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理系女子の恋  作者: 流音
28/246

27、騒ぎ


「あれ!?谷地さんっ!?」


廊下に走る足音と能天気そうな声が聞こえて、私はふっと顔を上げた。

すると目の前に島田君がしゃがみ込んできて、私と目が合った。


「谷地さん、何でこんなとこいんの?さっき、井坂の奴が探し回ってたけど。」


井坂君が探してたと聞いて、そういえば避けたままだったと思いだした。

さっきまでの沈んだ気持ちが少しだけ浮き上がる。


「まぁ、いいや。ちょっと待ってて、あいつに電話するから。」


島田君がケータイを取り出してきて、私はそれを止めようと島田君の手を押さえた。

島田君が驚いた顔で私を見る。

私はこんな気持ちで井坂君に会いたくないだけだったのだけど、それを上手く言えなくて手に力を入れて俯いた。


新木さんと付き合ってるなんて言葉…今…聞いたら、笑顔を作れない…


私は笑顔で良かったねと言いたかったので、少しでも気持ちを落ち着ける時間が欲しかった。


すると何かを察してくれたのか、島田君がケータイをしまうと私の横に腰を下ろしてきた。


「谷地さん。何かあった?井坂の奴と。」

「……何もないよ。」


私は本当に何もなかったので、島田君の問いには意外とすぐに声が出た。

島田君はふうと息を吐くと、足を組み直して私の方を向いた。


「何もないのに、あいつに会いたくないの?」

「……そういうわけじゃないけど…。」


私は説明に困った。

さっきの嫌な気持ちを思い出して、また手が震えてきそうになる。

私はそれを片手で抑え込むと、じっと廊下の床を見つめて答える。


「ちょっと…嫌な事があって…、今…少し混乱してるから…。」

「嫌なこと…?それって…俺には言えないこと?」


島田君がまっすぐに揺らぎのない瞳で私を見てきて、私は心配させるのも嫌だったので少し微笑んだ。


「ううん。…そんなに大した事じゃないんだけど…。ちょっと三年生の先輩に絡まれたっていうか…。」

「絡まれた!?それって昨日ナンパされたっていう三年生とか?」

「……よく知ってるね…。」


私は昨日あの場にいなかった島田君が知ってることに驚いた。

島田君はしまった!という顔をすると、口を手で押さえて私から目を背けた。

その反応の意味が分からなくて、私は首を傾げた。


「そ…それで、絡まれて…谷地さんは大丈夫だったのか?」

「あ…うん。大丈夫だから…ここにいるつもりなんだけど…。」


私は軽く笑って答えた。

すると、急に島田君が私が押さえつけてる手を掴んできて、驚いた。


「大丈夫じゃないから、こうしてここにいたんじゃないの?」


普段はおちゃらけてる島田君が真剣な顔をしていて、私はさっき感じた怖さを思い出して俯いた。

抑え込んだはずの震えが戻ってきて、島田君にそれが伝わってしまう。


「ごめん…。言う通り…大丈夫じゃないかも…。」


私は誰かに聞いてもらえて安心して、俯いた目から涙が零れ落ちた。

その滴が頬を伝って、島田君と私の手の上に落ちる。


関係のない同級生の前で泣くなんて恥ずかしい…


私は涙が止まってほしくて必死に堪えようとするけど、蘇った怖さはなかなか消えてくれなくて止む気配がない。

私は声こそ出さないものの、鼻の奥が熱くて何度も鼻をすする。

すると島田君が手に力を入れてきて、少しずつ震えが収まっていくのを感じた。



そのとき右側の方向から人の悲鳴のような騒ぎ声が聞こえてきた。

そのあとに人の少ない廊下を走ってくる足音が聞こえてきて、私は少し顔を上げて音のする方を見た。


「島田!!ちょっとこいつ隠して!!」


そこには井坂君を引っ張っている赤井君がいて、後ろからあゆちゃんも走ってきた。

島田君は咄嗟に私から手を放して立ち上がると、赤井君に駆け寄った。


「な…何があったんだよ?」

「説明はあと!!お前、ちょっとこれ着ろ!!おい、井坂!!お前、教室に隠れてろ!!」


赤井君が井坂君からドラキュラのマントをはぎ取ると、島田君にかぶせた。

