30、日常の変化
文化祭が終わって一週間経ち、私の周囲は文化祭前と少し感じが変わっていた。
まず一つに男の子によく話しかけられるようになった。
同じクラスの男子はもちろんの事、他のクラスの名前も知らない人に話しかけられることが増えた。
それはお化けのメンバーは皆そうなようで、あゆちゃんも色んな男の子に話しかけられているのをよく見る。
男子メンバーの赤井君や井坂君はもちろんの事、今まであまり女子と接点のなかった北野君や長澤君、村中君まで他のクラスの女子に話しかけられていた。
これは文化祭で一位になって注目を集めた事が大きな要因となっているようだった。
まぁ、たくさんの人と話ができるのはコミュニケーションの練習にもなるので、私としてはそこまで苦痛ではなかった。
タカさん曰く『モテ期到来』らしいけど、別に告白されたわけでもないので実感はない。
ましてや5月ごろまで地味だった私がモテるだなんて、世の中がひっくり返ってもあり得ないだろう。
弟にだって家で散々言われている。
『いくら見た目を変えようとも、中身が地味女なんだから一生モテねーよ!』と――――
我が弟ながら良い事を言う。
私はイベント効果で勘違いしないように、自分に弟の言葉を沁みこませた。
そして次にクラスの女子の輪が文化祭を通じて広がったことだ。
今まであゆちゃんやタカさんとしか深い話はしたことがなかったのだけど、文化祭以降女子全員(って言っても8人だけなんだけど…)でお昼ご飯を食べるようになった。
あゆちゃんと私のいる窓際が定位置になってお弁当やパンを持ち寄って、色んな話を展開する。
一番は恋バナであゆちゃんの赤井君に対する想いはもちろん、新木さんの想い人まで発覚して私は驚いた。
新木さんはサッカー部の北野君が好きらしい。
教えてくれたときの新木さんはすごく乙女で可愛かった。
他の女子面子はというと、吹奏楽部に在籍中の千葉柚木さん。みんなは『ユズ』と呼んでいる。
女子剣道部に在籍中の篠原茜さん。通称『篠ちゃん』
女子の中でも一際クールで男の子っぽい女子の福田月奈さん。『ツッキー』って男子からも呼ばれてるのを見たことがある。
そして最後にあゆちゃんや新木さんと同じ女子バスケ部の水谷藍さん。『アイ』と呼び捨てにしてと言われたけど、私はアイちゃんが精一杯だった。
みんなそれぞれ明るくて話しやすい女の子たちだ。
これから少しずつ仲良くなれたらいいなって思ってる所だ。
そして、文化祭の次にくる秋の大イベント二つ目、『体育祭』があと二週間後と迫った日、私たちのクラスでは種目のメンバー決めが行われていた。
壇上ではいつものように学級委員である赤井君が「立候補ー!」と声を上げている。
その姿を見ながら、こういうのは体育委員の仕事じゃないんだろうかと思った。
ホント…赤井君って、でしゃばりっていうか…目立ちたがり屋っていうか…
私は運動が得意じゃないというのもあって、できるだけ目立たない種目に出場したかった。
黒板に書かれた種目を見ながら、綱引きや二人三脚辺りかなーと思っていると、あゆちゃんが振り返ってきた。
「詩織!!一緒に借り物競争に出ない!?」
「借り物競争?って…なんか何が出るか分からなくて怖いんだけど…。」
「それがいいんじゃん!!何が出るか分からないから、ドキドキハラハラするでしょ!?それを楽しむの!」
あゆちゃんの輝くような笑顔を見て、私はまた押し切られそうになった。
「でもさ…私、走るの苦手なんだけど…。」
「借り物競争なんだから関係ないって!ね!?やろうよ!!」
「わ…分かったよ…。」
「やった!!」
私があゆちゃんの勢いに押されて頷くと、あゆちゃんは早速手を挙げて「詩織と借り物競争やりまーす!」と赤井君に告げた。
赤井君はそれを聞いて借り物競争の文字の下に私とあゆちゃんの名前を書きこんだ。
そのとき男子メンバーが井坂君と島田君の名前が書いてあるのに気付いて、あゆちゃんを見つめた。
あゆちゃんは分かっていて借り物競争と言ったようで、親指を立ててウィンクしている。
さり気なく協力してくれたあゆちゃんに私は心の中で感謝した。
***
ある日の休み時間、私が次の授業の教科書を取り出していると、隣の席の島田君が椅子を寄せて話しかけてきた。
「谷地さん。マンガって好き?」
「いきなりどうしたの?」
突然の質問に私は教科書を机に置いてから島田君の方を向いた。
島田君は一冊のマンガを取り出すと、私に差し出してきた。
「これ、すっげーオススメなんだけど、読む?」
「…どんなマンガ?私、少女マンガしか読んだことないんだけど…。」
私は島田君からマンガを受け取って、パラパラと中を見た。
絵が少女マンガと違って新鮮だった。
「これさ、実はあるバンドをモデルにした話なんだよね。幼馴染4人で結成されたバンドがインディーズを経て、デビューしていくプロセスストーリーなんだけど、どう?興味ある?」
内容を聞いて、私はあるバンドが頭を過った。
