202、話が飛躍
私が井坂君のお父さんと嫁入り前の挨拶のような会話をしていると、井坂君のお母さんが私のお母さんとの話を終えたのかケータイを片手に涙ぐんでいてビックリした。
「お母さん!どうされたんですか!?」
「え…。だって、今のウチにお嫁に来てくれるって話でしょ?もう嬉しくて…。」
「え!?!?いや!あの……!!」
私はお母さんが話を大きくして喜んでいるのを見て、恥ずかしさと照れくささで顔が熱くて逆上せそうだった。
否定するのもおかしな話なので、穏やかに微笑んでいるお父さんとボロボロと泣き出すお母さんを交互に見て、ただ困ってしまう。
すると驚くことにお母さんはまだ私のお母さんと話している途中だったのか、鼻をすすると思い出したようにケータイに耳をあてた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと感動的シーンに立ち会っちゃって…。こんな良いお嬢さんを家にいただいて本当に良いのか、恐縮するばかりです。」
「え!?で…電話!?!?」
井坂君のお母さんはティッシュで涙を拭いながら「ありがとうございます。」なんてお礼を言っていて、私はお母さんにこんな話をされたことに恥ずかしさで死にたくなってくる。
うわわわわわっ!!!!なんだか着々と結婚するみたいな流れになってて、すごく恥ずかしいっ!!!!
私はお母さんがどう思ったのか気になってウロウロと動き回っていると、話を終えたのか井坂君のお母さんが私にケータイを渡してきた。
「お母さんが少し話をしたいって。あ、今日泊るのはOKもらったから。」
井坂君のお母さんが嬉しそうにウィンクしてきて、私は固い笑顔を返す。
そして何を言われるのか…と怖くなりながらケータイを耳にあてる。
「はい…。」
『あ、詩織?なんだかよく分からないことを言われたけど、あなた井坂君にプロポーズでもされたの?』
「え!?!?プロッ!?そんなのされてないよ!!」
私はぐわっと顔が熱くなると心臓がドコドコと暴れ出して、思いっきり否定した。
『あらそうなの?それならそれで、将来安泰ね~って思ったんだけど…。お父さんがすごく不機嫌になっちゃって、詩織に代われ!ってうるさいから代わるわね。』
「え!?お父さん!?」
私はお母さんの声の背後から小さく「早く代われ!」と言っているお父さん声がしてただけに、今はお母さんよりもお父さんが怖くて暴れてる心臓が痛くなってくる。
『詩織!!井坂君のお母さんがお嬢さんをいただくみたいな話をしてたと聞いたぞ!!それはどういうことだ!?井坂君は家に何も言いに来ないのに、何がどうなってそんな話が進んでる!?』
まるで結婚することを報告しなかったみたいな流れになっていて、私は頭が痛くなってくる。
これは高校生がしなきゃいけない話なんだろうか…
私は花束からえらく話が飛躍したものだ…と、お父さんを刺激しないように冷静に返す。
「お父さん。落ち着いて。私、まだ高校生だよ?そんなに話が飛ぶわけないじゃない。」
『でも、お前は井坂君の家ばかり入り浸って、井坂君はちっともこっちに顔を出しに来ないじゃないか!!何かやましいことでもあるんじゃないのか!?』
「え!?そ、そんなことあるわけないでしょ!?井坂君は受験控えてるんだよ?家に行くとか考えてる余裕ないから!」
私はお父さんが何かに気づいてるのかとヒヤッとしたけど、声に出しちゃダメだと冷静に答える。
『でもそっちでそんなお前をいただくなんて話が出る以上、男だったらこっちにもちゃんと話をしに来るのが筋だろうが!!お前じゃ話にならん!井坂君に今すぐ代われ!!』
「えぇ!?お母さんから話聞いてないの!?井坂君、熱あるんだよ!?今お父さんと話なんかできるわけ―――。」
私が困り果てていると、会話の途中で井坂君のお父さんが目の前にやって来て、私の手からケータイをとってしまった。
そして私のお父さんと会話をし始める。
「初めまして。私、拓海の父です。この度はウチの拓海がお宅のお嬢さんには迷惑をかけてしまって…。」
井坂君のお父さんは和やかに笑顔を浮かべていて、私はお父さんから怒鳴られていないだろうかと心配になった。
でも井坂君のお父さんは私に安心させるように笑みを向けるだけで、淡々と今日の経緯を話して謝ってくれる。
