218、父と対面
井坂視点です。
試験を終え、もうこれから勉強の毎日じゃなくなるという開放感から、俺は詩織とイチャつきながら、帰る気が全くおきなくていたら、時間が夜も遅くなってきていた。
小波や赤井に俺のことをメールしている詩織を後ろから抱きしめながら、時計を見ては離れ難くて詩織の後ろ頭に顔をくっつけ甘える。
このまま泊まっていきたいぐらいだけど…
ウチならまだしも詩織のご両親が許すはずねぇしな…
帰りたくねー!!!
俺はそんな気持ちからつい腕に力が入ってしまい、詩織が顔だけで振り返ってきた。
「井坂君、苦しいよ。」
「あ、わり…。」
詩織は冷静に言ってきて、俺は自分との気持ちに差がある気がしてシュンと寂しくなる。
すると詩織が体ごと振り返って、俺の顔を触ってくる。
「どうしたの?やっぱり東京行って疲れちゃった?」
詩織は俺がシュンとしているのが疲れだと思ったのか、心配そうに俺の顔を触っていて、俺は詩織の手の柔らかさに気持ちよくなってくる。
「……疲れてねーよ。ただ、そろそろ帰らねーとな…と思ってさ。」
「え!?もうそんな時間!?」
詩織は時間を認識してなかったのか時計に振り返って、悲しそうに表情を曇らせる。
俺はその表情の変化から、詩織も帰って欲しくないと思ってることを感じ取って、また気持ちが復活してニヤけてくる。
やっぱ詩織もか…
もう俺だけじゃねぇもんな
俺はいつからか自分ばかりと思わなくなっていて、詩織の気持ちが伝わることに素直に嬉しい。
「あと30分ぐらいなら平気だよね!?私、なんなら送って行くから!!」
「ははっ!男前っ!!送らなくていいよ。俺より詩織が帰るのが心配になるから。」
「あ…、そっか…。」
詩織は引き留めたい口実で口を滑らせたようで、俺の指摘に恥ずかしそうに赤くなる。
俺はそんな詩織が可愛くて、つい顔に触れてしまう。
真っ赤な頬が綺麗だ…
詩織の少し茶色がかった瞳が俺に向いて、じっと見つめ合うと俺はキスできそうな空気に顔を近づける。
でも、それはノックの音と乱入してきた人に阻止される。
「詩織、晩御飯できたわよ。――――って、あれ?井坂君。帰ってなかったのね。」
俺は詩織から素早く距離を空けて離れると、詩織のお母さんに不自然な笑みを向け返す。
「あ、はい!すみません。長い間お邪魔してしまって…。そろそろ帰ります。」
俺がこれ以上居座るのはさすがに無理だろうと判断して、慌てて上着を手にとると、詩織が視界の端でムスッとするのが見えた。
すると詩織のお母さんがそれに気づいてか分からないが、思わぬ事を口にする。
「なんならご飯食べていく?」
「え!?」
俺は急な事なのに、まさかご飯をお誘いされるとは思わず目を見開いた。
詩織のお母さんはちらっと詩織を見てから、にこやかに言う。
「お家の方がいいって言ってくれるならだけど、迷惑じゃなければ…。どうかしら?」
「え、いや。こちらこそご迷惑じゃないですか?勝手にこんな時間まで居座って…。」
「こっちは全然。むしろ、詩織が引き留めてたんでしょう?ごめんなさいね。この子、本当に井坂君のことが大好きみたいで。」
「お母さん!!」
お母さんのビックリ発言に詩織が真っ赤な顔で止めにかかって、お母さんと二人揉め始める。
俺は一人呆然と詩織が自分のことを大好きだと家族に認識されてることに、嬉しくて照れてしまう。
するとお母さんは更に嬉しい事を口にした。
「この間だって、井坂君とのことで初めてお父さんとケンカしてね~。もう、家族より井坂君の方が大事みたいでお父さんの落ち込み具合ったら―――」
「お、お母さん!!もう黙ってよ!お父さん帰ってるんじゃないの!?」
詩織はおしゃべりなお母さんを部屋の外に押し出すと、恥ずかしそうに自分の顔を隠してこっちを見る。
俺は俺とのことでお父さんと揉めたらしい詩織の愛情に胸を打たれて、つい顔が緩んでしまう。
詩織の家族より俺の方が優先順位が上とか…
やべー…すっげぇ嬉しい…
俺はまた変な顔になりそうで口元を手で隠すと、真っ赤な顔を隠す詩織の背を叩いて声をかけた。
「詩織、ご飯行こ?」
俺は上擦りそうな声をなんとか平静に保つと、詩織は隠していた手をとって幸せそうに頷いた。
その顔に俺まで幸せになったことは、言うまでもない…
***
そうして詩織のお母さんのご厚意で晩御飯をいただき、俺はそこに詩織のお父さんの姿がないことに内心ほっとしてしまった。
お母さん曰く、帰ってくるのを待っていたけど残業でもっと遅くなると連絡がきて、こんな時間に食べる事になったらしかった。
詩織のお父さんとは一度しかちゃんと話をしたことがないので、会うとなるとやはり緊張する。
