210、対立
井坂視点です。
詩織と離れて寺崎僚介と二人になったとき、寺崎はやはり詩織の前では見せない人を見下すような顔つきになり、挑発するように口を開いた。
「あのさ、俺、詩織と話をしたいんだけど。」
「させるわけねーだろ。人の彼女に横から手を出す卑怯な奴なんかとさ。」
俺は真っ向から立ち向かうつもりで、仁王立ちすると鋭く寺崎を睨む。
すると寺崎はふはっと息を吐いてから、小気味よく笑い出す。
「ははっ。なんだ、全部詩織から聞いてんだ?」
「当たり前だろ。詩織は俺に隠し事なんかしねーよ。」
「へぇ?じゃあ、今まで俺と詩織の間にあったことも全部知ってるわけ?」
全部…??
それは、あの過去のことも含めて言ってんのか?
それとも最近の…なにか…
俺はそこまで考えてから、寺崎の言葉に踊らされていると気づき、詩織の確かな気持ちだけ信じようと、気持ちを強く持つ。
「過去のこと言って動揺させようとしてんのかもしれねーけど。それ、無意味だから。俺は詩織の気持ちを信じてる。俺は今があれば十分なんだよ。」
「そんな強がり言ってんなよ。お前が自分勝手で嫉妬深い奴だってのは知ってんだよ。なぁ、詩織と前に別れたことあんだろ?あんときもどうせ自分勝手なことしたんだろ?」
「は?」
俺は随分昔のことをほじくり返されたことにも驚いたが、寺崎が知ってることにも驚いた。
どこから聞いたか知らないが、どう見ても俺を動揺させて詩織と仲違いさせようって魂胆が丸見えだ。
俺は冷静に寺崎を見ることができて、あまり頭に血が上ることもなく挑発を軽く躱す。
「そんな昔の話出して何が言いてぇんだよ?悪いけど、一回別れた過去があるからって、俺は詩織とまた別れるつもりはねーよ。お前がどんだけ詩織が好きだろうがな。」
「でもお前、大学は関東に行くんだろ?詩織とは遠距離じゃねぇか。なら漬け込む隙は大学からってことだよな?」
「あ?」
さすがにこれには俺もカチンときて、寺崎をギッと睨み付ける。
寺崎はまだ余裕の笑みを浮かべていて、俺はここで負けるわけにはいかないので苛立ちを抑えて言い返す。
「詩織に何回も振られる覚悟があるなら、漬け込めばいいよ。詩織は遠距離だろうが絶対に俺から離れたりしねーから。」
「すっげー自信だな。そんなの離れてみなけりゃわからな――――」
「絶対ねーよ。詩織は一生俺のもんだ。お前なんかに渡すつもりはねぇ。」
俺は詩織からの『愛』を感じていて、確固たる自信があったので堂々と告げた。
今日だって詩織は俺に変なウィルスを寄せ付けないようにしようとしてか、挙動不審に咳やくしゃみをする人を睨み付けていた。
あまりにも必死な姿に俺は笑いを堪えるのが精一杯だった。
詩織の心の中はいつも俺が占めている。
俺はそれを自信に変えて、寺崎に何を言われようとも平気で少し笑みを浮かべると、急に寺崎が掴みかかってきて驚く。
「彼氏だからって調子のんなよ。人の気持ちなんて変わるんだよ。ずっとこのままなんてあるはずねーだろ!?」
寺崎は俺の前で初めて乱れていて、敵意を剥き出しに俺を睨んでくる。
俺はその目を冷ややかに睨み返すと、先に手を出してきたのは向こうなので、俺も寺崎を遠慮なく引っ掴む。
「詩織に会えないって真っ向から拒絶されたからって、俺と詩織の気持ちまで勝手に決めんじゃねーよ。俺にどんだけ文句言おうが、詩織の気持ちはもうお前に向くことはねぇ。なんでわからねーかな。」
「うるっせぇな!!詩織と先に出会ったのは俺だ!!好きになったのだって、俺の方が先だった!!後から現れたお前にだって、俺と詩織のことは分かるはずねぇっ!!」
感情を顕に声を荒げる寺崎を見て少し驚きながら、俺はある一部分が気になって聞き返す。
「先って…。じゃあ、なんで詩織を振ったりしたんだよ…。」
これに寺崎はビックリしたように俺から離れると、苦しそうに表情を歪めて俯いてしまった。
なんだ?
なんか傷抉ったか?
俺は急に黙り込んだ寺崎を見つめ、何か言うべきかと少し屈んで顔を覗き込む。
すると、さっきと打って変わって聞き取るのがやっとの音量で寺崎が吐き捨てた。
「うっせぇ…。お前なんか…さっさと関東でもどこでも行けよ。」
寺崎がなんとか自分を取り戻したのかギッと俺を睨んでくる。
「やっぱりてめーは嫌いだ。ぜってーこのまま詩織と上手くなんかいくわけねぇ。」
負け惜しみか?
