2、委員会
私は委員会を決めた日から、井坂君がどんな人なのかを観察する毎日を送っていた。
彼は一言で言ってしまえば、声が大きい人だ。
教室のどこにいても井坂君の声が聞こえてくる。
あとはクラスの目立つグループのメンバーで友達が多くて、女子とも仲が良い。
他のクラスにも友達がいるようで、ときどき同じ中学だったという友達が男女問わず訪ねてくる。
私は同じ中学の友達はナナコと西門君ぐらいだったので、その友達の多さが羨ましくなった。
いや、なに羨ましいとか思ってるんだ、私!!
私は今まで思った事のない気持ちに自分で自分に思いっきり突っ込みを入れる。
何だかあの目が合った日から、私はおかしい。
事あるごとに隣を気にしてしまうし、やけに井坂君の声が耳につく。
私はいつも通りの自分に戻ろうと机の中を漁って次の授業の準備をすることにした。
「しおー!!」
私を中学のときのあだ名で呼ぶ声が聞こえて、私が教室の入り口に目を向けるとナナコが手を振っているのが見えた。
ナナコから来るのは初めての事で、私は驚いて椅子を倒しそうになりながら立ち上がった。
「ナナコ!どうしたの!?」
私は何か緊急事態かと思って彼女に駆け寄った。
ナナコはそんな焦った私を見ながら、いつものように笑顔を浮かべている。
「慌て過ぎだよ。今日、委員会があるらしいから、しおは何になったのか聞きに来たの。」
「あ…そうなんだ。私はまた美化委員になったよ。ナナコは?」
「好きだねー美化委員。私は図書委員に入ったよ。しおも一緒だったら良かったのにね。」
「だねー…。委員会決める前に何にするか聞いとけば良かったなぁ…。そしたらナナコと同じ委員会なれたのに…。」
私は知り合いのいない委員会になりそうだ…と思って気落ちした。
するとナナコが何か思い出したのか、私の肩を叩いた。
「まぁまぁ、私のクラスの美化委員は瀬川君だよ。同中だし、話し相手になってくれるんじゃない?」
ナナコが励ますように言ってくれて、私は瀬川君の顔を思い出した。
瀬川歩君は同じ中学のクラスメイトだ。
中学のときは同じ塾に行っていて話すことも多かったけど、バスケ部でモテていたので学校ではほとんど話した事がない。
小学校も同じだから気心は知れているんだけど、高校生になった今、あの頃のように話せるか自信はない。
「…そっか。まぁ、委員会なんてすぐ終わるだろうし大丈夫だよね。あ、私のクラスの図書委員はタカさんだよ!ナナコの助言もあって、今では休み時間色んな話するぐらい仲良くなったんだぁ~!!」
「良かったじゃん。私からもそのタカさんにしおの事よろしくって頼んでおこうかな。」
「え~!ナナコやっさしい~!!」
私は保護者のような顔をするナナコに抱き付いた。
ナナコは恥ずかしそうに私を押し返してくる。
やっぱり私の事を一番分かってくれてるのはナナコだなぁ~!!
私は親友が同じ学校にいるだけで救われるようだった。
するとチャイムが鳴って、廊下の向こうから先生が歩いてくるのが見えた。
ナナコはそれに気づくと慌てて教室へと戻っていってしまった。
私も先生が来る前に教室の中へと戻る。
そして自分の席についたとき、ふと視線が突き刺さって右を向いた。
そこにはあの日と同じように井坂君が私を見ていて、視線が合ったことに体がビクッと反応した。
距離が近かっただけに慌てて逸らす。
また地味顔とか…思われてんのかな…
私は教科書を開きながら、向けられている視線を気にしないよう努めた。
***
そしてその日の授業が終わり、委員会に向かうため廊下側の席にいたタカさんに声をかけた。
「タカさん、途中まで一緒に行こう?」
「うん。しおりんは二年三組だっけ?」
タカさんが鞄を肩にかけながら、椅子から立ち上がった。
私は教室から先に出ると、タカさんに顔を向けて頷いた。
「うん。美化委員はそうみたい。タカさんは図書室だよね?私の友達の木崎那々子って子も一緒だから、見かけたらよろしくね。」
「へぇ、中学の友達?」
「うん。もう幼馴染みたいなもの。小学校から一緒だからね。」
「すごいね…。っていうかしおりんは幼馴染みたいな関係の人多いね。西門君もそうなんでしょ?」
