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理系女子の恋  作者: 流音
236/246

223、強化週間~拓海~

井坂視点です。


自分から会わないと言ってから三日、俺は早くも限界で詩織欠乏症となっていた。

後期試験の対策で勉強をしていたはずなのに、問題集を開きっぱなしでケータイに入っている詩織の写真を何度も眺める。


その度に会いたい気持ちが募り、何度もため息が出る。


会いたい…

会って詩織に触りたい、感じたい、癒されたい!!


俺は胸の奥がむずむずとしていて、歯痒さにイライラしてくる。

だから少しでもこのイライラを収めようと、枕をギューッと押しつぶしてストレス発散していたら、ケータイが着信を知らせた。


誰だよ…


俺はまだイライラが収まっておらずケータイ画面を睨むと、そこに待ち望んでいた『詩織』の文字が並んでいて、慌てて気持ちを落ち着かせる。

そして何度か軽く深呼吸してから、コホンと咳払いして通話ボタンを押す。


「はい、もしもし。」

『あ、井坂君?私。今、バイト終わったよー。井坂君は何してた?』


詩織の声を聞くだけで、俺はほわんと少し癒されて顔が緩む。


「お疲れ。俺は、もしものときのために後期試験対策してた。」

『そっか。勉強してたんだ。邪魔しちゃったね。』


邪魔なわけねーだろ!!


俺は心の中は激しく否定したが、声にはそれを出さず冷静に返す。


「邪魔じゃねぇよ。ちょうど一区切りつける良い時間だったし、詩織の声聞いて元気出た。」

『ほんと?私もバイトでかなり疲れたから、井坂君の声聞いてその疲れが吹っ飛んだよ。』


詩織の嬉しそうな声を聞いて、俺はテンションが徐々に上がる。


「マジ?じゃ、お互い様だな。今日は帰り赤井と一緒?」

『ううん。赤井君は今日はバイトない日だよ。あゆちゃんとデートだって言ってた。』


俺はここで昨夜、楽しそうに電話してきた赤井のことを思い出した。

詩織のことで頭がいっぱいで赤井の事がどこかに飛んでた。

羨ましい奴め…と思いながら、詩織が一人で帰ることが心配でそれを口にする。


「あー…、そんなことも言ってたな…。じゃあ、帰り一人か…。詩織、気をつけろよ?」

『分かってる。じゃあ、ずっと電話で邪魔するのも…だから、そろそろ切るね。』


え、もう!?


俺はこれで今日の電話は終わりかと思うと、急に悲しくなった。

でも、これも試練だと気持ちを持ち直すと、平静に答える。


「あ、うん。何かあったら電話しろよ?」

『はいはい。じゃあね。』


詩織は少し笑いながら電話を切って、俺は意外と大丈夫そうな詩織の様子に「おう。」と返事しか返せなかった。


こんなに会いたい病になってるのは俺だけか?

