33、体育祭 後篇
借り物競争を終えて、井坂君に支えられてクラス席に戻ってくると、島田君が「ムッツリー!!」と言いながら井坂君を茶化しにやってきた。
井坂君はもちろん島田君を叩いて黙らせていたけど、クラスメイトの反応は島田君と似たようなもので、私もあゆちゃんたちにニヤニヤと見られて居心地が悪かった。
それから競技も進み、残すは男子の騎馬戦と棒倒しを残すのみとなった。
まず最初の団体競技は騎馬戦。
井坂君は赤井君と北野君と一緒に騎馬を作っていて、上には島田君が乗っていた。
島田君はやる気満々のようで、手を組みながら前をまっすぐ見据えていた。
その姿に勝ってくれると、確信を持った。
一回戦は黄組との対決で太鼓の音で始まると、先頭の赤井君が前に猛ダッシュしていった。
仲間から外れていく騎馬を見て、私たちは息を吸いこんだ。
「何やってんのー!!赤井!!真面目にやれっ!!」
あゆちゃんが手を振り上げて怒り出して、女子からは非難轟々だった。
案の定、一つ抜き出た騎馬は良い的にされてしまい、黄組に取り囲まれてしまう。
島田君が応戦しようともがいていて、赤井君は辺りを見回して抜け道を見つけると島田君を落としそうになりながら逃げ出した。
その潔い姿に私は笑いが我慢できなかった。
「あはははっ!何やってるの?」
「バカじゃないの?あいつら。突っ込んで逃げるとか、カッコ悪いでしょ。」
「逆にあんだけ囲まれて逃げられた事がビックリなんだけど。」
私たちはバカなクラスメイトに怒りから呆れに変わる。
そうやって話している間に他の騎馬が頑張ってくれて、何とか一回戦は突破した。
最後まで赤井君たちの騎馬は生き残っていて、今にも落ちそうな島田君だけが可哀想だった。
そして決勝は当然のように白組が勝ちあがってきて、白組と向かい合う騎馬はさっきとは違うように見えた。
というのも始まっているのに、さっきのようには飛び出さずに島田君が仲間に指示を飛ばしている。
雰囲気から白組に対しては本気だと伝わってきた。
さすがに一位がかかると変わるらしい。
ホント、うちのクラスは何でも一番に拘ってくれるので有難い。
私は赤井君たちの騎馬と佐伯君が騎馬になっている白組を見て、勝って!!と手を合わせた。
そこからは一進一退で、こっちが一騎減れば向こうも一騎減るという緊張状態が続き、お互い残り三騎となってしまった。
その中には赤井君たちの騎馬も佐伯君の騎馬も残っていた。
すると後ろで支えていた井坂君が赤井君に何か言っていて、それを聞いた赤井君が少しずつ佐伯君の騎馬に近寄っていった。
それに合わせて他の二騎も進んでくる。
そしてそれぞれが一対一になると、勝負が始まった。
島田君が相手のハチマキを奪おうと奮闘している。
下から井坂君たちが声をかけてるのが見える。
それを見て私たちの応援の熱も上がる。
「頑張れーっ!!」
「やっちゃえーっ!!」
「勝てーっ!!」
私たちの応援が届いたのか、島田君がハチマキを高々と掲げて、私たちは飛び上がって喜んだ。
ハイタッチしながら抱き合う。
しかし、まだ騎馬が残っていて、赤井君は助けに向かうために走り出した。
そして島田君が向かい合っている騎馬の後ろから器用にハチマキを奪っていく。
そこからは勝負が決まったようなものだった。
最後の騎馬のハチマキもあっさりと囲んで奪うと、赤組は騎馬戦で優勝した。
私たちは拍手を送りながら、「やったーっ!!」と喜んだ。
この騎馬戦の勝ち点のおかげで、赤組がトップに躍り出て、残すは棒倒しの結果に委ねられることになった。
