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理系女子の恋  作者: 流音
244/246

231、また会う日まで


私はショッピングモールから逃げ帰ってくると、自室に引きこもりベッドに突っ伏した。

走ってる間も涙は止まらなくて、今もまだ収まってはくれない。


明日で井坂君と離れる事になるなんて…予想してなかった…

こんなに早いなんて…


どうしてもっと早く言ってくれなかったんだろう…?

言ってくれてれば心の準備ができた…


井坂君に笑顔で『いってらっしゃい』が言えた


私は胸の中に渦巻く《寂しい》という感情に押し潰されそうで、上手く息ができない。

ただ苦しくて、最後に見た井坂君の顔が目に焼き付いている。


ちゃんと…できなかった…


私は井坂君の一番の理解者でありたかったのに、私の行動が井坂君を困らせてしまったことが辛かった。

成長したと思っていたのに、全然成長できてなかったことが恥ずかしい。


なんで自分はこうなんだろうと自己嫌悪に陥る。


すると階下から「詩織ー!」と私を呼ぶ声がして、耳を澄ませるとお母さんの声が近づいてきた。


「詩織!井坂君が来てくれてるわよ!!」


井坂君!?


私は今はまだ会えないと部屋の扉を押さえつけると、鼻をすすってから言った。


「い、今は会いたくない!!帰ってないって言って!!」


今は来られても困るだけだと、とりあえず気持ちを整理する時間が欲しくて告げた。

お母さんは何か察してくれたのか階段を下りていく音がして、私は一旦胸を撫で下ろした。


ちゃんと…井坂君に「いってらっしゃい」が言えるようにならないと…

こんな泣き顔じゃダメだ…


明日までになんとか笑顔で見送れるように…


私がそう考え込んでいると、ドアノブが回って扉が強引に開けられたことに面食らった。


「詩織、井坂君…帰ったわよ。」


ドアを開けたのはお母さんで、少し怒った顔をしながら見覚えのある袋を手渡してくる。


「これ、あなたの荷物だって。井坂君、なんだか悲しそうな顔してたけど、何があったの?」

「何って…。お母さんには…関係ない…よ。」


私は荷物を受け取りながら、自分でもまだ気持ちの整理がつかないのでお母さんから顔を背けた。

お母さんははぁと大きく息を吐くと、私の頭を軽く小突いてくる。


「言いたい事のみこむの、悪いクセよ?言わなきゃ分からない事もあるんだから、ちゃんと井坂君と向き合いなさいね。」


お母さんはそれだけ言うと部屋を出ていってしまい、私はお説教された気分でぶすっとすると、荷物をそのままでベッドに倒れ込んだ。


目を閉じると、すぐ困った顔をした井坂君の顔が浮かんできて、あんな顔をさせるぐらいなら嘘でも「いってらっしゃい」と背を押してあげれば良かった…と後悔したのだった。






***






私は体が痛い…と思いながら目を開けると、部屋に朝日が差し込んでいて、私は昨日の服のままうつ伏せで眠っていた事に気づいた。

鏡を見ると髪もボサボサで顔がむくんでひどいことになっている。


とりあえずシャワーだけでも浴びようと部屋を出ようとしたら、扉の傍に自分が買ったものじゃない紙袋を発見して足を止めた。


あれ…?これ、私の…??


私は紙袋を手に取って中を確認して、中に入っている箱には見覚えがあって慌てて取り出した。


これって、ペアリングの!!


私は箱を開けると、中には私の分のリングが一つだけ入っていて、隣に並んでるはずの指輪はなかった。

井坂君がもう一つをつけてくれてると判断して、胸がギュッと苦しくなる。


井坂君…


私は指輪を握りしめて目を瞑ると、今すぐにでも井坂君に会いたくなって、鞄からケータイを取り出した。

そして井坂君に電話をかけようと画面を開いたところで、10件の着信履歴に目を剥いた。

その全てが井坂君からで、昨日の遅い時間までかかってることが表示されていた。

中には留守電もあると表示があり、再生ボタンを押してケータイを耳に当てた。


『もしもし、詩織?さっきは本当にごめん…。今まで言えなかったこと…本当に悪いと思ってる。頼む、話がしたいから…電話くれ。何時でも待ってるから…。』


井坂君の暗い声で録音されたものを聞いて、私は昨日の自分勝手だった自分が溜まらなく嫌になった。


井坂君の気持ちも考えないで…

私のバカ!!!


