227、かけがえのない友
井坂視点です。
外が夕焼け色に染まり俺たちのクラス以外が静かになり始めた頃――――
詩織を含めた女子陣が何やら大盛り上がりで話をしていて、俺はあまり詩織と話をしてないのもあり、じっとその集団を見つめた。
詩織は八牧や篠原に詰め寄りながら、何やら必死に話を聞いては楽しそうに笑っている。
俺は何の話かは分からないけど楽しそうな姿を見て、こっちまで楽しくなってきて自然と笑みを浮かべていた。
するとそれを赤井達に見られていたようで、毎度変わらず周囲を取り囲まれる。
「お前はいっつも幸せそうで羨ましいな!」
「そうそう。お前がこうして笑ってられるのは藤ちゃんのおかげなんだぞ?感謝しろよ~!」
北野が脅しのように藤ちゃんのことを口にして、俺はさっきのことを思い返して顔をしかめた。
俺と赤井達で意味深に悪い方のことを言わなかった藤ちゃんを追いかけたとき――――
藤ちゃんは問い詰める俺たちを見て、なぜか俺に目を留めると苦笑して驚くことを言った。
『社会科準備室。井坂、これだけ言えば心当たりがあるだろ?』
俺は全て分かってるという藤ちゃんの表情と相まって、全身から汗が吹きだすほどビビった。
『社会科準備室』とは、俺が詩織との…逢引に使ってた部屋だ。
それがバレていたのかと、俺はまさかの告白に緊張して、思いっきり藤ちゃんから目を逸らしてしまった。
藤ちゃんはそんな俺を見て笑うと、俺の頭をポンポンと豪快に撫でて言った。
『奥園先生に見つからなくて良かったな。でも、学校の教室はあーいうことするためにあるんじゃないからな?懐の広い俺に感謝しろよ~?』
藤ちゃんの言葉に赤井達はなんのことかと食いついていたけど、藤ちゃんは真実を伏せて話をしてくれた。
だから、俺は北野たちからのからかいがこの程度で済んでいる。
藤ちゃんは他にも俺絡みで何か色々尽力してくれてたようで、俺は藤ちゃんに深く感謝した。
よくよく思い返してみれば、俺は学校内で詩織と色々やらかしてる…
それをどの先生にも問い詰められなかったのは、ひいては全て藤ちゃんのおかげだ。
藤ちゃんほど生徒を思いやれる先生はいない。
俺は藤ちゃんが担任で本当に良かったと心の底から思った。
「それにしても藤ちゃんはここに呼ばなくて良かったのか?」
島田がジュースをグイッと飲み干して言って、俺はそういえばそうだ…と赤井を見た。
赤井は少し眉を下げると残念そうに表情を変える。
「誘ったけど断られたんだよ。騒いだら別れが辛くなるって…。何年後かに同窓会に呼んでくれたらそれでいいって…。」
赤井の言葉に、俺たちは相当藤ちゃんから大切に思われてたんだと感じた。
それだけにバカ騒ぎする気も起きず、シンと静かになり、珍しく皆が口を閉じる。
……そうだ、俺もこいつらとしばらく会えなくなるんだ…
北野は同じ東京だけど、大学が違うからそんなに会わねぇだろうし…
赤井と島田は詩織と同じ桐來だから、今みたいに4人揃うのは今日で最後…
俺はふっと藤ちゃんの言葉から現実を思い返して、ふざけ合ってた毎日が遠い昔のように感じた。
やべ…、何にも話が出てこねぇ…
俺は静かになればなるほど気が焦ってきて、別れというものを感じて胸が詰まった。
すると、その空気を打ち破るように島田が一番に声を発した。
「井坂、北野!!お前ら、向こうで都会の奴らに負けんじゃねぇぞ!」
「は…、急に何だよ。」
北野がビックリしたように言って、島田がキュッと眉間に皺を寄せて無理やり笑顔を作って言う。
「だってさ…、もう会えなくなるから…。言いたい事は言っておこうと思ってさ…。俺ら、親友だろ!?」
「親友って…、まぁ…。でも、なんで言いたい事が都会の奴に負けんななんだよ?」
北野が照れ臭そうに笑っていて、島田の笑顔が少し崩れる。
「それは…、なんか言いたい事…上手く出てこなくて…。」
島田は泣きそうになっているのかギュッと目を瞑ると拳で顔を隠してしまう。
それを見ていた北野が、珍しく瞳を潤ませて茶化した。
「なにしんみりしてんだか…、今生の別れじゃあるまいし大げさなんだよ。」
「だよな。でも…、―――――やっぱ寂しいなぁ…。」
島田が我慢の限界だったのか両手で顔を覆うと、小さくぼやいて、北野が口を引き結んで目から一滴涙を零すのが見えた。
そんな二人を見て、俺も気持ち的に結構きていて、なんとか泣かないように平然を装おうと視線を上に向ける。
するとそこでずっと黙っていた赤井が思い出話を始めた。
