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理系女子の恋  作者: 流音
234/246

221、痛み分け?

井坂視点です。



「これ、詩織先輩と一緒に食べて。」


そう言って、俺はカンナから袋に入ったバレンタインチョコを受け取った。

俺は詩織以外からはもらわないと決めていたので複雑な気持ちだったが、詩織と一緒にと言われると断れない。

ましてや相手は妹分であるカンナだ。

兄妹分なら構わないかと、特例で受け取って帰ったら、それを勘違いしたのか詩織が教室を飛び出して行ってしまった。


俺は今日は詩織に嫌な思いはさせまいと一日中気を張っていたのに、ここで凡ミスをやらかしたことに焦った。


俺が欲しいのは詩織からのチョコだけだっつーの!!


なんとか誤解を解こうと追いかけたけど、保健室の前辺りで詩織を見失った。


俺はまた詩織が思い詰めて、最悪チョコを貰えないという結末になりそうな気がして、気持ちが落ち着かない。

そうして目星もないまま校舎内をうろついていると、渡り廊下に詩織を発見して教室棟の二階から覗き込んだ。

そして呼ぼうと大きく息を吸ったところで、声をかけたらまた逃げられる予感がして、一旦覗くのをやめて引っ込む。


どうすれば詩織を捕まえて話ができるかな…


俺はそう考えながら今度はコッソリ覗き込むと、詩織が瀬川と話をしているのが目に入り、何やらチョコの箱っぽいものを持っている姿に疑問が過る。


あれ…?

詩織…あんなの持ってたっけ…?

というか、あれ瀬川に渡してねーか…?


俺はチョコの箱っぽいものを詩織から受け取った瀬川が良い笑顔を浮かべているのが見えて、嫌な予感しかしない。


あれ、義理チョコか?

毎年俺の分しか持って来てない詩織が…瀬川に義理チョコ??


なんで今年だけ?

は??ヤバい…、頭が混乱してきた…


俺はその場にしゃがみ込んで自問自答して頭をかかえていると、周囲に人の気配を感じて顔を上げた。


「拓海先輩。これ受け取ってください。」

「私も。どうぞ。手作りです。」

「私だって!!これ、本命です!!」


俺が顔を上げるなり3、4人の女子に取り囲まれてる現状に驚く。

そして、距離の近さに身の危険を感じながら今日何度も口にした言葉を吐き出す。


「悪いけど…。彼女の以外受け取るつもりないから…。」

「えー!?なんでですか!?去年だってそう言って受け取ってくれなかったし。今年は先輩と過ごす最後のバレンタインですよ!?思い出にするので受け取ってください!!」

「そうですよ!気持ちに応えて欲しいなんて言いませんから、受け取ってください!!」


「そう言われても…。もう決めてることだから…。」


俺はとりあえず女子と近いことをなんとかしようと、立ち上がりかけたところを女子に押さえつけられる。

そしてその女子たちは思わぬ肉食ぶりを発揮して、俺の制服にチョコの箱を無理やり突っ込んでくる。


「そんなの知りません!何がなんでも受け取ってもらいます!!でないと、私の気持ちに踏ん切りつかないから!!」

「私も!!入れさせてくださいね!!」


「は!?ちょっ!!そんなとこ!!やめろって!おわっ!!」


女子たちは俺のブレザーのポケットに入れてきて、入りきらないと分かるや挙句ズボンの中にまで入れようとしてきて抵抗した。


ふざけんなっ!!!


