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理系女子の恋  作者: 流音
218/246

205、伝えたかっただけ


中学一年の三学期、バレンタインデーが過ぎてしばらく経った日――――


私は二年になったらクラスが離れてしまうかもしれない…と思って、勇気を振り絞って大好きだった僚介君に告白した。

バレンタインデーにはまだ勇気が出なくてチョコレートすら渡せなかったので、最後のチャンスだと自分に言い聞かせて…


もちろん断られる可能性も考えていたけど、まさかあんなフラれ方をするとは思わなくて…

私は僚介君の言葉に深く傷ついた。


今まで接してきた僚介君が幻だったみたいに霞んで、次第に自分に自信がなくなっていった。

こんな私にあんな人気者の彼が、他の女子と同じように私を見てくれてるはずがなかった。


自分だけが特別だなんて、思い違いも甚だしい…

自分という人間を分かってなかった

彼は別世界の人なんだと、どうして割り切れなかったのか…


恋とはそこまで自分の目を狂わすものなのだろうか…


私は長い間、新しい恋をする気にもなれないほど、難解な迷路に迷い込んでいた。



そして、その迷路への入り口を誘ったのは、他でもない今、目の前にいる僚介君自身だ。


私は耳の奥に『好きだ』という単語だけがエコーされていて、中学のときの気持ちを思い返して不思議で仕方ない。

だから、何かの間違いだと、私は僚介君の腕を引き離すと告げた。


「冗談…だよね?」


私が強く掴まれてたことで少し痛む腕を押さえていると、僚介君は怒ったように目を吊り上げる。


「冗談で告白する奴が、どこの世界にいんだよ。」

「だって……、僚介君…、私のことそんな風に見てない…でしょ?現に昔フラれてるのは私の方で…。」

「俺だって、今更バカみたいだって思ってるよ。なんで詩織に彼氏ができた今なんだってな。」


僚介君はイライラしながらはーっと息を吐くと、私を突き刺すように見つめてきて、私はその顔に見覚えがあって息が喉に詰まった。


「でも仕方ないだろ。気づいたのが今だったんだからさ。」

「………今??」

「あぁ…。俺、恋愛に関して色々間違ってたみたいで、ついこの間、その捩じれが解消したんだよ。そしたら、素直な…正直な気持ちだけが残った。」


僚介君はここで固まっている私に手を伸ばしてくると、頬に触れて来ようとしたので、私は一歩後ずさってそれを避ける。

すると僚介君の表情が傷ついたように少し歪む。


「俺は…、詩織が好きなんだ。こうして触りたくなったり、何をしてても会いたくなったり…、笑顔を向けられることが幸せで…。」


私は想いを伝えてくれる僚介君を見つめて、僚介君の顔と井坂君の顔がダブって見える。


あの真剣な目は井坂君が私に向けてくれてるものと一緒…


私はその目から僚介君が本気なんだと感じ取って、ギュッと胸の奥が痛くなってくる。


「これを『好き』って感情以外での説明がつかなくなった…。俺は詩織が好きで、付き合えなくても関わりを持っていたい。会えないなんて言わないでくれ…。頼むから…。」


僚介君はまた泣きそうに顔をしかめてしまい、私は懇願されても無理だと、一度深く息を吸ってから返事を伝える。


「僚介君…、それを聞いちゃったら…、尚更このままでなんていられないよ…。」


私は僚介君からの好意が痛くて、苦しくて、胸に棘のように突き刺さっていた。


中学の頃なら、泣いて喜んだだろう…

でも、今は僚介君にそんな気持ちはない…


私の気持ちが向かう先はただ一つ…


井坂君のところだ



私は、気持ちに応えられない心苦しさに押しつぶされそうになりながら、僚介君を傷つけるだろう言葉を発する決心を固める。


「やっぱり…もう会うわけにはいかないよ。ごめん…。気持ちは嬉しいけど…、私は井坂君と別れるつもりないから…。」