ここで白組に負ければ確実に逆転される。
しかし白組より上にいけば赤組の優勝は確実だ。
私たちは騎馬戦から戻ってきた男子たちに称賛を送ると、疲れている彼らに声をかけた。
「残すは棒倒しだけだよ!!今度も絶対白組に勝ってきてね!!」
あゆちゃんが手を叩きながら、腕を突き上げた。
それを見た赤井君が笑顔を浮かべて声を張り上げた。
「勝つに決まってんだろ!!ここまできたら優勝もぎ取る!!」
「っしゃーっ!!やるぞーっ!!」
赤井君に続いて北野君が声を上げて、男子が次々と立ち上がった。
そんな中、私の目は井坂君に釘付けで、井坂君が小声でなにかを呟いたのが目に入った。
なんて言ったのか気になったけど、それがみんなの声にかき消されて私の耳には聞こえてこなかった。
そして棒倒しのアナウンスがかかると、クラスメイトたちは靴を脱いで裸足になり始めた。
みんな気合十分で、体操服の袖を捲り挙げたり、ハチマキをギュッと締め直したりと真剣な面持ちでグラウンドに向かっていく。
私は井坂君の頼もしい背中を見送りながら、自分の中の揺るぎない気持ちに決意を固めていた。
やっぱり…私は井坂君が好き…
これで負けてしまって、佐伯君から何を言われようとも関係を切ろう。
自分の気持ちはハッキリしてるのに、気を持たせるなんて最低だ。
私は勝ち負けはもうどうでも良いので、怪我だけしませんようにと手を組んで祈った。
*
棒倒しは一回戦を青組と戦い、危ない場面もあったけれどなんとか勝ちを進めた。
決勝は騎馬戦と同じ白組。
白組は体格の良い人も多くて、棒を守る姿は鉄壁に見えた。
赤組は一年が多いのもあって、皆体格は細い人が多いからだ。
瞬発力では勝てそうなのだけど、守りが少し不安だと思った。
「なんか…同じ高校生なのに、肉の厚みが違うよね…。」
横であゆちゃんが私と同じような感想を言った。
「そうだね…。あんまり無茶し過ぎないといいけど…。」
あれだけ盛り上がっていたので、うちのクラスのメンバーだったら何がなんでも突っ込んでいきそうだ。
私は棒が立っていく様子を見ながら、ギュッと手を握りしめた。
そして攻めるメンバーと守りのメンバーに別れて、攻めるメンバーの中に井坂君や赤井君、島田君の姿があった。
三人は固まって何やら相談している。
そしてピストルの音が鳴り響くと、両者一斉にスタートした。
グラウンドの中央でお互いの攻めるメンバーがすれ違う。
相手の固まりに着くと、まず赤井君が突っこんでいって、島田君が赤井君を台にして人の塊に乗り上げた。
その後から井坂君も同じように赤井君のサポートを受けて固まりに突っ込んでいく。
島田君は身軽なので、白組を足台にしながらあっさり棒まで辿りついてしまった。
白組の人も黙ってないので引きずり降ろそうと手を伸ばしている。
そこへ後から突っ込んできた井坂君が割り込んできて、島田君を押し上げている。
そのおかげで島田君がお猿さんのように棒にしがみついて、井坂君は赤井君に向かって何か叫んでいる。
「あーっ!!赤組の棒が!!」
あゆちゃんの悲鳴を聞いて、私が赤組の棒に目を移すと赤組の棒が今にも倒れそうに傾いでいた。
体の大きな三年生が棒にしがみついているからだ。
私はハラハラしながら白組に目を戻すと、赤井君がいつの間にか棒にしがみついていた。
どうやら井坂君が赤井君を押し上げたようだった。
さすがに二人は支えられなかったようで白組の棒も傾いてきた。
いけっ!!