私が今すぐ会いに行こうと立ち上がると、もう一件の留守電が再生される。


『何度も…悪い。俺、明日…朝10時過ぎの新幹線に乗るんだ…。詩織…、俺とは話したくないかもしれないけど、でも―――』


ここまで再生されるとピーッと無機質な機械音が響いて、私はケータイを凝視した。

そこには充電して下さいのマークが出ていて、私はタイミングの悪さに眩暈がした。


ウソでしょ…?


私は焦りながら時計で時間を確認すると、まだ九時前だったので家にいるかもしれない…と部屋を飛び出した。

でも階段を下りている所で、財布だけは持って行こうと部屋に引き返して、鞄から財布を取り出し上着のポケットに突っ込む。


そして髪も顔もグチャグチャなのを忘れて井坂君の家に向かって走った。


会いたい…

会って…、ちゃんと謝って…笑顔で見送ってあげないと…


私は寂しい気持ちをなんとか胸の奥にしまい込むと、全速力で井坂君の家までやってきて息も整えずインターホンを押した。

井坂君が出て来てくれるのを待つ間、言いたい事を頭の中で整理する。


「あら、詩織ちゃん!どうしてここに。」


出て来てくれたのは井坂君のお母さんで、私は門に手をかけると会いたい一心で尋ねた。


「あの、井坂君はいますか!?」


私はドキドキしながら返答を待つと、お母さんは渋い顔で首を傾げてしまう。


「拓海、ついさっき出て行ったのよ。電車の時間には早いはずなんだけど…。詩織ちゃんの所じゃないなら、どこに行ったのかしら?」

「で…出て行った…??」


私は井坂君がいないことに落胆して、目の前が霞んでくる。


こんな状態でお別れ…?

そんなのイヤだ…


絶対にイヤだ!!


「あの!井坂君の新幹線の時間って何時ですか!?」


私はまっすぐお母さんを見つめると最後の望みをかけて訊いた。

お母さんは私の必死さから何か察してくれたのか、私の目の前まで来てくれると言った。


「確か10時12分発の新幹線よ。まだ九時過ぎだから、今から行けば間に合うと思うわ。」

「ありがとうございます!!」


私は教えてくれたお母さんにしっかり頭を下げると、今度は駅に向かって走った。

後ろからお母さんが「気を付けてね!」と気遣ってくれる声に、少し振り返って「はい!」と答えながらも足は止めない。


まだ間に合う…

きっと大丈夫…


私はそう自分に言い聞かせて、人の多い駅へ着くと急いで切符を買って改札をくぐり抜けた。

そして新幹線の発着駅へ行く電車に飛び乗る。


ここからだと15分で着くはず…

まだ9時半だから…大丈夫間に合う…


私は吊革につかまりながら到着までの時間を計算して、少し息を吐き出して整える。

すると急に電車が停まってしまい、車内がざわつき始める。


なに…?


『緊急停止ボタンが押されたため、現在確認のために全線停車いたしております。乗り合わせのお客様各位にはご迷惑おかけいたしますが、発車まで今しばらくお待ちください。』


うそ…


私は車内放送を聞いて、今日の自分の不運続きに呆然とする。


これ…いつ動くの…?


