209、合格祈願
大晦日の夜も更け、あと15分で年が明けるという頃―――
私は年越しをしようと集まった人で賑わう神社の境内で、井坂君と二人合格祈願のために列に並んでいた。
「いつも思うけど、すげー人だよなぁ…。」
「うん。」
私は合格祈願を済ませたら、さっさと帰ろうと思いながら列の先を見つめる。
これだけの人だ…
風邪をひいてる人がいるかもしれない
その人から井坂君が風邪菌をうつされでもしたら、受験に差し支えてしまう
そんなことになったら困る
私は大晦日にわざわざ神社に来なくても良かったのだけど、井坂君が今年はどうしても二人だけの年越しをしたいと言うので、渋々やって来ていた。
この中にインフルエンザにかかってる人とかいないよね…?
私はその可能性を思い浮かべて、サーっと血の気がひいていく。
今すぐにでもこの場を離れたくなってそわそわしながら列の先頭を覗き見ては、誰かが咳する度にそっちに目を向けて鋭く睨む。
それを繰り返していたら、横で井坂君が小さく笑い出した。
「ふっ…くくっ。おもしれ…。」
「何?どうかした?」
私は笑ってる井坂君を見て尋ねると、すぐ後ろの人が大きなくしゃみをして、思わず背後の人を睨みつけた。
後ろの人はガタイの良いお兄さんで、口に手を当てながら私の視線に気づいて軽く頭を下げてくる。
私はマスクぐらいしてくればいいのに!と思いながら井坂君に目を戻すと、井坂君がお腹を抱えて笑い転げていた。
「ふっ…ははっ!!もう、ダメだ…。」
「どうしたの?私、なにかおかしいことした?」
私は自分がおかしなことをしただろうか?と尋ねると、井坂君は笑いながら「んーん?別に。」とどこか楽しそうだ。
私は意味が分からなくて顔をしかめていると、やっと順番が回ってきて、私と井坂君は並んでお賽銭箱の前に立ちお参りする。
私は手を合わせると、いくつもお願いをしてしまう。
『井坂君とずっと一緒にいられますように』
『井坂君が志望する大学に受かりますように』
『遠距離になっても強い自分でいられますように』
『ケンカしてもすぐ仲直りできますように』
等々だ。
そうして長い間目を瞑ってお願いしていたら、目を開けたとき井坂君がこっちを見て優しく微笑んでいてビックリした。
「ごめん。待たせた?」
「いや?なんか一生懸命だなーと思って。」
「あー…、うん。」
私は願った事を言いそうになったけど、ご利益が下がったら困るので、ギュッと口を引き結んで人混みから離れる。
井坂君は黙った私を見て、また楽しそうに笑い出す。
なんだか今日はやけに楽しそうだなぁ…
私はテンションが高めの井坂君を見て、何か良いことでもあったのかな…なんて勘繰ってしまう。
当の井坂君は一頻り笑い終えると、ニコニコしながら私の手を引っ張って人気のない方へ歩いて行き、私は帰ろうと思ってただけに戸惑った。
「井坂君!帰らないの?」
「んー?だって、あと5分で年明けるしさ、どうせなら誰にも邪魔されないとこで年越ししようぜ?」
「誰にも…。」
私は二人になりたいという意味だと捉えて、変な想像をしてしまい、さっきとは違う意味でソワソワしてしまう。
いや…ここ外だもんね…
誰にも邪魔されないっていうのに、そこまで深い意味はないはず…
うん…、だって昨日だって散々イチャついて…
私はそこまで悶々と考えて、昨日のことを思い返してしまい、ぼっと顔に熱が灯った。
こんなに寒いというのに、顔を中心に身体が熱くなってくる。
いや!!違うから!!!
そういうのじゃないから!!!