だから大輝君の話を聞きながら食べるご飯は、そういう緊張感もなく穏やかで落ち着いた。
―――――が、その時間はあまり長くは続かなかった。
「ただいま。」
ちょうど俺がご飯を食べ終えた頃、詩織のお父さんが帰ってきて、俺の姿を見るなりリビングの入り口で固まってしまった。
「おかえりなさい。今日、井坂君が来てくれてたから、晩御飯を誘ったの。良かったわよね?」
詩織のお母さんがお父さんにそう声をかけ上着を預かっていて、お父さんはお母さんからの説明に納得したようだった。
「そ…そうか。久しぶりだね。」
「お邪魔してます…。」
若干俺に声をかけるお父さんの顔が強張っている気がして、俺はさっきの詩織とお母さんの会話も聞いていただけに、どことなく気まずい。
言ってみれば、俺は詩織をお父さんから奪うポジションなんだよな…
さっきの話からも詩織はお父さんに相当大事にされてきたみたいだし、良く思われてないのは確かだ…
なるべく穏便に俺を売り込んでいかないと…
俺は緊張しながらも、少しでも詩織のお父さんと仲良くなろうと話しかける。
「あの――――」
「井坂君!!ご飯も食べ終わったみたいだし、そろそろ帰らないとだよね?玄関まで送るよ。」
俺が話しかけようとしたのを遮るように、詩織が立ち上がって俺の腕を引っ張ってきて、俺は詩織の急な態度の変わりように驚く。
詩織はどうやら俺とお父さんを接触させたくないようで、無理やりリビングから追い出そうという意思が見える。
俺はお父さんとちゃんと話をしなきゃいけない気持ちもあるものの、詩織が望まないことをしたくはなかったので、仕方なく足を玄関に向ける。
でもそれをお父さんからの一声で足を止める。
「井坂君。今日は泊っていったらどうだい?」
「え?」
「は?」
「え!?」
お父さんの言葉に詩織に大輝君、お母さんも驚いてお父さんを凝視して、俺は言われた事を認識するのが一歩遅れる。
泊まる…とか言われた????
「もう時間も遅いじゃないか。男とはいえ、この時間から一人で帰すのも、詩織を良くしてもらってる井坂君のご両親に対して印象が悪いだろうし…。まぁ、嫌じゃなければだが…、どうかな?」
「え…、えーと…。」
俺は泊まるということを必死に頭で考えて、詩織とのことを認められているんだろうか??という疑問でいっぱいになる。
そうして答えを迷っていたら、詩織と詩織のお母さんが先に声を発した。
「それはさすがに井坂君にも迷惑でしょ。彼女の家なんて息が詰まるわよねぇ?」
「そうだよ!!第一、井坂君どこで寝るの!?あんなに文句言ってたんだから、私と一緒なんてないでしょ!?」
「当たり前だ。何を言ってる。もちろん寝てもらうのは大輝の部屋か、ここのリビングになるが、一回井坂君とはきちんと話をしたいと思ってたからね。いい機会になると思ったんだが。」
お父さんからの言葉を聞き、俺は退路が断たれたような気分になり、緊張がMaxで生唾を飲み込む。
話って…そりゃ、そうだよな…
俺はいつかは通らなきゃならない道だと思ってたので、男としてお父さんからの挑戦状に退くわけにいかず、抗議している詩織の言葉を遮るように声を出した。
「分かりました。お言葉に甘えて、今日泊らせてもらいます。」
「井坂君!?」
俺はまっすぐお父さんを見据えて、戦闘モードに入る。
詩織は俺とお父さんを見て、オロオロと困っている。
お父さんは俺を見つめ返すと、ふっと笑みを浮かべて「楽しい夜になりそうだ。」と言い、俺は同じように笑みを返しながら負けるか!と自分を奮い立たせたのだった。
***
その後は、お父さんが先にご飯を食べると言うので、俺は家に連絡だけして先にお風呂をいただくことになった。
詩織はその間も俺のことを心配して声をかけてくれていたが、もう戦いの火蓋は切って落とされてるだけに情けない顔は見せられない。
だから俺は詩織を安心させようと何度も宥めた。
すると大輝君まで俺を心配していたのか、俺に着替えの服を貸してくれるときに「親父は手強いんで頑張ってください。」と励まされてしまった。
あの大輝君が手強いというぐらいだ…
かなりの覚悟がいるな…
俺はお風呂に入りながら何を言われようとも取り乱すな…と自分に言い聞かせる。
そうしてサッパリしてリビングに戻ったところで、俺はお父さんとのガチンコの対面にもつれこんだ。
お父さんは「二人だけにしてくれ。」とお母さんや詩織、大輝君をリビングから追い出すと、俺をソファに促してその正面に腰を下ろす。
俺はまるで面接のようだ…と思いながら、促されたソファに腰を落ち着け背筋を伸ばす。
するとお父さんは開口一番に鋭い視線をぶつけながら言った。
「井坂君は詩織とのこの先をどう考えてる?」
………これは、どういう意味だ?