私は嫌な予感しかしなくて、窓の外を見てみたりして動き出すのを今か今かとソワソワしながら待つ。

ケータイの充電が切れてしまっているので、連絡をとることもできないし、今が何時何分なのか時間を確認することもできない。


私はもう停まってから5分以上経ったような気がして、居ても立ってもいられず目の前に座っていたお婆さんに時間を尋ねた。


「あの…すみません。今って何時か分かりますか?」

「あー、はいはい。分かりますよ。えっと…、今は9時45分過ぎかしら…。」


9時…45分…


私は今動けばギリギリ間に合うかもしれないと前向きに考えながら、「ありがとうございます。」と教えてくれたお婆さんにお礼を言う。

お婆さんはニッコリ微笑みながら「なかなか動かないものねぇ。」と呟く。

私はそんなお婆さんに軽く笑みを返すけど、内心は不安で今にも泣いてしまいそうでグッと堪えていた。


それからも電車はなかなか動いてくれなくて、私は時間だけが刻々と過ぎていくことにどんどん胸が苦しくなった。


もう間に合わないかもしれない…

このまま井坂君に会えない…


さっきまでは会えると前向きだった気持ちが、どんどん後ろ向きな気持ちに塗り替えられていく。

だからやっと電車が動き出しても、私は涙を堪えるのにいっぱいいっぱいで吊革をきつく握りしめて俯いていた。


そんなとき、さっき時間を教えてくれたお婆さんが私の服を優しく掴んできた。


「あなた大丈夫?電車動いたわよ。」

「あ、すみません。」


私は目の前のお婆さんには泣きたいのを堪えてるのが見えてしまったんだと、慌てて表情を普通に戻す。

でもお婆さんは心配そうに私を見上げて言った。


「時間を気にしていたけど、何かあるの?良ければ話してみて?」


穏やかに優しく微笑むお婆さんを見て、私はせっかくの厚意を無下にするのもな…と口を開いた。


「実は…、彼が…今日、東京に行っちゃうんです…。」

「まぁ…、そうなの。」

「はい…、だから見送りに行きたかったんですけど…、新幹線の時間が10時過ぎで…。もう…間に合わないですよね…。」


私は半ば諦め始めて作り笑顔を浮かべて話すと、お婆さんは急に厳しい顔をして言った。


「そんなの諦めちゃダメよ!大好きな人なんでしょう?まだ10時まで5分あるから、駅に着いたら走って、走って、彼を探すのよ。きっと会えるから、最後まで諦めちゃダメよ。」


お婆さんは力強く励ましてくれて、私は後ろ向きだった気持ちが少しだけ前を向いた。


後悔はやるだけのことをやってからにしよう…


「はい。ありがとうございます。会えるように…頑張ってきますね。」

「その意気よ。良い顔になったわ。頑張ってね。」


お婆さんはにっこりと微笑んで私の手をギュッと握ってくれて、何かパワーを分けてもらうような気分になった。

そうして新幹線の発着駅に着くとき、そのお婆さんも降りる駅だったのか私の背をグイグイと押して扉の前に一番にやってくると、「走ってね。」と一言かけてくれてから、扉が開くのと同時に私の背を押した。

私はそれに力をもらって電車から飛び降りると走った。


そして階段を駆け上がってふっと後ろを振り返ると、電車の中にお婆さんが残ってるのが見えて、私のために立ってくれたことが分かり胸が詰まった。

だから私はお婆さんの応援に応えるためにも一度しっかり頭を電車の方に向けて下げてから、新幹線のホームまで全力で走ったのだった。



新幹線のホームまではものの3分ぐらいで着いて、私は階段を駆け上がって荒い息を吐き出した。


今…何分なんだろう…


私は重くなってきた足を必死に動かしてホームの電光掲示板を見た。

そこには右側が10時12分発だと表示されていて、そっちに目を向けてみて、私は扉が閉まる光景に目を剥いて固まった。


え…


私は目の前で10時12分発の新幹線が動き出すのを見て、身体が震えだす。


ウソ…ウソ…

待って…


どんどんスピードを上げてホームを出て行く新幹線に、私はずっと我慢していた涙が零れてきて、信じられない気持ちで胸が張り裂けそうだった。


「ヤダ…。イヤだ…。井坂君…、待って…。行かないで…。」


私はフラつく足でホームの柵に手をかけると、ズルズルとその場にへたり込んだ。


「行かないで……っ…。」


アレが最後なんて…あんまりだ…

なんで…、なんで昨日…ちゃんと話をしなかったんだろう…


私は通行人の邪魔になるにも関わらずへたり込んだまま、自己嫌悪で後悔ばかりだった。

思い返される昨日の井坂君の困った顔に責められて胸が痛い。


どうして…笑って背を押してあげられなかったの…

あんな顔…させたくなかった…


私は涙が止まらなくて何度も鼻をすすった。

すると、すぐ横で誰かが立ち止まった気配がして、顔の半分を手で隠したまま横を見上げた。


「……詩織…。」


え………


すぐ横で立ち止まっていたのは、さっきの新幹線に乗ってるはずの井坂君で、私は自分の目を疑った。


「え…、井坂君…?」


本物なんだろうか…という意味を込めてしげしげと背の高い井坂君を見上げていると、井坂君の顔が私と同じように涙で濡れてるのが見えて、ポカンと口を開けてそれを見つめた。