そして井坂君を教室に押し込もうと背を押している。

そのときに赤井君が私に気づいて、私に手を伸ばしてきた。


「谷地さん!!こいつ頼む!!」

「えっ…?何がどうなってるの…?」

「いいから!!ベランダまでいって隠れといて!!」


私は突然のことに涙が止まって、手で拭うと赤井君に変わって井坂君を教室の中へ押した。

そして二人で教室に入ると、赤井君が扉をピシャッと閉めてしまって廊下の音が聞こえにくくなった。

私は暗い教室内を見回すと何もしゃべらない井坂君を見て、とりあえず指示された通りベランダまで行こうと井坂君の腕を掴んだ。


「こっち行こう。」


私が軽く引っ張ると、井坂君は歩いてくれて、暗幕をくぐりながら何とかベランダに出た。

その間、やっぱり何もしゃべってくれなくて、私はベランダの扉を閉めるとそこにもたれかかった。

そしてただ立ち尽くしている井坂君を見て、今は声をかけない方がいいかなと思った。


それにしても何があったのかな…


私はさっきまでの暗い気持ちが吹っ飛んでいて、そのことが気がかりだった。

赤井君のあんなに焦った姿、初めて見たし…

井坂君がこんなになってるのも初めて…

何も教えてもらえなかったので、胸がモヤモヤして気になって仕方がない。


すると急に井坂君がしゃがみこんで、頭を抱えて俯いてしまった。

それを見て私は自分もゆっくりしゃがむと、井坂君の姿をじっと見つめた。

井坂君は腕を抱え込んで俯いていて、ピクリとも動かない。

そのとき井坂君の抱えてる手に目が留まって、彼の右手が赤くなっているのに気付いた。

少し血も出てるような気もする。


「井坂君、手…怪我してるよ?」


私は井坂君に近付くと怪我している右手に触れた。

すると井坂君がビックリしたように顔を上げて、私から離れた。


「や…大丈夫だから。」

「でも…血が出てるし…手当だけでも…。」


私は自分の鞄に絆創膏が入っていたなと思って、教室に戻ろうと井坂君に背を向けた。

そしてしゃがんだまま中の様子を窺って、誰もいないと分かると部屋に足を踏み入れる。

そのとき腕を掴まれて、私は体がビクッと反応して左に振り向いた。

そこにはいつの間に来ていたのか井坂君がいて、顔をしかめて私を見ていた。

何か言いたげな表情に私は教室に戻るのをやめると、井坂君の方へ体を向けた。


「…どうしたの?」


私が尋ねると、井坂君は少し迷ったように眉をひそめると口を開いた。


「…その…誤解してるんじゃないかと思って…。」

「誤解…?」

「…新木と…教室にいたこと…。」


言われて私はあのときの光景を思い出した。

また胸が岩があるように重くなってきて、私は無理やり笑顔を作った。


「あれ…か…、…ごめんね。邪魔しちゃって。わざとじゃないんだ。私、こんな格好だからシャツで隠そうと思って、シャツを取り帰っただけで…。もう、邪魔したりしないから!…その…遠慮なく…新木さんといてくれたら―――」

「それが!!―――っ…それが、誤解だから!!」


井坂君が腕を掴む手に力を入れて声を荒げた。

私は誤解という意味が分からなくて、口を閉じて彼をじっと見つめた。


「新木とは…普通に話をしてただけで…、っていうか…あいつの恋愛相談にのってただけで…邪魔とか…そんなんじゃないから。」


恋愛相談…

私はとんだ勘違いをしていたと分かって、胸の中の重い岩が崩れ去った。

胸が軽くなって呼吸が楽になる。


「そっか…。そうだったんだ…。」

「そ…そういう事だから。誤解だけはしないで欲しい。」


井坂君は照れているのか私から手を放すと、顔を反対方向に背けた。

私はホッとしたことで顔が自然と緩んできて、ニヤけ顔になるのを必死に堪えた。

でも嬉しくて少し声を出して笑うと、さっき島田君から聞いたことを思い出した。


「あ、そういえば。井坂君、私のこと探してたんだよね。何か急ぎの用があった?」


井坂君は飽きれた様に目を細めて私を見ると、大きくため息をついた。


「…そんなもんないよ。忘れて。」

「へ…?…わ…分かった。」


島田君の反応から余程の用件だと思ったのだけど、彼の思い違いだったのだろうか?

