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理系女子の恋  作者: 流音
33/246

32、体育祭 前篇


体育祭前日――――


いつもと変わらず教室にやって来た佐伯君が意を決したように告げてきた。


「体育祭で白組が勝ったら、放課後…俺に時間をください!!」


私はまさかの可能性を導き出していたので、すぐに返事ができなかった。

佐伯君はまっすぐに私を見つめて頬を赤くしていて、真剣さが伝わってきた。

私はその真剣さに頷くしか選択肢はなかった。


「分かった。いいよ。」

「勝ったら、教室まで迎えに来るんで待っててほしいっす。」

「うん。じゃあ、待ってる。」


私の返答に佐伯君は嬉しそうに笑顔を浮かべると、ペコッと頭を下げてから教室へ戻っていった。

私は気づいてしまった好意にどうすればいいのか結論が出なくて、扉に手をついて項垂れた。


どうしよう…もし…告白だったら…


私は自分のしてきたこととはいえ、時間を巻き戻したくなってきた。

どうか安易に要望を受け入れた頃に戻って欲しい!!

そしたら受け入れたりしなかったのに!


私は大きくため息をつくと、教室に戻ろうと振り返って誰かに頭をぶつけた。


「ご…ごめんなさい。」


一歩後ずさって顔をあげると、また井坂君が私を見下ろしていた。

私は井坂君にだけは知られたくなくて、サッと目を逸らした。

そしてそのまま教室の中へ逃げるように足を進める。


そのまま自分の席に急いで座ると、新木さんと話をしていたあゆちゃんの服を引っ張った。

あゆちゃんは新木さんと話すのをやめて振り返ってくれた。


「ど…どうしよう…。来ちゃった…。」

「来ちゃったって何?何があったの?」


あゆちゃんが興味津々で顔を近づけてきて、新木さんまで私の机の横にやってきた。

私は言われたことを思い返して、あゆちゃんに伝えた。


「体育祭で白組が勝ったら…時間をくださいって言われた。」


私の言葉に二人は息を止めると、みるみる目を見開いて悲鳴を上げた。

その悲鳴にクラスの注目が集まる。

私はそんなに悲鳴を上げられると思わなかったので、顔をしかめて悲鳴に耐えた。


「何!?何事!?」

「なんなの!?」


近くにいたゆずちゃんや篠ちゃん、タカさんもやって来て、女子の塊になった。

あとからアイちゃんとツッキーもやって来る。

隣の島田君まで加わって来ようとして、アイちゃんに「男子禁制!!」と追い返されていた。

そして私の机にみんなの顔が寄り集まって、私は説明を促された。


「…柔道部の…佐伯君って人に…体育祭で白組が勝ったら、時間をくださいって言われたんだ…。これって…勘違いじゃなければ…例のアレだよね…?」


私は誰か一人でも「勘違いだよ!」と言ってくれるのを期待した。

でも帰ってきたのはさっきより小さな悲鳴と、テンションの上がった声だった。


「うそーっ!!それってどう見ても告白だよね!!ね!!」

「最近、よく会いに来るなーって思ってたんだよね!!まさか一番手が谷地さんだったなんて!!」

「ひゃーっ!!なんかキュンキュンするーっ!!」

「しおりん!やっぱモテ期だよ!!」


みんなの反応から勘違いではなさそうだと感じて、私はどうしようかと頭を抱えた。


「…もし…告白だったら…どうすればいい?」


私の問いに皆の顔が離れていく。


「そんなの好きだったら、付き合えばいいんじゃない?」

「そうだよ。見た感じ硬派でカッコいいし。」

「谷地さんはその人の事、どう思ってんの?」


ツッキーにズバリと訊かれて、私は悩んで首を傾げた。


「…嫌いでは…ないけど…。好きでも…ない…かな…。」

「何それ!!微妙!」

「分からないなら、試しに付き合ってみるってのもアリだと思うけど…。」


篠ちゃんが腕を組んで言って、私は顔をしかめた。

そんな軽い気持ちで応えるのは…正直、嫌だ。

するとあゆちゃんが皆を宥めるように両手を出してきた。


「まぁまぁ、まだ告白って決まったわけでもないし。言われてから考えなよ。大体、白組が勝てば…なんでしょ?私たちの赤組が勝てば何の問題もないわけじゃん?」


あゆちゃんの冷静な見解に、盛り上がっていた皆が落ち着いて納得した。

私もそういえばそうだと少し気持ちが楽になった。


「とりあえず、赤、白、青、黄の4色の中で、白よりも上に行く!それでいいじゃん!!幸いうちのクラスは運動部の人も多いし、大丈夫だって!」


あゆちゃんの言葉に私は全力で頷いた。

そうだ!!約束をなんとしてでもなかった事にする!