さすがに女子でも手を出しかけてイラついていたら、ふっとこっちを遠くから見ている詩織に気づき、俺はその姿に全身の血が冷えていく。


俺は呆然と立ち尽くしている詩織を見つめて、ポカンと開けていた口で「詩織…。」となんとか声を絞り出すと、また詩織が逃げるように走り出してしまった。


俺はそれに反射で立ち上がると、無理やり押し付けられたチョコの箱を引き抜いて返す。


「ほんとに受け取れないから。悪い!!」


俺はとりあえずそれだけ告げると、詩織を追ってまた走り出す。

そうして今度は見失ってたまるかと根性を入れて追いかけていたら、詩織がいつも使ってた社会科準備室に逃げ込むのが見えた。


今度は確実に捕えられる!!と確信して扉に手をかけたら、無情にも扉に鍵がかけられていて開いてくれなない。

俺は鍵をかけたのは詩織だと分かるだけに、ここまで拒否られたことに胸の奥が痛む。


ヤバい…泣きたくなってきた…


俺は虚しい気持ちを無理やり抑え込むと、仕方なく扉を叩いて詩織に声をかける。


「詩織!!ここ開けてくれよ!さっきのも、教室のも詩織が誤解してるだけだから!!俺に説明させてくれ!!」


そう懇願するも詩織からは何の反応も返ってこない。


これ…かなり思い詰めてんじゃ…


俺はそんな気がして、とりあえず開けてもらえなくても説明だけしようと経緯を口にした。


「さっき教室で持ってた袋だけど、あれカンナからだから!!詩織と一緒に食べて欲しいって貰ったんだよ!あと、さっき下級生と揉めてたのだけど、あれは向こうが俺にチョコ押し付けてきただけで、俺は何もしてねーから!!むしろイラついて手が出かけてた。詩織に見られてた事にビックリしてそんな気失せたけど…。とにかく、変に誤解するようなことは何もねーから!!」


俺がこう説明しても何も反応が返ってこないことに焦れて「詩織!!」と声をかける。


でも、やっぱり何も返ってこない。


俺はそれにだんだんイライラしてくると、自分も不安に思ってた事が口から飛び出した。


「……詩織…、俺にはチョコくれねーわけ?朝からずっと楽しみにしてたのに…。なんでこんなことになんだよ!!」


俺は扉をダンッと叩く。


「瀬川にはやって、俺の分はなくなったわけ?――――っ、なんとか言えよ!!」


俺がそう怒鳴ると、その直後叩いてた扉ではなく、横の空き教室の扉から詩織が出てきて、俺は横を向いて目を見張る。


あれ…?ここじゃなかったのか…??


俺は詩織がいると思ってた部屋が違うことに、少し…いや、かなり恥ずかしくて叩いてた手を下げると、詩織から視線を逸らした。


俺…カッコわりぃ…


カッコつけて怒鳴ってた時間を巻き戻して欲しいと後悔していたら、詩織が俺に近付いてきて言った。


「私…瀬川君にチョコなんか渡してない。」

「え??」


詩織はまっすぐに俺を見つめて、キッパリと言い切る。


「私、井坂君以外にチョコ用意してないよ。毎年見てたんだから分かるでしょ?」

「え…、でもさっき渡り廊下で…。」

「あれは瀬川君がナナコから貰ったチョコを見せてきただけ。私のじゃない。」

「はぁ??」


俺は詩織のじゃないと聞いて安心してしまい、さっきまでイラついていた気持ちが消えていく。

すると詩織が思い詰めたように顔をしかめて言う。


「………逃げて…、隠れてごめん…。理由があるはずだって分かってたのに、身体が勝手に動いたというか…。条件反射みたいに、自己防衛に走っちゃって…。井坂君の気持ち考えてなかった…。本当に…ごめんなさい。」


詩織はペコッと深く頭を下げてきて、俺はそこまで真摯に謝られると怒鳴った自分がバカみたいに思えて、より恥ずかしくなってくる。

だから流してもらおうと、詩織の肩を叩いて大げさに笑う。


「ははっ、お互い変に誤解しちまっただけなんだ。だから、お互い様で片付けとこうぜ?もう変にすれ違う時間が勿体ねーし。」


俺がそう冗談めかして言うと、顔を上げた詩織はどこか切なげに微笑んで「うん。」と頷く。


ん…??


俺はその微笑みに違和感があってどこか納得できないでいたら、詩織が「チョコ帰りに渡すつもりだったんだ。」といつもと変わらない声の調子で言う。


それだけ聞いていたら普通なのだけど、なんだか引っかかるのはなんでだろう?


俺は教室へ戻ろうと歩き出す詩織に並ぶと、詩織の様子を見逃さないようにじっと横顔を見つめる。


「今年はちょっと難しいお菓子に挑戦したんだ。井坂君、チョコ苦めでも大丈夫だったよね?」

「あぁ…、うん。平気だけど…。」

「良かった。直接渡せるの…今日が最後になるかもしれないから…。気合い入っちゃって…。」


最後…?


俺は詩織が何気なく言った言葉に引っ掛かり、詩織の声以外の音がシャットアウトされる。


そうか…来年はお互いバラバラの場所にいるから…

直接渡せないかもしれないってことで…最後って…


俺は急に『最後』だと認識すると、今日がすごく大事な一日に思えてきて、詩織の手を握った。

詩織はしゃべるのをやめて俺の顔を見上げてくる。

俺はその瞳を見つめてじっと考え込む。


受験で頭いっぱいになってたから、離れるってこととちゃんと向き合えてなかった…

来年、詩織の隣に俺がいる時間は今までの半分以下…、いやもっと下回る…


詩織が不安になることも今までの比じゃないだろう

それなのに、近くにいる今でさえ、ちょっとしたことですれ違う…

こんな状態で離れて大丈夫なのか…?


