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理系女子の恋  作者: 流音
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35、うたた寝


体育祭が終わると中間テスト週間に入り、私は一学期の期末より点数を上げなければいけなかったので、今までの数倍は勉強を頑張った。

煩悩のない状態で勉強をしたかったので、授業が終わったらすぐ家に帰り部屋に閉じこもる。

高校受験のとき並に勉強に時間を費やしたと思う。


その甲斐もあって、私は一学期の期末よりも大幅に点数がアップして、お母さんの機嫌をとることにも成功した。


そのため今は燃え尽き症候群で、少し寒くなってきたベランダでぼーっとしていた。


勉強しているときは、変な事を考えなくても良かったので、打ち上げであゆちゃんに言われた事なんかどこかに飛んでいた。

でも、今は違う。

テストも終わり、お母さんという関門を突破した安心感から、事あるごとに思い出して頭を抱えた。


自分が井坂君の特別だなんてあり得ない…


期待してしまったらもっとという欲が出てきてしまう。

今の距離を保つためには、下手にそういう事は考えない方がいい。

私は勘違いしないように、しっかりと自分の心に刻みつけた。


そうしているとベランダの扉が開いて、島田君が顔を覗かせた。


「あ、ここにいた。マンガの続き持ってきたよ。」


島田君が、以前貸してくれたベルリシュモデルのマンガを、二冊持ってこっちにやって来た。

そして私の横に座るとマンがを差し出してきた。

私はそれを受け取るとお礼を言った。


「ありがとう。これ、すっごく面白いよ。家で何回も読み返しちゃったし。」

「そっか。気に入ったみたいで良かった。オススメした甲斐があったなぁ~。」

「ホント、島田君ってマンガに詳しいよねぇ~。」


私は続きの巻をパラとめくって中を見た。


「俺なんて、まだまだ可愛い方だと思うけどなぁ~。内村なんか部屋中マンガだらけだぜ?行ったときビックリしたよ。」

「へぇ~。そういえば、いっつもマンガ読んでるもんね。」


私は後ろの席の彼がいっつもマンガを読んでいるのを思い出した、それも毎回違うものだった気がする。

高校生のおこずかいでよくそれだけ買えるものだ。


「一回、聞いてみるといいよ。家に何冊ぐらいあんのか、谷地さんなら教えてくれるかも。」

「……?私ならってどういう意味?島田君が聞けばいいじゃない?」

「いや~、俺が聞いても教えてくれなかったんだよね。軽く流されちゃってさぁ。」

「それなら、私にも教えてくれるはずないよ。」


私は島田君のように明るくて誰とでも仲良くなれる人がダメだったなら、自分なんてもっと無理だろうと思った。

でも、島田君は声を出して笑うと「試せば分かるよ。」と言っているし、意味が分からない。

私はふうと息を吐くと、マンガに目線を落として読み始める。

気になっていたので、キリの良い所まで読んでしまいたかった。

島田君はそんな私を邪魔しないように、黙って空を見上げているようだった。

私は頭の隅で用事がなくなったなら教室に戻ればいいのに…と思ったけど、読む方へ意識を集中する。


そうしてしばらくそうしていると、島田君が腰を浮かせてこっちに寄ってきた。

彼の肩がぶつかって、私は距離が近い事に驚いてマンガから彼に目を移した。

島田君は私の持ってるマンガをじっと見ていて、覗き込んできただけだと分かって警戒を解いた。


「読みたいの?」

「違う、違う。あまりに真剣だから、どこ読んでるのかと思っただけ。」

「なんだ。」


私はマンガに目を戻すと、もう少しでキリの良い所までいきそうだったので読んでしまう事にした。

相変わらず島田君が近いけど、少しの辛抱だと思って気にしないようにする。

すると、またベランダの扉がカラカラと開く音が聞こえて、私は誰だろう?と思って扉の方を見て息を止めた。

そこには井坂君が立っていて、私たちを見下ろして言葉を失っていた。


「おう、井坂。何の用だよ?」


島田君が私から肩を離すと尋ねていて、私はあゆちゃんの言葉もあって彼から目を逸らした。

意識しない…勘違いはしない…いつも通り…

私は自分のドクドクと速くなる心臓を落ち着けようと、バレないように小さく呼吸を繰り返した。


「……なんの用って…。二人で何やってたんだよ?」

「マンガ渡してただけだけど?前、貸してたベルリシュモデルのやつ。」

「あぁ…それか…。……なら、もう用事は済んだんだろ?」


井坂君の声が最後の方に一際低くなって、島田君がすぐに返事をしなかった。

私は自分の事でいっぱいいっぱいで、二人の様子が変わったことなんかそっちのけだった。


「ははっ!分かったよ。用事も済んだから、サッサと戻ります~。」


島田君はそう言うと、立ち上がって教室へ戻っていったようだった。

私がハッと我に返って顔を扉に向けたときには、井坂君が立っているだけだった。

井坂君はこっちに来ると、島田君とは違って肩が触れるか触れないかの微妙な所に腰を下ろした。

私は肩に自然と力が入って、触れないように努力する。


