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理系女子の恋  作者: 流音
243/246

230、幸せな一日からの一変


井坂君が意味深に行きたい所があると誘ってきた3月12日――――

私は久しぶりの外でのデートにワクワクしていて、井坂君を待つのが楽しくて仕方なかった。


行きたい場所ってどこなのかな?

わざわざ誕生日前にって言ってくれるぐらいだから、何かのリサーチだったりして…


私は井坂くんだったらありそうだと思って、ついつい人通りの多い駅前でにやけてしまう。

すると目の前で誰かが立ち止まった気配がして顔を上げると、そこには穏やかな顔をした僚介君が立っていた。


「僚介君…。」

「詩織、彼氏と…待ち合わせ?」


僚介君は前と変わらず優しく話しかけてくれて、私はそれに胸が温かくなりながら頷いた。


「うん。僚介君は?」

「俺は慶太たちが合格祝いしてくれるっていうからさ、その集まりに行くところ。」

「あ、そっか。西皇受かったんだね!!おめでとう!僚介君!」


私はすごく努力していた僚介君の姿を知っていただけに、合格したってことが自分のことのように嬉しかった。

僚介君は表情をクシャっとさせて笑うと「ありがとう。」と照れ臭そうにしている。


私はそんな僚介君を見て、私と普通の友達として話してくれることに彼の優しさを感じた。

私のこと素通りすることもできたはずなのに、話しかけてくれたのは僚介君の広い心があったから…

やっぱり僚介君は昔っからすごく優しくて、人の事を思えるカッコいい男の子だ。


私はそれを再認識して、私と友達のままでいてくれる僚介君に感謝した。


「俺、来週末には向こうに行くんだけどさ。詩織はいつあっち行くんだ?」

「私は最終週になるかな…。なるべく地元にいようと思って…。」


私の本音はただ井坂君と長くいたかったってだけなんだけど、それを口にするのは恥ずかしいので曖昧に答える。

僚介君はふんふんと頷きながら、私の本音をスルーしてくれる。


「そっか。まぁ、俺ら大学の距離もそう離れてねぇし、向こうで会うかもしれねぇよな。そんときは遠慮なく話しかけてくれよな。俺ら友達なんだし。」

「……うん。ありがとう、僚介君。そうさせてもらうね。」


私はこれこそが友達の距離間だと感じて嬉しくなり笑い合っていると、私と僚介君の間に大きな背中が割り込んできた。


「お前っ!今度は何しに来た!!」


割り込んできたのはどこから走ってきたのか大きく息を荒げた井坂君で、私を背に庇うように僚介君と対峙し始める。

私はそれに一瞬反応が遅れたけど、何もなかったと弁解しようと井坂君の背を引っ張る。


「井坂君!普通に話してただけだから!!僚介君は何もしてないよ!!」

「は!?話てただけって…?だって、こいつは…。」


井坂君は私に振り返ってくると不思議そうに顔を歪めて、私はそこで僚介君とのことを話してなかったと思い至った。


「お前はずっと変わんなそうだな…。そんなんで遠距離やってけるわけ?」

「は!?」


僚介君が飽きれた様にため息をつきながら言ったことに、井坂君が顔を前に戻す。


「そんな警戒しなくても詩織には何もしねーよ。ハッキリフラれてんだから、これ以上カッコ悪いことは俺の株を下げるだけだしな。安心しただろ?」

「安心って…。」

「ま、そういうわけだから。これからは向こうでも友達として仲良くさせてもらうから。変に勘繰んなよな。そんじゃ、詩織、またな。」


僚介君は誤解を解くように爽やかな笑みを残して改札をくぐって行って、私はその背に「またね!」と手を振った。

そこでグルッと不機嫌そうな井坂君の顔が振り返ってくる。


「あれ、何?なんでまた寺崎と友達になってんの?」

「えっと…、話してなかったんだけど…、井坂君と会わなかった二月末に僚介君にはきっちり話をつけたというか…。私の気持ちをしっかり分かってもらって…関係修復した…みたいな?」


どう見ても怒ってる井坂君を前に、私は顔色を窺いながら説明した。

すると話を理解した井坂君がはーっと大きく息を吐いてから、ムスッとした顔で言った。


「分かった。詩織がただの友達だって言うなら、それを信用する。でも、あいつとはあんま二人になるなよな。」

「え…、なんで?」


「な・ん・で??」


井坂君の表情が怒りに歪むのが見えて、私は何か失言だっただろうかと目を逸らした。

でもそこで、井坂君の手に顔を掴まれて駅前だというのにキスされた。


!?!?!?