「はい。受験が終わりましたら拓海には必ずそちらに顔を出すよう、私から言ってきかせますので…。はい。ありがとうございます。はい。失礼します。」
井坂君のお父さんはそこで電話を切ると、私にケータイを渡しながら笑顔で言った。
「拓海は詩織ちゃんのご両親とあまり話をしてないようだね。拓海の信用のなさが君のお父さんから伝わってきたよ。ホントにあいつは。」
井坂君のお父さんは苦笑すると、さっきまで座っていたソファに戻って行く。
私は井坂君がウチの家に来にくいのには理由があることを説明しようと、井坂君のお父さんの前に座った。
「あの、ウチ…本当に厳しい家で…。私がしばらく井坂君を親に会わせなかったんです。それもあって、父がどこか井坂君を目の敵にしてる感じで…。」
「でも挨拶に行かなかったのは拓海だろう?男として、そこがあいつの情けない所だ。」
「え、あの。一度は父とも話をしてくれてるんですけど。」
「何年も付き合っていて、たった一回だろう?それは娘さんを持つ父親としたら心配だろうね。君はお父さんに大切にされているんだよ。」
井坂君のお父さんに優しく諭されて、私はそれは痛いぐらいお父さんから感じていたので黙るしかなくなる。
「拓海には受験が終わったら、きちんと君のお父さんと話をするよう言っておくよ。だから、詩織ちゃんは何も心配しなくてもいい。これは拓海が自分で解決するべき問題だよ。」
井坂君のお父さんはここで少し厳しい顔をしていて、井坂君のお父さんだという一面を見たような気がした。
私はさすがにここまでお父さんに言われてしまうと、もう任せるしかなかったので「父がご迷惑をおかけしました。」と謝って、井坂君のいる部屋に戻ろうと立ち上がった。
そこで井坂君のお母さんが「もうすぐおかゆができるから部屋に持って行くわね。」と言って笑っていて、私は「ありがとうございます。」とだけ返すとトボトボと部屋に戻った。
なんだかすごく気疲れした…
私は井坂君のご両親とウチの両親の間に立ったことで、物凄く疲れを感じていた。
だから井坂君の姿を見て元気をもらおうと部屋の扉を開けたところで、井坂君の姿がないことに足が止まった。
あれ…?
ここで着替えてるはずなのになんでいないの??
私は部屋の中をキョロキョロ見回したり、ベッドの脇の窓を開けて外を見たりしたけど井坂君の姿がなくて、急に不安になった。
どこに行ったの!?
私は熱でフラフラな井坂君がどこにいったのか急に怖くなって、部屋を飛び出すと階段を駆け下りた。
すると階段の途中で丁度外から帰ってきたお兄さんと遭遇して、私は駆け下りた勢いのままお兄さんにぶつかった。
「おわっ!!」
「ごっ、ごめんなさい!!」
私はお兄さんと一緒に階段から落ちそうになったのをお兄さんの手に支えられて、私は少し離れて謝った。
お兄さんは少しお酒臭い匂いをさせて笑っている。
「あははっ!!なんで詩織ちゃんがいるの?」
「え、あの、井坂君が熱出しちゃって看病に…。」
「あいつが?ったく、ひ弱な奴。んで詩織ちゃんは、そんなに焦ってどうしたの?」
「え、それは井坂君がいなくなっちゃって…。」
私はここで井坂君を探さないと!!とお兄さんを避けて下に行こうとしたら、お兄さんに抱き付かれて階段に尻餅をついた。
体重をかけられて身動きができなくなる。
「おっ、お兄さん!?!?」
私がなんの嫌がらせかと離れてもらおうと抵抗していたら、お兄さんが私の胸に顔を埋めながら小さく呟いた。
「詩織ちゃん、俺の事も心配してよ…。」
「えぇ!?あの、お兄さん、私それどころじゃなくて…。」
私はお兄さんがお酒臭くて顔をしかめていたら、お兄さんの後ろに目を丸くさせた井坂君が見えて、私はサーっと一気に血の気がひいた。
「おおおお、お兄さん!!!離れてくださいっ!!」
「てめぇっ!!また何やってる!!!!」
私が井坂君が激怒すると思い先に注意したのだけど、井坂君の手が出るのも早くお兄さんの服を引っ張り出して、私もそれに引きずられるように階段を一段ずつ落ちる。
お兄さんはお酒に酔ってることで反応が鈍くなってるのか、しばらくしてから、「おー、拓海いたじゃん?」と言いながらやっと私から離れてくれた。