いやいや、詩織だって会わないって言ったとき、すげー悲しそうにしてたし…

言わないだけで、思ってるかもしれねーよな…


俺は電話だけじゃ詩織の表情の変化が見れない事に歯痒くなった。


遠距離になればこれが普通になる。

今から慣れなきゃいけないはずなのに、声だけじゃ物足りなくてまた苛立ちがぶり返してくる。


こんなんじゃダメだ…

ダメなのに…


俺は目を閉じただけで詩織の笑顔が瞼の裏に浮かび、依存し過ぎてる自分に泣きたくなったのだった。




***




それから毎日のように会えない事にイライラしながら過ごし、物凄く長く感じた苦痛の一週間が過ぎようとしていた。

俺は写真だけじゃ満足できなくなっていて、クリスマスとバレンタインにもらった一文字手紙も開いて傍に置いていた。


『私』と書かれたクリスマスのときの手紙。

それに『た』と書かれたバレンタインのときの手紙。


俺はこの二文字では文章なんか予想できるはずもなく、はぁ…とため息をつく。


微妙に手紙から詩織の匂いがするような…気がする…


俺は末期症状で便箋をすんっと嗅いでみた。

そこでコンコンと控えめなノックの音がして、背筋が縮み上がって慌てて手紙を隠す。


「はい!?」

「拓海?入るわよ。」


俺が手紙を布団の中に隠したとき、ちょうどよく母さんが部屋に入ってきて、俺は焦って引きつる笑顔を向けた。

母さんはそんな俺をじっと見てから、顔をしかめて目の前に正座してくる。


「ねぇ、拓海…。こんなこと聞くのも…と思ったんだけど…。」

「なに?」


俺は母さんの重い空気に何事だろうか…と少し不安になる。

すると、母さんは真剣な目で驚くことを口にした。


「もしかして、また詩織ちゃんと別れたの?」

「っぶ!!はぁぁぁ!?!?」


俺は急になんの心配をし出してるんだとビックリして吹きだしてしまった。

母さんは本気で心配してるのか俺に詰め寄ってくる。


「だって最近詩織ちゃん、全然来てくれないじゃない?拓海と一緒にいられるの、あと一カ月しかないのよ?それなのに、おかしいでしょ!?あの詩織ちゃんが一回も来てくれないなんて!拓海、何かしたんじゃないの!?」

「するわけねぇだろ!?大体別れてねぇし。ちゃんと毎日連絡とってるっつーの。」


「えぇ?でも、あなた最近ほとんど外出てないじゃないの。詩織ちゃんといつ会ってるの?」

「いや、会ってねぇから。」

「え!?!?!やっぱり別れたの!?」

「だから、なんでそうなるんだよ!?会わない=別れるってその安直な考えどうにかしろっつーの!」


俺は会えないストレスと相まって母さんに対してイラついて仕方ない。

当の母さんはまだ「会ってない」ことが納得いかないようで、目を丸くさせながら考え込んでいる。

だから、早く理解して帰ってもらおうと、説明することにする。


「俺と詩織、遠距離のために今、会わずに連絡だけで我慢する強化訓練中なんだよ。お互い依存し過ぎてたから、離れても一人で立てるようにな。だから別れたとかじゃねぇから、大げさに騒がないでくれよ。」

