。あのうるせー奴ら連れてくけど、いいよな?」
「大歓迎よ。じゃ、放課後に。」
赤井君はサラッと頷いていて、石川さんたちは勝ち誇ったような笑顔を浮かべて教室を出ていった。
赤井君は彼女たちが手を振るのに、自分も手を振って応えていてとうとうあゆちゃんがブチ切れた。
「赤井ッ!!なんで、軽々しく友達になんかなってんの!?」
「それは、お前らが友達にならねーからじゃん?わざわざ、なりたいって言いに来てんのに断るなんて可哀想じゃん。」
「なんであの子達の裏が分からないかな!?下心丸出しなのにっ!!」
「下心ってなんだよ?」
赤井君は何も分かっていないようで、あゆちゃんが言うのを躊躇っていたが怒りに任せてぶちまけた。
「石川って子はあんたの事が好きなんでしょーがっ!!」
この怒声は教室中に響き渡り、一瞬教室が静まり返った。
その静寂を破ったのは赤井君の笑い声だった。
「あはははっ!!いきなり、何言いだすんだよ。今日、初めて会った子にさぁ~。何か確信でもあるわけ?」
「女の勘よ!!」
あゆちゃんが自信満々に言い切って、赤井君はまた笑い出した。
「あはははっ!!それ、どこまで信用できるんだろーなぁ~。まぁ、別にそれならそれでも構わねーし。可愛かったもんなぁ~、あの子。」
「なっ!?もし、そうだったらどうすんのよ!?」
あゆちゃんは怒りを鎮めて、急に不安そうな顔で尋ねた。
赤井君はニヤッと笑うと、からかうように言った。
「どうだろーなぁ~?」
そんな意味深な返しにあゆちゃんは固まってしまって、私は口を開けたまま二人を交互に見つめた。
「あー、今日の放課後、何しよっかなぁ~。」
赤井君は頭の後ろで手を組むと、井坂君と島田君のいる方へ歩いていってしまって、私は固まっているあゆちゃんに声をかけた。
「あゆちゃん…大丈夫?」
あゆちゃんはゆっくり振り返ると、私の机をバンッと叩いた。
それに私を含め、みんながビックリして肩をすくめた。
「今日の放課後…後をつけるわよ。」
「へ…?」
あゆちゃんは私たちを鋭い視線で射抜いてくると、悪い顔をしていた。
「遊びに行くって言ってたでしょ!?後をつけるのよ!!」
「えぇっ!?ちょっと、あゆ、部活はどうすんの!?」
「休む!!一日ぐらい許されるでしょ!!」
「ちょっ!あゆちゃん、つけるのはやり過ぎじゃ…。」
「いいのよ!!ていうか!詩織も他人事じゃないんだからね!?」
あゆちゃんは私を指さしてくると、椅子に足をのせて言った。
「赤井が行くなら、井坂が一緒に行くのは決まってんだから!!あの女にとられてもいいわけ!?」
「あっ…あゆちゃん!!声が大きいっ!!」
私はあゆちゃんの発言に心臓が縮み上がって、彼女を押さえつけた。
なんとか落ち着いてもらおうと、席に座らせる。
「マイ!!あんたも他人事じゃないからね!!北野だって行くかもしれないんだから!!」
「えっ!?でも、北野は部活あるし、行かないんじゃ…。」
「そんなの分からないでしょ!?誘われたら部活より優先するかも!!」
「そんな、まさか…。」
新木さんはそんな事あるはずないと笑っている。
そのとき、教室に赤井君の声が響き渡って、教室の注目を集めた。
「今日、一組の子達と遊びたいやつ、手ぇ挙げろっ!!」
その声に反応するようにクラスの男子たちが、赤井君の周りに寄り集まっている。
そして7、8人が手を挙げていて、中には北野君の姿もあった。
「今日、部活休みだから、行くぜっ!」と言っている。
それを見た新木さんが、あゆちゃんの手をガシッと掴んだ。
「行く!!後をつけようっ!!」
「っし!!マイはやる気になった!!後、一緒に行くのは誰!?」
新木さんとあゆちゃんはやる気満々で、私は強制参加だろうな…と思ってため息をついたのだった。
強烈な女子たちの登場でした。