26、沈み込む
文化祭2日目――――
昨日はフル回転で接客を頑張ったせいか体が異様に疲れていた。
それは他のお化けメンバーも同じなようで、疲れた様子の赤井君が声を発した。
「昨日は1日中頑張って、宣伝効果もあったと思うから、今日は時間を決めて開けようと思う。それで、俺たちも文化祭を楽しもう!」
「それがいいよ。文化祭実行委員が来るのは午後でしょ?じゃあ、午前中は休みにしよう!」
文化祭実行委員は出し物の評価をする人の事だ。
この人たちの評価で明日の結果が決まる。
クラス毎に来る時間が決まっていて、私たちのクラスは午後2時ごろ~だった。
赤井君はあゆちゃんの言葉に納得すると、「午前中は休み!!」と声を上げた。
それに、私はふーっと息を吐いた。
良かった…これで他のクラスに行ける…
私はタカさんと一緒に回ろうと、教室の外に足を向けた。
そのときあゆちゃんが「赤井、一緒に回ろうっ!」と言っているのが聞こえてきて、私は振り返った。
赤井君は「いいよ。」と言って笑っていて、私は順調なんじゃないかと思って頬が緩んだ。
そのとき井坂君と目が合って、私は声をかけるチャンスなのか?と欲が顔を出した。
いや…二人で回るとかあからさま過ぎるよね…
私は頭を振ると、考えを吹き飛ばして教室から外に出た。
廊下にはタカさんの姿がなくて、受付にいた西門君に尋ねた。
「ねぇ、タカさん知らない?」
「八牧さん?…さぁ?見てないけど…。」
「そっか…。」
私は探しに行こうと思って足を進めると、西門君に腕を掴まれた。
「しお!どこ行くんだよ!仕事は!?」
「あ…、あー。午前中は休みになったんだ。うちのクラスは午後からだってさ。だからタカさんと一緒に回ろうと思って。」
中で決まったばかりの事なので、西門君は知らなかったなと思って教えた。
すると西門君が立ちあがって、顔を輝かせた。
「じゃあ、一緒に回ろう!!八牧さんも探しながらさ!!」
「…え…別にいいけど。」
西門君の喜びように、私は若干引きながら返事した。
そんなに誰とも回れてなかったんだろうか…?
私は西門君が可哀想な人に見えてきて、同情してしまった。
そして西門君と並んで歩きながら、タカさんを探すことにしたのだった。
***
そしてタカさんを探し始めて、私は人の視線を集めていることに気づいた。
すごくジロジロ見られている。
というのもゾンビナースのままだったからだ。
最初こそ気にしないようにしていたのだけど、さすがに辛くなってきた。
「西門君…。ちょっと一回教室に戻るね。」
「え…何で?」
「何でじゃないよ!!見れば分かるでしょ!?」
私は何も気づいてない西門君を廊下に置き去りにすると、教室に向かって走った。
ナース服に慣れてきて抵抗がなくなっていた。
私は教室に向かう道中も注目されて堪らなかった。
もう、やめてー!!
私は心の中で悲鳴を上げながらも、なんとか教室にたどり着くと扉を開け放った。
すると入った所に井坂君と新木さんが二人で座っていて、私は息を飲み込んで固まった。
二人の顔が振り返ってこっちを向いて、私と視線が交わる。
「ごっ…ごめんっ!!お邪魔しました!!」
私はいけないものを見た気持ちになって、扉をバシンと閉めた。
閉めた瞬間に冷静になってさっきの状況を思い返した。
あれ…?何で…二人で暗い…教室に…?