「……強化訓練…ねぇ?……それ、拓海が言い出したの?」


母さんがやっと納得した顔を見せて、俺は言う通りだったので「そうだけど。」と答えた。

すると母さんがげんなりした顔になり言った。


「我が息子ながら詩織ちゃんに同情するわ…。なんてバカな子なんでしょ…。」

「バカ!?東聖受けられる息子に向かって、その言い方はないだろ!?」

「息子だから好きに言わせてくれたっていいじゃない。もう詩織ちゃんに申し訳なくて涙が出てくるわ。」

「なんだよ!!そこまで言われるようなことしてねーぞ!?」


俺はひどく詩織に同情し始めた母さんに腹が立って、少し腰を浮かせて怒鳴った。

すると階下でピンポーンとチャイムの音が鳴り、母さんは部屋の扉を開けっ放しで「はいはーい。」と出て行く。


話が途中になったことに若干不服だったけど、もう小うるさく絡まれねぇか…と思っていたら、なんと母さんが赤井を連れて部屋に戻ってきて目を剥いた。


「よ!ちゃんと勉強してっか~?」

「赤井。なんで家に。」


俺は赤井が訪ねてくるのが珍しくて何の用かと不思議だった。

すると赤井は俺のすぐ横に腰を落ち着けると、楽しそうに笑いながら言う。


「いや?さっき谷地さんと一緒にいてさ、色々聞いたんだけど、お前はどうしてんのかな~って気になって?」

「詩織と?」


俺が詩織の名前を聞いただけでドキッとしていると、なぜか母さんが話に興味を持ったのか赤井の横に腰を下ろしてくる。


「うん。谷地さんさ、会いたい~ってずっとぼやいてたぞ?ケータイ握りしめたまんまで。」

「……マジ?詩織が??」


俺はあまりそういうことを口にしない詩織が、赤井の前でぼやくまで会いたいと思ってることに嬉しくて頬が緩む。


「うん。そう言ってる谷地さん、なんかすげー可愛かったから、俺も普段言わない事言っちまったし。」

「は?可愛い??」

「あ、世間一般的な話だからな。」


俺が詩織のことを可愛いと言った事に突っかかると、赤井がへらっと笑ってフォローしてくる。

その横で母さんが「詩織ちゃんはいつも可愛いわよ!」と口出ししてくる。


「で?お前はどうなわけ?谷地さんみたいになってねーの?」


赤井が興味津々で聞いてきて、横の母さんまで目を輝かし始める。

だから、俺は母さんに「赤井に茶!!」と母さんを部屋から追い出す口実を出した。

それに母さんは不満そうに立ち上がると、「聞かせてくれたっていいのに…。」とぼやいて渋々部屋を出て行く。


そして扉が閉まったのをしっかり確認すると、赤井に本音を打ち明ける。


「会いたいに決まってるだろ。俺がどんだけ我慢してると思ってんだよ。」

「ははっ。だよな。谷地さんでさえ、あんなになってんだし、お前はそれ以上だと思ったよ。」

「分かってんなら聞くなっつーの。」

「いや~、一応確認?みたいな。」


赤井はゲラゲラと笑い出して、俺をからかいに来たんだと分かる。


他人事だと思いやがって…


俺はこいつも遠距離になるクセに余裕だな…と、自分と違うことに腹が立ってくる。

すると赤井がやっと笑うのを止めて言った。


「お前らってよく似てるよなぁ~。なんか羨ましいぐらいだ。」

「羨ましい?」

「あ、また言っちまった。これナシで。それより、お前は愚痴ねぇわけ?せっかく来たんだから何でも聞いてやるぞ??」


赤井からの珍しいセリフにビックリしたけど、赤井は深く突っ込んで欲しくないようだった。

だから、話の流れに乗っかって愚痴をこぼす。


「なんかさ、この一種間ぐらい詩織と離れて過ごして…。もう少ししたら、これが当たり前になるんだなって思ったら…、かなりキツいと思った…。いや、正直結構キテる…。」


俺は詩織の顔さえも見られない毎日に、気持ちがずっと晴れない状態で気分が良くなることがなかった。

電話で声が聞けたときには一時的に回復するけど、しばらくするとまたイライラする。

自分がどれだけ詩織の存在に癒されていたか…、この強化週間を通じて思い知った。


「ふ~ん…。そんなにキツいのか…。なんでだろうな~…。」

「なんでかなんて俺が一番知りてぇよ。どうすれば楽になんのか全然分かんねぇ…。」

「楽にねぇ…。やっぱ慣れしかねぇんじゃないの?」

「………慣れることなんかできる気がしねーよ。」


俺はここ一週間ちょっとを思い返して、慣れる見込みが見えなかったのでハッキリそう口にした。

すると、赤井がふっと鼻で笑いながら言った。


「まぁ、お前はそれでいいんじゃねぇの?」

「それでいいって…、俺は楽になりてぇんだけど。」


俺は投げやりに答えた赤井をじとっと睨んだ。


「だってさ、お前がそうやって苦しい気持ちを抱えてるのが、谷地さんを想ってるって証拠なわけじゃん?それが楽になったら、気持ちが冷めてるってことにならねぇ?」


俺は赤井から言われた言葉がスッと入ってきて、大きく目を見開いた。


そうか…

その考えはなかった…


「お前は谷地さんがすげー好きだから、会えない事に苦しんでるわけだろ?だったら、それ持ったままでいいじゃん。俺はそう思うけど。」


赤井はニカッと笑って言って、俺は少し抱えてたものが楽になったような気がして、顔をむずつかせた。