え…泣いて…


「詩織!!!!」


私が驚きで固まっていると、顔をクシャっと歪めた井坂君が抱き付いてきて、私はそこでやっと本物の井坂君だと認識した。

大好きな井坂君の匂いに、さっきとは違う意味で胸が詰まって涙が再度溢れる。


「井坂君…、ごっ…、ごめん…、ごめんなさい……。私っ…―――」

「いい…、謝らなくていい。俺が悪いから…。良かった…良かった…!!」


井坂君の腕の強さに井坂君も私と同じで辛かったんだと分かって、私はただ泣くことしかできなくなる。


井坂君に会えた…

良かった…


「詩織…。」


井坂君は私の涙を手で拭ってくれると、私の見たかった笑顔を浮かべて優しくキスしてきて、私は井坂君の温もりを感じて自然と涙が止まる。


井坂君…

やっぱり井坂君がいてくれるだけで、元気になれる…


私はだいぶ落ち着いてきた所で、ふと井坂君が新幹線に乗ってないことが気になり、まだキスしようとする井坂君を押し返して尋ねた。


「井坂君、どうしてさっきの新幹線に乗らなかったの?あれに乗るはずだったんだよね?」


井坂君は目を何度か瞬かせると、うっすらと涙の痕が残る顔を歪めて言った。


「それは…、このまま詩織と別れるのがどうしても嫌で…。最初は乗ろうと思ったんだけど、足が動かなくてさ…。つい見送っちゃったんだよ…。」

「そう…だったんだ…。」


私は井坂君も同じ気持ちだったことが嬉しくて、悩みながらも待っててくれたことに感謝ばかりが浮かぶ。


「それより、詩織は今まで何してたんだよ。昨日から何十回も電話してんのに一向に繋がらねぇし…。挙句、時間ちゃんと留守電に入れたのに遅れてくるし…。」

「それは…ごめん…。電話に気づいたの今朝で…、留守電聞いてる途中で充電切れちゃって…。井坂君の家まで行ったんだけど、井坂君出た後で、電車乗ったら電車停まるし…で、本当に不運続きだったの…。」