私は嫌な想像をしてしまって、血の気がサーっと冷えていった。
胸に何かが刺さったみたいにズキンズキンと痛む。
そういえば…校外学習のときも楽しそうに二人で話してたっけ…
私は扉に手をついたまま、頭まで痛くなってきて片手で頭を押さえた。
そのとき扉がガラッと横に開いて、私は扉に体重をあずけていたので、そのまま前に一歩進んで扉を開けた人にぶつかった。
私は見覚えのある黒い衣装が目に入って、反射的に離れて見上げた。
そこには井坂君が立っていて、私は胸の奥に岩でもあるんじゃないかと思うほど重くなった。
「ごっ…ごめんなさい!!」
私は二人の時間を邪魔してしまったと思って、頭を下げるとその場から逃げ出した。
人気のない階段まで走ると、屋上目がけて階段を駆け上る。
屋上のある4階まで一気に駆け上がると、屋上の扉を開けて外に出た。
そして大きく息を吐きながらフェンスに向かって歩くと、背後から足音が聞こえてきて、私は思わず扉の横の壁の影になっている所に身を隠した。
バンッ!!と大きな音がして扉が開くと、井坂君のものだろう黒いマントが隙間から見える。
私は声を出さないように身を縮めて彼が帰ってくれるのを願った。
井坂君はしばらく辺りを見回していたようだったけど、諦めたのか大きなため息が聞こえると扉が閉まった。
私は緊張から止めていた息を吐き出すと、ホッと胸を撫で下ろした。
それからさっきの光景を思い返して、あゆちゃんの言葉が耳に響いた。
文化祭だもんなぁ…
こういうイベントってカップル増えるもんね…
私は二人がそういう仲になったんだと分かって、目の奥が熱くなってきた。
彼女になりたかったわけじゃない…そうじゃないけど…
誰かの井坂君になるなんて思わなかった…
私は自分がすごく甘い事を考えていたと、このとき初めて後悔したのだった。
そして私は泣きたくなるのを堪えると、大きく息を吸いこんで空を見上げた。
良かった…これは良かった事なんだ。
井坂君が好きな人と付き合えたんだよ。
喜ばなきゃ…
私は自分の気持ちを抑えこむと、自分に何度も言い聞かせた。
次に会ったら笑顔で良かったねって言えばいいんだ。
私はそう心に決めると、タカさんを探しに戻ろうと屋上の扉を開けて階段を下りた。
そのとき3階の廊下から昨日案内した先輩たちが姿を見せて足を止めた。
私は連れ去られそうになった経緯もあったので、なんとなく気まずくてペコッと会釈だけした。
そして足を速めて階段を下りようとすると、腕を掴まれた。
「昨日のナースちゃんだ。今日はお仕事いいの?」
「あ…あの…放してください…。」
私は馴れ馴れしい先輩の手を振り払おうと抵抗した。
しかし力では敵わなくて思いっきり引っ張られて、昨日と同じように肩を組まれた。
「お仕事ないなら今日は一緒に回ろうよ。お仕事中じゃなかったら大丈夫なんだろ?」
「そうそう。昨日のドラキュラ君も今はいない事だし。」
「あのっ!私…今、人を探してて、回る暇がないんです!」
私は肩にかかる先輩の重みに顔をしかめながら、必死に反論した。
「人なら一緒に探してあげるよ。そういえば、君なんて名前なの?」
「いや…あの、一人で探すので結構です。」
「そんなつれないこと言わないでくれよ~。」
「っていうか今年の進学クラスは可愛い子多いんだなぁ~。昨日行ってビックリしたよ。」
「俺も思った!!受付の子もネコの子も可愛かったよね!進学の理系なんてブスばっかりだと思ってたから意外だったよ。」
私の言葉そっちのけで話し始めてしまって、私はどうやって切り抜けようかと考えた。
力では敵わないし…何か興味のあるものに注意を逸らして…その瞬間に逃げようかな…
私はそう決めて、とりあえずこの人たちの興味のあるものを探ろうと会話に耳を傾けた。
「俺らの代は進学クラスの女子はハズレだったもんなぁ~。真面目すぎて、手も出せねーよ。」
「だよなぁ!やっぱ、女の子は年下が一番ってことだよ。ナースちゃんみたいに!」
「は…!?」
「その反応も初々しくて可愛いねぇ~。」
私は何か反応を間違えたのか、興味が私から離れなくてどうしようかと思った。
先輩たちは3年の廊下を人を避けながら進んでいく。
「っていうか!名前だよ!名前!何ちゃんっていうの?」
「あ…えっと……。」
名前を聞かれて答えたくないなと思ったので、交換条件をつけることにした。
「あの…名前は…私のクラスに投票してくれたら、教えます。」
私のクラスは優勝を狙っていたので、全校投票のためにこういう条件にした。