赤井にここまで的確なアドバイスをもらったことがないだけに、どう反応していいやら困ってしまう。


「なに黙ってんだよ。ちょっとは参考になったか?」

「まぁ…。」


俺は確かに参考にはなったので頷くけど、赤井に感謝するのは癪で素直になれない。

赤井はそんな俺の気持ちを見透かしているのか少し笑ってから、全く違うバイトの話をしてきたのだった。

俺はその話を聞き流しながら、結局我慢するしか方法がないことにため息をついたのだった。






***






詩織に会える卒業式の予行練習日まで残り二日とういう日―――

俺はとうとう我慢の限界で、詩織のバイト先の見える電信柱の影に隠れていた。

傍から見たら不審人物極まりないのだけど、一目詩織を見ないと落ち着かないので、詩織が外に出てくるのをじっと待つ。


会わないとは約束したけど、顔を見るだけなら大丈夫なはず…


俺はこれは約束の範囲内の行為だと思い込み、自分の行為を納得させる。

そうして観察を続けていると、赤井が店内から出てきて、以前小波と揉めるきっかけになった大学生と何やら品出しを始めた。


俺は赤井が見たいわけじゃねぇんだよ…と赤井を睨んでいたら、大きな段ボールを持った人が店内から出てきて赤井にそれを渡した。

その段ボールの影から詩織の顔が見えて、久しぶりの詩織に胸が高鳴る。


詩織は赤井と大学生と何か話をすると、大学生が手を振って店内に戻っていった。

それを見送った赤井が笑いながら詩織を軽く小突いていて、俺は俺の許可なく詩織に触った赤井を睨みつけた。


勝手に触ってんじゃねぇよ…


俺は電信柱を力一杯握って苛立ちを抑える。

赤井はそんな俺に気づくこともなく詩織と楽しそうに商品を並べていて、俺は見ているだけの自分が腹立たしくて仕方ない。


くっそ!!俺が赤井だったら!!!!


俺は電信柱を揺らすかの勢いで力一杯電信柱に苛立ちをぶつけ、気を紛らわす。

そのとき商品を並び終えた詩織が大きく伸びをしてからこっちに向いて、俺は元気そうな詩織を食い入るように見つめた。


詩織は空を見上げて何かを考え込んでいる。


その表情が何かを堪えているようにも見えて、俺は今すぐ詩織を抱きしめに行きたくなった。

でもそれができない状況に歯を食いしばって耐える。


すると赤井に声をかけられた詩織が赤井と一緒に店内へと戻って行き、俺は詩織の姿が見れなくなったことに大きく落胆した。


さっきまで高鳴ったりイラついたりした自分の心が、ぽっかり穴の空いたように静かになる。


俺はその気持ちを今後もたくさん味わうことになるんだろうな…と思いながら、足を自宅に向ける。

するとポケットに入れてたケータイが震えて、俺は電話だと分かり出た。


「はい、もしもし?」

『井坂~、お前ストーカーか?』


電話してきたのは赤井で、俺は急なストーカー発言に顔をしかめる。


「何言ってんの?」

『お前さ、隠れてたつもりだろうけどバッチリ見えてたからな?何、谷地さんのこと影から見守ってんだよ。』

「は!?!?」


俺は赤井にバレてたことに心臓が縮み上がって、スーパーに振り返る。

すると赤井が笑いながら続ける。


『谷地さんは気づいてなかったっぽいけど。お前、さっきの相当不審者だからな。俺、顔に出そうになるのをどんだけ堪えたか…。顔が見たいなら、堂々と見に来ればいいのに、変なことする奴だな。ホント。』

「うっせぇな…。俺の事はほっとけよ…。」


俺は見ていた側から不審者だと言われて、かなり恥ずかしかった。

だから熱くなる顔を隠しながら、家へ早く帰ろうと足を速める。


『ははっ。お前がウダウダと変人みたいなことしてる間に、谷地さんの方は何か覚悟でも決まったのか、スッキリした顔してたぞ?』

「は?覚悟?」

『あぁ。一昨日会ったときには「会いたい~」ってぼやいてたけど、今日は一言も言わないどころか、なんか一つ壁乗り越えたみたいに、表情が生き生きしてる。先に成長されたな、井坂。』


電話の向こうでニヤと笑う赤井の表情が見えるような言い方に、俺は若干イラッとした。

でも詩織が何か吹っ切れたようだと聞いて、自分もうかうかしてられないと焦る。


「お、俺だって、前よりだいぶマシになったから!!」

『嘘つけ。顔見に来るぐらいだからひどくなったんじゃねぇの?』


う…――――!!


俺は図星なだけにすぐ返事ができない。


『まぁ、精々置いて行かれないように頑張るんだな。じゃ、バイト戻らねーと。』


赤井はそれだけ言うと電話を一方的に切ってしまい、俺をからかうためだけにかけてきたのかと文句を言いたくなった。


なんのための電話だよ…


俺はケータイをイラつきながら直すと、ふーっと息を吐いてさっきの詩織のように空を見上げた。



覚悟…か…



澄み切った綺麗な青空を見て、俺は少し心を洗われるような気持ちになり、詩織が空を見上げていた心情が少し分かったような気がしたのだった。










不審者な井坂でした。

次話はとうとう卒業式予行練習日です。

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