「そんなの分かってる。」


私が選びに選んだ言葉を発するのに食い気味に僚介君が言って、私は目の前の僚介君を見た。

僚介君は何か吹っ切れたようにまっすぐな瞳をしていて、強い意志を感じる。


「詩織が彼氏と別れる気がないのなんて、分かってる。ずっと詩織から彼氏の話を聞いてたんだ。半端な覚悟で告白したわけじゃない。」


僚介君はそこで一呼吸おくと、一歩私に近付いてきた。


「俺はただ伝えたかっただけだ。俺の本気を詩織に分かって欲しかった。俺は詩織に彼氏がいようが、詩織との繋がりを切るつもりはない。絶対に。」


僚介君はそう宣言すると、私に手を伸ばしてきて、私は咄嗟に後ずさると僚介君から逃げた。


「そっ…、そんなこと言われても困る!!私は井坂君が大事で…、井坂君を嫌な気持ちにさせることだけはしたくない…。お願いだから、もう会いに来ないで…。」


私は初めて目の前の僚介君が怖くて、喉から言葉を絞り出すように告げた。

僚介君は私のそういう気持ちに気づいたのか、伸ばしてきた手を引っ込めると少し俯いてから言った。


「分かった…。とりあえず、今日は帰る。」


私はその言葉にほっとして、警戒心を解いて体の力を抜いた。


でもその矢先、また僚介君の手が伸びてくるのが見えたのと同時に後ろ頭を掴まれ、僚介君にキスされてしまい、私は反射的に僚介君を突き飛ばした。


「いやっ!!!!」


僚介君は熱があるせいか、私の力でも余裕で押し返せて、フラフラと下がってから、私を鋭く見つめてきて、私は体がビクついた。


「また会いに来るから。」


僚介君はそれだけ言うと、一瞬フラついてから背を向けて、歩いて行ってしまった。

私は『もう来ないで』と言いたかったのだけど、僚介君とキスしてしまったことがショックで、唇を手で拭いながら心が押しつぶされそうに苦しかった。


なんで…

なんで…こんな…


私は目を瞑っただけで、井坂君の顔が浮かんできて、井坂君を想うと怖くて腕が震えて止まらなかったのだった。







***








それから、私は幽霊のように家に戻ると、誰にも声をかけないで部屋に引きこもった。

上着も脱がずに、ベッドの前にへたり込んでさっきまでのことをグルグルと考え込む。


どうしよう…

どうすればいい…?


また会いに来るって…

私……、ちゃんと言えてたよね…?

僚介君に…、ちゃんと自分の気持ち言ったはず…


それなのに…どうして…?


私はギュッとベッドの上の布団を握りしめて、歯痒い気持ちで唇を噛んだ。


ちゃんと警戒してたのに…

私のバカ…


私は気を抜いたことでキスされた自分がバカ過ぎて、イライラしてくる。

すると、タイミング悪く上着のポケットに入れていたケータイが震えだして、私はポケットに手を入れてケータイを取り出すと、画面を開いて動きが止まった。


着信は井坂君からで、私は井坂君の顔が浮かんだ瞬間、腕が震えてケータイをベッドの上に落とす。


こ…、こんな気持ちで電話なんか出られない…


僚介君とのこと隠し通せる自信なんかないから、絶対動揺が声に出る…

そうしたら井坂君は不信に思って、きっと尋ねてくる…


そんなことになったら…

私はどうあったことを話すの…??


私はまだ心の整理ができてない…と思って、電話には出ず無視してしまう。


ごめん…、ごめんなさい…井坂君…


私は井坂君に心苦しい気持ちでいっぱいで、心の中で何度も謝ってベッドに突っ伏した。


耳に着信のバイブが聞こえるたび、自分が責められてるようで胸が痛くなりながら…






***







「姉貴っ!!!!」


怒鳴り声と部屋の扉がバァンッ!!!と激しく開けられる音で、私は体をビクつかせて突っ伏していた頭を上げて、自分が寝ていたことに気づいた。


あれ…?今、何時?