それと同時に井坂君の怒鳴り声を聞きつけたお父さんとお母さんがやってきて、井坂君に引っ掴まれているお兄さんと、階段に寝そべるように腰をつけてる私を見て状況を察してくれたのか「陸斗!!」とお兄さんを怒鳴った。
「お前は!!詩織ちゃんに絡んだんだろう!!こっちに来い!!」
「陸斗!どうして拓海にばかりちょっかいかけるのよ?大学生になって、少しは落ち着いたと思ったのに。」
お兄さんはお父さんに引きずられながらリビングに連れて行かれ、お母さんは飽きれた様に頭を抱えながらその後についていく。
そして井坂君と私が残され、井坂君はお風呂に行ってたのか少し顔を上気させて私を見た。
私は色んなことにほっとしたのも束の間、井坂君が怒ってるのを察して目を逸らす。
………井坂君がいたのは良かったんだけど…
どうしよう………
私はどうしてお兄さんに抱き付かれたのか経緯を聞かれるかな…と井坂君の発する言葉を待っていたのだけど、井坂君は黙ったまま私の腕を引っ張って起こすと、ダンダンと階段を上っていく。
私は腕を引き上げられながら井坂君の後について、井坂君の部屋に戻る。
そうして部屋に着くと、井坂君は扉をしめてから私に近付いてきて私はジリジリと後ずさった。
すると、井坂君が眉を吊り上げて言う。
「なんで逃げんの?」
「え…、だ、だって…怒ってる…でしょ?」
「……………。………怒ってない。」
「うそ―――――」
私が返事に間があったと続けようとしたら、井坂君にベッドに追いやられてベッドに座り込んだところで井坂君が私に抱き付いてきた。
私はお兄さんに抱き付かれたときとは違って、心臓がドックンドックンと大きな音を奏でていて、井坂君が私の胸に顔を埋めているのでその音を聞かれてそうで恥ずかしくなる。
「詩織、ちょっと酒臭い…。」
井坂君がぶすっと不機嫌そのものの声で言って、私はさっきのことを思い返して言い訳する。
「それはさっきお兄さんが…。」
「分かってるよ。だからムカついてんの。」
「………でも、さっき怒ってないって…。」
「怒ってないよ。ムカついてんの。」
………それって、どういう違いが…???
私はとりあえず私に対しては怒ってないということにして、井坂君が落ち着くまでじっとしておこうと体を硬直させた。
すると井坂君が私の胸に頬ずりするように動いてから言った。
「詩織、今日泊る?」
「……うん。お母さんからはOKもらったよ。井坂君のお母さんが許可とってくれて…。」
私は説明しながらさっきの嫁入りのやり取りを思い出して、顔が熱くなってくる。
「…っふ。詩織、心臓速くなった。泊りって言葉に変なこと考えた?」
「え!?へ、変なこと!?」
私はまさか嫁入り前の挨拶を井坂君に聞かれてたんだろうかと焦った。
でも、井坂君の言う意味は違ったようで、井坂君の片方の手がスルスルと服の中に入ってきたことで理解した。
「井坂君!熱っ!!」
「分かってる。だからちょっとだけ…。」
「で、でも…下にお母さんたちが…。」
私は直に肌を触られてる事にゾワッとして離れようと思うけど、腕に力が入らなくて流されてしまう。
井坂君は熱い手をしてるのに「ちょっとだから…。」ともう片方の手も入れてくる。
するとそこでバァン!!と空気を壊すかのように扉が開け放たれ、土鍋を片手に持ったお兄さんが現れた。
私も井坂君もお兄さんの登場に目を剥いて固まる。
「母さんがおかゆだってさ。ま、そんなことする元気あんならいらねぇだろうけど。」
お兄さんは見たことを別に驚く様子もなく平然とテーブルに土鍋を置いて、スタスタと部屋を出て行く。
私は見られた事実に顔に熱が集まり、恥ずかしさで居た堪れなくなった。
それは井坂君もだったのか、急に立ち上がるとお兄さんを追いかけていき小声で言い争うのが耳に入ってくる。
う~~~~っ!!!!ッキャ~~~~!!!!
ばっちり見られた!!!服は脱いでなかったけど、井坂君の手が入ってるの見えたよね!?!?
下手したら下着も…
私はそこでふーっと気が遠くなって、顔から血の気が失せてベットに後ろ向けに倒れた。
そして今のは夢であって欲しい…と切に願って、私は顔を両手で覆ったのだった。
詩織の父と井坂父の接点ができました。
家族ぐるみのお付き合いへ一歩進展です。
あと一話お付き合いください。