俺はまるで結婚する気があるのかという質問を投げかけられた気分で、返答に時間がかかってしまう。
高校生の俺にどこまでの返事を期待しているのか、お父さんの真意が読めない。
だから、俺は取り繕った答えよりも正直に答えようと口を開く。
「一番…正直な気持ちを言うと…、ずっと傍にいられればいいなと思ってます。」
「ずっと…というのは具体的にいつまでだ?」
「いつまで…?」
俺はそこを突っ込まれるとは思わなくて面食らった。
お父さんは真剣な目をしたまま続ける。
「君はまだ若い。それは詩織もだが…。ずっとなんて、不確かなものでその気持ちは長続きするものかと思ってね。」
「……不確か?」
俺はその言葉が引っかかり、何か疑われてるのかとお父さんの顔を見つめる。
「どう見ても君は人の目を引く容姿をしている。今までだって、たくさんの女の子に言い寄られたんじゃないのか?」
「いや…、俺はそこまでは…。」
「謙遜しなくていい。私が言いたいのは、それだけ人目を引いて女の子に不自由しなさそうな君が、今後も詩織を想い続けてくれるのかどうかだ。」
「は?」
俺はここで自分の詩織への気持ちを信用されてないと分かり、少しもやっとしてしまう。
「詩織から大学は東聖へ行くと聞いている。桐來へ進学する詩織とは正反対の遠距離だ。この離れている間、他の女の子へ目が移らないという自信はあるのか?」
「あります。それだけはお約束できます。」
俺は詩織に対しての気持ちだけは誰にも負けない自信があったので、目移りなんて考えもなかった。
だからハッキリと食い気味に答えると、お父さんは少し目を見開いた。
「お父さんが俺のどこを見て疑っておられるのか分かりませんが、俺は詩織…さんと出会ってから、詩織さん以外を彼女にしようなんて思った事一度もありません。むしろ、詩織さんじゃなきゃダメなのは俺の方です。」
俺は恥ずかしくなりながら、とにかく自分の気持ちだけは分かってもらおうと訴えた。
「さっき、ずっと…というのが不確かなものとおっしゃいましたが、俺にとってずっとというのはこれから先、俺が生きてる限りずっと…という意味です。詩織…さんに心変わりされたら分からないですが…。俺が自分の未来を想像するとき、必ず自分の横には詩織さんがいます。もう何度妄想したか分からないですけど…。それぐらい自分には彼女しかいないんです。だから、俺の心変わりを心配されてるなら、それは絶対にありえません。」
俺は信じてもらうためにもお父さんから目を逸らさず、照れる顔を我慢しながら告げた。
するとその想いが伝わったのか、お父さんの表情が初めて緩んだのが目に入る。
「そうか…。それを聞いて安心したよ…。」
お父さんは言葉の通り安心したように微笑んで、さっきの厳しい表情が消え去る。
「この間、詩織と初めてケンカしてね。あ、井坂君とのことで口を出したからなんだが…。あのとき、女の顔をする詩織を見て、君へのすごく大きな気持ちを感じた。」
俺はお母さんが口にしていた話を思い出して、あの話か…と寂しげに微笑むお父さんを見つめる。
「親としては詩織が自分の手を離れたようで寂しかったんだけど…、それと同時に家族以上に大事な人と巡り合えてることに嬉しくもあったんだ。だから、君の本心を確認しておきたかったんだ。詩織が君を失って泣く姿は見たくないからね。」
お父さんに今日引き留められた真意を聞き、俺は口を引き結んでしっかり話を胸に留める。
「詩織は君と出会って本当に変わった。これは悪い意味じゃなく、良い方のね。中学の頃は自分を抑えることが多くて心配したんだが、今は本当に生き生きと毎日がすごく楽しそうで…、これはきっと君のおかげなんだろう…。だから、どうかこれからも詩織の支えになるよう、傍にいてやって欲しい。できれば、君の言葉通り…ずっと。」
お父さんはまっすぐ俺を見つめて、さっきとは違う声の調子で『ずっと』と言ってくれて、俺はそれが詩織を託された言葉だと感じ深く頭を下げた。
「ずっと…大事にします。」
俺は胸が熱くなって泣きそうだったけど、お父さんから声がかかるまで堪えて頭を下げ続けた。
必ずお父さんの期待に応えてみせる…
俺はお父さんの言葉を深く胸に刻み込んで、自分に誓った。
いつかここに本当の挨拶に来れるよう、《ずっと》詩織を想い大事にする―――と
詩織父と決着がつきました。
もう一話だけ続きます。