そうすれば、何もなかったようにいつも通りの日常に戻れる。


私は女子のみんなの協力も得て『打倒白組』を打ち立てたのだった。




***




体育祭当日――――


私は赤いハチマキに半袖、短パンの体操服に上から長袖のジャージを着込んでいた。

グラウンドの色分けされた長椅子に『1ー9』と印をされた所に腰を下ろす。

私の出る種目は綱引きと借り物競争の二つだけ。

後は応援するしかできないだけに、私は気が気じゃなかった。

元々、女子の種目は少なく、ほとんどが男子の種目だ。

特にポイントが高いのが騎馬戦に棒倒しといった団体競技。

私のクラスは男子が多いので、勝つ確率は高い。


でも他の色にも同じ男子の多い『2-9』『3-9』の先輩たちがいる。

特に白組には『3-9』の一際体の大きな三年生がいるだけに、そこが不安要素だった。

私は続々と集まる生徒たちに目を向けながら、その中に佐伯君を見つけてしまった。

彼は私を見ると照れくさそうに顔を俯かせて歩いていってしまった。


私はそれを見送って、頭を抱えた。

自然とため息が出る。

今までこんなに気分の悪い体育祭があっただろうか…?

私は気持ちだけでもしっかり持とうと頬を両手でパンパンと叩いた。


「すっげー気合。どうしたんだよ?」


西門君がハチマキを頭に巻きつけながら、私の隣に腰を下ろしてきた。


「今日は絶対に勝たなきゃダメなの。」


私は自分に言い聞かせるためにハッキリと声に出した。

西門君は首を傾げると「変なの。」と言って笑みを浮かべた。



そして開始時間になって、高校で初めての体育祭が始まったのだった。




***



最初のスタートは順調だった。

50M走、100M走と個人種目で赤組の人は上位に食い込んでいた。

それから女子の玉入れ、綱引きと進んで、私は綱引きで勝ち進み。

なんとか白組に勝って女子は一位になった。

けれど男子は一回戦で白組に負けて、三位という結果になった。

ポイント的に五分五分の展開が続いて、お昼の時点で一位が白組、二位が赤組、三位が黄組、四位が青組となった。


とりあえず二位で白組の後ろにぴったりつけているので、結果はまだ分からない。


私はお昼ご飯をかけこむと、借り物競争に向けて準備体操でもしようと中庭で大きく伸びをした。


勝てるよね…大丈夫だよね…


私は前屈すると、つま先を手で持ってから動きを止めた。

そして体を起こして、ふっと息を吐く。


こんな事を考えるのがまず間違いだよね…


私はどんな結果になっても、佐伯君と向き合わなければと思った。

仮に赤組が勝って、告白…かもしれないものを回避できたとして…

佐伯君と話をしている以上、もしかしたらそういう空気になるかもしれない。

そのときは…避けられないんだから…


私は腕のストレッチもしておこうと腕を抱えて横を向いたとき、こっちを見ている井坂君と目が合った。

私はその態勢で固まって、彼から目が離せなかった。

井坂君はこっちに向かって歩いてくると、同じようにストレッチし出した。


「気合入ってるよな。そんなに勝ちたいんだ?」


井坂君に訊かれて、私はストレッチを再開しながら頷いた。


「うん。絶対…白組に…勝ちたいんだ。」

「そっか。じゃあ、俺も本気で白組叩き潰すよ。」


叩き潰すと言った言葉に井坂君を凝視した。

なんだか物騒な気配が漂ったように感じたからだ。

でも井坂君はいつも通りで、私は気にしないように手足をぶらつかせたのだった。




***




そして、とうとうやってきた借り物競争。


私は順番が回って来るのをあゆちゃんと並んで待ちながら、どんなお題が出るのかドキドキしていた。

だって先にスタートした女子たちは自分のクラスに走っていって、誰かの名前を呼びながら男子と手を繋いでゴールしたり、中には先生と手を繋いでゴールしたりと、ものではなく人とゴールしていたからだ。


「これって借り物なんだよね?何で人とばっかりゴールしてるの?」


あゆちゃんが私と同じ疑問を思っていたようで、不安そうに尋ねた。

私は分かるはずもなかったので「さぁ?」と首を傾げる事しかできなかった。


それから先にあゆちゃんの番が回ってきて、あゆちゃんは「絶対勝ってくるから!」と言うとスタートラインに行ってしまった。

私は手を組むと、あゆちゃんを応援した。

そしてスタートしたあゆちゃんは借り物の書かれた紙を見て、少し躊躇ったあとクラスの方へ走っていった。

誰かに手を伸ばしていて、私は目を細めて誰なのか見て驚いた。

あゆちゃんが手を繋いでいたのは赤井君だったからだ。


そこから導き出される内容は一つだった。


まさかマンガとかでよく見る『好きな人』とかじゃないよね…?