俺は少しずつ離れるということを意識して、残りの時間を過ごした方がいいんじゃないか…と思い、自分から繋いだ手を放した。


「詩織のチョコ楽しみだな。それ、教室で食わしてくれよ。」

「あ…、うん。」


詩織は手を放した事を少し不安そうに見ていたけど、すぐ笑みを浮かべて頷いてくれた。


それを見て、俺は自分も詩織も強くなる必要があると感じて、あること実践しようとこのとき心に決めたのだった。





***





俺は詩織からのチョコを食べて幸せに浸った後、さっき心に決めたことを詩織に伝えようと口を開いた。


「詩織、俺たち…今日から卒業式の予行練習日まで会うの我慢しよう。」

「え…?」


詩織は俺にまん丸な目を向けて、表情を固めてしまう。


「俺たち…4月にはどうやっても離れるしかない。だから、その予行練習じゃないけど…、自分の気持ちをコントロールできるように試した方がいいと思うんだ。」

「で、でも…井坂君やっと受験終わって…これから毎日会えるのに…。」


詩織が悲し気に表情を歪めて言ってきて、俺はその顔に胸が痛くなりながら言った。


「だからだよ。会える状況で会わない…、それを我慢するんだよ。4月からはそういう状況になるんだから。いい訓練だろ?」

「でも…。」

「詩織。今日俺ら、ほんっとにつまんないことでお互い嫉妬しただろ?」


俺はなんとか詩織を説得しようと、今日のことを振り返る。


「すごく近くにいる状況なのにお互いすれ違ってて…、今日は近くにいたからすぐ解決したけど、これからはそうはいかない。会いたくても会えないんだ。お互いがお互いの事疑って、すれ違ってる間に気持ちまで離れたらシャレになんねぇだろ?」


これには詩織もキュッと眉をひそめて頷く。


「だから、俺らはお互いをもっと信じられるように強くならねぇと。距離なんか関係ない。俺らなら、気持ちだけで繋がってるって、心の底から思えるように。その強化週間として、卒業式の予行練習日まで二週間。会わないで頑張ってみよう。」


俺は自分がそうなりたい一心で言った。

でも詩織はなかなか受け入れられないようで、泣きそうに顔を歪めると小さな声を漏らす。


「気持ちは…分かるけど…。でも、一緒にいられる時間が残り少ないのに…。なんで今なの…?イヤだよ…。今までだって…井坂君、受験あるからって…我慢してたのに…。なんで…?」

「詩織…。」


詩織は俺の制服を掴むとゆらゆらと揺らして訴えてくる。


「私…ちゃんと4月までには強くなる…。だから、練習なんていらないよ…。会わないなんて…言わないで…。」


いつの間にか詩織が泣いていて、俺は詩織の泣き顔を見て決心が鈍りかける。

でも、こんなにお互いが依存したままじゃダメだと自分を強く持つ。


「詩織。この状態で、俺らが離れてやっていけると思う?」


これには詩織も泣き止んで、まっすぐ俺を見つめてきた。

俺はその顔にずっと胸の奥が苦しくなりながら、なんとか口に出す。


「二週間会わないってだけでこれだよ。これじゃあ、きっと一カ月ももたない気がする。詩織はそれでもいいわけ?」


俺が吐き出した少し冷たい言葉に詩織は大きく目を見開いた後、薄く口を開く。


「…いいわけない。」

「だろ?だったら、やっていく自信をつけるために。まずは二週間。頑張ってみよう。」


詩織は少し考え込むと、ここでやっと俺を放して頷いてくれた。


「分かった…。やれるって…証明する。」


詩織はさっきとは違う決意を決めた表情で涙を拭うと、俺を安心させる笑顔を見せた。

俺はその笑顔に力をもらって、自分も覚悟を決めた。



「よし。じゃあ、とりあえず二週間。根性見せるか。」

「うん。頑張る。」



俺はこの日の別れ際、詩織から離れ難くてしょうがなかったけど、二週間分詩織を抱きしめて補充を済ませた。



そして、苦痛に見舞われる悪魔の二週間が始まるのだった。






真面目過ぎる二週間が始まります。

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