私は少し不思議だったけどとりあえず納得すると、絆創膏を取りに教室の中に戻ろうと扉に手をかけた。

するとその扉がガラッと勝手に開いて、教室から赤井君と島田君、それにあゆちゃんが顔を覗かせた。

赤井君の顔は明らかに怒っていて、赤井君は私を避けると井坂君の前まで進み出た。


「おい、井坂。何であんなことした!!」


いつもご機嫌な赤井君が珍しく声を荒げて怒っていて、私はただならぬ雰囲気に唾を飲み込んだ。

井坂君は黙ったまま顔を背けていて答えようとしない。

すると、あゆちゃんに服を引っ張られて、私はあゆちゃんと一緒に教室の中に入った。


あゆちゃんは暗い教室の中で立ち止まると、私に振り返って真剣な顔で重い口を開いた。


「あのね…私と赤井が二階にいたときに、井坂が三年の先輩となんか揉めてて…。」

「…揉めてた…?」

「うん。たぶん…普通科の三年生…チャラそうだったし…。それで…その、三年生三人に向かって、井坂が手を出しちゃって…。」

「手を出した…って、殴ったってこと?」


私は井坂君の右手の怪我を思い出して、まさかと思った。

あゆちゃんは顔をしかめて頷いた。


うそ…井坂君が…暴力を…?


私は彼はそんな事をする人じゃないと思っただけに、驚きを隠せなかった。


「何があったかは分からないけど、結構な騒ぎになっちゃって…先生まで出てきそうになったから、赤井が井坂を押さえこんでここに逃げてきたんだ。それで、さっき先生に事情を聞かれて…うちのクラスの奴じゃないって誤魔化したんだけど…。バレたら…停学になるんじゃないかって…思ってさ…。」


私は赤井君の怒っている理由が分かって、怒るのも当然だと思った。

だって停学なんて…進学クラスの人間にとったら、前代未聞じゃないだろうか…

それを赤井君の機転でひとまず防げたことが本当に良かったと思う。

私は詳しく聞きたくてあゆちゃんに一歩近づいて尋ねた。


「井坂君が揉めてた三年生って、何か井坂君と関わりのある人?」

「…う~ん…どうなのかな…?井坂と三年生が関わりあるなんて聞いたことないけど…。」

「じゃあ、その三年生ってどんな人だった?」

「三人ともチャラそうで…井坂の事知ってるみたいだった。あ、そういえば昨日来たお客さんかも。」


そこまで聞いて、私はまさかと思った。

あゆちゃんの言う人物に心当たりがあったからだ。


もしかして…


私は踵を返してベランダに戻ると、赤井君に掴みかかられている井坂君に近付いて手をとった。


「井坂君!!殴ったのって、昨日ナンパしてきた三年生じゃないよね!?」


井坂君は私の問いに目を見開いていて、その仕草が当たりだと直感した。

それが分かっただけで、私は説明に行かなければと足をまた教室へと向けた。

驚いているあゆちゃんの横を通り過ぎると、まっすぐ職員室へ走る。


殴った方だけが悪いなんて方針は間違ってる。

私は先輩たちのしてきた所業を告げ口しようと思った。

その現場を見た先生もいるんだから、確実性は増すはずだ。


私が職員室のある棟まで走ってくると、後ろから声をかけられた。


「谷地さんっ!!ストップ!!止まって!!」


声に反応して振り返ると、赤井君や島田君、あゆちゃんまでいて、私は足を止めた。

赤井君たちは息を荒げたまま呼吸すると、何度かむせてから言った。


「事情はなんとなく聞いた。谷地さんが責任感じてるのも分かる。でも、今はやめよう。」

「なんで!?悪いのはあっちなのに!!」


私は先輩たちに苛立っていて、この怒りを収めるには先生たちから処分を下してもらうのが手っ取り早いと思った。

赤井君は両手のひらを私に見せて、私を落ち着けさせようと笑顔を浮かべている。


「今、本当のことを言ったら、せっかく誤魔化したのに全部パァになるよ?やっぱりうちのクラスの人間かってなったら困るのは井坂だよ?」

「あ…。」


諭されて見落としていたと思った。

確かに…殴ったのは事実だから…私が先輩の事を告げ口すると、そこからもれなく井坂君の事までバレる事になる。

私は先輩たちにイラついていたけど、我慢しなければ井坂君のためにならないと思ってグッと堪えた。


「……分かった…。…今は…黙っとくことにする…。」

「ありがと。もし、バレたときは遠慮なく本当のことぶちまけてくれればいいから。そんときはよろしくな。」


赤井君が安心した笑顔で言って、私は大きく頷いた。


「もちろん。遠慮なんかしないよ。任せて。」

「ははっ。頼もしいな。」


私はいつも通りの赤井君の笑顔を見て、うちのクラスメイトは最高だと思った。

赤井君は井坂君のために動いていて、井坂君は私のために怒ってくれた。

自分だけが何も返せない事が不満だったけど、もしものときの事を考えて、先輩の名前とされたことをまとめておこうと心に決めたのだった。







次で先輩騒動は決着します。

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