「俺ら入学初日からなんか自然と仲良くなってたよな。俺と井坂はガキの頃から当たり前みたいに一緒にいたから、高校でも当然一緒にいるだろうと思ってたけど…。島田や北野と会えて、こうして三年間も一緒にバカやってくれて…。すげー楽しかった。」
「……うん。」
「楽しかったな…。」
二人が赤井の思い出話に乗っかり始めて、俺は思い出すと堪らなくなってもうやめろ!と目をきつく瞑った。
「島田、これから同じ大学だし、今まで変わらず俺とバカやってくれよな。」
「分かってるよ。井坂がいねーんだから、お前の面倒は俺が見るしかねーだろ。」
「ははっ。よく分かってくれてるじゃん。」
二人が楽しそうに笑う中、俺は鼻がツンとしてきて何度も鼻をすする。
「北野、これから先は俺の代わりに井坂のこと頼むな。こいつ、すーぐ凹むからさ。落ち込んでたら話聞いてやってくれよ。」
「…俺、大学違うんだけど。」
「知ってるよ。面倒かもしれねーけど、様子見に行ってやってくれよ。大好きな彼女と引き離されてかなり荒むはずだからさ。」
「…分かったよ。俺もそれは心配だから見に行くよ。」
「助かる。」
北野と赤井が俺の事で変な約束を交わすのを聞きながら、俺は目の前が霞んできて手で目の前を拭った。
そこで赤井と目が合う。
「井坂。長い付き合いだったけど…、とうとうここまでだな…俺たち。」
「………ここまで一緒の方が奇跡だろ。」
「ははっ…。そうかもな。…でも、お前とはなんか離れてもつるんでる気がしてさ、ぶっちゃけあんま寂しくねーな。」
「嘘つけよ…。だったら北野と変な約束交わしてんな。」
「あれは、井坂を見てきた俺の世話焼き根性が疼いただけの話だっつの。寂しいからじゃねぇし。」
本当かよ
俺は鼻の頭を真っ赤にさせた赤井を見て、また視界が揺らいだけど手でそれを拭い続ける。
「井坂、谷地さんのことは心配すんな。俺が何がなんでも守ってやるから。お前がいない間、俺が谷地さんのボディガードになってやる。だから、安心して大好きな教授に思う存分学んで来い。」
「………なんだそれ…。大げさなんだよ…。大体まだ合格発表されてねーし…。」
「お前なら受かってんだろ。どうせ。」
疑う事もなくハッキリと口にした赤井の言葉に、俺は涙が拭いきれなくてとうとう頬を伝った。
俺は恥ずかしくてそれを手で隠すけど、赤井達も同じように泣いてるだけに茶化してはこない。
くそ…泣かしにくんなっつーの…
俺は赤井に泣かされたことが歯痒くて、何がなんでも一番に泣き止もうと思っていたら、小波の大きな泣き声が響き渡った。
「うわぁ~!!!やっぱり寂しいよ~!!詩織~~~っ!!!!」
俺は小波の大きな声にビックリして涙が引っ込んで、女子陣に目を向ける。
小波は詩織にすがりついて泣いていて、詩織は同じように涙を流しながら「あゆちゃんと会えて良かった。」と言っているのが耳に聞こえた。
俺は向こうでも涙の別れの時間になってるのか…と思い、赤井達に目を戻すと赤井達も同じように涙が止まっていて苦笑していた。
「なんかしんみりしてるのバカみてぇだな。一生会えないわけでもねぇのにさ。」
「だな。なんか空気に流された。」
「俺なんかドラマみたいにクサいセリフ言っちまったんだけど。」
「お前はいつものことだろ。」
俺がズバッと赤井に言うと、赤井はいつものように俺に絡んできた。
「俺はお前が一番心配なんだよ!!このヘタレ!!俺の涙を返せ!」
「うっせー!お前が先にそういうこと言い出したんだろ!?俺は我慢してたっつーのにさ!!」
「なんだと!?井坂のクセに偉そうに!!何年世話してやったと思ってる!」
「誰もんなこと頼んでねーよ!!」
「あぁ~!?!?!」
俺はちょっとしたきっかけで元通り口喧嘩できることに、内心おかしくて仕方なかった。
なんだかんだ俺の一番の理解者は赤井だ
憎まれ口を叩こうともどこかでお互いを認めてる
俺は雰囲気に流されただけだとしても、赤井の『詩織を守る』発言が嬉しくて、心から赤井がいてくれて良かったと思った。
そして赤井と同じように俺を認めてくれる島田と北野にも出会えて、俺の高校生活はとても充実していた。
だから皆バラバラになってしまうのは寂しかったけど、バラバラになってもどこかで繋がってるような気がしていて、俺は二人と出会えた高校生活を振り返って温かい気持ちが胸に広がった。
この高校生活を通して、俺にはかけがえのない親友が二人も増えたんだ
赤井は小さい頃からの腐れ縁だけど、赤井と同じように本音で話せて、別れを惜しむことのできる友ができた。
俺はこれが何よりの宝物だと感じて、離れてしまってもよろしくなという気持ちを込め、3人に笑顔を向けたのだった。
ここで4人揃っての話は最後です。
次は詩織サイドです。