タカさんにしては珍しく目を輝かせて言った。
私は数少ない友達たちを思って苦笑した。
「そうだけど…。もう腐れ縁って感じだからなぁ…。タカさんは同中の人いないの?」
「う~ん…。私はクラスの大半が同中みたいだよ。って言ってもクラスの多い中学だったから、同じクラスになった事があるのって10人ぐらいだと思うけど。」
「へぇ…そんなにいたんだ。知らなかった…。」
私はタカさんから初めて聞く中学のクラスメイトの話に興味津々だった。
一体誰と同じ中学だったのか気になるなぁ…
私は二年生の教室に行く階段を上りながら、タカさんを見つめた。
「ねぇ…ちなみに同中の人って誰?」
「一番目立つ人で言うと、赤井君かな。そのグループのメンバーはほとんど同中だと思う。」
「へぇ~…。」
私は背が高くてだるそうにしている赤井君を思い返して、席替えのときに笑われた事に顔をしかめた。
あれは…今思い出しても恥ずかしいな…
できるなら彼の記憶から消去されてますようにと祈る。
「あ、あとはしおりんの隣の席の井坂君も同じ中学だよ。」
井坂君と言われて、私は相槌をうつ事もできなくなって固まった。
ここのところ観察していたから、名前が出ただけで何だか胸がざわつく。
「そういえば美化委員一緒だったよね。井坂君って中学のときからサボり魔だから、気をつけた方が良いよ。」
タカさんが心配してくれている言葉に私は笑顔で頷いた。
まさか…タカさんが井坂君と同じ中学だなんて思わなかったな…
私は目が合ったときの事を思い返して、変に心臓が動悸を奏で始める。
タカさんは三階に行く階段に足をかけると、私に向かって「委員会頑張ろうね。」と言って駆け上がっていってしまった。
私はそれを見送ると、二年生の階に来ていたので三組に向かって足を進めた。
慣れない二年生の廊下を歩いて三組の教室に入ると、教室内を見回してどこに座ろうか考えた。
すると窓際の机に井坂君が突っ伏しているのが見えて、隣に座るべきか悩んだ。
こういうのってクラスごとに座った方がいいんだよね…
井坂君が起き上がって話しかけられたりしたら気まずいな…とも思ったけど、私は自分に気合を入れるように鼻から息を吸いこむと、井坂君の隣の席に腰を下ろした。
机の上に筆記用具とメモ帳を置いて、なんとなく左隣りの井坂君に目を向ける。
井坂君は私が座ったことにも気づいてないのか、それとも寝てしまっているのか顔を上げなかった。
顔を上げられても困るだけに、私は内心ホッとした。
すると教室の入り口に大きなスポーツバックを肩から下げた瀬川歩君の姿が見えた。
彼は今日もモテていたのか、周りの女子に何かを言ってから教室に入ってきた。
私はそんな彼をじっと見て、中学から変わらないな~と思った。
「あ、谷地さん。」
瀬川君が私に気づくと、爽やかな笑顔を浮かべて近寄ってくる。
私は内心こっちに来るの!?と思って、教室の外から瀬川君を見てる女子の姿が気になった。
「会うの久しぶりだな~。塾に合否を言いに行った日以来じゃねぇ?」
瀬川君は私の気も知らずに隣の席に座ると、塾のときと同じようにフレンドリーに話しかけてきた。
「あはは…そうだね…。」
話してない期間が嘘みたいなんですけど!
っていうか外の女子!!私を見ないで!ただの昔馴染みですから!!
私は瀬川君を見てる女子が気になり過ぎて、やっかまれないように彼から目を外して適当に答えた。
彼はそんな事にまったく気づかずに、私をしばらく見てからふっと笑い出した。
「谷地さんって…昔っからホントぶれないよなぁ~。」
なんだか前にも聞いたセリフだな…と思ったが、仲良く話す義理もなかったので返事はしなかった。
「谷地さんって今、理系クラスにいるんだよな?」
「うん。まぁ…そうだけど…。」
「光汰の奴、一緒だろ?」
『光汰』と名前で言われて一瞬誰のことか分からなくなった。
あとから西門君の事だと気づいて「あぁ。」と頷いた。
「一緒だけど。それがどうしたの?」
「うん?いや?本当に一緒だったんだと思ってさ。」
「何、それ?変なの?」
瀬川君は意味深に笑顔だけ向けてきて、気持ち悪かった。
西門君と一緒だったら何なの??