私は体が緊張で一気に硬直して、顔は恥ずかしさで逆上せあがった。

さすがに人前なので、井坂君はすぐ離すとぶす~っとした顔で睨んでくる。


「寺崎にこうされたの忘れたのか?」

「へっ!?!?あ、…ううん…忘れてないけど…。」

「なら、今後一切知らない男のとの二人っきりは禁止!!これ決定な!」


井坂君はそう無理やり約束させると、どこへ行くのか手を繋いで駅を背に歩き出す。

私は引っ張られる形でついて行きながら、あれは心配してのことだったんだと分かり、顔が自然と緩んでしまった。


もう…井坂君はずるいなぁ…


私は会って早々に井坂君が大好きだと胸いっぱいになって、一緒にいられる幸せに顔が元に戻らなかったのだった。






***






それから私たちは何度も来たことのあるショッピングモールへやって来て、井坂君は買い物がしたかったのか色んなお店を覗き始めた。

私はお店に入る度に井坂君に似合う服や帽子、小物類を合わせたりして、ただのショッピングがすごく楽しい。

それは井坂君もだったのか、女性もののお店に入るなり、私に服を合わせたりして、ずっと笑っていた。


私はその笑顔が見られるだけでずっと胸がキュンキュンとしていて、いつになったら井坂君にときめかなくなるんだろう…なんて思ってしまった。


そうしてお店を回り過ぎて疲れたのもあって、私たちはカフェに入ると一息ついた。


「あ~、久しぶりにこんな買ったなー。」

「ホント。井坂君が似合うとか言うから、私まで買っちゃったよ。」

「いいじゃん。これから大学では私服なんだしさ。」


井坂君は水をグイッと一気に飲み干すと、少し暑かったのか服を掴んで空気を通し始める。

私はそれを見て良い天気だなー…と窓の外に目を向けた。


もう春っぽくなってきたもんね…

ちょっと風は冷たいけど。


私はふっと春になったら離れるということと繋げてしまい、急に寂しくなったので、気持ちを入れ替えようと水をグビッと飲んだ。

すると、前から井坂君が落ち着いた声音で言った。


「詩織…、向こうで住むとこ決まった?」

「あ、うん。大学から二駅離れてるんだけど、同じ大学に通う人も多いって話で、そこに決めたんだ。」

「それってマンション?周りは危なくねぇの?」

「うん。ちゃんとセキュリティのついたマンションだよ。ツーロック式だし、よっぽどのことがない限りは大丈夫だと思う。」

「そっか…、それなら安心。」


井坂君は心底安心したように笑って、私は心配してくれたことにキュンと胸が詰まる。

そこへ頼んでいた飲み物が運ばれてきて、私は店員さんにお礼を言ってアイスティーを手にした。

井坂君は目の前に置かれたアイスコーヒーにガムシロップを入れながら、話を続ける。


「赤井は、大学の近くの学生マンションだってさ。なるべく大学までの距離を短くすることを条件に決めたらしい。」

「そうなんだ。でも大学の周りって、何もお店とかないイメージなんだけど…。生活する面で不便じゃないのかな?」


私は一度しか行ってないが、周りが住宅街でコンビニぐらいしか駅までの間に見なかった気がして、それでいいのかと疑問が過った。


「ははっ、そうなんだ?でも、赤井のことだから自転車でどこでも行っちまうんじゃねぇ?あ、もしかしたら免許とって行動範囲が広がるかもな。」

「あ、そっか。そういう方法もあるんだね。私はそれは思いつかなかったなぁ…。」

「俺も。今言ってて気づいたぐらいだし、大学からちょっと離れた所でも良かったかな。まぁ、大学の傍の方が便利でいいか…。」


「え、井坂君。もう住むところ決まったんだ。」

「あ、うん。大学のすぐ近くの学生マンション。周りにスーパーとかコンビニまであって結構便利そうだった。」

「そっか…。良い所見つかって良かったね。」