私は変に焦ってきて、自分がそれに当たったらどうしようと走ってもいないのに汗をかいてきた。

心臓もどんどん速くなってくる。

私はちらっとクラスの席を見て、井坂君がいるのを確認すると当たりませんようにと願った。


そして自分の番が回ってきて、スタートラインにつくと、まっすぐ借り物の書かれた紙を見つめた。

どれが当たりで…どれがハズレなんだろう…

私はそれを気にしながらも、スタートダッシュで遅れるわけにはいかなかったので号令に耳を澄ませた。

ピストルのパァンッという音に反応して、まっすぐ紙に向かって走る。

私は目の前の紙をめくると、目を通して一瞬固まった。


そして私は紙を握りしめると、勝つために足をまっすぐクラスの方へ向ける。


私は大好きな人へ目を向けて、名前を呼んだ。


「井坂君!!来て!!」


私に呼ばれた井坂君は驚いて立ち上がると、島田君に背を叩かれながらロープを跨いで出てきてくれた。

私は彼の手を掴むと、ゴールに向かって走った。

まだ誰もゴールしてない!!

私は走るのは苦手だったので失速しそうになったら、井坂君が足を速めて私を引っ張ってくれた。

足の速い彼に引っ張られる形で、なんとか一番にゴールテープを切った。


そして一番の番号札をもらって、大きく息を吐いてその場に膝をついた。


「谷地さん…はぁ…大丈夫?」


井坂君が手を差し出してくれて、私は心臓が大きく跳ねながらもその手をとった。

そして赤組の箱に番号札を入れると、井坂君と並んでクラス席に足を向けた。

そのときに井坂君がちらちらと私を見ながら、遠慮がちに尋ねてきた。


「そ…その…借り物の紙に…何が書いてあったんだ…?」


聞かれると思っていた問いに私はふっと息を吐き出して笑うと、握りしめていた紙を彼に差し出した。

井坂君は緊張しているのか、おそるおそる開くと私が見た時と同じように一瞬固まった。


「笑えるよね。『自分と同じ委員会の人』なんてさ。」


私は『好きな人』というお題が出ると思ってただけに、拍子抜けして固まってしまった。

結果的に選ぶ人は同じなんだけど、気持ちの入り方が違うだけにすごく安心してしまった。

井坂君は紙をクシャっと丸めると、渇いた笑いを浮かべた。


「だよなぁ。借り物なんて…この程度だよなぁ!」


井坂君は少し元気のない声で言っていて、何か違うことを想像してたのだろうか?と思った。


「なんかこんなお題で安心したよ。俺も借り物競争、頑張ろうっと。」


井坂君はいつもの笑顔を私に向けると、駆け足で席へを戻って行ってしまった。

私はその背中を追いかけようと足を速めると、横の席から出てきた人と接触しかけて、急に止まって態勢を強引に変えた。

そのとき無理に止まって足を捻ったせいか、右足首が少し痛んで顔をしかめた。


「あ、すんません!」

「いえ。大丈夫です。」


私は謝ってきた二年生?に笑顔で返すと、自分の右足を見下ろした。

右足首はズキズキと少し痛くなってきて、自分の出る競技は終わっていたので、席に戻らず救護テントへ行くことにした。

歩く度に痛むので、私はひょこひょこと変な歩き方をしながら救護テントへ向かう。

そのときあゆちゃんとすれ違ったので、救護テントに行く事だけを伝えた。

そしてやっとの思いで救護テントに着いたとき、ちょうど男子の借り物競争が始まる所だった。

保健の先生に事情を伝えて足首を診てもらいながら、グラウンドに目を向ける。

そこには島田君と井坂君が順番を待ちながら、何やら話していてすごく楽しそうだった。


一体何を話してるのかな…?