私は二つの棒がゆっくり倒れるのを見て、判定になったと感じた。
ほぼ同時に地面に棒が倒れたからだ。
審判を務めている体育委員が三人いて、何やら話したあと手を白組の方へと挙げてしまった。
その直後に『勝者白組!!』とアナウンスがかかる。
それを聞いて、私たちはその場にへたり込んだ。
「うそーっ!…今の同時でしょっ!?」
「判定がおかしいっ!!」
あゆちゃんは拳を握りしめて声を張り上げた。
私はダメだったか…と落胆したけど、頑張ったんだから仕方ないと気持ちを入れ替えた。
そして善戦したクラスメイトを出迎えようと立ち上がって、グラウンドに目を向けると様子がおかしいのに気付いた。
勝ったはずの白組のメンバーがザワついていて、棒の場所から動こうとしない。
私は嫌な予感がして、ロープからグランドに足を踏み入れた。
あゆちゃんも気づいたのか、私の肩を叩いて走り出した。
私はあゆちゃんの背を見ながら、白組の棒の倒れている場所へ走った。
そのとき痛めた足が痛んだが、そんな事を構ってる余裕はなかった。
私は何かを見下ろして立ち尽くしている白組のメンバーをかき分けて、中央に近付くと井坂君と赤井君が倒れているのが目に入った。
「赤井!!」
「井坂君っ!!」
私たちが二人に駆け寄ると、島田君が二人の顔をペシペシと叩いたまま顔を上げた。
私は目を閉じてる井坂君を見て、何があったのか気になった。
「何で…さっきまで何もなかったのに…。」
「あー…なんか棒が倒れるときに足を滑らせたっぽくて、勢いのまま倒れて頭打ったみたいなんだよ。」
島田君が説明してくれて、私は井坂君の体を揺すった。
怪我しないようにって祈ってたのに…
私は早く目を覚まして欲しくて揺する力が強くなる。
「井坂君っ!!井坂君!!」
大丈夫…きっと脳震盪を起こしてるだけだ…
私は手が震えてきそうになって、口を引き結んで気持ちを強く持つと震えを抑え込んだ。
そのとき井坂君の顔がけわしく歪んで、気がついたのが見て取れた。
「井坂君!!」
私が名前を呼ぶと井坂君はゆっくり目を開けて、「勝った?」と聞いてきた。
自分のことより結果を気にする姿に、私は苦笑しながら彼を小突いた。
島田君が「だっせぇ!!」と言って爆笑している。
私はとりあえず何ともなかった事にホッとして、井坂君から赤井君に目を向けた。
赤井君はまだ目を覚ましてないようで、あゆちゃんの声が響いている。
先生も深刻そうな顔で担架を呼んでいる。
私は赤井君も気になったので、井坂君を置いてあゆちゃんの横に駆け寄った。
「赤井の奴…上の方にいたから、倒れるときの衝撃が井坂より強かったのかも…。」
島田君がボソッと言っていて、私は大丈夫なのか不安になった。
あゆちゃんは今にも泣き出しそうで、赤井君の肩を揺すり続けている。
そのとき担架が運ばれてきて、とりあえず保健室に運ぶことになったようだった。
保健の先生は「脳震盪を起こしただけよ。」なんて言って笑っていて、少し安心する。
あゆちゃんは保健室に運ばれる赤井君に付き添うようで、一緒に保健室に向かって歩いていってしまった。
私はそれを見送ると、ふと視線を感じて横を向いた。
そこには佐伯君がいて、私は約束のことを思い出した。
そうだ…佐伯君の話を聞かなきゃいけないんだ…
私は分かってるって事を伝えようと、佐伯君に向かって軽く頷いた。
すると佐伯君は少し笑みを浮かべて会釈してから、クラス席に戻っていった。
私はその場でため息をつくと、自分の中の気持ちをハッキリと持ってクラス席に足を向けた。
**
結果は優勝、白組。
二位以下は赤組、青組、黄組の順番だった。
そして表彰式を終えて、教室へ戻った私たちはお通夜のような雰囲気だった。
みんな言葉数も少なく、負のオーラが漂っている。
そんな雰囲気を吹き飛ばそうと元気な島田君が声を上げた。
「打ち上げしよーぜ!!今日は時間も早いし、近くのファミレスでいいよな!!制服のまんまでいいから、みんなそこに集合な!!」