私は色々考えている間に寝てしまったと慌てて部屋の入り口に目を向けると、大輝と井坂君が立っているのが見えて息が止まった。


「何回も呼んでんのに返事ぐらいしろよ!!井坂さん来てるけど!!!」

「…………見れば分かる…。」


私はなんとか息を吸いこむと、二人から目を逸らして俯いた。


「変な奴。なんかこんな姉貴で申し訳ないっす。」

「いや…。ありがとう、大輝君。」


私の耳に二人の会話が聞こえた後、部屋の扉が閉まる音と大輝が自分の部屋に戻る足音がして、私はまだ色々と整理できてなかったので、どうしようかとパニックになる。


「詩織、上着着てるけど…。もしかしてどっか行ってた?」

「え!?あ…、えと…これは…。」


私は井坂君に指摘されて慌てて上着を脱ぐと、立ち上がってハンガーにかけた。

そのとき井坂君の上着も受け取って、同じようにかける。

するとその場に腰を下ろしかけた井坂君が、ベッドの上を見つめて固まるのが見えて、私はケータイが開けっ放しなってるのを思い出して、慌てて隠すようにベッドの上に移動した。


「あの…、えっと…。」


私は着信に気づいてたという言い訳を考えるけど、何も思い浮かばなくて変な言葉だけが口からこぼれる。

すると、井坂君の細められた目に射抜かれて、私は口を噤む。


「詩織。俺の電話…無視したとか?」

「ちっ!!ちがっ!!…くもないけど…。その…。」


私はどう言えばいいのか分からなくて胸がどんどん苦しくなる。


「………、じゃあ…なに…?」


井坂君は私が無視した理由を何か変な方向へ誤解し始めているのか、悲しそうに眉を下げてしまう。

私はもうその顔をさせてることに我慢できなくなって、腕が震えてきたけど全部打ち明けることに決める。


きっと嫌な思いする…

でも、隠したままで嫌な思いさせる方が辛い…


私は一度ギュッと唇を噛んでから告げた。


「……今日…、僚介君に…好きだって言われて…。」


「………は?」


私は井坂君の顔が怖くて見れずに、とりあえずあったことを伝える。


「ちゃんと…断ったはずなんだけど…、よく伝わらなかったのか…キス…されて…。」


私は口に出した事で、さっきのことを思い出してしまって顔をしかめる。


「また会いに来るって…言われて…。私…何がなんだか…分からなくて…。井坂君の電話…気づいてたんだけど…。出られなくて…。」


私は申し訳ない気持ちでいっぱいで一呼吸おくと、謝ろうと息を吸いこんだところで、自分に黒い影がかかったのが見えて顔を上げた。

するとすぐ目の前に井坂君がいて、目が合った瞬間ベッドに押し倒され深くキスされた。


さっきの僚介君とのキスなんか霞んで消えるぐらいの熱くて激しいキスに、私が目をチカチカさせながら鼻から息を吸っていると、井坂君の手が服の中に入って肌に触れてきて身体がビクついた。


私はそれに心臓が飛び上がるぐらい驚いて、両手で離れようと抵抗する。


「いっ…井坂君っ!!みんないるのにっ…!!!」


私はお父さんもお母さんも、隣の部屋には大輝までいる状況ではダメだと井坂君に訴える。

でも井坂君は私の訴えをキスで塞いできて、私はやめて欲しくて両手で井坂君の胸を叩く。

井坂君はそんな抵抗屁でもないのか、私の手を掴むとゆっくり離れて言った。


「もう黙って。」


私は井坂君に強く掴まれた手と、井坂君からの有無を言わせぬ一言に目を見開く。

井坂君の表情は少し乱れた髪の毛で隠れて見えにくかったのだけど、掴まれた手から井坂君の震えが伝わってきて、私は抵抗できなくなった。


怒ってる…


私はそれだけは感じ取れて、そうさせたのは自分だと悲しくなった。


やっぱり言うべきじゃなかった…

どうして…私は…こんなにバカなんだろう…


私は今日一日を巻き戻してほしい…と深く後悔して、涙が目から溢れて零れたのだった。












次は井坂視点になります。

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