私は話しながら今日は厄日かな…と自分の運のなさにため息が出る。


「それで…、どうりで詩織の家に行ったらいないはずだよ…。」

「なにが?」

「俺、今朝、詩織の家に行ったんだ。電話繋がらなかったから…これは直しかないなと思って…。」

「そうなの!?」


私はこんなところでもすれ違ってたことに驚いた。

井坂君は「バカみてぇにすれ違ってんなぁ…。」と苦笑しているけど、これは会えたから笑える話だと私は怖くなった。


会えて…本当に良かった…


私は心からそう思うと、座り込んで邪魔になっていたので、とりあえず立った。

井坂君も合わせて立ってくれる。

そのとき気づかなかった井坂君の大きなキャリーケースを見つけて、いつまでも井坂君を引き留められないと覚悟を決めた。


「井坂君。向こうで頑張ってね。私も負けないように頑張るから。」

「詩織…。」

「あ、あとできるだけ連絡してね?忙しかったら仕方ないんだけど…、メール1通でもいいから元気だって教えてほしい。」

「…うん。分かった。」


井坂君は少し悲しそうに眉を下げると、頷いてくれる。

それを見て私は目が合わせられなくなって、視線を下げたまま言いたい事を口にする。


「あと体には気を付けてね。コンビニ弁当ばっかりじゃなくて、ちゃんと自分で料理してね?」

「うん…、できるだけ頑張るよ。」

「あと、飲み会とかでハメ外し過ぎて…浮気、しないでね?」

「するわけないだろ。赤井じゃあるまいし。」

「だよね…。ごめん…。」


私は一つずつ口にする度、別れなきゃいけない気持ちになって、収まったはずの涙がまた溢れそうになる。


ダメだ…

やっぱり寂しい…

離れたくないよ…


覚悟なんか全然固められない…


私はどうしても最後の決め手の一言が言えなくて、言えない自分に腹が立つ。

すると井坂君が私の手をとってきて、言った。


「詩織…、昨日買ったペアリングは?」

「え…。」


私は言われてどこにやったかと上着のポケットを探った。


部屋で握りしめて…確かここに…


私は財布と同じところに入れてたはずだと、ポケットの中から指輪を引っ張り出した。


「あった。あ、そうだ。ちゃんとお礼言ってなかったね…。ありがとう、井坂君。」


私は指輪を井坂君に見せて笑顔を作る。

すると井坂君がその指輪を手にとるなり、私の指にはめて言った。


「いつか…もっと立派な石のついたやつ渡すまで、毎日これつけててくれよな。約束。」


…立派な…石…


私は昨日も聞いた気がする井坂君の言葉に、昨日は不安が上にたってスルーしてしまったけど、今はしっかりと胸に響いた。


それは…婚約指輪…ってこと…だよね…?


私は井坂君の指にも光るお揃いの指輪を見て、涙が出そうだったけど、笑顔で見送りたかったのでグッと我慢した。


「うん…。約束する。」


井坂君は私の返答に嬉しそうに笑ってくれると、次の新幹線が到着するとのアナウンスを聞いて口を開いた。


「これで行くな。いつまでもいると、別れ難くなるし。」

「……うん。」


井坂君はギュッと眉間に皺を寄せたまま笑顔を作ると、最後にまた私を抱きしめて耳元で言った。


「何かあったら連絡してくれよ。時間はかかるけど…、絶対助けに行くから。」

「うん…。」


私はここで我慢していたけど一筋だけ涙が零れて頬を濡らした。

そのとき新幹線がホームに到着して、人がゾロゾロと降りていき、井坂君が私から離れてキャリーケースを手にする。


それを見てとうとう別れるときがきた…、と手が震えはじめたけど、それを井坂君に見せたくなくて後ろに隠した。


大丈夫…

笑顔で…笑顔で見送るんだから…


「じゃあ…、行くな。」

「うん。頑張ってね。…い…。」


新幹線に乗り込んだ井坂君を見て、私は一度大きく息を吸ってから言葉を絞り出す。


「…井坂君、いってらっしゃい。」


私はなんとか笑顔を崩さず言いきれて、ほっと胸を撫で下ろした。


今度はちゃんと言えた…


昨日の後悔をなんとか拭い去ることができて安心していると、井坂君がギュッと顔をしかめてから一歩新幹線から降りて私の腕を引っ張った。

そして強くキスしてくると、苦し気な声で「詩織」と何度も私の名前を呼ぶ。


私はそれに息が詰まって、鼻の奥が熱くなり涙が零れる。


そんな風に呼ばないで…


私は笑顔が保てなくなる…と、井坂君の苦し気な声を聞いていたら、プルルルルと発車ベルが鳴り響いて、井坂君はギュッと力強く抱きしめてから私を放した。


その直後、目の前で新幹線のドアが閉まって井坂君の姿が見えにくくなる。


「井坂君…。」


井坂君は小さな窓に手をつくと、涙を浮かべた表情で何かを言った。

私は何を言ってるのか分からなくて首を傾げる。


すると新幹線が動き出して、私はホームを新幹線を追いかけて足を動かした。

井坂君はまだ何か言っていて、私は少しだけ読み取ることができた。


また?…またって言った…??


でもその続きは新幹線のスピードが上がって井坂君の姿が見えなくなり、私は軽く走りながら途中まで追いかけた。

でも、新幹線のスピードに私が敵うはずもなく、通行人の邪魔になるので、私は足を止めると小さくなる新幹線を見送った。


井坂君が何を言いたかったのか分からないけど、なんとなく想像はできる。



私はまるですぐ近くで『また会える。』と井坂君が言ってるような気がして、寂しかったけどちゃんと立ってる自分に胸を張ったのだった。



井坂君にもう会えないわけじゃない

今はお互いの道が分かれてるだけで、いつか交わらせることだってできる


私はまっすぐにやりたいことに突き進んでいった井坂君を見習って、自分も!と気合を入れ、大きく深呼吸したのだった。















詩織と井坂の高校生編はここでおしまいです。

その後のエピローグと、ちょっとしたおまけ番外編で完結します。

残り二話、お付き合いください。

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