俺はどこかいっぱいいっぱいの寺崎を見て少し同情したが、これ以上絡まれるのも御免だったので見下すように告げた。
「言ってろ。過去に詩織の魅力に気づかなかったのはてめーだろうが。そんなお前に何を言われようと屁でもないね。」
「気づかなかったわけじゃねーよ!!これは俺自身の問題だ。知ったような口きくならブッ飛ばすぞ!!」
さっきと同じで詩織を振った話を出すと、こいつは明らかに乱れ始める。
どうやらこれはこいつのウィークポイントだと察し、俺は詩織のためにも手は緩めない。
「詩織はお前にフラれたって経緯があるから、俺に振り向いてくれたんだ。お前は詩織の好意を踏み躙っただけだけど、俺は詩織に好かれるためにすっげー努力した。その俺の愛に詩織は応えてくれた。だから、俺たちは今付き合えてる。この長い時間かけて積み重ねてきた信頼関係だけは誰にも負けねぇ。」
「そんなもんこれから覆してやるよ!詩織の一番最初は俺だったんだ!!お前と何の差があるんだよ!詩織からの好意って意味では同等だろ!?」
「はぁ!?」
俺は流石にこいつの自惚れにカチンときて、言い返す。
「ふざけんな。俺が詩織とここまでの関係を築くのに、どれだけ色んなもん乗り越えてきたと思ってる。お前はただ昔の詩織の好意をずっと大事に抱えて、自分の中の詩織に夢抱いてるだけだろ。詩織はずっと自分のことが好きで、いつかまた中学のときみたいに戻れるってな。」
図星だったのか、寺崎はここで顔を強張らせ大きく目を見開くのが見えた。
俺は寺崎をぶっ潰すつもりで淡々と告げる。
「ハッキリ言うけどな。そんな瞬間二度と訪れねぇから。お前は詩織がくれたたった一度のチャンスを自分から潰した。それなのに思い上がって詩織の気持ちを取り戻せるなんて勘違いも甚だしいよ。詩織を本当に手に入れたきゃ、俺以上に誠実に詩織に気持ちを伝える努力をしてみろ。それができねーなら、これ以上ちょっかいだしてくんな。」
俺は何もせずに詩織の気持ちを勘違いして、胡坐をかくこいつが許せなかった。
詩織はまた必ず自分を好きになる―――
それは絶対に変わらないとでも言いたげな姿。
俺はそんなものまやかしだと気づかせるために、鋭く寺崎を睨み続けていると、寺崎は苦虫をすり潰したような顔をして、逃げるように走っていってしまった。
俺はその背を見つめて、寺崎の心を潰し撃退できたことに、ほっと安堵する。
やった…、勝った!
俺はもう寺崎は絡んでこないだろうと確信して、小さくガッツポーズしながら、寺崎に打ち勝てた自分が誇らしくなったのだった。
***
それから、俺と詩織は神社を出て、俺の家に戻ってきていた。
詩織は俺の両親と挨拶を済ませ、姉さんと兄貴に捕まりそうになったので、俺は詩織を連れて自分の部屋に立て籠もった。
くっそ、ほんっと家は面倒くせぇ…
俺は誰も入って来ないようにラックを扉の前に移動させ、ほっと一息をつく。
そして振り返ると、詩織が俺のベッドに頭をのせた状態でうとうとし始めていて、慌てて駆け寄って声をかける。
「詩織!せっかく二人なのに寝るなって!!」
「う~…、ん…。だって…、安心したら眠くなってきて…。」
「安心!?ってなにが!?」
俺は起こそうと詩織を揺さぶるけど、詩織の瞼が開く気配がなくて気ばかりが焦る。
どうする!?
このままだと詩織は熟睡しちまうぞ!?