「うん。ほぼ全部父さんがやってくれたけど。」


井坂君はアイスコーヒーを勢いよく飲み干すと、軽快に笑っている。

私はそれを見て、胸の奥が少し寂しくなり、着々とお互いの新生活の準備が進んでることに気分が下がる。


離れる日までのカウントダウンは確実に縮まってきている

嫌だと思っていても、必ずその日はやってくる


私は井坂君がいつ向こうに行くのか気になっていたけど、それを聞いてしまうとハッキリと離れるまでの日数が分かってしまうので、聞くことができずに口を噤んだ。


自分の中でだいぶ覚悟は固まったと思ってたけど、いざ近づくとやっぱりダメだ…


私はまだまだ子供のままで、全然大人になれてないと小さく息を吐いた。

すると、それを見て何か気づかれたのか、井坂君がテーブルに身を乗り出してくると言った。


「詩織。これから俺の行きたいとこ、付き合ってくれる?」

「え…、行きたい所?」


私はもう行ったものだと思っていて、井坂君の申し出にビックリした。


井坂君は私が飲み終わるのを待つと、私の分の荷物まで持って、その行きたい所という場所に向かって行く。

私はどこに行くのだろうと、手を繋いでとりあえずついて行くと、井坂君は驚くべきお店に入っていった。


「え…、い、いいいい、井坂君!!ここ!?」


私は「いらっしゃいませ~」と綺麗な店員さんに出迎えられるお店の入り口で、眩し過ぎる店内に二の足を踏んで立ち止まった。

井坂君は私に振り返ってくると平然と「行こ。」と手を引っ張ってくる。


私はその優しい笑顔に行きませんなんて言えるはずもなく、キラキラとした装飾に溢れたジュエリーショップへ足を踏み入れたのだった。


私はギュッと井坂君の手を握りしめたまま、ショーケースの中の指輪やペンダント等のアクセサリー類を流し見て、表示されてる値段に身が縮み上がる。


な、なんで、ここ!?


私は今すぐにでも逃げ出したくて、井坂君の影に隠れるようにして歩いていたら、井坂君があるショーケースの前で立ち止まって店員さんに声をかけた。


「あの、すみません。このペアリング見せてもらっていいですか。」


ペアリング!?!?!?


私は井坂君から発せられた言葉に井坂君の横顔を凝視した。


え!?

今の聞き間違いじゃないよね!?!?


私は井坂君の前に出された控えめなデザインのペアリングと井坂君の顔を交互に見て、どういうことかと半ばパニックになる。

するとリングを見ていた井坂君の目が私に向いた。


「詩織、これどう?」

「え…、どう…って…。」


私は置かれたペアリングを見つめて、中央に小さな石の入ったお揃いのデザインのリングが一目で気に入ってしまった。

見る角度によって中央の石が水色っぽく見えたりピンク色に見えたりして、すごく可愛い。

だから私はつい思った通りに「可愛い…。」と漏らすと、井坂君が優しく微笑んでリングを手にとるなり私の指にはめてきた。


サイズもぴったりで難なく私の薬指に収まった指輪を見て、私はまるで婚約指輪みたいだとじっと指輪を見つめた。


「うん、いいな。これください。」


井坂君は満足そうに頷くと、同じように指にリングをはめてから店員さんに言った。

私はあまりにも簡単に即決してしまった井坂君を見つめて、ある一点だけが気になって恐る恐る尋ねた。


「い、井坂君。これ…、いくらするの?」

「ん?さぁ?まぁ、そこまでしないだろ。」

「えぇ!?そこまでって…、アレもコレも恐い値段書いてあるけど!?」


私は指輪を店員さんに返す井坂君を見ながら、ショーケースに入った他のものを指さした。

でも井坂君は笑顔を崩さずに「大丈夫だって。」と私を宥めようと背中を撫でてくる。


だ、大丈夫なわけないよ!!!!