すると先輩たちは大声で笑い出して、私の肩をバンバンと叩いた。
「交換条件なんて女の子初めて会ったよ!!面白いね!いいよ!投票してあげる!」
「……本当ですか?」
「疑り深いね。ちゃんと約束するって。だから名前教えて?」
「…結果が出るまで教えないです。」
「えーっ!?なんかずるくない?」
「そんな事ないですよ!!大体、私だって先輩方の名前知りませんし!!」
私は子供みたいな先輩たちにイラッとしてきて声を荒げた。
先輩たちは怒っている私を見て目をパチクリさせると、また声を上げて笑った。
「あはははっ!!本当に面白いね、君。いいよ。教えてあげる。俺は川上雄大。」
「俺は菊池望。普通科の4組。」
「俺は久慈隆太。よろしく。」
3人は似たような決め顔で名前を言った。
川上先輩が髪が立っていて私の肩を掴んでる人で、菊池先輩は耳のピアスの印象的な人。
久慈先輩はマッシュルームみたいな髪型で前髪が長い。
私は特徴で覚えようと頭の中で整理した。
何かあったら職員室に名前を言いに行こう。
私はそう心に決めると、ため息をついて足を進めた。
そして2階に下りていくと、久しぶりに山地さんたちとバッタリ出くわした。
彼女は私を見るなり嫌そうな顔をして、私はここでピンと良い作戦を思いついた。
「先輩方!!あの彼女、すっごく可愛いですよね!」
「あ…あぁ、確かにすっごく可愛いな。」
「ですよね!!彼女、私と同じ1年なんですけど、ちょっと傷心中で…。一緒に回らせてあげませんか!?」
「そうなんだ!!いいね!可愛い子大歓迎!!」
先輩の興味を引くことに成功して、私は大満足だった。
山地さんは近づく私たちを見て逃げ出そうとしたけど、久慈先輩に手を掴まれて足を止めた。
「ちょっと!!何の用なのよ!!」
「おーっ!気がつえーなぁ~。」
山地さんは私をキッと睨むと、掴まれた手を振りながら声を上げた。
「谷地さん!!もう私には構わないでって言ったでしょ!?何なのコレ!!」
「ごめん。ちょっと付き合って。」
「はぁ!?あんた、拓海君はどうしたのよ!!」
井坂君の名前を出されて、私はさっきの光景を思い出して気持ちが落ち込んだ。
山地さんはそんな私に構わず、先輩たちに歯向かっている。
「名前なんていうの?」
「教えるわけないでしょ!?何なの!!」
「君、可愛いよねぇ。俺らと一緒に回ろうぜ?」
「ふざけんな!!誰があんたたちなんかと!!」
山地さんが必死に抵抗を続けてくれたおかげで、騒ぎを聞きつけた先生が廊下の向こうから走って来た。
「こら!!また、お前らか!何、下級生に絡んでんだ!離れなさい!!」
先生に注意されて、先輩たちはやっと私から離れてくれた。
「せんせぇ~。俺たち、楽しく文化祭回ってただけっすよ?」
「どこがだ!!一年生が嫌がってるだろ!!」
「いや~、そっちの子には盛大に嫌がられましたけど、こっちの子は―――」
菊池先輩から手が伸びてきて、思わず私は先生の影に隠れた。
先輩はそれを見てニヤッと笑うと、手を後ろで組み直した。
「いや~。俺らもまだまだっすね~。」
「何、言ってる!!いいか、文化祭だからといってハメを外しすぎるなと、何度注意したら分かるんだ!今年は最後の年なんだから、いい加減学習したらどうだ!!」
先生のお説教が長引きそうだな…と思って、私はじわじわとその場から離れて足を速めた。
そしてしばらく逃げて人気のない階段から一階に下りると、教室に戻ってきた。
助かった…
そしてシャツを取りに行こうと教室の扉に手をかけたとき、自分の手が震えているのに気付いた。
その手をもう片方の手で支えるように持つと、両手が震えていて、私は何で震えてるのか分からなくて手をこすり合わせた。
今も肩に先輩の重みがのしかかっているような錯覚を起こして、私は扉から後ずさった。
そして震える手で両肩を抱え込むと廊下の窓に背をつけて、ズルズルとしゃがみこんだ。
そうだ…怖かったんだ…私…
昨日は井坂君が助けてくれたから全然平気だった。
でも、今日は助けになってくれる人もいなくて、必死に頭の中で逃げる方法を考えてた。
結果的には逃げられたけど…、あの遊びのような雰囲気はすごく苦手で気持ち悪かった。
あの人の心を弄ぶような感じ…
私は久しぶりに中学のときの初恋の相手を思い出して、気持ちがどんどん沈み込んでいくようだった。
トラウマが少し顔を出しました。
そして、この一件が二人の距離を大きく変えていきます。