「まさか…あるバンドって…ベルリシュのこと!?」
「せいかーい!!なんか、谷地さんがそのバンド好きだって聞いてさ、こりゃこのマンガも好きなんじゃねぇかなって思って。」
島田君の言葉に私は笑顔で頷いた。
「うんっ!すっごい興味ある!!へぇ~、ベルリシュの歴史がマンガになってるんだぁ~。」
「今、結構巻数出ててさ、一巻読んでみて、面白かったら続きも持ってくるよ。」
「うっそ!ありがとう!!すごい嬉しい!早速、家で読んでみるね!」
私はベルリシュの大ファンだっただけに、ベルリシュ関係のものは何でも知りたかった。
島田君の心遣いに胸が躍る。
島田君は照れ臭そうに頬をかくと、優しい笑顔を浮かべた。
「それ、人気連載だよ。」
後ろからボソッと話しかけられて、私は内村君に振り返った。
内村君は読んでいたマンガを閉じると、私の持っているマンガを指さしてきた。
「今、青年漫画誌で連載されてて、バンドの裏側にも切り込んでるから映画化のオファーもきてるらしい。」
「へぇ…詳しいね。内村君。」
「僕、こういう話には敏感だからさ。でも、映画化にはならないらしいよ。なんせモデルがあまり顔出ししないバンドだからさ。」
「そうだよねー。ベルリシュは音楽だけで届けたい人達だから。」
私はベルリシュの信念は曲がらないんだなと思って、自分の事じゃないのに誇らしかった。
「谷地さんってホントにベルリシュ好きなんだなぁ~。意外だよ。」
「そう?私、中学からの大ファンだよ?」
「いいよね。ベルリシュ。」
後ろから内村君が賛同してくれて、私はこんな近くに仲間がいたと嬉しくなった。
「内村君も好きなんだ!?」
「うん。ウォークマンに入れて持ち歩いてるぐらいだから。」
「わぁ!!仲間だね!私はウォークマンなんて買ってもらえないから家で聴く専門だけど。」
私は井坂君に続いて内村君とも仲良くなれそうだと思った。
内村君は少し俯いてしまって表情が分からなくなったけど、頬に力が入っているのが見えて嫌がられてはいないと感じた。
すると横から焦ったように島田君も「俺も好きだよ!ベルリシュ!!」と言いだした。
私は急に仲間が増えて嬉しくて頬が緩みっぱなしだった。
「なーんの、話をしてるのかな~?」
私がニヤける顔を貸してもらったマンガで隠していると、井坂君が島田君の背後からのしかかってきた。
島田君は突然の井坂君の登場に「あだだだっ!」と言って抵抗している。
「今ね、島田君からマンガ貸してもらったんだ。」
私が井坂君に説明すると、井坂君が手を伸ばして私の手からマンガを取ってしまった。
そしてパラパラとめくりながら顔をしかめている。
「これベルリシュの話なんだって!知ってた?」
「へぇ…そんなのがあるんだ。お前、よく知ってたな。こんなマンガあること。」
「俺を誰だと思ってる!マンガに関しては詳しいんだよ!!」
私はゾンビナースのマンガの事も思い出して、島田君=マンガになりそうだった。
「ふ~ん。じゃあ、谷地さん、読み終わったら…次、俺に回して?」
「あ…うん。」
「は!?何で勝手に井坂にも貸す流れになってんの!?」
井坂君が私にマンガを返してきて、島田君が抗議し始めた。
井坂君はそんな島田君の肩を掴むと力を入れ始めた。
「いいよなぁ?谷地さんにだけ貸して、俺に貸さない理由なんかないだろ~?」
「あだだだっ!!分かった、分かったよ!!勝手にすればいいだろ!!」
なんだか仲の良い二人を見て、私は自然と笑みが漏れた。
「あははっ。仲良いよねぇ。いいなぁ~男の友情って。」
私の感想に二人は顔を見合わせると声をそろえて「どこが!!」と言って、気まずそうにまた顔を見合わせている。
私は笑いが止まらなくて、どこまでも息のぴったりな二人が面白かった。
そのとき教室の入り口から「谷地さーん!」と呼ばれて、入り口に顔を向けると瀬川君が手を振っていた。
私はマンガを机に置くと席を立って、瀬川君のところへ足を速めた。
「ごめんな~谷地さん。」
「ううん、いいけど。何の用?」
私が廊下に出て尋ねると、瀬川君が隣に立つ男子を示した。
どこかで見たことあるなと思ったら、文化祭のときに瀬川君と一緒に来た人だと思いだした。
背が高くて少し強面の軍隊に所属するような印象の人だった。
どう見ても同い年には見えない。
「こいつが谷地さんと話がしてみたいんだってさ。」
「私と?どうして?」
「どうしてって…それは察してくれよ…。」
「はぁ…。」
私は直立不動のその人を見て首を傾げた。
その人はきちっとお辞儀すると「佐伯航大っす!」と名前を名乗ってくれた。
「…谷地詩織です…。」
私は声まで軍隊みたいだなと思って、迫力に押された。
「こいつ、女子に免疫なくてさー。それを直すつもりで話してやってよ。悪い奴じゃないからさ。」
「そうなんだ。でも、そんな大役を私でいいの?」
「いい、いい。こいつが谷地さんが良いって言ったんだからさ。」
私がいい…?