俺はじっと詩織を見つめて、この手は使いたくなかったけど仕方ないと自分を納得させ、詩織に一声かける。
「詩織、目開けねぇと襲うから。」
俺は脅しを含めた本音を強く告げると、寝かけていた詩織がパチッと目を開けて俺の前に両手を突き出してくる。
「…お、起きた。起きたから…。」
詩織は照れてるのか少し頬を赤らめながら、ジリジリと俺から離れていく。
俺はそれを見つめて、そんなに家族が勢揃いしている状況では嫌か…とがっかりしながらため息をつく。
まぁ、昨日したからいいけど…
「詩織、とりあえず上着貸して。かけとくから。」
「あ、うん。」
俺は気持ちを入れ替えようと、上着を脱いでクローゼットのハンガーにかける。
そして詩織の分も受け取ってかけながら、横目で詩織を見ると詩織はなぜかモジモジしていた。
「どうかした?」
「え!?う、ううん。何も…ない。」
詩織はビックリしたように目を見開くと、ベッドの前にちょこんと腰を落ち着けてまっすぐ前を見つめる。
俺はどこか変だな…と思いながら、クローゼットの扉を閉めると、下から何かあったかい飲み物でももらってこようと扉の前のラックに手をかけた。
「どこ行くの?」
俺がラックをどかし始めたら、詩織が少し腰を浮かせて不安そうな顔で言って、俺は思わず動かす手が止まる。
「へ?下からあったかい飲み物でも持ってこようと思って…。」
「そ、そっか…。分かった。」
詩織は少し安心したように頷くとまた腰を落ち着けて、じっと床を見つめ始める。
やっぱ変だよなぁ…
俺は詩織が何を考えてるのか気になって、ラックを動かすのをやめると、詩織の前に移動してしゃがみ込む。
「詩織、どうした?俺に何か言いたい事ある?」
俺がなるべく優しく声をかけると、詩織はちらっと俺を見てから恥ずかしそうに視線を下げて口を開く。
「えっと…、私のこと…面倒くさいって…思ってない?」
「はぁ?」
俺は俺のどういう態度からその考えに至ったのか分からず素っ頓狂な声が出る。
すると詩織は首を振りながら、「やっぱりいい。」と顔を背けてしまう。
だからなんでだ…?
俺はちゃんと聞くまでは気になって夜も眠れないと思い、詩織の前に腰を下ろして話し合う姿勢をとる。
「よくないよ。俺、詩織のこと面倒くさいなんて一回も思ったことない。」
詩織はこれを聞いてバッと俺の顔を見つめて一瞬目を輝かせた気がしたけど、すぐキュッと眉間に皺が寄る。
「うそだ。さっきだって、こいつ面倒くさい女だなって顔してた。」
「はぁ!?してねーよ!それどのときの顔だよ?」
「さっき、私が井坂君が襲うって言ったことに飛び起きて離れたとき!!」
「えぇ??」
俺はそれは面倒くさいって顔じゃなくて、残念だって顔だと思いながらため息が出る。
すると詩織がギュッと口を引き結んでから、サッと立ち上がる。
「帰る。」
「は!?」
詩織はスタスタとクローゼットまで移動すると、さっさと上着を出して着込んでしまう。
俺はそんな詩織を引き留めようと、扉の前に立ちはだかる。
「待てって!!誤解だから!本当に詩織のこと面倒だなんて思ったことねーから!」
「そんなわけないよ!今日、僚介君のことでも迷惑かけてるのに…。これ以上重い女になりたくない。」
詩織は「今日は一旦帰る。」と俺を押しのけようとするので、俺は引き留めようと必死で思わず詩織の顔を掴んで噛みつくようにキスした。
そして詩織が落ち着くのを待って口を離すと、詩織の頬を両手で挟み込む。
「俺の話を聞け。」
俺はそのときなぜか上から命令形で言ってしまい内心ヤバい…と思ったけど、詩織は何度も瞬きしながらどこか頬が赤くて、何とも思ってないどころか熱い視線を感じる。
だから引くに引けなくなり、分かってもらおうと上からなままで続ける。
「俺は詩織が面倒だったらちゃんと言う。勝手に人の気持ち思い込んで決めつけんな。」
「……うん。」
「寺崎のことも、俺が好きでやったことなんだから、詩織は気にしなくてもいいんだよ。分かるよな?」
「うん…。分かる。」
「じゃあ、帰らなくてもいいってのは分かるな?」
「うん。帰らない。」
詩織は素直に何度も頷いてくれて、俺はほっと一息ついて詩織から手を放す。
なんとかなった…
嫌な汗かいた…と思いながらベッドまで移動して腰を下ろすと、上着を脱いだ詩織が俺の目の前にやってきて、頬が赤いままで楽しそうに言った。
「ねぇ、井坂君。さっきのもう一回言って?」
「へ?さっきのって?」
「キスしたあとに言ったやつ。」
「え?……それって、『俺の話を聞け』?」
「そう!それ!!」
詩織はテンション高く手を叩いてから、俺の前にしゃがみ込んで上目遣いでお願いしてくる。
俺はそれに断ることができず、とりあえず一度咳払いしてから同じことを口にする。
「……俺の話を聞け。」
「~~~~っ!!!カッコいい…。」
詩織は余程ツボにはまったのか、嬉しそうにキラキラとした瞳で俺を見つめてきて、俺はカッコいいと言われると満更でもなくてくすぐったくなる。
俺様な言い方してしまったのに、この喜びよう…
なんだか詩織ってときどき分かんねぇよなぁ…
俺はさっきと違いご機嫌な詩織を見て、内心笑ってしまったのだけど、詩織の笑顔を見てるのが好きだったので、何も言わずに顔が緩むのを堪えたのだった。
変わらずイチャついてますが、次から井坂受験編へと入ります。
最終話まで残り少しお付き合いください。