私は先生に手当をしてもらってお礼を言うと、これを見終わってから席に戻ることにした。

先に順番が回ってきたのは島田君のようで、お題を確認すると女子のときと同じようにクラスへ走っていった。

そして彼が呼び出したのは赤井君で、二人は手を繋ぐのが嫌だったのか、肩を組むと二人三脚のように走り出した。

その息の合った姿に笑いが漏れる。


一体、何のお題だったんだろう…?


私は二人が二番目にゴールしたのを見て、あんな走り方しなければ一位になれたんじゃないだろうかと思った。


そして島田君の次は井坂君のようで、スタートラインで肩を回したりして準備をしている姿が見える。

何をしててもカッコいいなぁ…と頬を緩ませながら、井坂君だけを見つめる。

彼は足も速いのであっという間に一番で紙まで辿りつくと、それを見てからなぜか固まってしまった。

周りの人がクラスへ向かっていくのに、井坂君は動こうとしない。

様子が変だと思って、私は椅子から立ち上がるとテントから一歩外に出た。


するとやっと井坂君がクラスへ向かって走っていって、誰かを呼んでいるようだった。

でも出てこないみたいでウロウロしている彼の後ろ姿が見える。

クラスメイトたちがどんどん立ち上がって、誰かを探している。

そうしたらあゆちゃんが何かを井坂君に叫んで、井坂君がこっちに振り返った。

井坂君がこっちを見てるのが分かって、私はまさか…と思った。


そして井坂君が走り出したのを見て、確信した。


お題って私なの!?


私は少しでも距離を縮めようとひょこひょこと前に出ると、井坂君が走りながら手招きした。


「谷地さんっ!!来て!!」


井坂君は私の手を掴むと、引っ張って走り出す。

でも、私は足が痛いのでどうしても速く走れない。


「ごめん!私、足捻挫しちゃって…。誰か代わりの人に頼めないのかな?」


私が焦っている井坂君に告げると、井坂君は大きく呼吸しながら真剣な目で言った。


「谷地さんじゃなきゃダメだから。」

「え…?」


「乗って!!」


井坂君は私の前にしゃがむと手を横に出した。

その格好から背負うという事が読み取れる。


「でっ…でも…重いよ?」

「いいから!!早く!!」


声を荒げた井坂君に気圧されて、私はしぶしぶ彼の背中に体をあずけた。

すると浮遊感がして井坂君が立ちあがると、「しっかりつかまってて!!」と言って走り出した。

私はおんぶされた状態で、彼の肩を掴む手に力を入れる。

競技のために仕方なくというのは分かってるけど、私はおんぶされてる事がすごく嬉しくて顔が緩む。

井坂君の体温を直に感じて、すぐ近くにある井坂君の後ろ頭を見つめる。

胸がずっとキューっと苦しくなっていて、何だか泣きたくなってくる。


勝ち負けなんてどうだっていい…ずっとこうしてたいな…


私は自分の欲に目を瞑ったとき、走るスピードががくんと落ちてゴールした事が伝わっていた。

井坂君はゆっくり私を背中から下ろすと、『4』と書いてある札を受け取っている。

それから四位だったんだと分かって、自分が足を引っ張ったと心苦しくなった。


「ご…ごめんね…。井坂君…。私が捻挫なんかしちゃって…。」

「はぁっ…はぁっ…いいよっ…そんなこと…っ…。」


井坂君は相当しんどかったのか、息が全然落ち着いてなくて、自分の体重が重かったんじゃないだろうかと思って背筋が冷えていく。

私はそこまで私を選ばなきゃならなかったお題が気になって、遠慮がちに尋ねた。


「あの…さ…代わりのきかないお題って…一体何だったの…?」


井坂君はその問いに明らかに肩をビクつかせると、赤組の箱に札を入れにいくとお題の紙まで丸めて箱に放り込んでしまった。


「あ…。」


私は何だったのか知る術がなくなって、口を開けたまま井坂君を見つめた。

井坂君は私に振り返ると、何も聞かなかった事にしようとしてるのか私に肩を回してから歩き出した。

私は彼に支えられながら、じっと横顔を見て足を進める。


「あのさ…お題…。」

「教えないよ。あんなのただのゲームだろ。」

「そ…そうだけど…。」


井坂君はまっすぐ前を見つめたまま、ピシャッと言い切った。

私は何だったのかがすごく気になってモヤモヤしていたけど、こうして支えてもらって歩いているのも幸せだったので、追求するのはやめることにしたのだった。










井坂のお題がなんだったのか…

それは赤井視点の番外編で描こうと思っています。

楽しみにお待ちいただければ…と思います。

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