保健室にいる赤井君だったらきっとそう言うだろうと思って、みんなは口々に「行くか!!」とか「俺ら頑張ったもんな!!」と気分を上げているようだった。
島田君は「赤井もきっと来るから!」と言って、ニッと笑っていて、暗かったみんなにも笑顔が戻る。
私は誰もいない自分の前の席を見て、あゆちゃんにこの事を伝えなければと思った。
体操服を鞄に詰め込むと、佐伯君が来る前に保健室へ行こうと教室を後にした。
痛む足を無視しながら急ぎ足で保健室へ向かうと、前から佐伯君が歩いてきて私は立ち止まった。
「あ…あの、ちょっと待っててもらってもいいかな?クラスメイトが保健室にいて…伝えなきゃいけないことがあって…。」
私が教室を飛び出した理由を説明すると、佐伯君は笑顔で「分かった。教室の前で待ってる。」と言ってくれた。
私は「ありがとう!」とお礼を言うと、保健室に向かって足を速めた。
そして急いで保健室まで来ると、コンコンとノックしてから扉を開けた。
中にいたあゆちゃんが振り返ってきて、私は彼女に声をかけながら中に入った。
「赤井君の様子、どう?」
「うん。まだ、目は覚めないみたい。健やかな顔してるから安心はしてるんだけどね。」
あゆちゃんはさっきと違って優しい笑顔を浮かべた。
私は二人の邪魔をするのもな…と思って、用件だけ伝えることにして口を開いた。
「あのね、今日の打ち上げを近くのファミレスでやるんだって。それで、赤井君の目が覚めたら…そこに来てもらうことってできそう?」
あゆちゃんはちらっと赤井君を見てから、ふっと頬を緩ませて笑った。
「赤井だったら、絶対行きたがるよね。うん。目が覚めたら一緒に行くよ。」
私はその言葉に大丈夫そうだと安心すると、扉に手をつけて帰ることにした。
「じゃあ、私は先に行くね。」
「あ、詩織。」
扉を開けたところであゆちゃんが立ち上がって引き留めてきて、私は振り返った。
「…この後…大丈夫?」
あゆちゃんは心配そうに言って、私は佐伯君の事を言われてると感じて笑顔で頷いた。
赤井君のこともあるし、彼女にはこれ以上心配をかけさせたくない。
「大丈夫だよ。行ってくるね。」
私はあゆちゃんに手を振ると、素早く保健室を後にした。
あゆちゃんには大丈夫と言ったものの、やっぱりどこか緊張し始めて、私は何度もため息をつきながら足を進めた。
頭の中で違うかもしれないという淡い期待を浮かべる。
私は教室棟へ入ってくると、階段の前に井坂君が立っているのに気づいた。
その姿を見て、私は足を止めた。
井坂君はズンズンと私に向かってくると、手に持っていた鞄を差し出してきた。
「はい。打ち上げ行くだろ?」
私は差し出された鞄が自分のものだと気づいて、わざわざ持って来てくれたのかと思った。
それを受け取りながら井坂君を見上げる。
「うん…。ありがとう。」
「足、痛めてるんだから…ファミレスまで一緒に行くよ。いこ。」
井坂君の言葉を聞いて、私は咄嗟に首を振った。
佐伯君を待たせているのに、まだ打ち上げには行けない。
私はまっすぐに井坂君を見ると、一度唾を飲み込んでから無理やり笑顔を作った。
「まだ、行けないんだ。人と約束があって。だから、先に行っててくれていいよ。」
私は待たせるのも嫌だったので、そう言ったのだが、どこか彼の機嫌を損ねてしまったようで井坂君の表情が変わった。
「…約束って誰と?」
「…それは…。…井坂君には関係ないよ。とっ…とりあえず教室に戻らなきゃ。」
私は追及されるとポロッと口に出してしまいそうだったので、教室に向かおうと足を進めた。
すると井坂君が私の通り道を塞ぐように壁に手をついた。
私は目の前の彼の腕を見つめて、思わず足を止める。
「……行くなよ。」
囁くような小さな声でそう聞こえてきて、私はゆっくり井坂君の顔を見た。
井坂君は真剣な顔で瞳を震わせていた。
その瞳が今にも潤んできそうで、私は息を飲み込んだ。
「行くなよ。」
今度はハッキリとした声で言われて、私は鞄を抱えたままその場から動けなくなった。
行く先を塞ぐ壁ドンをやってみたかっただけです///
どうなるかは次話にて…。