こんなの未成年で働いてもいない私たちの買える代物じゃない!!


私は今にも大声で抗議したかったのだけど、仰々しい店内の雰囲気にそれができず歯痒い。


「詩織、俺らちゃんとした指輪持ってなかったじゃん。やっぱり離れる前にちゃんとしたやつ贈りたくてさ…。誕生日プレゼントってことで、納得してくれよ。」


井坂君は私が値段を気にして納得してないのを見透かして、落ち着いた声音で説得してくる。

私は誕生日プレゼントだと言われると、何も言えなくなって、ペアリングというのが嬉しいのもあるので渋々頷いた。


井坂君はそれに嬉しそうに微笑むと私の頬に触れてくる。


「ちゃんとした指輪してたら、俺がいなくても男除けになるんだよ。だから、これは俺のためでもあるんだ。いつかはもっと立派なやつ用意するから。今はコレを毎日つけててくれよな。」


井坂君は箱に収められた指輪に目を向けると、私の頬を一撫でしてから支払いをしに店員さんについていってしまった。


私はその背を見つめて、井坂君の気持ちがすごく嬉しいのに、それと同時に嫌な予感がして、上手く喜べない。


どうして今日なんだろう…?

誕生日プレゼントなら、当日にここにくれば良かったのに…


私は幸せだったさっきまで嘘のように井坂君への不信感が膨れ上がって、嫌な予感がじわじわと私の胸の中に広がっていったのだった。





そして、ペアリングを受け取ってジュエリーショップを出た私たちは、井坂君が指輪を渡したいと言ったのでショッピングモールのセントラルコートへと移動した。

そこなら座れるところがあるからだ。


私はそこへ向かいながら、ずっと井坂君の様子が気になってしまい、ずっと胸にひっかかっていることが気持ち悪かった。

だから座れる場所に着くなり、私は指輪を取り出そうとする井坂君に問い詰める。


「井坂君、何か私に言いたい事…あるよね?」


私の言葉に井坂君はビクッと肩を揺らすと手を止めて、私を見つめてくる。

そしてじっと目を逸らさずに見ていたら、井坂君が負けたというようにふっと表情を崩した。


「さすがに…バレるよな…。もうちょっと…、引き伸ばして…笑ってられるかと思ったんだけど…。」


井坂君はそうぼやくと、まっすぐに私を見て言った。



「俺、明日…東京に行くことになったんだ。」



――――――明日…?



私はある程度嫌なことは予想していたけど、まさかの内容に目を見開いて息が止まった。


「14日に…小木曽教授のセミナーがあって…。俺、それに参加したくてさ…。引っ越しの準備も整ってるから…、少し早いんだけど…向こうに行く事にしたんだ…。」


なんで……、そんな大事なこと…


私は応援したい気持ちもあるのに、その気持ちが表に出て来ず目の前が揺らぎ始める。


「詩織の誕生日もあるから…すげー迷ったんだけど…。でも、せっかくの機会だから、誰よりも早く教授の授業受けてみたくて…。詩織のこと…傷つけるって分かってたんだけど…、言えなくて…。こんなギリギリまで言わなくて、ごめ――――」


井坂君の謝罪が途中で止まったのが聞こえたとき、井坂君の悲しそうな目が自分に向くのが見えた。


私は「頑張って」も「行かないで」も口に出すことができなくて、ただ相反する気持ちに挟まれてどうすればいいのか分からなかった。

ただ離れるのが寂しい気持ちが涙となって溢れて、井坂君を困らせてしまう。


こんなんじゃダメなのに…

強くならなきゃいけないのに…


井坂君が笑顔で向こうに行けなくなってしまう…

ちゃんと背中を押してあげないと…


私は自分のすべきことは頭に浮かぶのに声が出なくて、堪らない苦しさから私はその場から逃げ出した。



「詩織っ!!!!」



後ろから井坂君の引き留める声がしたけど、私は足を止めずに走った。


今止まると、言いたくない事を言ってしまう

井坂君をもっと困らせてしまう


私はそれだけは嫌だと、必死に現実から目を背けて走ったのだった。








とうとうここまできました。

次話にて本筋が終幕です。

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