私は頭の中で全力で否定して引っ張られるままに歩いていたら、井坂君が境内の端の方の小さな社の陰になったところで立ち止まった。
辺りはシンと静かで、遠くにお参りに来た人たちの声が聞こえる。
「うし、ここなら大丈夫そうだ。」
井坂君はそう言って小さな社にもたれかかると、繋いでた手をグイッと引っ張ってきて、私は井坂君と正面で向かい合った。
「………なに?」
私は距離の近さに心臓がドックンバッタンと暴れていて、平静を装おうとするけど、声が上擦ってしまう。
すると井坂君が私のあげた腕時計に目を落としてから、数を数えだす。
「…10、9、8…。」
「??あ、カウントダウン??」
私はそれに気づいて一緒に数を口にする。
「…5、4、3、…2。……1!!」
私は井坂君と一緒に「明けましておめでとう!」と言おうと息を吸いこんだら、その口を井坂君の口に塞がれてしまい空気が肺の中で溜まる。
そして息が吐き出せない事に苦しくなっていたら、井坂君がゆっくり少しだけ離れて言った。
「おめでと。詩織。」
井坂君はどこか照れ臭そうに笑っていて、私はこれがやりたかったのかと察して笑ってしまった。
「うん!おめでとう!今年もよろしく。」
「こちらこそ。」
私は年が変わるときにキスしたかった井坂君が可愛くてギュッと抱き付くと、井坂君はまたキスしてきて私は熱が上がって体がポカポカし始める。
幸せ~……
私は井坂君の温かさに胸がいっぱいで二人だけの時間に浸っていたら、井坂君からのキスが変わって目を剥いた。
お腹の底からピリリと電気が走るみたいに攻められて、足に力が入らなくなって井坂君に体重を預ける。
「…っ!!いっ…井坂君っ!」
私が深く息を吸いこんで呼ぶと、井坂君はやっと離れてくれて、私と同じ真っ赤な顔で呟いた。
「ヤバかった…。マジで…詩織エロ過ぎ…。」
「!?!?わっ…、私のせい!?」
私はまた!?と恥ずかしさで顔が熱を持ったまま下がらない。
井坂君は私を支えたままで、真っ赤な顔を隠そうとしているのか横を向いてしまう。
「詩織が…俺をのせるからだろ…。」
「のっ…のせてないよ!?なっ…、なんで…、私はただ…幸せだなぁって思ってただけで…。」
私は自分のせいじゃない!!と訴えたくて井坂君の服を掴んで揺すった。
すると、井坂君が顔をクシャっとさせて笑ってから、私の方へ頭を傾けてくる。
「ははっ。分かったよ。俺も同罪ってことで。」
「む~…、私に罪はないと思うけど…。」
私は同罪ってことも不服でむくれると、意地悪そうな井坂君の瞳に射抜かれる。
「自覚ねぇとか、あり得ねぇから。こりゃ、おしおきだな。」
「おしおき!?」
「そ。ということで、俺ん家行こっか?」
「え!?家!?!?」
私は何されるんだ!?と半ばパニックで、手を引いて歩き出す井坂君に続いて歩き出すと、急に井坂君が立ち止まって、私は井坂君の背中にぶつかってしまう。
「井坂君?どうしたの――――」
私は急に立ち止まったのがどうしてかと思って、井坂君の背中から顔を覗かせると、井坂君と睨みあうように僚介君が立っていて、私は体に震えが走って固まった。
「明けましておめでとう、詩織。今日も彼氏と一緒だったんだな。」
「………。」
僚介君は井坂君がいるにも関わらず私にだけ挨拶してきて、私はハッキリ言わなければと自分を奮い立たせて前へ出ようとした。
でもそれを井坂君の手に阻まれる。
「詩織。ちょっとだけさっきのとこに戻ってて?」
「え…?」
井坂君は笑顔で私にさっきの場所に戻るよう促してきて、私は二人にさせるのが嫌だったので首を横に振る。
「やだ…。これは私の―――」
「詩織。いいから。行ってて。」
井坂君は笑顔だけど鋭い声音で言ってきて、私は渋々頷くとその場から離れる。
二人で一体どんな話するの…?
私は不安になりながらさっきの場所に戻ると、遠目で二人が話しているのを見つめる。
僚介君は笑顔で井坂君と話をしているように見えるけど、井坂君は後ろ姿なので表情が見えない。
う~…気になる…
きっと私が告白された話を追及してるんだよね?
これは私が何とかしないといけない問題なんだから、井坂君に話をつけさせるのは違うと思うんだけどな…
でも井坂君のことだから、私と僚介君を二人にしてくれるはずもないし…
あー!!もう!どうすればいいの!?
僚介君があっさり引き下がってくれれば丸く収まるのに!!
私はだんだん何度も出没する僚介君に腹が立ってきて、ムスッと顔をしかめる。
すると二人の距離に変化が起きて、二人が掴み合ってるのが見えて思わず駆け寄りそうになり、足を踏ん張って堪える。
なんでケンカになりそうになってるの!?
私はハラハラしながら、二人をじっと見つめて我慢する。
そうしてどのくらい時間が経ったのか分からないけど、二人はお互い手を出さずに離れて、僚介君が立ち去るのが見えた。
私はそれにほっとして井坂君の所へ走っていくと、井坂君もこっちへ来てくれて、表情が心なしか穏やかな事に安心する。
「井坂君!!大丈夫!?」
「平気、平気。あー、スッキリした。」
「スッキリ?掴み合ってたけど、あれは何!?」
「あれ?ちょっと挑発したら食ってかかってきたってだけの話。あいつ、案外脆いタイプかもな。」
「へ?」
ケラケラと笑いながらどこか余裕な井坂君が、今まで見たどの井坂くんよりも自信に満ち溢れているように見えて、何があったのか全く理解できない。
その井坂君は、ぽかんとする私を抱きしめてくると、顔を寄せながら甘えてくる。
「もう大丈夫だからな。」
「え?何を言ったの?」
私は少しでも教えて欲しくて尋ねるけど、井坂君は小さく笑うと私の耳元で言う。
「内緒。」
私はその声にゾワッとしてしまって、隠されているのに胸がキュンとときめいてしまった。
だから追及することもないまま、心の中でずるいな…と思いつつ、井坂君に甘えられてる幸せな状況に流されたのだった。
井坂と僚介の話は次話にて。