私はこの空気を壊すためにも何か話題をふろうと目を瀬川君に向けると、スポーツバッグからはみ出しているバッシュが目についた。
「…瀬川君、またバスケ部に入ったんだ?」
「もちろん!俺が得意なのこれだけだしね。」
私は中学のときも瀬川君は必死にバスケを頑張っていた事を思い出した。
「谷地さんもバスケ好きでしょ?」
「へ…?何で知ってるの?」
「だって体育の授業のとき、バスケのときだけ顔違ったから。いつも面倒だな…って嫌そうな顔してたのに、バスケの時はすっげー笑顔でさ。俺もバスケしてるとき同じ顔になるから、気になって見てたんだよね。」
瀬川君の言う通り、私は球技の中ではバスケが一番好きだった。
というのも背が他の女子よりも高かったので、有利だったからだ。
体育の授業は好きじゃなかったけど、バスケのときだけは張り切っていた。
まさか瀬川君に見られていたとは思わなくて、ちょっとだけ恥ずかしい。
「単純だって思ってるでしょ?」
「いや?バスケ好きな仲間がいて嬉しいけど?」
さらっと人懐っこい笑顔で返されてしまって、何も言えなくなる。
もう!これだから、モテる男は困る!!
気をもたせるような好感度ばっちりの言葉を言わないでほしい。
私は仕返しに褒め返すかと思って、口を開いた。
「私、バスケやってる人…好きだよ。だから、高校でも頑張ってね。」
私の突然の応援に瀬川君は驚いたように目を見開いたあと、私に向かってピースしてきた。
「任せろ!!インターハイで良い成績残せたら、報告に行くよ!!」
「……一応、期待しとく。」
私はふっと笑顔を作ると、机にのせた手を小さくピースした。
こういうまっすぐな姿に女の子は惹かれるんだろうな…
私は彼の小学校の幼い姿を知ってるだけに恋愛対象じゃなかったけど、騒ぐ女の子の気持ちは理解できた。
私も中学のときは人気者に恋するその一人に過ぎなかったから。
私は中学のときの痛い初恋を思い出しかけて、頭を振った。
すると教室に先生が二人入ってくるのが見えて、委員会が始まると思って前に目を向けた。
そのとき井坂君のことが気になって横に目を向けると、井坂君はまだ突っ伏していて起こそうか迷った。
……どうしよう…話しかけたこともないのに、声かけて大丈夫なのかな…
私は肩を叩こうと手を出しかけて、勇気が出ずにその手を引っ込めた。
寝てるこの人が悪いんだから、先生に注意されればいいや。
私はそう思って、目を前に戻した。
***
委員会が始まると、案の定…井坂君は先生に注意されて、眠そうに体を起こした。
そして横にいた私に鋭い目を向けて睨んでくると、何か言いたげな顔をしていた。
私は寝てた人が悪いと思って、その目を気にしないようにまっすぐ前だけ見つめていた。
そして最初の委員会だったので、自己紹介と教室掃除をきっちりする事という話だけで早々に解散となった。
瀬川君は終わると同時に「じゃあな。」と言い残して、部活に行くために走っていってしまった。
私はもらったプリントと自分の持ってきた荷物を手に持つと席を立った。
すると、隣の井坂君が立ちあがって、私の座っていた机に手をついて私を見下ろしてきた。
威圧的な雰囲気に私はビビって動けなくなる。
「……谷地さんさぁ…何で声かけてくれなかったんだよ?」
「え…?」
初めて井坂君に言葉を向けられて、私は体が強張った。
鋭い目が私を射抜いてくる。
「……さっき…委員会が始まるとき、隣にいたんなら起こしてくれても良かったじゃん。」
「……だ…だって…。それは寝てる方が悪いんじゃ…。」
私は井坂君に責められて、後ろめたさから視線を下げた。
何で…私が怒られなきゃならないの…?
「…同じクラスなのに、起こしてくれたっていいじゃん。たった一声かけるだけでいいのにさ。」
ずっと上からで物を言われて、私は小さく手が震えてくる。
起こさなかったのは悪いと思うけど…そこまで責められなきゃならこと…?
私は男の子からこんな風に言われた事がなかったので、怖くて目の奥が熱くなってきた。
人見知りも相まって緊張はピークだ。
すると彼から大きな舌打ちが聞こえてきて、私はビクッと肩を揺らした。
「…同中以外の奴とは話しませんってか。」
その言葉に私はハッして、顔を上げて井坂君を見た。
井坂君は光のない瞳で私を見ていて、私は急に胸が痛くなった。
ちがう…そんなことないって言いたいのに、声が出てくれない。
喉の奥に何かが張り付いたみたいに息をするのも苦しい。
これは…何…?
私は初めてのことにどうすればいいのか分からなくて、ただ怒っている彼を見つめるしかできない。
彼はそんな返事をしない私に痺れを切らしたのか、大きく息を吐くとだるそうに横を通り過ぎて行った。
私は彼がいなくなった後もその場から動けなくて、さっき言われた言葉が頭の中でグルグルとループしていた。
井坂拓海君。モテ男設定です。
この二人の関係の変化にご注目いただければと思います。