私が佐伯君を見上げると、佐伯君は照れてるのか頬が赤かった。
免疫がないっていうのは本当らしい。
「そういう事だから、見かけたら話してやってくれよな。」
瀬川君はそれだけ言うと、佐伯君を残して教室に戻って行ってしまった。
私は佐伯君と残されてどうしようかと思った。
いきなり話してくれと言われても困る。
まぁ、自分もコミュニケーションの練習のつもりで話題をふってみよう。
「えっと、佐伯君だったよね?」
「うす。」
「佐伯君は何か部活やってるの?」
「柔道部っす。」
「そうなんだ。なんか体格からも想像できるかも…。すっごい逞しいよね。」
私の褒め言葉に佐伯君は真っ赤になってしまって、そんな反応をされた事がなかっただけに次の言葉が出てこなかった。
どうしよう…なんかこっちまで照れるんだけど…
私は免疫つけるってどうすればいいんだろうか…と考え込んだ。
「そ…その…。」
佐伯君が何か言おうとしていて、私は考えるのをやめると彼をじっと見つめた。
彼は真っ赤な顔のまま目を逸らしながら口を開けたり閉めたりしている。
「やっ…谷地さんは…何か部活されてるんすか…?」
「私?私は残念ながら帰宅部なんだ。進学クラスだし、親も厳しくて…家で勉強したりしてるよ。」
「そうっすか…大変っすね…。」
「そうでもないよ。部活頑張ってる人の方が大変だと思う。佐伯君だって柔道頑張ってるんだよね?」
「うす。自分にはそれしか取り柄がないんで。」
「取り柄があることが羨ましいよ。」
私は自分には何もなかったので、ベルリシュのように何かコレだというもののある人が羨ましかった。
佐伯君はちゃんと自分を出せるものを持っているんだから、もっと胸を張ってもいいと思った。
佐伯君は私と目を合わせてくると、意を決したような表情で口を開いた。
「そっ…良かったら…練習…見に来ないっすか?」
「練習?って柔道の?」
私が尋ねると佐伯君は何度も頷いた。
私は柔道なんて生で見たこともなかったので、行ってみるのもいいかもしれないと思った。
「いいよ。場所って体育館の横だっけ?」
「うす。格議場っす。」
「分かった。じゃあ、見に行くね。」
「うす!!」
ここで初めて佐伯君が笑ってくれて、私は少しは打ち解けられただろうかと思った。
人見知りだった私にしては上出来だと思う。
佐伯君はちらっと視線を後ろに投げかけると、ペコッと頭を下げてから教室に歩いていってしまった。
それを見送って教室に戻ろうと振り返ると、真後ろに井坂君と島田君がいて驚いた。
「――っ!!っくりしたー…。後ろにいたなら声をかけてくれればいいのに…。」
私は心臓が縮み上がって、ドッドッと速い音を奏でている。
井坂君は私を見下ろしてくると、私をじっと見て口を開いた。
「あいつ、初めて見る顔だったよな。何しに来たわけ?」
「あー…うん。なんか女子慣れしてないらしくて、私に話し相手になって欲しいんだってさ。何で私なのかは分からないけど。」
私は笑いながら説明した。
「ふ~ん…。自分のクラスの女子に頼めばいいのにな。」
「…そうか。…そうだよね?」
井坂君に指摘されて、確かにそうだと思った。
私が良いって言ってたけど、ここまで来るのが面倒じゃないんだろうか?
私は頼まれた理由もふわふわしていたので、謎が深まるようだった。
「さっきさ、何か約束してなかった?」
井坂君の横から島田君に明るいテンションで訊かれて、私はさっきした約束を答えた。
「うん。柔道部らしくて、練習見に来ないかって言われたから…。見に行く事にしただけ。」
「俺も行く。」
「へ?」
井坂君が即答してきて、私は井坂君を見上げた。
井坂君は少し不機嫌なのか眉間に皺を寄せていて、私を指さすと言った。
「行くとき、俺に声かけてくれよな。一緒に行くから。」
「うん…いいけど…。そんなに見に行きたいの?」
「そんなんじゃねぇよ。とにかく行くから。約束な。」
井坂君はそれだけ言うとすぐ近くの自分の席に座って、机に突っ伏してしまった。
それを島田君と一緒に見下ろしながら、島田君が「俺も行くよ。」と言ったのに苦笑で返したのだった。
詩織のモテ期到来です。
新キャラの佐伯君をよろしくお願いいたします。