「……それが続きなんだ?」


井坂君がマンガを見ているのに気付いて、私は持ってたものを差し出した。

でも彼は受け取らなくて、ふっと微笑むと「読んでたらいいよ。」と言った。

私はその言葉に甘えると、読んでいた続きを開いて目を落とす。

そして読み進めようとするのだけど、島田君のときと違って集中できない。

隣に大好きな人がいるというのに、マンガなんか読んでていいのだろうか…と思ってしまう…。

全然、内容が頭に入ってこないのでパシンとマンガを閉じると、彼の膝の上に置いた。


「先に読んでいいよ。」

「え…、でも谷地さんが島田から借りたんだろ?」

「だから、今だけ。昼休みが終わったら、返してもらうから。」


私は膝を抱え込むと、空を見上げて言った。

すると横から声を殺した笑い声が聞こえてきて、「んじゃ、遠慮なく。」とマンガの開く音が聞こえた。

私はちらっと横目でマンガを読んでいる井坂君を見て、こんな幸せな時間に感謝した。


二人っきりの昼休み…、静かなベランダに並んでいる。

何か話をするわけじゃないけど、一緒にいるってことがすごく嬉しい。


私は少し冷たい空気を鼻から吸い込むと目を閉じた。

するとウトウトとしてきて、いつの間にか私は深い眠りに落ちてしまったのだった。





***





そして私が目を覚ますことになったのは、赤井君の大きな声だった。


「起きろーっ!!」


私は突然聞こえた大声に飛び上がるように目を開けた。

そのとき頭に重みを感じて、何度も目を瞬かせると目の前に赤井君がしゃがみ込んでいるのが視界に入った。

私が頭の重みに逆らうように傾いていた頭を持ち上げると、肩に誰かの頭が倒れてきた。

私はその頭が井坂君の頭だと気づいて、目を剥いて息が止まった。


「井坂!!起きろっつーの!!」


赤井君が井坂君の寝顔を見たまま固まっている私の代わりに、井坂君の顔を叩いて声をかけた。

叩かれたことでさすがに目を覚ましたのか、井坂君の顔が険しく歪んだ。

私はだんだんと状況を理解してきて、少し寒いはずなのに体から汗が噴き出してきた。

井坂君はゆっくり目を開けると、私の肩から頭を持ち上げたあと、寝惚け眼で固まってる私を見た。

その瞬間みるみる目が大きく見開かれて、彼の瞳に私の驚いている顔が映る。


「仲良いのはいいけどさ、もう先生来てるんだけど?」


赤井君が固まってる私たちを見て、ため息をつきながら飽きれた様に言った。

そしてその言葉に最初に反応したのは、井坂君だった。


「うぇっ!?なっ…何やってた…!?俺!!」


彼は焦って立ち上がると、たたらを踏みながら頭を抱えてウロウロし出した。

私はやっと止めてた息を吐き出して、転がってるマンガに手を伸ばした。

それを重ねながら、昼の行動を思い返す。


「…もしかして…」


私は相当恥ずかしい状態で寝てたのではないだろうかと思って、赤井君をおそるおそる見た。

赤井君はニコッと良い笑顔を浮かべると、両手を重ねて顔の横にもっていくと、小首を傾げて『ねんね』のポーズをとった。


「いや~、二人がこう重なり合って寝ててさぁ。カップルみたいだったぜ?」

「――――――っ!?」


私は赤井君の言葉にマンガを抱えて立ち上がると、顔が熱を持って真っ赤になった。

井坂君も予想外だったみたいで、私と目が合った瞬間に逸らして耳まで真っ赤になってしまった。


「おーい。そろそろ授業、始めてもいいかぁ?」


私の後ろ側に位置する扉から先生が顔を出してきて、私は裏返った声で「はいっ!」と返事をした。

そして、楽しそうに笑う赤井君と一緒に三人揃って教室に戻ったのだけど、クラスメイトの視線が痛くて私はずっと俯いたまま素早く席に座ったのだった。


そのときあゆちゃんが振り返ってきて、ニヤッと笑いながらからかってきた。


「幸せそうに寝てるから、放置しちゃったんだよね。ごめんね?」

「あゆちゃんっ!!」


知っていて起こしてくれなかった彼女に苛立って、小声で怒りをあらわにした。

あゆちゃんは笑顔を浮かべたまま前に向き直ってしまって、私は恥ずかしさで5限目の授業が全然頭に入ってこなかったのだった。





***





その日の休憩時間は女子のみんなにからかわれて、散々だった。

それは井坂君も同じようで、度々怒鳴り声が聞こえてきていた。

このときほど席が遠くて良かったと思った日はない。


私は勘違いしないようにしてきたのだが、あのときの井坂君の反応が頭の中で繰り返されていて、じわじわと期待が胸を占めていく。


あんなに耳まで真っ赤になった彼を見たのは初めてだった。


あのときだけは、私と同じ気持ちだったと思う。

それだけに思わないようにしてきた欲が顔を出し始めた。


井坂君の…彼女になりたい…


私はそこまで望まないようにしてきた。

でも、あんな顔を見せられたら、もっとその顔を見たくなってしまった。


どうしよう…


どうしよう…


私は目が合った瞬間の熱い灼けるような感情を燻らせて、胸が今までにないほど熱く苦しかった。








初々しい二人でした。


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